まさかと思ったけど、アルフィーの自宅兼仕事場は思った以上の大きな施設だった。感嘆の声が自然と上がった。
「ま、まじかァ・・・撮影スタジオとか、複合ビルじゃなくて本当に自社ラボじゃん・・・凄いところで働いてんだね」
「う、ううん・・・そういうのじゃないよ!訳あって使い道が無かった休閑施設を貸りているんだ・・・ホント、大した話じゃないよ」
「そうなんだ」
よしっ。
スッと大きく息を吸う。
「たぁのもーッ!われこそは貴社プロジェクトの根本課題に立ち向かう、超絶怒涛の自転車操業の自営業!!常駐型オフショア開発だよーッ!!」
「ちょっ、ユキノ!?やめて?」
「・・・アルフィーしか使わないからって事前に聞いていたからね!へへっ。」
アルフィーが手元の端末を操作して鍵を開けている横からそっと近づき、「これ、防犯になるんだよ」と伝える。
狂人仕草に意味があることが意外だったのか、丸いおおきな目が驚きを訴えていた。心外だなあ。
「えぇー防犯?」
「自分一人しか住んでなくてもチャイム鳴らしてから入るとね。「この人以外も使うんだ」って、近隣の人は思う訳だよねだから、油断したとき、背後から・・・・・・!っていう、対象から外されるんだよ」
「あはは、それは心配には及ばないよ!街の治安を守る、「ロイヤルガード」が巡回しているんだもの」
「?国の警備的なやつ? ん、そっか・・・そういう感じか・・・?」
アルフィーにそのロイヤルガードについて詳しく聞くと、町の治安維持・トラブル解決にパウッと解決するらしい。
へえ〜。
「でも、やっぱり怖いな・・・。一人暮らしのかわいい女の子って、いちばん狙われやすいんだからね」
「・・・!?」
車イスから腰を浮かせ、周囲の景色を見る。周囲に別の他建物が無く、がらんどうの家にひとり。
わたしの感覚だと良からぬことを考える人にとってはいいカモに感じる。もしかしたらアルフィーはわたしが心配不要な程に、力が強いのかもしれないけど。
扉はゆーっくりと開き、そして一度サッと閉じて、また開いた。
へぇ──この挙動、ひょっとしてだけど人感センサー式の自動ドアなんだろうか?
──あれ、いま何待ち?
不審に思いアルフィーの方を見ると、なんとも言えない顔をして固まっていた。
「アルフィー?大丈夫?」
「・・・あ、ごめん。暗いよね、すぐ電気つけるから!」
車イスを部屋の中まで押してもらうと、背後の扉が閉まる音がした。やっぱり自動なのか。
今までは牧歌的な景色や、自然の神秘を感じさせる原生風景を感じる道のりだったが、急に近代的な道具に囲まれて安心するような緊張するような・・・。
──中はアルフィーの言う通り暗めではあるが、無人のラボの中は意外にも完全暗闇というわけではなく、いくつかの複数箇所のモニターの光が漏れており微妙に明るい。この他にも、常時稼働と思われるサーバーや計測機器が動いているためか、部屋の温度がちょうどよかった。確かサーバールームは高温になるとパフォーマンス低下するため、エアコンは付けっぱなしに・・・・・・あれ、わたしってやっぱり機械に詳しい?
アルフィーが片手の指をパチリと鳴らすと、何かが作動した音がした。しばらく弱く光っていたが、1分ほど待つと、明るさが増して見える範囲が広くなった。
「すっごーッ!!今の魔法!?」
「えへへ、点灯だけね。あとは人間の技術だよ。ソケットや並列回路の技術と一緒」
「どちらにせよ、凄いのには変わりないじゃん・・・? アルフィーってかっこいいね」
部屋にある大きなモニターは画面分割して使用しているようで、数十もの異なる景色を一度に確認できるようになっていた。詳しいことはよくわからないけど、世間の暮らしを満遍なく確認する仕事をするときに便利そう。
他には冷蔵庫、レンジ、音楽器材、大量の本。モニターとは反対側の壁は一面の本棚で、そちらにも床から天井までぎっしり大量の本が詰まっていた。
しげしげと表紙を見ると、意味が読み取れる文字もあれば、全く判別がつかない書かれ方をした本も混じっていた。文字が読めないと非常に困りそう、とは口に出さず心に留めておいた。
「アルフィー、お次は何を始めるんだい?」
「あ・・・えと、携帯!!・・・わ、私。デスクでデータ吸い出し作業を開始するね!」
「はーい」
「処理待ちのタイミングになったら、次にユキノの脚をなんとかするから待っていてね。待ってる間・・・・・・アニメ見る?」
「アニメ・・・?」
「あ、ごめん。アニメっていうのは、アニメーションの略で──」
アルフィーはアニメの概略を説明してくれた。解説を聞きながら、脳に_残留@ざんりゅう_した意味記憶と照らし合わせた結果、既知の知識ではあったがやはり「どんなものを見たか」「アニメなら何が好きだったか」など自分自身の物事に関する記憶はなかった。
詳しく聞くことで、複数観点で勉強にはなった。アルフィーのこの柔軟さや根気強さは本当にありがたい。
ちなみに喋りながらもアルフィーの手はたえず小型端末をいじくり回している。アニメ見て待つのも、暇つぶしという意味では全然悪くはないかなとは思ったけど、今はもっと興味が強いものがあるので断ることにした。
「アニメも見たくないわけではないけど、作業やっているところ見ててもいい?」
「ううん、構わないよ。えっとね、今やっているのは、端末の接続端子に導線を繋いで、次に「テスター」っていう測定器をつけて計測しているよ。」
「ありがとう。直接機械に繋ぐと問題があるの?」
てっきり機器の接続を確認できたら吸い出しをもう始めるのかなと考えていたが、まだその段階ではない様子に疑問を投げかけた。アルフィーは「ああ」と頷き、棚から黒い人形を取り出して端末の上に置いた。
黒くてトゲトゲしたキャラクターだ。「敵」って感じ。
「これはウイルスのキャラクターだよ。これに冒されると、体調を崩すことがあるよね。アニメのキスみゅう第一期の・・・っとこれは余計か。」
「ふむふむ?」
「えっと、機械にもウイルスがあってね、機械の不調を招くイタズラ程度のものから、弱っているところに忍び込んでデータを盗むもの。もっと悪ければルート権限・・・えっと、体を自由に操作する権利を奪って、元の健康な体になりたければ金を用意しろーって身代金を要求したりするんだ。」
「あぁ、だから・・・最初に繋いでも大丈夫な機器か試してからやるんだね?」
「そうそう!ユキノは理解が早いね!電流電圧などの機器の情報の他、異常な動きがあればここで確かめられるしせき止められるの。ほとんどが大丈夫だけど、万が一コンピュータに影響があったら・・・ね?」
「まあ怖い。過去確実に何かあったとみた。最大何日お家に籠る羽目になったかについては聞かないでおくね」
「・・・ノーコメント」
幸いにも手の動きには支障がないため、アルフィーの指示に従いながら絶縁体を巻いたり、ケーブル同士を繋いだりできそうなことは手伝ったりした。特に触れるものがない時は、アルフィーの額に浮かぶ汗を拭き取ったり、道具の清掃などを担当。
して、ようやく人心地ついて、待機の場面になった時は、パチパチと手を叩いて喜んだ。
よしよし、データ吸い出しは特に問題なくできそうでよかった。
「へいへい、いえーい」
「い、いえい・・・」
手のひらをアルフィー側に寄せて、ハイタッチを促すとちょんと遠慮気味に指でおいてくれた。斬新な【お手】って感じだがこれも面白いので構わんだろう。訂正はしないでおく。
シュン、と背後で扉が開く音が鳴った。
「アルフィー!・・・あれぇ?お客さんかい?」
「へーい、へーい」
「・・・あぁ、うん。こんにちは」
手を挙げているノリのまま、アルフィーのお客さんと思われるハコジェニックな初見さんと連続ハイタッチ。こっちは【ハイタッチ】を知ってるようで、パンといい音が鳴った。
「あっ、それが正解なのね・・・メタトン、せっかく来てくれたけど今日はボディの調整に掛かれないからまた今度にお願いできるかな?」
「ひょっとして、その子猫ちゃんにアレ使うの?」
「・・・そ、そうなの!!結構奥の方に仕舞ってたから、ちょっと行ってくる! ユキノは少し、待っててね・・・」
「あ、そう」
アルフィー奥の部屋に引っ込み、手だけバイバイと出して振った。ありがたいけど本当に幾らで返せばいいかわからんまである。
ぐ、と伸びをするとゴリゴリと背筋が音を立てた。時々脚を動かさないと血流が悪くなりそうだ。
その動きをアルフィーのお客さん、紹介は頂いていないが、メタトンと呼ばれたハコがこちらをじっとみてくる。
すぐ帰るだろうと思ったけど、予想に反してすぐには帰るつもりはないらしく下半身の可動式タイヤを収納してラボの床に座り込んだ。
「ボクは待たせてもらおうかな」
「そうかい」
「子猫ちゃんはソレ、どうしたの?」
「へへっ、こいつかい?ちょっと
「へぇ、ダンスを?」
「あぁ〜、そりゃ仲睦まじく頬寄せ合ってたさ」
「もう離別したのかい?」
「そうね・・・恋はいつしか醒めるもんさどうだい、イケてるハコさん。不運の次は出会いの幸運が待ってるっていうだろ?わたしに幸運を授けて下さる?」
わたしは、メタトンへ片目を閉じて手を差し出す。その様子が面白かったのかメタトンは、やや機嫌が良さそうにゆらゆらと横に揺れた。
──ウケたんならよかった。
手を下ろして口の前に手をかざし笑った。
「いいともボクは愛を届けるのがお仕事さ子猫ちゃん、キミのお名前は?」
「ふぅむ。おウチもお名前も曖昧だし“子猫”でもいいよ。ま、泣いてばかりは居ないんだけどネ。」
「・・・へえ?」
「〜 」
「ユキノ?見つかったけど、大きさが合うか、・・・なんで歌ってるの?」
「なんかそういうのがあった気がしたけど全然だった。おかえり。」
「──ユキノ、ね。アルフィーには良いんだ?」
「あーら、誤解を招いてごめんあそばせ。せっかく貰ったあだ名ってのも捨て難いかなって」
「そのほうがわたしたち、より面白味が生まれると思ってさ・・・。どうか気を悪くしないでね、メタトン。」
「あぁ、そう。・・・・・・アルフィー、今日は帰るね」
「う、うん?分かった。メタトン、またね」
「ボクはもっと愛を研究して、またキミに挑みに行くとするよ」
「そう?わたしは楽しくも素敵な時間だったよ、ありがと・・・よく分かんないけど、根を詰め過ぎないでね?」
最後ちょっとピリピリした様子だけど、扉が閉まる前にはソレは失せ、ゆったりと手を振りかえして帰っていった。怪我してるし一人にしないように気を遣ってくれたのかな。空気感は結構好きだな。
アルフィーは、包帯と固定用の道具を下に置いた。
──それは思ったよりも巨大な道具だった。わたしのウエストより二回りくらいでっかい輪っかだ。車イスから降りて、道具についている腰当てのベルトをつけて体を輪っかに固定すると、円形のメイン部分がふわと浮かび、脚を床に触れずに浮かせたまま固定された。前傾するとゆっくり前に進み、後ろに体重を掛けると止まった。遅いが、車イスで進むよりは格段に早いし快適だった。い、今までは常識の範疇で感嘆できるレベルだったが、ついにそれすらも超える技術が登場。ちょっとオーバーテクノロジー・・・。
「なんて言えば分からないくらいすごいものが出てきたね
これあれば足なんてもう無くても良いんじゃないかなって気がしてきた」
「ううん、失敗作なの。これは高速通信が常に必要で、メインのコンピュータから数メートルしか動けない。事前に精細な3Dスキャンされた部屋でないと動けないの」
「おぉ・・・本当だ、有線?」
電源を切ると、ゆっくりそれが腰から床へ降りていった。体育座りでベルトを外して、一人で離脱もできた。画期的な介護グッズである。
「なんでこんな素晴らしいものが奥にしまいこまれていたんだい?素人目だけどアルフィーにとっても便利でしょ」
「これは・・・その、そういうのじゃなくて、作れても「使えなかった」使わせたい人が使えなかったら、何も・・・意味が、ないんだよ・・・・・・」
アルフィーは、顔を背け肩を丸めて小さくなった。声はくぐもって聞き取りにくく、悲鳴を押し殺しているようだった。
「そんな笑顔、向けられる資格はない・・・・・・そんなんじゃない、私は」
声が聞き取れる位置へ、這って近づく。
「アルフィー、あのね・・・きいて」
「っ!」
「わたしは、一番最初に会ったのがあなたで本当によかった、助かったよ」
「・・・」
「本当に、命の恩人だよ」
「ちが、ちがうよ・・・ユキノ」
「アルフィーがそう思っていても、わたしの気持ちだけはわたしのもの。もしアルフィーが仮に世界一の大犯罪者でも
・・・わたしが一方的に騙されていたとしても、この時間この場所では、わたしは助かっていた。
それだけは今後一切、揺らぐことはない」
「・・・・・・」
「アルフィー、助けてくれて、ありがとう」
大きな背中にのし掛かるように、ぎゅと抱きしめた。
───ずっと、私の事を傷つけてしまうかもって気にしてた。痛みは大丈夫かって気にかけてくれた・・・・・・嫌なモンスターにないように接しようと努力しているのは感じ取っていた。おそらく背景にはアルフィーの内心に巣食う、現在進行形の罪悪感があるんだろう。きっとノーテンキなわたしでは役不足極まりないかもしれないけど。
「だいすき」
それでも、今この瞬間だけは忘れてくれたら良いなって思う。
さらに強く掻き抱く。
「・・・うん。」
アルフィーは、今度は恐々とガラスを触るようじゃなく、わたしの手をぎゅっと握った。