「ねえねえ! 見てよこれ!! 皆好き勝手に動いてる! すっご〜〜!!」
味も温度もなく、同じ動きを繰り返し続けている世界──月。
その月の一角、地球の言葉だと寝殿造と表されるだろう建物の一室で、繰り返される動きから外れた行動を取る者がいた。
その少女は建物に取り付けられた「窓」に身を乗り出し、向こう側の光景に目を輝かせている。
「屋敷に勝手に入ってきておいて、家主に言う第一声がそれですか?」
「ごめんごめん。で! これ何〜〜!!」
今にも飛び出してしまいそうなほどに目を輝かせた少女に詰め寄られているのは、彼女と年の頃を同じくする位の少女。黄金の髪を湛え、朱色の瞳を輝かせる少女とは対照的に、彼女は白に近い銀色の髪を湛え、京紫の瞳を面倒臭そうに陰らせている。
彼女たちは月の住人の姫であり、そして姉妹だった。
「はぁ〜〜〜、まあ良いです。それで、その窓がどうかしたんですか?」
「これ! 何なの、お姉ちゃん!」
「何と言われてもあの星、つまりは地上の光景を映す窓としか言いようがありませんが。」
「そっか〜〜! 地上かぁ〜〜!!」
白銀の少女は更に増す妹の瞳の輝きに、流石に不味いと思ったのか釘を刺す。
「間違っても地上に行こうだなんて考えないでくださいよ、地上には穢が満ちているんですから」
「穢れ?」
「そうです。地上では過度な感情を持つ者達が争いを起こし、欲を深め、穢れを更に濃く歪なものにしていっている。だから私達月の住人にとって、地上は罪を償うための流刑地になっているんですよ。前に教えませんでしたか?」
黄金の髪の少女はその説明を聞いてもなお、「地上に行く」という強い思いを捨てきれないようで頬を膨らませている。
「じゃあ! なんでこんな物がお姉ちゃんの屋敷にあるの!!」
「私に与えられた仕事の一つが、罪を犯した者の監視。つまりは地上に送られた罪人達が悔い改めたか見ておくことだからですよ。私達はここでは変わり者のお姫様でしょう? 貴方は特に。そんな変わり者なら穢に満ちた地を監視することも苦ではないと判断されたんですよ。別に地上を見て楽しんでいないとは言えませんが、貴方よりは適任だと自覚していますよ。」
「なにそれ!! つまりお姉ちゃんはこれ見放題ってこと!? うーらーやーまーしーいー!!!」
とうとう黄金の少女は床の上でのたうち回り始める。
それを冷ややかな目で見ながら中断していた仕事を再開した白銀の少女は思いもしなかった。
まさか彼女が、姉と自身が共同して開発していた宇宙船『もと光る竹』を使用して無断で地上に逃亡してしまうなど。
まさか自分が、妹に地上の事を教えて逃亡を幇助したと罪を問われ、地上に流されることになるなど。
このときの彼女は、床でのたうち回っていた少女──後に「かぐや」という名を得る妹がいつの間にか居なくなり、後に「ナヨタケ」という名を得る自分をも巻き込んだ騒動を起こすなどとは考えもせず、繰り返される月の生活に戻っていった。
********************
突然だが、私、
わざわざ「らしい」と、伝聞の形にしたのには理由がある。それは偏に有名人の片方が私だから、恥ずかしいのだ。
そりゃまあ文武両道で超エリートで学費生活費を独りで稼いでるともなれば、非常に不本意だが有名になるのも仕方ないだろう。
だが、もう一人と比べられるのはそれ以上に不本意極まる。
「なぜ?」そう聞く人もいるだろう。それに答えるとするなら”彼女”が良くも悪くも目立ちまくっているからだ。
彼女の名前は「
実際、生徒たちの間では彼女についての様々な逸話が囁かれている。
曰く、「海外の音楽大学を首席で卒業した直後に日本の大学に入学した」
曰く、「世界三大ピアノコンクールの全てを優勝した」
曰く、「大学入試の一次試験二次試験ともに全教科満点を叩き出した」
曰く、「16歳の時から40歳の現在まで見た目が変わっていない魔女」
曰く、「歴史の授業では毎回授業範囲時代の人のコスプレをしてくるイタいやつ」
曰く、「どんな教科のどんな難しい質問をしても涼しい顔をして答える化物」
などなど、後半に至っては最早悪口だが多くの逸話を持つ人だ。因みに、三大ピアノコンクールは実際に2010年,2011年,2013年にそれぞれ優勝記録が残っていた。化物かよ、なんで音楽の先生じゃなくて社会の先生なんだよ。
また、彼女の授業は非常に分かりやすい。その変人性を十全に発揮していても彼女の下に質問に来る生徒が後を絶たないのはそのためだ。
かく言う私も、受験勉強で先生には非常にお世話になって────
「酒寄さん、どうしたんですか? そんなボーっとして」
「はっ、はい! すみません!!」
7限日本史の授業中、ボーっとしていた私に十二単を着た人物から声が掛かる。慌てて返事をすると十二単の彼女────奈月先生は小さく笑いながらも落ち着いた声音で言葉を発した。
「ふふっ、大丈夫ですよ〜。じゃあ、そんなボンヤリ酒寄さんにちょいムズ問題です」
「はいっ! 何でしょうか!?」
「では、810年に平城太上天皇が重祚、つまりは再び天皇に即位しようとして起こして失敗した政変の名前と、それをきっかけにして衰えた藤原の家系を答えなさい」
どこが「ちょいムズ問題」だ! 基礎やってれば分かる問題だけど、分かんない人にはチンプンカンプンだろ!
「はい。この政変の名前は薬子の変、そしてこの変で衰えたのは藤原式家です」
「正解で〜す! あっ、因みに今の問題の類似問題を今度のテストに出すので、しっかり勉強しておいてくださいね〜!」
そうなのだ。この人、こういう生徒からしたら重要な情報を授業の合間にさらっと言ってくるから油断できないのだ。
そんな事を十二単を視界に入れながら考えていると、不思議と授業時間はいつもより早く過ぎていった。
奈月先生の授業が終わり、私達学生にとっての夢の時間「放課後」になる。
部活に励むも良し、友達と買い物に行くも良し、バイトに勤しむも良し。そんな時間になり、私のクラスはどんどんと賑やかになっていった。
「今日の先生、一段とすごい格好だったな〜」
「なんであの人、あんな美人なのに先生してるんだろうね〜。モデルにでもなればいいのに!」
「お前ら! あの人のピアノ演奏の動画見つけた!」
賑やかとは言っても、殆どが奈月先生に関する話題だが。
そんなクラスメイトたちを尻目に、私は友人の
「にしても、やっぱり先生ってちょ〜ハイスペックだよね〜」
「歴史以外の質問でも、何でも分かり易い説明してくれるよねー」
「本当に先生には感謝しても────」
バイト先への道をブラブラと話しながら歩く。バイト先のBAMBOOcafeは何故か休日よりも木曜日が賑わう。今日は平日だが木曜日ではないので忙しくはならないだろう。つまり、今日は思う存分ヤチヨの配信を見れる!
夜への期待を胸に歩いていると、バイト先と二人の家に別れる十字路に差し掛かった。
「彩葉〜またね〜」
「今日の夜ツクヨミでー」
別れ際に勝手な約束を置いていったが、まあ良いだろう。
完璧女子高生兼バイト戦士の彩葉は、戦場に向かって歩を進めた。
***********************
「彩葉! そっち行ったよ!!」
「任せて!!」
チームメイトの声に合わせて、ブレードを投げ放つ。ブレードを投げた先では、こちらに向かっていた敵の一団が倒れていく。
AIライバー
そのツクヨミで行われるゲームの一つ、それが今私がプレイしている”KASSEN”だ。
ゲームの終了を確認し、チームメイトとの会話も終えて大きく伸びをする。
「う〜〜ん! あ〜、マジで疲れた」
KASSENは面白いのだが、仮想空間といえど実際に体を動かして戦闘をするため非常に体力を使う。中年のおじさんのような仕草をするのも、仕方がないと言える。
というか、これを専門にやってるお兄ちゃんってどうなってんだろ。
「まあいっか! だって今日はヤチヨの配信があるし!」
今日はこれからヤチヨの配信があるのだ。それを思えばこの程度の疲労など屁でもない。
配信までの時間をチェックし、それまでの間に配信の告知を見ていた私は、告知の中に気になる一文を見つけた。
「コラボ?」
ヤチヨのアカウントからの告知には「今日はコラボ配信! たのしみ〜〜〜!!」とだけ書かれていて、肝心のコラボ相手が書かれていない。待機画面になっている配信のサムネイルを表示しても相手の姿は映っていなかった。
ふと目を向けたコメント欄では、コラボ相手の推察が幾つか上がっていた。
コメント:コラボ相手誰だろ?
コメント:乃依様がいい──!!
コメント:ちくわ大明神
コメント:ここはオタ公とみた
コメント:誰だ今の
コメント:めっちゃ待ったんだ、ナヨタケ頼む!
コメント:乃依様──!!!
コメント:ヤチヨ、俺意外とコラボするのか……
コメント:誰だお前
「ほんと、誰なんだろ?」
色々と推察している間も、無情にも時は過ぎてゆく。配信開始の時間になったようで、待機画面が移り変わった。
『神々のみんな〜? ヤオヨロ──! 仮想空間<ツクヨミ>管理人の月見ヤチヨだよ〜!』
配信は恒例の挨拶から始まった。いつ見ても素晴らしいヤチヨの姿によだれを垂らしていると、配信の話題が段々と変わっていっていく。
コメント:コラボ相手は〜?
コメント:ヤチヨー! 結婚してくれ──!!!
コメント:ヤオヨロ──!
コメント:かわいい
『どうやら気になっている人が多いみたいだね〜。それでは! 今日のコラボ相手の発表だよ☆どうぞ〜』
『神々の皆さんはじめまして!で、いいんですかね? 音楽家兼歌手のナヨタケです。宜しくお願いしま〜す!』
「うっそ!? コラボ相手ってナヨタケ!?」
思わず大声を出してしまった私と同様に、コメント欄も大盛り上がりだ。
コメント:マジ!?
コメント:世紀の音楽家コラボ来た──!!!
コメント:はっ、えっ? どゆこと?
コメント:金取れるぞこれ
コメント:予想あたった!
コメント:歴史に残るぞ、これは
コメント:ツクヨミの歌姫と世界的ピアニストのコラボって…………what?
コメント:なんでこれが無料でレジ袋が有料なの?
音楽家兼歌手『ナヨタケ』
仮想空間<ツクヨミ>において、ヤチヨの次に有名と言われるアーティスト。真相は定かではないが、現実世界でもピアノでとんでもない功績を残しているという。初めての彼女を見たときは先生でないかと疑ったが、声が全然違うので関係はないと思う。
これまで幾度となく二人のコラボを望む声はあったが、一度としてそれが叶ったことはなかった。一時期は不仲説まで飛び交っていたのだが、その後直ぐに二人でチームを組んでKASSENをしている場面が目撃され鎮火した。
そんな二人が待望のコラボをする。そのことに私も視聴者も狂喜乱舞だった。また、この二人は同じ音楽という分野に長けている。つまり、この二人の初コラボの内容は当然────
『じゃあじゃあ、今日の企画を発表するよ〜☆』
『ヤチヨがちゃんと司会してる!? コラボ決まった日からずっとソワソワして落ち着きなかったのに!』
『ナヨちゃん! それは言わなくていいの!!』
「ヤチヨがいじられてる!? めっちゃ尊いっ!」
普段は純真無垢で楽しそうであっても、何処か余裕を持った振る舞いをしているヤチヨが揶揄われている。その新感覚に私達ファンは再度ヤチヨに好意を抱いた。
『さて、気を取り直して今日の企画は〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ジャジャーン! 私とナヨちゃんの演奏アンド歌配信でーす!』
『やる曲はコメントで決めるから、どんどんコメントしてね〜! 一通りの曲は許諾取ってあるから!』
『うわ〜、ナヨちゃん生々し〜』
「マジ!? リクエスト制!?」
歌う曲をリクエスト出来るというのはファンにとって滅茶苦茶ありがたい。だって自分のお気に入りの曲を自分の推しが歌うなんて、天国以外の何物でも無いから。
直ぐにリクエストが溢れ、先程の比べ物にならないくらいに早くコメントが流れている。私も必死にリクエストを送った。
『お〜、爆速だね。ヤチヨ、何にする?』
『じゃあね〜、これ!!』
『真っ先に自分の曲選ぶとは…………よし、準備できたよ!』
ヤチヨとナヨタケの2Dアバターが表示されていた配信画面に、ナヨタケの声がかかった瞬間マイク現れ、更にナヨタケの前にはピアノが表示された。
コメント:えっ? まさかとは思うけど生演奏!?
コメント:金払わせてくれ──!!
コメント:豪華……豪華すぎる
コメント:なんだよこれ、最高じゃねえか
『じゃあ一曲目、いっくよー!
────────星降る海!』
奈月先生のスペックが超絶盛られてますが、月人スペックで長く生きてたらこれくらい出来るよねっていう妄想からこんなに盛った馬鹿は私です。
それと月のナヨタケさんの姿はアニメ版のこのすばのエリス様みたいなイメージです。
因みに作者の推しはヤチヨです。推しカプはヤチいろなので、実質かぐいろです。