私、酒寄彩葉は激怒した。
必ず、彼の傍若無人、奔放不羈の塊のような少女に鉄拳を喰らわせねばならぬと決意した。
彩葉は月の経済が分からぬ。
彩葉は、ただの限界ハイスペ女子高生である。勉学に励み、バイトに精を出し、親に頼らず一人で暮らしてきた。
故に、散財に対しては人一倍敏感であった。
そんな彩葉が、七色に光るゲーミング電柱より出で彩葉の家計を圧迫し、ネット通販で無駄遣いをしまくる月からやって来た悪魔───かぐやに般若の顔を向ける当然の帰結であった。
「あれらは何だ!? かぐや!!」
「ヤチヨカップ優勝のための投資!! 全部百均だから安心だよ!」
かぐやのヤチヨカップ優勝へ協力のおねだりに陥落し、いろPとしてかぐやの快進撃に付き合う今日このごろ。快進撃と同時にかぐやの散財も劇的に増えて、彩葉の財布と部屋のスペース両方は圧迫されていた。
学校へ登校する直前に配達が来て、謎の物体を受け取りさせられるのも何度目か分かなくなってしまった……って、時間ヤバ!?
「と・に・か・く!! 帰ってくるまでに片付けといてよね!!」
「分かった〜、じゃね〜いろは!!」
反省の色が見えないかぐやに後で説教する、そう心の内に決めて学校への道をひた走る。
今日は夏期にある学校の中でも私が通っている学校の受験生予備軍の生徒にとって最も重要な日、つまりは『不二塾』の日だ。
不二塾とは、奈月先生が月に一度開催している希望者への特別授業。事前に募集した範囲の中からどの教科のどの範囲でも一つを取り上げて徹底的に解説してくれるという、苦手分野を持つ学生にとってもそうでない学生にとってもありがたい時間だ。実際、これを受講している生徒としていない生徒ではその範囲に対する理解度が天と地ほど違うらしい。
重要なのはこれを開催しても奈月先生には一銭たりとも賃金が発生しないこと。完全なる善意で、それも各学年別で開催されてているのだからもう意味がわからない。神かよマジで。
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「本日の不二塾はアンケートの結果、先生謹製英数国の基本三科目入試対策問題になりました〜。解説まで一日で行うので寝ないでくださいね〜!」
席について授業が始まって奈月先生が最初にした発言がこれだった。
思わず「阿呆か!?」と言いたくなる。まず先生が過去に開いた不二塾のプリントは完成度の高さから生徒間で流通しているのだが、一つ大きな問題がある。
難易度が異様に高いのだ。
以前三年生の学年トップを張っていた生徒が解いた時に思わず「解法が分かれば簡単だけど、分からなかったら東大入試より圧倒的にムズい」と漏らしたことからその異様さは知れ渡った。因みにその年の東大合格者数は全国トップレベルだったそうだ。
これまでの不二塾の試験問題と同じで3科目7問ずつの計21問で、試験時間は120分。
21問と聞いて、少ないと感じた人も多いだろう。しかし侮ることなかれ。全てが応用に応用を重ねた問題で120分では圧倒的に足りない。
「試験用紙は行き渡りましたね〜。では試験始めで〜す!」
先生の合図とともに私達は一斉に問題用紙を捲った。
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「試験終了で〜す。手を止めてくださ〜い!」
奈月先生が号令を掛け、全員が解答用紙に記入する手をとめる。
ヤバい、不安でしかない!
解答用紙の回収が終わり、私は不安に苛まれた。否、私だけでなく全員がかなり険しい顔をしている。
それほどにこのテストは難しかった。
「これから皆さんは30分休憩で〜す。お昼ご飯を食べておいてくださいね。その間に採点は終わらせますから〜」
試験終わりの生徒たちが教室を出て思い思いに休み時間を過ごす。私もお昼を食べようと移動し始めようとした所で、一部の生徒たちが試験を行った教室の扉の窓に張り付いているのを目撃した。
私も気になって中を覗いて─────化け物を目撃した。否、さっき私達が解いた問題用紙の採点をしている奈月先生を目撃した。
今回の不二塾を受講した生徒は50人、つまり先生は昼ご飯を食べる時間を考慮すると休憩時間中の約10分に50人分の採点をしなければならないのだが…………意味がわからない位の爆速で採点がされている。
採点ペンを持つ手は残像が残る程に素早く動き、用紙をめくる手は一瞬たりとも止まらない。正に鬼神とも言うべきすがt────
「ところで、覗き見をしている悪い生徒達は誰でしょうか?」
突然、奈月先生の首がグルッと私達がいる扉に向き、目が妖しく細められた。
そのどこのホラー映画だとツッコミたくなるような光景に、思わず後ずさった私は壁にぶつかりもう後がないことを悟る。
あっ、終わった。
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「まったく、まさか優等生の酒寄さんが覗き見する悪い子だったとは」
爆速採点を終え、せっかくだからと一緒にお昼を食べていた奈月先生がおどけたようにそう言う。
「先生、からかわないで下さいよぉ」
「ふふっ、ごめんなさ〜い」
からからと笑う先生から、強く出られない私が面白がられているのがよく分かる。
私が一人暮らしをしているという事もあって、入学したての頃から先生には書類や手続きなど様々な面でお世話になった。今もさり気なく気にかけてくれるのだから、かぐやの事を隠していることに少し罪悪感が湧いた。
とまあ、そんなこんなで奈月先生には頭が上がらないのだ。
「そういえば酒寄さん」
「なんですか? 先生」
「本当に推薦状は書かなくていいんですか? 海外でも国内でも、酒寄さんなら全然書きますよ」
「あ〜、その〜」
思い出したように言ってくる先生に思わず言葉を濁した。
私が音楽をやっていたとつい漏らしてしまって以来、先生は度々こうして音楽コンクールへの推薦状を書こうかと聞いてくるのだ。先生の推薦があればそれらのコンクールに参加を捩じ込む事くらい訳ないらしい。
これまでは音楽を再びやる予定はないからと断っていたのだが、最近はかぐやに頼まれて音楽に触れるようになったので咄嗟に迷いが出てしまった。
「まあ、気が向いたら言ってください。音楽以外にも考古学や工学の分野にも関わりがある方がいるので、紹介などが必要ならまた言ってくださいね」
答えられずに唸っている私を見て、詰めるのは良くないと思ったのか先生はそう言って話しを切った。
正直助かった。あのままだと答えられないまま気まずい時間が過ぎていったに違いない。
「よし! じゃあ午後も頑張りましょうか!」
「はっ、はい!」
「頑張るとは言っても、テストの返却からなので皆さん落ち込まないといいですが」
マジ? そんなに結果悪いの?
最後に先生がポツリと漏らした言葉に恐怖しながら、私達は教室へ歩を進めるのだった。
期末が終わって書き始めたらネトフリの契約期限が近い事に気づいた今日此の頃。急いで書かないと未完になってしまう!1話は短くても書け書けーーー!