ぽんこつ美少女Vtuberと最強無職 ~元無敗王者を人気配信者が放っておいてくれない~   作:世嗣

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戌亥とこさん100万人達成大変めでたいですねえ。



Vtuberは憧れ

 

 

「ヒロくん、楽にして寝て」

 

 囁くように、でも有無を言わせぬ声音のなーちゃんが俺に歩み寄る。

 

「でも、なーちゃんやっぱこういうのは……」

「いいから。私に任せて。自分でやると苦しいでしょ」

「いや、でも……」

「もう、いいから」

 

 とん、となーちゃんが俺の肩を軽く押した。油断していた俺はそれだけで容易くバランスを崩し、ベッドに倒れ込んだ。

 

「ぜんぶ、私がやってあげるから」

 

 なーちゃんがベッドに体重をかけると、ぎし、とスプリングが軋んだ。彼女はそのまま倒れ込む俺の頭の方へと手を伸ばしてくる。

 さらり、となーちゃんのチョコレート色のロングヘアがひと房垂れて俺の頬を撫でる。香水だろうか、花のような香りが俺の鼻腔をくすぐり、そして――――。

 

「ヒロくんこういう機械系さっぱりでしょ。私がやった方が早いから」

 

 俺が頭につけてるVRデバイスの初期設定を何やらかちゃかちゃと始めた。

 

 ……。

 

「距離が近い」

「あいてっ」

 

 俺は極めて凪のような静かな心で近くにあったなーちゃんの頭をチョップすると、デバイスを外してからベッドからするっと逃げ出した。

 お互い小学生の頃から知ってる仲だ。特に何も思うことはないが、節度というものがある。

 

 今日は山下さんに頼まれて引きうけたなーちゃんにVSを教える日。普通に遊ぶ分には追加の設定などはいらないのだが、なんでも今回はカレイドコアの持っている練習用の部屋を貸してくれるらしく、追加での周辺機器の調整が必要となっていた。

 

「せっかく私が初期設定してあげてるのにチョップすることないじゃん~」

「それはありがとうございます」

「うむ。くるしゅうない」

 

 なーちゃんはむふんと胸を張ると、また俺のVRデバイス(なーちゃんが使っていなかったやつ)と手元のスマホを接続して何やらぴこぴことやっていた。

 

「それにしても、いまの時代こういう機械系が苦手って、ヒロくん仕事とかでこういうの使ってこなかったの?」

「パソコンとかは最低限触れるけど、どちらかというと営業とかに駆り出されることも多くて……」

「なんかっぽいな~」

「そう?」

「なんか取引先のおじさんとかにかわいがられてそう。どう、当たり?」

「……当たり」

 

 ロクに仕事は教えてくれないが人をいびることが大好きな厳しい上司に「お前はこっちにいても役に立たん」と営業に移動させられた時には、取引先の方たちがとても良い方ばかりで、俺のような若輩の話も聞いて一緒に仕事をしてくれることも多かった。

 あの人たちのおかげで会社に捨てられなかったと思っているが、今度は営業の先輩から「あいつは調子に乗っている」と目をつけられてしまったりしたんだが。

 

 あれは辛かった……。

 

 その後、なーちゃんがぽちぽちとVRデバイスの設定をやっているのを体育座りで待っていると、5分くらいでなーちゃんが「よし」と頷いた。

 

「じゃあこれでセットアップは終わりだよ~。そのままログインしてVSを起動してくれたらいいから」

「ありがとう。なーちゃんには何から何まで世話になっちゃってるな」

「いえいえ、元はと言えばカレイドコア(ウチ)がコーチをお願いしたからだしね」

 

 そういってなーちゃんは持ってきていた手提げバッグからもう一台VRデバイスを取り出すと耳にひっけて、近くにあった椅子に腰かけた。

 

「あれ、なーちゃん俺の部屋でログインするのか?」

「だめかな。何かあったときに近い方がすぐ対応できるかなと思ったんだけど」

「だめ、ではないが……」

 

 俺はベッド。なーちゃんはそこらへんにある背もたれ付きの椅子。

 VRデバイスを使ってゲームをする際は、身体への意識はほとんどシャットアウトされて電脳空間のアバターへと繋がる。が、電脳空間に意識を飛ばしている状態―――俗にいう『ダイブ』している時にも体への負担は残る。

 変な体勢で長時間ログインしたりすると身体が痛くなったり、身体がしびれてたりするので、ダイブ中はなるべくリラックスした姿勢を取ることが推奨される。

 

尤も今回はあまり長いログインにならないと思うし、問題ないと言えば問題ないと思うが、流石に家主を優先してベッドを使うというのは心苦しい。

 

「なーちゃん、ベッド使いなよ」

「……はへ?」

「ちょうど今日一式洗濯したばかりだし汚くないと思うよ」

 

 ぱちぱちとなーちゃんが瞬きをした。

 まるで一気に大量のデータを送り付けられた一昔前のPCのようにしばらく無言で俺のことを見つめていたが、ようやく脳内で処理が追いついたのか急に勢いよく立ち上がる。

 

「え、えええええっ!? わ、わたしがヒロくんのベッドで寝る!? い、良いわけないじゃん!」

「なんか変か? そもそもこの部屋はなーちゃんが借りてるんだし……」

「え、えっち! へんたい! 私のことを妹のように見てるって言ってたのも嘘だったわけだ!」

「言ってない言ってない」

 

 なぜか顔を真っ赤にしたなーちゃんが手元にあったティッシュ箱やら手提げバッグやらを俺にポイポイと投げつけてくる。

 おわ、危ないから投げるなって。

 

「何言ってんだ! 俺が椅子でダイブしてなーちゃんがベッドでダイブするだけだろ!? なーちゃんから言って来たのに何がダメだってんだ!」

「……ヒロくんが、椅子」

「当たり前だろ。逆になんで一緒に寝ると思ったんだ。子どもの頃じゃないんだから」

「それは……そうだね――――」

 

 スッとなーちゃんが滑らかに土下座した。

 

「お騒がせしました」

「はい。お騒がせされました。大人しくベッドで寝てくださいますか」

「了解いたしました」

 

 俺はVRデバイスを耳に引っ掛けるとそれまでなーちゃんが座っていた椅子に腰かけた。

 なーちゃんはベッドに寝っ転がると、なんだか少し居心地悪そうに、そわそわしていた。

 

「なんか、ヒロくんの匂いがする気がする……」

「ん? なんか言った?」

「ここがジョジョの世界だったら聖徳太子ってやっぱジョジョって呼ばれたのかなって」

「十七条の憲法を作ったからジョジョって? やかましいな。なんで急にそんなこと言いだしてるんだよ」

「配信者たるものいつでも面白いことを言えないといけないから」

「大変な職業だね……」

「この会話に付き合ってくれるヒロくんも割と向いていると思うけどね」

「冗談」

 

 お互い目を合わせて少し笑うと、デバイスを起動させる。俺は椅子に身体を預けて力を抜く。社宅で俺が使っていたような安物とは違って体重がかかってもバランスは崩れず、しっかり俺を受け止めてくれる。

 この分ならここからダイブしても身体が痛くなったりする心配はなさそうだ。

 

 俺はダイブする直前にもう一度なーちゃんの方を伺うと、なーちゃんもちょうど俺の方を見ていたらしく、目と目が合った。

 

「じゃあ、向こうで!」

「ああ、向こうで」

 

 なーちゃんが小さく手を上げてそう言ったので俺も同じように返して、目を閉じた。

 そして念じることでデバイスは俺の脳波を読み取って電脳の世界へと誘う。

 

 少しの浮遊感と、じんわりと熱が伝わるように五感の感覚が生まれるあたりでゆっくり目を開けると、以前のようなアルマギアの混沌とした街並み―――ではなく、だだっ広い草原に立っていた。

 

「なるほど、これがカレイドコアが借りてる『アルマギア』の個人サーバーか」

 

 肌を撫でる心地よい風と、草葉がこすれるそよそよという音。都会では中々嗅ぐことのない土の香り。空には大きな太陽が輝いており、らんらんと照り付けているのに、刺されるような暑さは感じない。

 景色は夏の草原というべきものなのに、気候に関しては春のように暖かだ。

 これはVRにしか存在しえない、人の過ごしやすい空間という奴だろう。

 

 しゃがんで足元の草を触ってみる。指に伝わる感触はかなりリアルで、ほとんど現実のものと遜色ないと言えた。

 

「俺の頃よりここら辺の再現性もかなり向上してるな」

「やっぱ五年前とは違うんだね~」

 

 背後から声をかけられて、振り向く。

 

「こっちで会うのは初めてだね。やほ~」

 

 そこには、配信画面でいつも見かけていた人がいた。

 ピンクの差し色が入った茶髪はかわいらしく二つ結び。薄茶の瞳はぱっちりと大きく、その顔立ちは美少女としか表現できない。

 彼女は魔法学校に転入したばかりという公式サイトの文言通り少し洋風な雰囲気がある制服を身に纏っていた。けれど巫女さんのような赤と白の着物のような羽織を制服の上から着ているため、どことなくファンタジー世界の住人を感じさせた。

 

 心重(こころえ)ななの。

 カレイドコア所属の魔法巫女のVtuber。俺が今日ヴァーチャル・スクエアを教える生徒だ。

 

「なんだよ~そんなじろじろ私のこと見てさ~」

 

 心重ななの――――なーちゃんは現実と変わらない様子でいたずらっぽくにひ、と笑う。

 

「私がかわいいからびっくりしちゃった~? ふふふ、仕方ない仕方ない。なにせこの初期衣装はリスナーさんにも大変評判が良いのですよ。ほらほら、素直にかわいいって言っていいんだよ~?」

「うん。かわいいと思うよ」

「……思ってた反応と違う」

 

 むーとなーちゃんがむくれているのを見て、思わず少し吹き出してしまった。

 確かに顔立ちも服装も違うが、表情の作り方は現実のなーちゃんと全く変わらない。それが「確かにこれはなーちゃんだ」と思わせてくれて、それが少し面白かった。

 

「もっとこう……『これが……なーちゃん?』ってびっくりしてほしいんだけど」

「なんだこの荒々しいかわいさは!? これがあの優しいなーちゃんなのか……?」

「ピッコロしてとは言ってないよ」

「まるでかわいいのバーゲンセールだな」

「ベジータもしなくていいから。……ヒロくんってあんま最近の漫画とかアニメ見てないのに古いのは詳しいよね」

「まあ中学くらいの時なーちゃんと一緒に見てたし、それに友だちにそこらへんのが好きなのがいて」

「ふ~ん?」

 

 俺の愛読書はドラゴンボールとトリコとワンピースとナルトです。

 昔この話したら友だちから「老人ホームに置いてある作品ばっかじゃん」と突っ込まれた。

 でも、この年代の漫画って古本屋に置いてあるし読みやすいし、主人公がアツくて読んでて面白いんだよなぁ。

 ちょうど2070年代に2010~20年代のアニメのリメイクブームが来たから俺たち世代はなじみ深いし。

 

「そういうヒロくんは清々しいくらいシンプルだね。ザ・初期アバター!って感じ。現役のころからそんな感じなの?」

「いや、現役の頃はもうちょい色々いじってたけど、VS辞める時に色々と処分しちゃったんだよなぁ」

「なんで?」

「気持ちをリセットするためかなぁ。あんまり器用な方じゃないから、逃げ道を無くしたかったんだと思う」

 

 それに、俺が辞める時はちょっとチームメイトともめたりもした。

 これくらいしないと俺の本気が見せられないと思ったし、実際にそうでなければ二人は納得してくれなかっただろう。

 

 まあ、今は昔、というやつだ。特に後悔もしてない。アバターの見た目で強さは変わらないし。

 

「それにしても、こんなちゃんとしたフィールドを好きに使っていいなんてカレイドコアは凄いな」

「だよね~。もちろんVSで普通に遊んでもいいんだけど、ここだと配信にそのまま繋げられたりして便利なんだ」

「ということはなーちゃんの他の配信者の人もここの部屋を使うことが多いのか?」

「そうだね~。裏で練習したり、箱内コラボで使うときはかなりここが多いかな~。あ、でも他にも部屋はいくつかあるから時間とかは気にしなくていいよ」

「なーちゃんも使うことあるんだな」

「何度かね。あ、あと明日スーちゃんとコラボすることになってるから、その時はここのサーバー使うと思う」

 

 スーちゃんというのは確かなーちゃんの同期の子だったはずだ。一緒に大会に出る予定だとも聞いている。

 あとなーちゃんと違ってザコではないらしい。

 

「なんか今すごい私のことバカにされた気がするな?」

 

 気のせい気のせい。

 

「明日はリスナーさんをあんま待たせないようにある程度スキルとか必殺技とかの面は固めてから行きたいんだけど、できるかな?」

「んー暫定的でいいなら? 流石に今日一日で全部決めるのは難しいんじゃないかな。このあとの後任のコーチとの兼ね合いもあるし」

「そっか、確かに配信的にもコーチさんとどういう関係を作るのかも大事だね……」

 

 なーちゃんがやや袖が余って萌え袖気味になっている巫女服のような羽織で口元を抑えつつふむふむと考えている。

 

 なんか、ちょっと微笑ましいな。

 

「あ、ヒロくん笑ったでしょ? なんで笑ったの?」

「いや、なーちゃんって本当に配信が好きなんだなって思って」

「そりゃあそうだよ~。そうじゃなかったらこのお仕事してませんから」

「好きな仕事か。良いものだね」

「あ、またヒロくんが前職トラウマを再発してる」

「してないしてない」

 

 いやまあ俺の仕事は楽しいからというよりは、やらなければならないからしているものでしたが。

 

 なーちゃんは二つ結びにした髪の先を指で少し触りながら、そんな現実の自分とは違う容姿を愛おしそうに見ている。

 

「そういえばVtuber、はじめた理由聞いたことなかったな。きっかけとかあるの?」

「あー、ええと……二つくらい、あるかな」

「ほう」

 

 二つ。

 

 なーちゃんはくるくると指先で髪を弄びながら、言葉を続ける。

 どことなく、少し恥ずかしそうだ。

 

「一つ目は陽向ひなた先輩がいたから。ひなた先輩はすごいんだよ! 配信も面白いし、VSも強いし、しかも歌も上手いんだ。私が見たライブは全部ソロ曲で構成されてるくらいアイドル活動にも積極的で……」

 

 陽向ひなた。カレイドコアの0期生。バーチャルアイドル、だと記憶している。

 なるほど。彼女がなーちゃんの憧れなのか。

 

「……何より、配信で言ってたことが忘れられなくて」

 

 なーちゃんは姉を自慢する妹のようにえへんと胸を張った。

 

「『Vtuberは知らない誰かの味方になれる職業です。私はこれよりも素晴らしい職業を知らない』」

「いい言葉だな」

「でしょー? 私それにすごく感動しちゃって、私もそうなりたいなってそう思って、上京したタイミングでカレイドコアのオーディション受けたんだ~」

「そして見事合格して今に至る、と」

「そういうこと!」

 

 頷いて、彼女は続けた。

 

「Vtuberってお仕事、私好きなんだ。顔も知らないたくさんの人たちと関わって、たくさんの人が応援してくれて、たくさんの人の力になってあげられる。楽しい時間を一緒に過ごせる。こんな仕事、そうそうないよ」

 

 はにかむように笑って、なーちゃんは続ける。

 

「ずっと、この仕事がしたい。誰かの笑顔に関われる、誰かの味方でいられる、そんな居場所」

「……素敵だな」

「他人ごとみたいに言ってるけど、私がVtuber始めた理由の二つ目はヒロくんだからね~~?」

「俺?」

 

 聞く限り俺が関わる余地はなかったと思うが……。

 

「ヒロくんが私に教えてくれたんだよ、『誰かに優しくされること』のうれしさ、みたいなやつ」

「もともとなーちゃんは優しい子だったよ。ちょっと素直じゃない時期があっただけで」

「自己評価低いなぁ」

 

 困ったようになーちゃんはため息をついた。

 

「まあ、いつか分かってくれればいいや! 今はVSをちゃんと覚えなきゃね!」

「そうだね。そろそろ雑談も切りあげて、練習に移ろうか」

「よろしくお願いしまーす先生!」

 

 ほんじゃ、なーちゃんにはまずなぜ、『ヴァーチャル・スクエア』がここまで人気になったのか……そこあたりの理由から理解してもらうとしますかね。

 

 




 
今回修行回の予定でしたがちょっと長かったので二つに切ります。
次回本当の修行回。

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