ぽんこつ美少女Vtuberと最強無職 ~元無敗王者を人気配信者が放っておいてくれない~   作:世嗣

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恩返しは今

 

 

 

 ステラさんの配信に俺の姿が映ってしまったその日の夜、俺となーちゃんはカレイドコアのオフィスに向かった。

 

「こんな間を置かずにまたこのオフィスに来ることになるとは……」

「ごめん、本当に迷惑かけて……」

 

 エレベーターの中で思わずつぶやいたら、なーちゃんが申し訳なさそうに俯いた。

 

「インターネットでヒロくんのこと、色々言われちゃってる。ヒロくんは悪くないのに」

 

 ここに来るまでに軽くインターネットを見てみたが、思ったよりもなーちゃんのファンたちは困惑しているようだった。

 時間がなかったため詳しくは見れなかったが、急に自分の応援しているVtuberが運営スタッフでもなさそうな謎の人物と一緒にいるのを見て、愉快になる人はいないだろう。

 

「……俺のせいで起きた問題だから謝らないでよ。むしろ、俺がコーチなんて引き受けたせいで面倒かけてごめんね」

「んーん。ヒロくんは悪くないよ。だってヒロくんは一般の人なんだもん。こっちこそごめんね」

「本当に、気にしなくていいよ」

 

 なーちゃんは俺を巻き込んでしまったことをかなり気にしているみたいだ。

 自分の方がいま炎上しかかっているのに、俺のことを気遣ってしまうあたりやっぱりいい子だと思う。

 

「ヒロくんついたよ。みんなもう会議室にいるって」

「ああ。行こうか」

 

 なーちゃんに呼びかけられて、俺は後をついて行った。偶然かどうかは知らないが、向かった会議室は以前と同じ部屋だった。

 

 俺となーちゃんが扉を開けて会議室に入ると、既に椅子には数人が腰かけていた。

 

 奥の方に女性が二人。そして手前にはまた二人で――――おっと。

 

「今日はわざわざ来てくれてありがとうございます」

 

 俺が座っている人のことを詳しく確認するよりも早く、椅子から立ち上がる人物がいた。眼鏡のスーツ姿の男性、山下さんだ。

 

 山下さんはそのまま深々と俺の方に頭を下げた。

 

「成宮くん今回は私たちカレイドコアの問題に巻き込んでしまって申し訳ありません。しかも、無関係の君が非難される状況など……」

「山下さん謝るのはやめてください。むしろ、俺の方こそ面倒をかけてすみません」

「君が謝る理由はありません。君はあくまでもこちらから仕事を依頼された立場なのですから」

「頭、あげてください。話を聞かせてください」

「そうですね。まずはお互いの紹介と、現状整理をしましょう」

 

 山下さんは深々と下げていた頭を上げると、そのまま半身引いて椅子に座っている他の人物たちを手で示した。

 

「順に紹介します。まず私の隣に座っていたのが――――」

「やっほ~、ひーくん久しぶり~」

 

 すごく、懐かしい顔だった。

 すごく、懐かしい声だった。

 すごく、懐かしい、笑顔だった。

 

「瑠璃――――」

「ノンノン、わたしは『陽向ひなた』だよ~。元気だったひーくん~?」

「……そっちだけ呼び方それなのはズルくないか、ひなた」

「だってひーくんはひーくんじゃん~?」

 

 いたずらっぽく笑った彼女―――『ひなた』に、俺もまた困ったように笑い返した。

 

 なーちゃんと関わっている限り、どこかで出会うこともあるかもしれないと思っていたが、よりにもよってこんなところで会うとは。

 

「全然変わってなさそうで何より」

「そういうひーくんは元気なさそうだね。栄養取るためにちゃんと毎日とんかつ食べてる~?」

「食べてないよ。生憎そんなに誰かに勝ちたい人生は送ってないからな」

「ノンノン、とんかつはいつ食べてもおいしい……これが意味することは分かるかな~?」

「わからないですね」

「汗をかいたあとのポカリはおいしい。脳が疲れてる時のチョコはおいしい。つまり、いつ食べてもおいしいとんかつは~?」

「まさか、人体に不足する全ての栄養が詰まっているのか……?」

「いえーす!」

「いやそんなことはないからね!? ヒロくんもひなた先輩も何言ってるの!? とんかつに詰まってるのは大量の脂質だから!」

 

 なーちゃんが思わず声を挙げずにいられなかった、といった様子でツッコんで来た。

 そして、俺をじーっと半目で見つめて来る。

 

「ヒロくん、ひなた先輩と知り合いなの……?」

「まあ、昔ちょっとね」

「昔って、ヒロくんがチャンピオンだった現役の――――」

「それはまた今度ね」

 

 俺はなにかを言いたそうななーちゃんの言葉を遮る。

 このままでは山下さんに残りの人を紹介してもらえないからな。

 

 旧交を温めるのも良いが、いまはそれよりも優先することがある。

 

 俺たちは山下さんに勧められるままに椅子に腰かけた。

 

「気を取り直してもう一度紹介を。こちらにいるのはカレイドコアの0期生の陽向ひなたさんです。ベテランですし、意見を伺うためにこちらに同席して頂いています」

「よろしくね~」

 

 ひなたは椅子に腰かけたままにこ~っと俺となーちゃんに微笑みかけた。

 

「そしてこちらが『ステラ・マギティック』さんと、そのマネージャーです。彼女は心重さんのマネージャーでもあります」

「ど、どうもステラ、です」

「そのマネージャーの御手洗です。この度はご迷惑をおかけしてしまいすみませんっ」

 

 山下さんが紹介すると、椅子から二人が立ち上がった。

 

 まず挨拶をしたステラさんだが――――とても、若いと思った。

 なーちゃんも19歳でかなり若いと思うのだが、ステラさんはそれよりももっと子どもっぽさがある。身長も低めだし、どことなく表情も不安そうなのもあってその印象を加速させている。

 元々色素の薄い体質なのか茶髪は光に透かすと白くすら見えるようで、儚さすら感じさせる。

 なーちゃんが「朗らかな美少女」、ひなたが「絵のような綺麗な美人」なら、ステラさんは「守りたくなるような美少女」とでもいったところだろうか。

 

 そして隣にいるスーツ姿のマネージャーさんの御手洗さんも、結構若い気がする。

 流石に大学は出ているだろうが、たぶん新卒一年目なんじゃないだろうか。顔立ちがちょっと子どもっぽいからもしかしたら、俺と同い年か一つ上くらいはあるかもしれない。

 

「心重さんは紹介しなくてもいいでしょうが、こちらは成宮君尋くんです。VSの実力者で、今回はコーチの後任が決まるまでは心重さんの指導をしてくれる予定でした」

「成宮です。すみません、自分のせいでみなさんにご迷惑をおかけしてしまって」

 

 ぺこり、と頭を下げると、今まで不安そうにしていたステラさんが慌てたように声を挙げた。

 

「あ、謝らないでくださいっ! その、悪いのはボクで……ボクが時間勘違いしたせいで、こんなことになってしまって……」

「いえ、悪いのは私なんです。私がステラさんに伝えるスケジュールを間違えてしまっていたせいで、こんなことに……本当にすみません。こんなミスをするなんて……」

 

 ううん、二人ともこの世の終わりみたいな顔してるな。

 

 ええと、山下さんがまずは詳しい経緯を説明してくれると助かるんだけど……。

 

「まずは私が状況を説明しますから二人は落ち着いてください」

「うう、はい……」

「すみません主任……」

 

 俺の目線に気づいてか、山下さんが二人をなだめてくれた。

 山下さんは眼鏡を中指で押し上げてズレを直すと、今の状況について一つずつ語り始めた。

 

 まず俺となーちゃんがレンタルサーバーで練習する。これは予定通りだ。

 ちゃんとなーちゃんが申請して、運営も認可を出していたらしい。

 

 本来なら申請に出されていた通り2時間ほど使ったあたりで俺となーちゃんがログアウトして無事終わり……だったはずなのだが、このタイミングでいくつか不幸な事故が重なった。

 

 まず、そもそもこの日のこの時間がデビュー予定だった先生ライバーとの初顔合わせ配信の予定だったということ。

 だが、先生ライバーの『中の人』が急にデビューを断ってしまったために、その配信の予定は流れてしまっていた。

 

 次にその影響でカレイドコアの運営全体が大変忙しい状態になってしまったということ。

 特に『心重ななの』と『ステラ・マギティック』のマネージャーである御手洗さんは今まで調整していた予定が一気に白紙になってしまい、調整のためにてんてこ舞いだったそうだ。

 そして、本来ならもう廃棄されているはずだった訂正前のスケジュールを見て、「今日配信がありますよ。忘れてませんか?」とステラさんに送ってしまった。

 

 そしてさらに、この日ステラさんが昼間に居眠りをしていたらしい。

 何も配信がないと思っていたのに起きたらマネージャーから「配信がありますよ」と連絡が来ていて焦った彼女はそのまま配信枠を慌てて立てて、そのまま俺となーちゃんのいる部屋に突撃してしまった。

 

 ……というのが、事の顛末のようだった。

 

「本当にごめんなさい……成宮さん、なのちゃん」

「私もすみません。こんな事態になってしまって」

 

 ステラさんと御手洗さんが揃って頭を下げてくる。

 そして、それに続くように立ち上がった山下さんがまた深々と頭を下げてきた。

 

「心重さん、成宮くん。今回はこちらの不手際でこのような状況に巻き込んで申し訳ない。担当のものにはきちんと指導をしておきます、なので、まず今回のことを許していただけますか」

「いえいえ、私はぜんぜん! スーちゃんにもマネージャーさんにもいつもお世話になってますから! 私だって何度私のぽんこつさで迷惑をかけたことか……」

 

 およよ~と場を和ますように泣く真似をしたなーちゃんだが、ステラさんも御手洗さんの反応は鈍い。

 なーちゃんが気にしているかどうかもそうだろうが、自分たちのミスで起きたことに押しつぶされそうになっているように見える。

 

 御手洗さん、きっとまだほとんどミスをしたことがなかったんだろう。

 辛いよな、こういうのは。俺も前の会社にいたころはよくミスを強く叱責されてぶん殴られたりしていた。

 

 俺は、あの時どんなふうに言ってほしかっただろう。

 

「御手洗さん、入社してどのくらいですか?」

「あの、一年くらいです……。新卒で入って来たので」

 

 俺が急に質問してきたことに困惑しつつ、御手洗さんは答えてくれた。

 ということは22歳か。大学から卒業したばっかってことは、まだまだ分からないことばっかりだよなぁ。

 

「入社したばっかりなのにいきなり忙しくなって大変でしたね」

「え、えと……」

「山下さんは理不尽に貴方を厳しく怒ったりしませんよ。もちろん、同じことを繰り返さないように注意はするでしょうけど……」

「……ええ、当たり前です。ミスは起こるものです。問題はそれにどう対処し、再発を防ぐかです」

「だそうです。なので、あんまり自分を責めないでください。そんなに申し訳なさそうだと逆に心重さんが恐縮しちゃいますよ」

「そーだよマネちゃん! いつも助けられてるんだから、そんなに謝らないでよ!」

「あ、ありがとう、ございます……」

 

 やっぱミスした後はこのくらいがいいよなぁ。

 理不尽に何時間も正座で説教されたり、ファイルでぶん殴られたり、大声で反省の文章を復唱させられたりせず、きちんと正常な気持ちでミスと向き合い、次回それをしないようにする。

 

 俺はやっぱり、そういう優しさがあるべきだと思う。

 もちろんミスは反省するべきだし、許してくれることに胡坐をかいてはいけないけれど、御手洗さんは大丈夫だろう。

 

「それと、ステラさんでいいかな」

「えと、うん……」

 

 俺が名前を呼ぶと、今度はステラさんが顔を上げた。その紫がかった瞳は不安に揺れていた。

 きっと大人がたくさんいるところで険しい顔をしている人ばかりで、すごく不安定になってしまっているんだろう。

 

 なら、ちょっとおどけてみるか。

 

「ステラさん、俺今回のことまーーじで気にしてないから! だから俺にはもう謝らなくていいからさ。……なーちゃんは怖いからわかんないけどね?」

「……。いや、私も気にしてないんですけど!? 私を引き合いに自分の株を上げるの、良くないと思いまーす。信じられないよ、ヒロくん。いまスーちゃんではなくヒロくんへの信頼が落ちました」

「なに、ここから俺へ刃が向くことがあるのか!?」

「あたりまえでしょ~? スーちゃんは私の同期で一番の友だち。今無職のヒロくんとは比べるまでもないんだよ」

「俺の職業の有無は関係ないだろ……!」

 

 俺が結構わかりやすくなーちゃんに話題を振ったからか、なんとなくなーちゃんも「ヒロくんがふざけてスーちゃんの気持ちを軽くしようとしてる」と察してくれたのか、乗って来てくれた。

 ほんの少しステラさんの表情が和らいだが、すぐにまた不安そうなものに変わる。

 

「でも、成宮さん、いまインターネットの人たちにすごい色々言われてるんだよ……ひどい人は『爆発しろ』とか……」

「へー、俺そんなに言われてるんだ。それなら山下さんと一緒に爆発するか」

「……え? 私もですか?」

「あたりまえでしょ。今、こうして心重さんたちと一緒にいるんだし。俺だけなんて不公平ですよ」

「それなら……まあ仕方ないですか。困りましたね」

「仕方なくないよ!? 別に男の人といても問題ないからね!?」

「うん、俺もそう思う」

「え?」

 

 急に俺がステラさんの意見を肯定したためか、ステラさんが驚いたように目を丸くした。

 

「だって心重さんは俺とVSをやっていただけだ。ファンを裏切るようなことは何もしてない。ただ、映り方が良くなかったから誤解した人がいるだけだ。それもステラさんのせいじゃないよ」

「そうそう~。というかウチの箱そもそも男の子のライバーも半分くらいいるしね~。そういう過激なこと言う子は一部だと思うよ~」

 

 俺の言葉をそれまで黙って聞いていたひなたがにこにこ調子で賛同してくれた。

 助かるぜ、ひなた。

 

 俺が軽く目を向けると、ひなたはパチッとウインクを返してきた。

 そしてそのままステラさんと御手洗さんの間ににゅっと入ると、にやーっといたずらを思いついた小学生のような顔をした。

 

「不運から配信映りした無職VSプレイヤーは気ままに炎上をスルーする。そう言っているんだよ」

「ひなた?」

「ひーくんはね、そもそもこんなにカレイドコア(うち)がごたごたしたのってドタキャン先生のせいだし、あんまりマネちゃんとスーちゃんは責めたくないけど大丈夫?って言っているんだよ」

「なんだそれ言ってねえよ……いや本当に言ってないな」

「でも大まかな気持ちとしてはそんなところでしょ~」

「まあ……遠からずだけども」

 

 チー付与のネタってわかる人いるのこれ? なんかステラさんと御手洗さんぽかーんとしてるけど。

 

「チー付与のネタだ……」

 

 わかる人隣にいたわ。

 なーちゃんって子どもの頃あんなにツンツンしてたとは思えないくらいインターネットミームモンスターに育ってるんだよな。

 

 まあ、昔からちょっとそのケはあったか……。俺にガンダムとかのセリフの解説めっちゃしてきてたし。

 

「まあ、なのでステラさんも御手洗さんも俺のことは気にしないでください」

「……優しいんだね、成宮さん」

「まあ、お二人よりは大人なのでかっこつけてるだけですよ」

 

 そう言って今度は山下さんの方に軽く頭を下げた。

 

「部外者が口出してすみません」

「いえ、助かりました。どうにも私はこうした場だと立場が上で怖がられてしまいますから」

 

 少し微笑んでから、山下さんはこほんと咳ばらいをひとつ。

 

「状況説明と、反省は終わりましたね。では次は対処しなければならない問題について話し合いましょう」

「お~」

 

 ゆる~っとひなたが拳を挙げた。

 

「対処しなければならない問題は主に二つです。

 一つ目は『なぜこのような問題が起きてしまったのかの説明』。

 二つ目は『心重さんと一緒にいた君尋君は誰なのか』ということです」

「前者は楽ですね。スーちゃんに対してマネージャーさんが間違って私とのコラボがある、と伝えてしまったって言えばいいでしょうし」

「はい。ですが、後者の方は慎重に対処が必要です。明らかに運営スタッフではない人物がカレイドコアのサーバーにいたわけですからね」

「そうですね……」

「ですが」

 

 俺のことに対する対処を言う前に、山下さんは俺の方を見て居住まいを正した。

 

「これに関しては実はもうひなたさんと一つ案を考えているんです」

 

 ひなたと、山下さんが?

 

 俺が二人のことを見返すと、机の上にだらーっとしたままのひなたが俺のことを指さしてきた。

 

「ひーくんさ、カレイドコア(ウチ)で先生の新人ライバーとしてデビューして欲しいんだよ~」

 

 ――――はい?

 

「え、はあっ!?」

 

 急に何言ってんのひなた!?

 

「冗談だよな?」

「ノンノン、まじだぜ~ガチだぜ~」

 

 のんびりした調子で肯定するひなた。

 これには俺も流石に驚いた……というか、俺だけじゃなくてステラさんとか御手洗さんも驚いてる。

 隣にいるなーちゃんも口をあんぐりさせてるし。

 

「実はみんなが集まるまで山Pとバーっとヒロくんのこと調べてみたんだけど、結構『あの男の正体は誰だ』ってちょっとした大喜利みたいになってるんだよ~」

 

 ほら~とひなたは手元のタブレットを操作して、とある掲示板の一部を見せてくる。

 

「しかも、ここにあるみたいにひーくんを『デビュー予定だった先生ライバー』なんじゃないかって思ってる人ってのは割と少なくないんだよね~」

「つまり、その噂に乗っかっちゃってこの炎上の火消しをしようと……?」

「そいうこと~。知らない人は嫌だけど、これが『これからデビューする人と裏で打ち合わせしてた』となると嫌じゃないでしょ~?」

 

 いや、でも、それってアリなのか……?

 山下さん的にはアリなのかこれ?

 

「成宮くんなら人格、経歴ともに問題ありません。もちろん一般オーディションと同じように書類審査と一芸審査と、社長と私での面接を行いますが、正直君なら問題ないでしょう」

 

 ここだけの話ですが、と山下さんが眉間を揉みつつ付け加える。

 

「……むしろ、後任のコーチが見つかりそうになくてですね。こっちからすれば君が引き受けて、心重さんやステラさんの先生になってくれるのはありがたいんですよ」

「でも、俺でいいんですか。俺にはブランクが……」

「つい最近マスターランク相手に圧勝した人間が言うことではないと思いますが」

「それは……」

「私たちを助けると思って、頼めませんか」

 

 俺が、Vtuberになる……?

 

 しかも『先生』になるってことはなーちゃんたちにVSを教えるという責任を負うということだ。

 それは本当に俺がやってもいいのだろうか。

 

「ヒロくん、断っても、いいからね……?」

 

 くいくい、となーちゃんが俺の袖を引いた。

 その目は凄く優しくて、自分がファンから疑われているという大変な状況なのに、俺のことを心配してくれていることがわかった。

 

 Vtuberになるということは就職するということだ。

 それは住む場所も金もない俺を拾ってくれたこの子に借りていたものを返すことができる。

 それになーちゃんのVSの面倒を見てやれるなら、それもまた恩返しにもなるだろう。

 

「それでも、俺は……」

 

 また心が迷いそうになった時、ふとなーちゃんと話したことを思い出した。

 

 ―――Vtuberってお仕事、私好きなんだ。

 ―――顔も知らないたくさんの人たちと関わって、たくさんの人が応援してくれて、たくさんの人の力になってあげられる。

 ―――楽しい時間を一緒に過ごせる。こんな仕事、そうそうないよ。

 ―――ずっと、この仕事がしたい。誰かの笑顔に関われる、誰かの味方でいられる、そんな居場所。

 

 なーちゃんは、すごく楽しそうにVtuberのことを語っていた。

 話すだけで満たされていて、そうあれることが幸せなんだと、その表情から伝わって来た。

 

 もし、俺がこの騒ぎに無干渉を貫いたらどうだろう。

 彼女の心地よい居場所は、俺が誇りに思った彼女の夢は、変わらずに続けられるだろうか。

 

 いや、それはないだろう。

 きっとどこか変わってしまうだろう。だからこそ、こうして山下さんたちは必死になっているんだ。

 

 それは、駄目だろう。

 

 でももし俺がVtuberになることで、この子の立場が守れるなら、この子の居場所を守れるなら。

 

 俺はやるべきだ。やらなきゃダメだ。

 

「ふふ、良い顔だねえ、男の子って感じ~」

 

 ひなたがいつもの調子で、でもどこかうれしそうな声音で呟いた。

 

 隣を見る。そこには、小さいころから知っている女の子が不安そうに俺を見ていた。

 

 気持ちが、固まった。

 

 どこまでやれるかはわからない。

 でも今なにもしないのだけは、あり得ない。

 

「山下さん、ひなた」

 

 俺は椅子から立ち上がるとまっすぐに山下さんとひなたを見つめた。

 

「その話引き受けます。俺を、カレイドコアのVtuberにしてくれますか」

 

 




 
『君尋』
なーちゃんに恩を返すのは今だ。

『ひなた』
そういうところは昔と変わらないなぁ。

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