ぽんこつ美少女Vtuberと最強無職 ~元無敗王者を人気配信者が放っておいてくれない~ 作:世嗣
カレイドコアオフィスで山下さんとデビュー前最後の打ち合わせを終えると、家に帰ってくる。
「ただいま」
「あ、おかえりー」
「……お、おお。こっちにいたんだ」
「晩ごはん作ってたんだ~。ちょうどいいし今一緒に食べちゃおうよ」
俺が家に帰ってくると、なーちゃんがひょこっと奥の方から顔を出した。
そのことに少し驚きつつ俺が部屋の中に入ると、台所ではエプロン姿のなーちゃんが湯気を立てる味噌汁の味を見ているところだった。
「ん、おいしい」
なーちゃんは小さく頷くと、俺の方に自慢げにお皿の上に盛り付けてあるものを見せつけてくる。
「じゃーん、今日の晩ごはんはとんかつです」
「おお、店のやつみたいだ」
「でしょでしょ? このあとヒロくんの初配信だからね。やる気を入れて、カツ!みたいな!」
「なーちゃんが受験前日のお母さんのムーブをしているなぁ」
「今ヒロくんの衣食住の面倒を見ていることを思えば私はヒロくんのお母さんと言えるね」
「ウッ」
「あ、ガチ効きしちゃった」
ち、ちがうんすよ……いや、カレイドコアでデビューしたらちゃんと給料が出てなーちゃんに借金返せるようになるから……。今だけだから……。
なーちゃんの作ってくれた料理を一緒に並べると、俺たちは向き合って座って手を合わせる。
「いただきます」
「どうぞめしあがれ~」
食卓に並ぶのは黄金色に上がったとんかつ。付け合わせには千切りのキャベツと、プチトマト。湯気を立ち昇らせる豆腐とわかめの味噌汁の香りがこちらまで香ってくる。
いつもならまずは味噌汁に口をつけて身体を温めるところだが、今日は山下さんと色々段取りをして忙しくしていたせいで腹が減っていた。
いきなりとんかつを食べてしまおう。ソースをかけて、と。
あむ。
まず嚙むとざっくりとした衣の感触が口の中を楽しませる。その後、ソースの味わいと絡み合った肉のうまみがじんわりと口の中を満たしていく。
しっかりとした処理してあるのか肉は柔らかく、噛んでいても筋張った感じがないのが凄い。
お、噛んでいたらソースと肉の旨みに交じってコショウのぴりつくような刺激を感じる。たぶん、衣の下の肉にすり込んであったのかな。
「美味いなぁ」
「ふふ、やた~。とんかつのお肉柔らかいでしょ~。ちゃんと筋切りして、とんとん包丁の背で叩いたんですよ」
「すごいなぁ」
白瀬のところのお母さんもかなり料理上手だったが、今のなーちゃんはそれに負けず劣らずな気がする。
一人暮らしをするにあたってかなり本気で料理を仕込まれたって言っていたが、それにしても上手いもんだ。
「……緊張してる?」
俺が無言で美味すぎるとんかつをキャベツと一緒に頬張っていると、なーちゃんが問いかけてきた。
俺は口の中のものを飲み込んでしまうと、肩をすくめてみせた。
「あり得ないほど」
「その割には普通そうに見えるけど?」
「なーちゃんの前だからかっこつけてるんだよ」
「嘘だぁ」
「嘘じゃないって。今でも顔も知らないたくさんの人の前に自分が立つって聞くと、足が震えそうになる」
山下さん曰く、おそらく5万人ほどが俺の初配信を見に来るのではないかという話だ。
5万人て。俺前職でもそんな数の人間が関わる仕事をしたことありませんよ。
改めて、物凄い職業だということを感じる。
「大丈夫だよ! いざとなったら私たちがなんとかするし!」
俺がこのあとの初配信のことを思って胃を痛めていると、対面に座るなーちゃんがふふんと胸を張った。
「? どういうこと?」
「ほら、このあとのヒロくんの初配信、私とひなた先輩も初配信同時視聴するじゃん?」
「全然知らない情報出てきた」
「ヒロくんが初配信VSでやるのならその解説がいた方がいいから、私とひなた先輩で同時視聴枠をするみたいな……聞いてない?」
全然聞いていない。……ということは俺に黙ってやるつもりだったな。
山下さんに話を通してないことはないだろうし、俺に黙っておいたのはそっちの方が面白くなりそうだからだろうか。
「あいつ、相変わらずだな……」
「でも、ほら! ひなた先輩もヒロくんのことを気にしてるんだと思うよ?」
「どーだろうね。あいつのことだしただ面白そうだから騒ぎたいってこともあると思うけどね」
俺がため息混じりにそういうと、なーちゃんが「ふぅん」と鼻を鳴らした。
え? なにその、浮気したカス彼氏を見るような目は。
「ひなた先輩とヒロくん、仲いいよね」
ジトーっとなーちゃんが半目で俺のことを睨んでいる……気がする。
いや睨んでいるというよりも、俺の本心を見極めようとしているくらいかもしれないが、何か圧を感じる。
「それになんか話し方も気安いし……この前の話を聞いてる限り、現役時代の知り合いなんだよね?」
なんだろう。この詰め寄り方最近ひなたにもされた気がする。何も悪いことはしてないのになんだか悪いことをしている気分になってくる。
俺はなーちゃんの視線から逃げるために味噌汁を一口啜る。美味い。
「俺とひなたは高校の同級生なんだよ。あと昔のゲーム友だち」
「それだけ?」
「それだけって何?」
なーちゃんは俺の言葉をなおも疑うようにジトーっと俺を見つめている。
「高校の頃付き合ってたんじゃないの~? 違う?」
「ないない。俺たちはそういうのじゃなかったから」
ひなたも俺も、どちらかというと学校じゃ友だちは多くない方だった。
それを共通の友人がきっかけで知り合って、いつの間にか当時リリースしたばかりのヴァーチャル・スクエアを一緒に遊ぶようになっただけだ。
高校三年間、ひなたたちと遊べたことで俺は本当に楽しかったけど、特にその間惚れた腫れたはなかった。
……のだが、なーちゃんはまだ納得してないらしかった。
「いや絶対一回くらいラッキースケベはあったでしょ!」
「何言ってんの」
「一緒にひなた先輩の家で遊ぶ約束をしていたが急に雨に降られたヒロくんたち!
『ひなたはもう入ったから君もお風呂使いなよ』『いや悪いよ』『風邪ひいたら大変でしょ?』『それはそうかもだけど……』『ほら入っちゃって!』『なら言葉に甘えるよ』『って、あ、アンタ何入って来てんの!?』『あ、まだ着替えてる人いたの忘れてた』『死ねこの変態っ!』『俺は悪くなくないか!?』ってなもんだよ! ちなみに最後のツンデレはミヤコ先輩ね! どうせひなた先輩と知り合いならミヤコ先輩とも知り合いなんでしょ!?」
「なーちゃんは一人でずっと何言ってんの?」
「じゃあなかったの?」
「……ごちそうさま~。美味しかったです」
「あ、こら逃げるな~!」
俺は残りのとんかつとご飯を一気に食べてしまうと皿を持って台所の方に引っ込んだ。
これ以上話していたらいらんところまで根掘り葉掘り聞かれてしまいそうだった。
退散退散。
俺が食べ終えた皿をざばざばと軽く水洗いをしていると、同じく料理を食べ終えたらしいなーちゃんが皿をもって来た。
「ん」
俺がなーちゃんの方に手を差し出すと、なーちゃんは少し目をぱちぱちとさせた。そしてふっと小さく笑うと、皿を手渡してくる。
「ヒロくん、色々ありがとうね」
「皿洗いくらいはするのは当然だよ」
「そうじゃなくて、もっと全体的に色々」
なーちゃんの声音が凄く優しい。
たぶん、俺がデビューする理由がなーちゃんやステラさんの火消しに関わることだったから、そのことについてなのだと思う。
だけど、俺からすればそれはお礼を言われるに値しないことなんだ。
「……むしろ、俺の方がお礼を言いたいくらいだよ」
仕事をクビになってから再就職も中々できなかった。
面接に行っても「あなたはいらない」と言われ続け、自分が役に立たない人間だと突きつけられた。
でも、一度離れたVSの腕を見込まれて、こうして新しい職業を手に入れることができた。
それがどういう形に転ぶかはまだわからないけど、それでももう一度挑戦することができる。
「全部、なーちゃんがいなかったら始まらなかったことだ。なーちゃんたちが俺の背中を押してくれたから、俺はもう一度VSを本気でやれる……かもしれない」
「……そっか」
そうだ。これは、俺がもう一度手に入れたチャンスなんだ。
俺は軽く洗った皿を食洗器に入れると、少しだけ冗談めかして付け加えた。
「それに、そろそろなーちゃんに借金を返さないと大学生のヒモというゴミみたいなステータスが外れなくなってしまう」
「私はヒロくんが望むならずっと養ってあげてもいいんだよ? ヒロくんはお兄ちゃんみたいなものだし」
「その言葉を真に受けて兄=ヒモの図式が出来上がった場合、この世の兄妹ラブコメは全て前提が覆ってしまうぞ」
「あ、それは嫌かも。俺妹の京介にはめちゃくちゃイケメンで頼りになるお兄ちゃんでいてほしい……ダサいところが見えてもいいしそれは魅力だと思うけど、社会的に情けないのは嫌だ……」
「なんか難儀な性癖で苦労してる」
「お兄ちゃんキャラはね、ナンパなんてしなくて誠実だし、ちゃんと人間ができていて尊敬できるし、やることが全部無茶苦茶かっこよくないといけないの」
「ブラコンのマキマさん?」
何かなーちゃんに強いこだわりがあるのはわかった。大変そう。
……そろそろ配信二時間前か。山下さんと一緒に少し早めにダイブして配信設備を確認するって話だったし、そろそろ準備した方が良いだろう。
「じゃあ俺、そろそろ配信準備してくる」
「そっか。会社からもう配信用のVRデバイスとスマホは貰ってるんだっけ?」
「うん。今日の初配信はVR空間でやる予定だから、VRデバイスを使う予定だよ」
「なるほど~。じゃあそっちの寝室をそのまんま使ってよさそうだね」
昔ながらのスタイルのように、スマホで配信するときは防音設備とか、マイクとかPCとか色々必要らしいのだが、それは一旦今は良いだろうと言うことになっている。
ただスマホはくれぐれも無くさないでくれと頼まれている。
なんでも、定期的にライバーがスマホを無くしてしまうものだから、運営としてはそのたびに対応を迫られてすごい頭が痛くなるらしい。
――――ライバースマホを無くされるとね、本当に……いや本当に大変なんですよ……。
あの時の遠い目をした山下さんのことが忘れられない。俺は無くさないように気を付けよう。
「じゃあ、俺はそろそろ……」
「ヒロくん」
「うん?」
寝室にひっこもうとした俺をなーちゃんが呼び止めたので、振り返った。
「楽しんでね、配信!」
俺を応援するようににっこりとなーちゃんは笑うと、「じゃあね」と部屋を出て行った。
「楽しんで、か」
寝室に入ると俺は山下さんから渡されたVRデバイスを手に取った。
これを身に着けてVR世界にダイブして、数時間もすれば俺は名も知らぬ多くの人の前に立つことになる。
今まで23年間生きてきた『成宮君尋』ではなく、VR世界で生きていく『ヒロ・セブンス』として。
「……怖い、な」
俺がVtuberなんてやれるのか。
今の俺がヴァーチャル・スクエアを満足にプレイできるのか。
なーちゃんにヴァーチャル・スクエアを教えて、ちゃんと強くしてやれるのか。
「でも、楽しもう。ありがたい、『ななの先輩』からのお言葉だしな」
そうだ、まずは俺ができることを全力でやって、楽しもう。
きっと結果はその後についてくるものだ。
俺はVRデバイスを耳に引っ掛けると、ベッドの上に寝っ転がって目を閉じた。
「よろしく世界。俺が、『ヒロ・セブンス』だ」
そして俺はVR空間にダイブした。
◆
『カレイドコアについて語るスレ』
156:名無しのリスナー
新人ライバーデビューまであと1時間!
157:名無しのリスナー
うおおおおお!
158:名無しのリスナー
まさかマジでななーのの配信に映ってたあの初期アバターが新人ライバーだったとはな
159:名無しのリスナー
めっちゃ祈月が反応してたね
160:名無しのリスナー
デビュー前にソロで遊んでた時にたまたま会ったっぽい
161:名無しのリスナー
なんか公式X開設されてからの初ツイートにも「再戦希望」みたいなリプしてたもんな
162:名無しのリスナー
けど新人のヒロには気づかれずスルーされている模様―――
163:名無しのリスナー
本人の代わりになぜかマネージャーが返信してたからな
164:名無しのリスナー
ウケる。マジかよ
165:名無しのリスナー
「ヒロ・セブンスは極度の機械音痴のため慣れるまで代理返信します。デビュー後にヒロ本人に打診していただけますと嬉しいです」って言われてた
166:名無しのリスナー
草しか生えない
167:名無しのリスナー
しーぴゃェ……
168:名無しのリスナー
それどうやって発音してんの?
169:名無しのリスナー
しーぴゃェ
170:名無しのリスナー
しーぴゃェ! お前は俺の新たな光だぁ! ASMR配信もっとしてくれェ!
171:名無しのリスナー
Vオタのイタチ兄さんもいますと
172:名無しのリスナー
でもVS専門のライバーか~
173:名無しのリスナー
キャラとしては魔法学校の先生って感じみたいね。
公式の説明文は『マギティック魔法学校の新任教師。実力は確かだが、普段は少し抜けており機械音痴。生徒からはくんづけで呼ばれてしまう親しみやすいタイプ』ってなってたな
174:名無しのリスナー
Vtuberの公式説明文って詐欺だから
175:名無しのリスナー
おまけテキストみたいなもん
176:名無しのリスナー
でもひなた先輩とかは割とそのまんまだし……
177:名無しのリスナー
でもあの人も一時期物騒なあだ名付けられてたしな
178:名無しのリスナー
あっ(察し)
179:名無しのリスナー
でもななーのとかステラとかを教えられるほどの実力なんか?無名なんだろ?ミナトとかミヤコとかにやらせた方がいいだろ
180:名無しのリスナー
まあなぁ。これで大したことない実力だったら笑うわ
181:名無しのリスナー
さーすがにそれはないんじゃね?
182:名無しのリスナー
シアラに勝ってるから最低限の実力はあるんじゃね、知らんけど
183:名無しのリスナー
まあお手並み拝見ってところだな
184:名無しのリスナー
どんな配信するんだろうな
185:名無しのリスナー
やっぱVSしてほしいなぁ
186:名無しのリスナー
カレイドコアに足りてない常識人枠希望