ぽんこつ美少女Vtuberと最強無職 ~元無敗王者を人気配信者が放っておいてくれない~ 作:世嗣
初めてひーくんを、成宮君尋を見た時に「こんな生き方が下手な人は初めて見た」と思った。
『陽向ひなた』―――
実家は曽祖父の代から続くそこそこ大きな会社で、父はその会社で社長をしている。母は地元でも有名な名家の出身で、父とは恋愛結婚の末に結ばれた。
そんな家に生まれたからには、たくさんの責任がある―――ということは特になく、両親にのほほんと育てられたのが私だった。
お父さんは仕事に忙しくしていたものの、休日には遊園地や水族館やピクニックやらに連れて行ってくれた。
お母さんは芯があるけどのんびりしてる人で、いつも二人でいろんなことをおしゃべりして、私にダメなことはダメだと、素晴らしいことは素晴らしいと褒めてくれた。
そんな二人に育てられたのだから、自然と私ものんびりとした性格になった。
「おひるねしてるときがいちばん何もしなくていいからすき~」
それが私の子どもの頃の口癖だったとお母さんが言っていた。
のんびりするのが好き。ゆっくりするのが良い。だってそれはとても楽だったから。
なぜなら私は頑張ることができなかったから。
苦手だったのではない。めんどくさかったのではない。
ただ、ちょっとだけ人より
両親は私がやりたがったことはなんでもやらせてくれた。
ピアノも、バレエも、ダンスも、絵画も、サッカーも、バスケも、剣道も、とにかく何でもだ。
二人も何となく私が熱中できるものを探そうとしているのはわかっていたらしく、私が全力になれるものを一緒に探してくれた。ほんとうにいい両親だと思う。
でも、結論から言うと私は何にも夢中になることができなかった。
一カ月もすれば人の何倍も早く成長してしまって、あっという間に周囲の友人たちを追い抜いてしまう。
もちろんたった数ヶ月でわかることなんてない。何年も続けていけば、もしかすれば自分の全てを投げうつようなライバルや壁が現れたのかもしれない。
だけど、私はそこに行きつくまでは続けなかった。
どれも自分の人生をかけるようなものと思えなかったし、どこまでいっても自分はこの器用さで適当にやって行く気がして、それが嫌だった。
私が誰かの頑張りを容易く超えていくことで壊れる関係が、せっかくの仲間の夢を傷付けるのが嫌だった。
「明里さんはもう習い事はいいのかい?」
「そうだ! お母さんと一緒に裁縫にでも行ってみる? ちょっと興味があったの」
「ん~。しばらくはいいや~。のんびりタイムにする~」
小学校の間は色々習い事に挑戦したので、中学校は少し休憩することにした。
小学校の間は習い事に忙しかったり、自分がのんびりすぎてあんまり話が合わず友だちがあまりいなかった。
中学からは普通に学校に行って、普通に友だちを作ろう―――と、思っていたのだが、これはあまり上手くいかなかった。
「あ、瑠璃川さんおはようございます」
「おはようございます~」
「聞きました。父が先日そちらの瑠璃川の会社と……」
(ん~、私立を選んじゃったから、みんなお父さんの仕事関係の話するな~)
両親の勧めで中高一貫の私立女子校を選んだのが、そこではいつも私の『瑠璃川』という名前ばかりが見られて、上手く関係性を作ることができなかった。
もっと深く話したくても、誰も私を見てくれることはなかった。
その時期から、私は「自分ではない自分になること」にうっすらとした憧れを抱くようになったと記憶している。
現実の何にも夢中になれない自分ではなくて、現実の誰とも深くかかわれない自分ではなくて、どこか別の世界ではもっと違う自分になれるのではないか。
そんな妄想のようなことを、よく考えていた。
高校から公立の共学校に通うようになると、ようやく仲のいい友達ができた。
それが都上綾音ちゃん。のちにカレイドコア一期生『月綴ミヤコ』になる子だ。
ミヤコは実家に妹やら弟やらがいる都合で、大変面倒見がよく公立高校に来てわからないことが多い私の面倒を見てくれたのが関係の始まり。
「ちょっと明里またスマホ忘れていってるんだけど?」
「おっとこれはうっかり~」
「うっかりの頻度ではないでしょ」
「まあ大丈夫だよ~。私のスマホは忘れられても自動で警察が拾っておうちまで届けてくれるから~」
「くだんない噓言うんじゃないっての……嘘よね?」
「あたりまえじゃん~。それがやれるのって普通に地元警察を掌握してるすっげ~ワルだよ~」
「あんたの家の規模だとワンチャンあるかもと思っちゃうのよ」
「探してくれるのはウチの家にいるお手伝いさんたち~」
「半分くらいほんとじゃん!」
最初はお世話してくれるだけだったが、自然と一緒にいる時間が増えて、他の誰よりも仲のいい友達になった。
なんとなくウマが合ったのもあるけど、それに加えて、私たちは根っこの部分が似ていたんだと思う。
私はその生まれついた覚えの早さから世界に無気力になりここではないどこかを願い、ミヤコは大家族の家に生まれて自然と誰かの面倒を見る人生が当たり前であるが故に自分だけで生きられる世界を心のどこかで願っていた。
私たちは生まれも育ちも違ったけど、願うことがとても似ていた。
だから自然と二人で一緒にいることは楽だったんだと思う。
そんな高校生活の中で、私は成宮君尋に出会った。
「成宮ー、来週の試合一人足りなくなっちまったんだよ。人数合わせに出てくれよ」
「おー、俺でいいならー」
「助かるわ! 今度マック奢るわ!」
「お、成宮いいところに。ちょっと教室にプリントを持って行きたいんだが量が量でな……」
「手伝いますよ。一往復で行けそうですか?」
「悪いな。まずは……」
「あ、あの成宮くん! あ、あのこの前は……」
「君は……ああ、この前の落とし物の」
「そのお礼で、このあととか、その、駅前のカフェとかにですね」
「あはは、いいよ。たまたま暇だったから探しただけだしさ」
成宮君尋はいつも人の中にいた。
自然と彼はいろんな人に頼られていて、いろんなお願い事を当たり前のようにされていた。
そして、それを彼は全く嫌な顔一つせず引き受ける。
「綾音って成宮くんと小学校からの知り合いなんだっけ~?」
「君尋? そうだけど……なんであんたがあいつの話するの?」
「なんか、こう、人気者だな~って思って~。いつ頃からあんな感じなのかな~って」
「んー、あたしも再会したのは中学の頃なんだけど、その時には今みたいな感じだったわね」
「ふぅん」
中学時代からずっとああしてたくさんの人に囲まれていて、その上で頼られるような人なのか。
だとしたら、本当にこんなに生き方が下手な人は初めてだ。
「あの人、ああやって生きてないと安心できないんだろうな」
何故だかわからないけど、彼は人に必要とされていないと安心ができないんだと思う。
だから自分をたくさんの人の中に置いて、他の人がやりたがらなくて損するようなことも引き受ける。
ああ、それはなんて下手な生き方だろう。
自分の生きる理由を他人にしか委ねられないなんて、どうすれば彼は満たされるのだろう。
彼自身は、あの生き方を望んでいるんだろうか。
「私と成宮くんで、ですか~?」
「ああ。放課後のクラス持ち回りの清掃活動なんだが、今日はどうしても人が足りなくてな。頼みたいんだが……」
「ん~、まあいいですよ~」
ある日、先生に頼まれて彼と一緒に放課後掃除をすることがあった。
うちの高校は校長の意向で週に一回クラスで持ち回りで校庭の草むしりやら何やらをすることになっており、その日はうちのクラスが担当になっていた。
私が校庭の裏の方、人気のあまりない裏庭に行くとそこではすでにジャージ姿の成宮君尋が草むしりをしていた。
「どうも~」
「ああ、瑠璃川さん。どうも」
「どーもどーも。瑠璃川さんちの明里さんです。そういう君は誰宮さんちの誰尋くんなのかな~?」
「もう既に半分くらいは答えを知ってそうな質問だな」
私は彼から少し距離を取ってしゃがんで草を抜き始めた……が、すると彼はなにかと細々と私に世話を焼いてきた。
「これ軍手ね。用務員室から借りれるんだ、これ」
「あ、そこは湿ってて滑りやすいから気を付けて」
「それは根が残りやすいからスコップを使おう。はい、持ってきておいたやつ」
「ある程度になったら先に帰ってもいいよ。校長はそこまで細かく気にしてないみたいだし」
ちゃっちゃかと道具を取り出して、私がなるべく苦労しないように、なるべく疲れないように気遣う成宮君尋。
「……なんか、手慣れてない?」
「そう?」
「もしかして他のクラスメイトの分まで引き受けてたりしない?」
異様に手馴れている様子が不自然でそう聞いてみると、彼は私から目を逸らしつつ頬をかいた。
軍手についた土がほんの少し彼の頬を汚した。
「……たまにだよ」
絶対嘘だ。この人絶対クラスメイトの分まで引き受けて毎週ここに来て草むしりしてる。
「それ嫌じゃないの~? 上手く使われているだけの時もあるんじゃないの~」
「そういう時もあるだろうけど、俺を頼ってくれるのは嬉しいから」
「損な生き方だね~」
頬に土をつけたまま、彼は微笑んだ。
「瑠璃川さんもだと思うけどね」
「へ~?」
「瑠璃川さんさ、実はのんびりして見えるけど、超頭いいし超天才でしょ?」
少しだけ、どきりとした。
「なんで~……そう思うの?」
「半分は勘と、半分は目だなぁ」
「目?」
「俺が今日掃除してる時も、ちょっとの情報から俺がクラスメイトの分まで引き受けているのを見抜いただろ?」
「あれくらいされると誰でもねえ……」
「今日だけじゃない。そういうところを今までも何度か見た」
成宮君尋は草を抜きつつ、なんてこともないように続けた。
「教室で風が強いときに窓が開けられたことに気づいたらプリントの上に重しをしていたり、体育の時に男子の方から飛んでいったバレーボールを誰かに当たる前に受け止めてたりとか、綾音がパンクしそうなときとかにしれーっと綾音に頼って来そうな子を先に面倒見てたりとか、とにかく視野が広いし、そもそもの基礎スペックが高いよね」
「うわ~」
「なんか引いてない? そっちが聞いてきたんだからね?」
なんか想像よりも私のことをかなり見られていて驚いてしまった。
たいていの人は私がのんびりしているのを見てどんくさいと思うのだが、彼は私が人にバレないようにやっていることも見えていたらしい。
誤魔化してもいい。いいが……彼にはあまり意味がない気がした。
なので適当に茶化してうやむやにしてしまうことにした。
「まあ正解だね~。私超天才なのだよ~」
「そっか。すごいね」
「……笑わないの?」
「客観的な事実でしょ? なんで?」
笑ってもらうつもりで自慢したのに、彼はそれを当たり前のように受け入れてしまった。
いつも私の才能は羨ましがられたり、怒りを向けられてばっかりだったから、少し居心地が悪い。
「瑠璃川さんはなんでそうやってできることを隠してるの? そうしたいって感じには見えないけど」
「ん~……なんというか、私はずっと一人なのですよ。生まれついた才能があるってだけで人よりも上手に生きていくことができる。そのせいで、誰かの中で生きていくことが難しい、といいますか~」
「綾音がいるだろ?」
「綾音は優しいし似た者同士なので~」
自分の感情を隠すように笑って見せると、彼は私のことを優しい面持ちで見つめていた。
「瑠璃川さんは優しいんだな」
「どこが~?」
「だって瑠璃川さんが本気になれないのって誰かを傷付けるのが嫌だからだろう?」
――――それは。
「そう、なのかな~」
「俺にはそうにしか見えないけどね」
彼は草を抜いていた手を止めると私の隣に腰かけた。
「俺さ、人を傷つけないで生きるなんて無理だと思うんだよ」
彼はぼーっと空を見上げたまま、言葉を続ける。
「ただ生きるだけでも人は誰かを傷付けてしまう。俺だって、誰かを傷付けながら生きている。それが生きるってことで、人間って言う生き物なんだと思う」
「世知辛いねえ」
「ああ。どうしようもない。でも、だからこそ
「……もしかして、私のことですか~?」
「もしかしなくても君のことですよ」
彼は冗談めかして私の言葉を続けた。
「誰よりも才能があるのにそれを自分のために使うのではなくて、誰かを思って使わないことを選択できる君は、本当に素晴らしい人だ」
「……そっか」
「そして、そういう人だからこそ俺は君に本当にやりたいことをやっててほしいな」
「私の、したいこと?」
「うん。ないの?」
私の、したいこと。
夕方の風が私の頬を撫でる。母譲りの黒髪が吹かれて乱れたので、私はそれを抑えつつ、答える。
「……あるけど、中々難しいのですよ~」
「難しいのか」
「そうなのです。今までたくさんのことをやって来たけど私は夢中になれなかった。そしてまた私は夢中になれなかったら……もう、駄目な気がするのですよ~」
小学生の頃に散々挑戦した。その時に、私はもうある程度折れてしまっていたのだろう。
いまさら、何かをやる元気も勇気も、もう残っていなかった。
「それでもやりたいと思うならやるべきじゃないか?」
「言うだけは、簡単だよ。実際やるとなると、ね」
食い下がる彼に私は少し意地悪も込めてちくっと言い返した。
所詮彼は私を応援するだけだ。外野からなら、なんとでも言えてしまう。
こういえば彼は引きさがっていく……と、当時の私は思っていたのだ。
なんとまあ彼のことを過小評価していたものだ。
「なら、言うだけじゃなければいいのか?」
「ほへ?」
急に彼は私の方を真剣な顔で見つめて、そう言って来た。
「俺が瑠璃川さんの最大の味方なら、君は頑張れそうなんだな?」
「え、えと……」
「そうなんだな?」
「た、たぶん……?」
「よしわかった。ならそうしよう」
そうしよう?
私が首を傾げていると、彼は何かを決めたようだった。
「成宮、今度の試合だけど……」
「悪い佐藤。俺しばらくは別にやることがあるから無理だ」
「ちょうどよかった成宮、先生明日の会議までにやることがあってだな」
「すみません先生! 俺放課後は友人と約束があるので! では!」
「君尋あんた機械音痴なんだから変にいじらないでよね」
「ひどいなぁ。お、瑠璃川さん。待ってたよ、今日も作戦会議しようよ」
「……おー」
成宮くんが生き方を変えた。
あんなにたくさんの人の中でしか生きていなかった彼が、私のためにぽいっとそれを捨てて、私とミヤコとつるむようになった。
「で、このVtuberってのになりたいのか。事務所とかには入らないの?」
「なんか私の目指すところとはどこも違う気がして……」
「いーんじゃないの? 個人勢とか珍しくないでしょ」
「この立ち絵とかって誰が作ったの?」
「自作です~」
「瑠璃川さんって俺と綾音が何もしなくてもそのうち勝手にデビューしてそうだな……」
それからの日々は楽しかった。
綾音と、ひーくんと、私で毎日放課後集まって、額を付き合わせていろんな相談をした。
「初配信お疲れさま~」
「同接は見事2! つまり私のファンは今この世にひーくんと綾音だけってことだね~」
「まあ初回ならそんなもんじゃないの?」
「すごく話せてたし、これから続けていけば変わるよ」
「私のハジメテ、ひーくんのものだね~?」
「言い方やめてね?」
「は、ハジメテ!? あ、あんたあたしに黙って何してんのよ!?」
「綾音、一単語を切り取ってツンデレ当たり屋するのやめてくれ」
自分一人じゃ踏ん切りがつかなかったことをひーくんと綾音は背を押してくれた。
毎回の配信を見てくれて、放課後にはマックとかで集まって、どうすればもっとたくさんの人に届けられるかを話し合った。
その甲斐あってか私――――個人勢『陽向ひなた』は少しずつたくさんの人に見られるようになっていった。
「ヴァーチャル・スクエア?」
「うん。今一部で話題なんだけど、私もやってみようかな~って」
「いいんじゃないの? 結構若いストリーマーとかは手を出してるわよね」
「でもこれチーム戦だから、一人じゃやれないんだよね~」
「へ~」
「ふーん」
「つまり、わかるよね?」
「……あたしたちにやれって?」
「綾音はFPSとかやるから興味あったでしょ?」
「ま、まあ……いやでも配信とか無理だからね!?」
「俺はそもそもぴこぴこはしたことがなくて……」
「今の時代にぴこぴこって言ってる人老人ホームにもいないよ、マジで」
高校2年の年に、ヴァーチャル・スクエアが発売した。
当時はまだ大手の配信者なんかには注目されていなかったけど、一部のゲーマーたちには「これは革命的なゲームだ」と話題だった。
確かに使われている技術は物凄いもので、私は当時興奮したように綾音とひーくんに説明したものだった。
最もひーくんはその技術がどうすごいのかよくわかっていなかったが。
「ということで、今日からVSしま~~す。こっちは私の友だちの二人でーす」
「ど、どうもミヤコです……」
「ヒロです」
「二人とも一般人だからあんまりじろじろ見てあげないでね~。あ、代わりにひなたのことは見てもいいよ~。うっふ~んひなたよ~ん。かわいい私をみてぇ~ん」
「……」
「……」
「二人とも無言になるのやめてね~?」
三人でVSを始めて、ようやく私は気づいた。
私はこうして誰かを楽しませることを、仲間と一緒にやりたかったんだ。
素の自分を出しても受け入れてくれる誰かと、思いっきり表現したかった。
『な、な、なんと! VS全国大会の初優勝は! 高校生Vtuber陽向ひなた率いるチーム『アクシア』だ~~!』
「いえーい。陽向さんちのひなたさんで~す。ぴすぴす」
ゲームを始めて一番驚いたことは、ひーくんがVRゲームという舞台において誰よりも適性を見せたことだった。
彼は頭の回転が速く、それに加えてVRという「自分の動きをイメージして作る」という世界との親和性が高かった。
そんな彼の適性と、
ヴァーチャル・スクエアは楽しかった。
二人と一緒に全力で戦えることに、とても満たされていた。
そんなある日、ひーくんに聞いてみたことがあった。
「ねえ、なんでひーくんは私を応援しようと思ったの?」
VR空間。アルマギアにある待合所でミヤコが来るのを待つ傍ら、私たちは話していた。
廃墟となったビル街の上、遠くにうっすらと見える海を見つめたまま、彼は答えた。
「君に才能があったからだよ」
「うそでしょ、それ。ひーくんは私に才能がなくても、私が困ってたら助けてくれたよ~。問題は、なんで自分の人間関係を放り投げてまで私のために頑張ろうと決めたかってこと~」
彼はたくさんの人に必要とされないと安心できない人だと勝手に思っていた。
でも私は彼を必要とはしていなかった。一度だって、彼に助けを求めたりしていない。
なのに、彼は私の隣に今もいる。
それは何故なのかを、知りたかった。
ひーくんは遠いところを見つめたまましばらく黙っていた。
五分か、十分か。もしかしたらもっとずっと長いかもしれない時間彼は黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……一度でも、俺は目の前の人から目を逸らしたら、自分を許せないと思ったから」
「許せない?」
「うん。瑠璃川……ひなたは才能があって、
「つまり、愛ってこと?」
「俺の話聞いてた?」
うん、聞いてたよ。やっぱり、そうなんだね。
あなたいつだって目の前で困っている人がいるなら、その人が幸せになるためなら自分のことよりも優先してしまうってことでしょう?
それは、愛としか言えないよ。
ああ、やっぱり本当に生きるのが下手だなぁ。
理由は語りたがらないけど、ひーくんはずっと自分を許してない……自分を責めている。
だから、誰かのために動いているときにしか自分を肯定できないんだ。
ここまでVSで強くて、チャンピオンと呼ばれるに至っても、彼の心の穴は埋まっていなかった。
だから私は彼の隣にいよう。
いつか彼が自分を許せるときまで、楽しいことをいっぱい教えて、うーんと幸せにするんだ。
そう、思っていたのに。
「VSを、やめる?」
いつものように三人で集まった時、彼はなんて事の無いように切り出した。
私たちは高校三年生になっていて、もうすぐ卒業の時期も近づいていた。
「うん。あと、大学に行くのもやめようかなって思う。ちょうど俺みたいなのでも拾ってくれる職場が見つかったんだよね」
「ひーくん、え?」
「ただ職場がちょっと遠くて、引っ越すことにはなりそうだ」
「ちょ、どういうこと!? 大学行っても三人で大会に出ようって」
「ばあちゃんが倒れてさ。家族は俺だけだ。俺がばあちゃんを助けないと」
綾音が反射的に声を挙げたが、ひーくんの返答を聞いた後は黙り込むしかなかった。
ひーくんのおばあちゃんは私たちも知っている。ひーくんを一人で育てるために今もパートなんかをしていて、とても優しくて良い人だった。
あの人が倒れたら誰かが面倒を見なければならないのはわかる。
でも、そのために大学をやめて、VSもやめてしまうなんて、それは……。
「そうだ、VSで稼ぐとか……」
「ロウカクさんにもそれ言われたけど、流石に今じゃ無理かなって」
VSも最近は注目され始めているが、それだけで食べていける程の土壌は育っていない。
あと二、三年もすればわからないが、少なくとも今は無理だ。
でも、いや、なら!
「ねえひーくん、私の家で支援とか」
「辞めてくれよ、明里。それやられると、俺と明里は友だちじゃなくなっちゃうよ」
私の言葉をひーくんは最後まで言わせなかった。
それをしたら自分と私が対等じゃなくなる。きっと、もう二度と「友だち」とは言えなくなる。
そのことを防いだのだ。
それは彼が自分の人生を救うことよりも、私たちとの友情を取ったということだったが、それは即ち彼と私たちとの別れを意味していた。
「なんで全部一人で決めんのよ! あたしたちは友だちで、仲間でしょ!?」
「ごめん、綾音」
世界は、とても彼に優しくない。
彼は自分の才能を見つけて誰かに認められようとしていたのに、それを直前で取り上げた。
「ごめんな、明里、綾音」
そうして彼は私たちの前から去った。
私は私の背を押してくれた人を、助けてあげることができなかった。
ただ楽しいだけじゃだめなんだ。
私は、もっとたくさんの人が自分らしく生きていける仕組みを作らないといけない。
たくさんの人が自分の色を出しても、それが否定されず美しく重なるような場所を。
そしてそこでいつか彼を迎えよう。
今度こそ彼が自分らしくいられて、彼のままでたくさんの人に受け入れられる場所を作れたと思ったら、彼にまた声をかけて、ミヤコと私と三人で遊ぶんだ。
だから、その時まで私は『陽向ひなた』として走り続ける。
いつか、もう一度彼と一緒に遊べるその日を、夢見て。
◆
「う、うわぁ~……」
隣でななーのが感嘆の声を挙げた。
ひーくん……『ヒロ・セブンス』の配信が終わるまで残り10分。勝利数は既に95。
宣言していた99連勝は目前だ。
彼はやり切った。
多くのリスナーたちが不可能だと思ったことを実現し、今まさに達成しようとしている。
きっと、この配信は伝説になる。
「なら、私もそれに花を添えないとね」
「? ひなた先輩何か言いました?」
隣のななーのが急に立ち上がった私を不思議そうに見ている。
私はななーのに向けてとびっきりの笑顔を向けた。
「ちょーっと、サプライズに行ってくる~」