ぽんこつ美少女Vtuberと最強無職 ~元無敗王者を人気配信者が放っておいてくれない~ 作:世嗣
目が覚めたら知らない部屋の知らないベッドで寝て知らない天井を見上げていた。
「どこここぉ……?」
小説で何度も見たようなシチュエーションだが、実際に起きるとやはり困惑が勝つ。
周囲を軽く見まわしたところ、部屋の中に置いてあるのは簡素なベッドと申し訳程度の本棚、机と椅子だけ。
とんとんとこめかみのあたりを指で叩いて記憶を整理してみるが、思い出せるのは道路でスッ転んで気絶してしまったところだけだ。
つまり、今の状況的にはおそらく……。
「あ、もう起きてる」
俺がいまの状況をまとめていたら、急に扉が開いてその隙間からひょこっと女性が顔を出した。
チョコレート色の柔らかそうなロングヘア。ぱっちりとした目と、整った顔立ち。部屋着にしているのであろう灰色のジャージでも、不思議と野暮ったさがない。
明るい声のトーン。纏う雰囲気に、人を警戒させずするっと懐に入り込むようなそんな人懐っこさがある。
子どもっぽいわけではない。恐らく年齢は18か19か、成人はしているだろう。けど、彼女には「かわいらしい」と言いたくなるような雰囲気があった。
「思ったよりも早く起きたね~。なんかクマとかすごかったからもうちょい寝てるかと思ったよ~」
彼女はぱたぱたとスリッパを鳴らしながらこちらに歩み寄ってくる。
声からして間違いない。あの時俺が酔っ払いの若い男からかばった女性だ。
つまり、ここはおそらく彼女の家、ということになるのだろう。
ならば、すること一つ。
「この度は大変ご迷惑をおかけしました」
「わーお、きょうびみないくらい見事な土下座だ」
俺が飛び込むように土下座をかますと、なんだか彼女は困ったように笑う。
「いや気づいたら見ず知らずの方の、しかも年下の女性の家に拾われているのは本当に通報されても仕方ない状況というか……」
「あれ? 覚えてないんだ。私が『うちまで歩ける?』って聞いたらなんかふらふらしつつ『大丈夫です』って言ってたから連れてきたんだけど」
「覚えてないですけど、たぶんその時の俺はまさか女性の家に連れて来られるとは思ってなかったと思います」
よく覚えてないけど、大丈夫という言葉も「そんな気をつかわなくて大丈夫です」って意味合いで言ったような気もする。
「というかさ、いくら何でも『見ず知らずの』って連呼しすぎじゃない?」
女性が土下座したままの俺に少し困ったように髪を耳にかける。
そして、しゃがみ込んで俺と目線を合わせると、自分のことを指さしてにこーっと笑った。
「私私、わかんない?」
「そういう詐欺にひっかかるほど愚かではなくて」
「いや騙そうとはしてないからね?」
「こんな状況美人局以外だと実はここが使徒と戦う組織で俺がその初号機パイロットに選ばれた可能性しか考えられないんだけど」
「エヴァでもないから。てかそんな若くないでしょ」
若くはない。ただ自認お兄さんではある。まだ23歳なので。
「というかさ、本当にわからないのヒロくん」
微笑みが次第にむーっと不満そうな顔に変わっていく。
そんなことを言われても、こんなかわいらしい美人さんと知り合いは……待て、『ヒロくん』?
その呼び方に古い記憶が掘り起こされていく。
思い出すのはもう8年近く前。まだばあちゃんも元気だったころ、俺の家の近くにいた年下の女の子。
部活帰りにいつも「おかえり~」って言ってくれて、よく俺の回りをちょろちょろしていた女の子が、俺のことを確か『ヒロくん』と。
「まさか、『なーちゃん』か?」
「やっと思い出した。このまま思い出されないかと思ったんですけど」
「いや、うわー! 大きくなったなぁ!」
「ちょっと、もう大学生なんだけど?」
「は、はははっ、ごめんごめん」
「もう! そうやってごまかしてさ~そういうところほんときらい」
彼女―――なーちゃんが俺のことをジトーっとした目で睨んでくる。
なんだかその不満の表し方も懐かしくて思わず笑い声がこぼれてしまった。
なーちゃん、『白瀬なぎさ』は昔の俺のご近所さんというやつだった。
俺が中学生でなーちゃんが小学生の頃に、なーちゃんの一家は俺とばあちゃんが住んでるマンションの隣に住んでいて、しばしば顔を合わせる機会があった。
なーちゃんには兄も姉もいなかったことで、近所の俺のことを兄のように慕っていてくれたし、俺も妹を見るくらいの気持ちで接していたっけ。
俺が中学を卒業するくらいの時になーちゃん一家が仕事の都合で引っ越ししてしまってから連絡を取れていなかった。
そっか。もうあのなーちゃんがこんなに綺麗で大きくなったのか。
「白瀬のおじさんとおばさんとは仲良くやってる?」
「うん。ヒロくんが相談に乗ってくれたおかげでね」
「俺は何もしてないよ」
「またまたご謙遜を~。あの頃のかわいくないムカつくガキの私の面倒見てくれたのなんてヒロくんだけだったんですけど?」
「そんなことはないと思うけど……まあ、ちょっと素直ではなかったけど」
「ほへ?」
「だって、初めてまともに話したとき、『勝手に私のことわかったような気にならないでください』って言われた覚えあるぜ?」
「そ、そうでしたっけ……?」
「それに、『ちょっと年齢が上だからって偉そうに』、あと――――」
「わーわー! ごめんってばぁ! もう昔のこと蒸し返さないでってばあ! いじわる! きらい!」
「はっはっはっ」
「もう! あはは! 変わらず私にいじわるなんだからさ~」
がう、となーちゃんが俺に掴みかかってくる真似をして、途中でこらえきれなくなったよう笑い出す。
大人っぽくなって綺麗になっても、こうして笑うと小学生だったあの頃と変わってないところもあるって思わされるな。
ひとしきり笑うとなーちゃんがベッドに腰かけて、隣をぽんぽんと叩いて来る。
座れ、ということだろうが、小学生の頃ならいざ知らずいまのなーちゃんは大人の女性だ。手で軽く断ると、近くにあった椅子を引っ張って来て腰かけた。
そのことに少しなーちゃんは不満そうだったが、すぐに少し真剣な顔になると俺のことをじっと見つめた。
「あのさ、ヒロくんの方こそ今までどうしてたの? うちの両親がおばあちゃん経由で連絡とってたのに急に連絡取れなくなったって……」
「あー……」
当時、なーちゃんが引っ越すときになーちゃんは小学生。まだスマホなんかは買ってもらってなかったから俺個人とは連絡先の交換はしてなかった。そもそもその頃は俺もスマホ持ってなかったし。
だから代わりにたまにばあちゃんのスマホなんかで話したりしていたが、ばあちゃんが倒れた時にちょっとゴタゴタしてデータを喪失してしまった。
それっきり連絡が取れていなかったが、確かに急に音信不通になったら心配するよな。
でも、それをそのまま伝えてもなーちゃんを困らせるだけだ。
これは、あくまでも俺の問題なのだから。
「ちょっと、色々あって。ごめん、連絡できなくて」
「……そっか。なら仕方ないね」
俺が頭を下げると、思ったよりもあっさりとなーちゃんが俺の謝罪を受け取った。
もうちょい色々ごねられると思っていたので、少し拍子抜けだった。
意外に思いつつ俺が顔を上げたら、なーちゃんが俺のことをじっと見つめていた。
「なーちゃん? どうかした?」
「ね、ちょっと待ってて」
「え、あ、うん」
なーちゃんはベッドから立ち上がるとぱたぱたと足音を立てて一度部屋から出て行った。
そして、しばらくするとお盆の上に小さなお皿とお椀を乗せて帰って来る。
「はい、これお夜食。お腹、減ってるんだよね」
「え?」
「ほら、倒れるときに『ハ~~~ラ減った~~~~』って叫びながら倒れてたじゃん」
「そんな覇王色を使えそうな感じで叫んだ覚えは全くないけども」
でも、確かにぶっ倒れる寸前にあまりの空腹にそんなことをぽろっと言ってしまった気がする。
「だから、はい。簡単なものですけど、用意してみました~」
「なーちゃんが?」
「そ。ふっふっふー、現役女子大生の手作り料理なのでありがたく食べるんだぞ~?」
「おお……」
「名付けて、『こういうのでいいんだよなぁ』定食で~す」
ほい、となーちゃんがおぼんを近くの小さな卓に乗せると、俺の前に持ってきた。
皿の上には海苔の巻かれた三つのおにぎりと、一口サイズに切られた玉子焼き。お椀にはわかめの浮いたみそ汁が満たされていた。
「おにぎりは握ってからしばらくたってるからアツアツじゃないけど、その方が食べやすいからいいよね? 玉子焼きは私の晩ごはんの残りだからちょっと冷たいかもだけど、お味噌汁はアツアツにしておいたから!」
「……俺が、食べてもいいのか?」
「むしろ、食べられないと困るんですけどー?」
食べて食べて、となーちゃんに勧められるままみそ汁のお椀を手に取った。
「いただきます」
「はい。めしあがれー」
言われた通りみそ汁はアツアツで、手に取るだけでじんわりと温かい。器に口を近づけ、立ち昇る湯気を払うように息を吹きかける。
ずず、と少し口の中に含む。熱くて一瞬したがちくりとしたが、すぐに深い旨みが温かさと一緒に口の中に満たされた。
インスタントじゃない味噌汁を飲んだのなんて、すごく久しぶりだった。
次におにぎりに手を伸ばす。握ってしばらくたっているといった通り、炊き立てのごはんという感じではない。でも、まだほんのりと温かさが残っている。もしかして、俺が腹が減ったと言っていたからあらかじめ握っていてくれたのだろうか。
たぶん、そうなんだろう。なーちゃんは昔からよく人の気持ちに聡くて、すごく優しい子だったから。
がぶっと大口を開けて一口かじる。絶妙な力加減で握られたおにぎりは口の中でほろほろと米がほどけ、塩味と一緒に中に入っていた具の梅干しとまじりあう。酸っぱさが後を引いて俺はたまらず残りのおにぎりを口に入れて飲み込むと、味噌汁をまた一口飲んだ。
箸を手に取ると、皿の端にちょこんと盛られた玉子焼きを摘まんだ。醤油はついてなかったのでそのまま口に入れる。もぐもぐと咀嚼するたびに、じんわりと旨みが広がる。出汁の味がよく効いた、すごく上手に作られた玉子焼きだった。
そういえば、ばあちゃんが作ってくれる玉子焼きも出汁の効いたしょっぱい玉子焼きだった。甘いのもおいしいけど、やっぱり俺はこっちの方が好きだった。
「……美味しい。どれも、すごく美味しいよ」
「わ、ほんと? 良かった~。家族以外の人に食べさせるのってやっぱ緊張しちゃうから、口にあったなら嬉しいな」
とても美味しい。美味しいけど、それ以上に、とても優しい料理だと思った。
一度部屋を出て帰ってくるのに時間がかかったのは、わざわざ味噌汁を温め直してくれていたからだ。
俺が倒れたのを意識して柔らかく握られたおにぎりは、食べやすいように少し小ぶり。夕飯の残りだという玉子焼きは、俺が男ということを思い出して、食い足りなくならないようにわざわざつけてくれたのだろう。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ、お粗末様でした」
にこにことなーちゃんが微笑む。
「なーちゃんは、すごいな」
「え、急に何~? 褒めても何も出ないぞ~?」
「いや、なーちゃんは俺なんかよりも立派に大人だなって思って」
「え? ええ? いや~~、まあ? 私も? 成長しましたから? 確かに、セクシーな大人の魅力? あるかもね~?」
「……そうだね」
「あっ、その優しい顔やめて? 普通に傷つくよ?」
セクシーうんぬんは置いておくとしても、なんかこうして小さいころを知っている女の子に気遣われていると、なんか涙腺がグッとくるな。
感動と情けなさで。なんて情けない兄貴分だ。
「ねえヒロくん」
不意になーちゃんが俺の名前を呼んだ。目を向けると、彼女は真剣なまなざしで俺のことをじっと見つめていた。
「この数年、どんな生活をしていたのか聞かせてほしい」
「……そんなこと、聞いてどうするんだ」
「できれば、力になりたいなって。昔、私のことを助けてくれた恩返し」
「俺は大したことしてないよ」
「でも、私は感謝してる。だから、あなたの大変だったことは聞きたいよ。……だめ?」
……正直に言えば、ここで適当に煙に巻く選択肢もあっただろう。
でもそれは誠実じゃないと思った。倒れた俺のことを心配して、こうして食事も食べさせてくれたなーちゃんに、そんな対応をしては駄目だと思った。
「あんまり、楽しい話じゃないぞ?」
「うん。大丈夫」
一応断りを入れてから、俺はなーちゃんに今までのことを色々話した。
高校で友だちができて、一緒にちょっとゲームに打ち込んだこと。
でも、ばあちゃんが病気で倒れたから大学に行かず働かなきゃいけなくなったこと。
就職した先が結構ブラックな労働環境で大変だったこと。
そして、つい先日ばあちゃんが死んで、仕事をクビになって、住む場所もなくなってしまったこと。
「俺には、どこにも居場所がないんだ。誰からも、必要とされてないんだよ」
職場からは捨てられた。家族はみんな死んでしまった。
人よりも得意なことも、俺にしかできないことだってまるで思いつかない。
どこにでもいて、ありふれた俺だ。
「まあ、そんな感じ。言った通りあんまり楽しくはなかったろ? ごめんな」
「んーん。聞けて嬉しかったよ。ヒロくんっていつも私の前だと、頼りになるお兄さんーって感じだったから。そうやって、大変だったことを話してくれるのは嬉しいです」
「そうなのか」
「そうなのです」
あはは、となーちゃんが明るく笑った。そして、俺の方に手を伸ばすとそのままぽんぽんと頭を撫でてくる。
「お疲れさま。いっぱいがんばったんだね」
「……昔、子ども扱いされたやり返し?」
「そうともいいます」
そして今度はいたずらが成功した子供のようにくすっと笑った。
「にしても、そっかー。ヒロくん、住む場所ないんだ。え、ていうか荷物とかは?」
「え、ああ……そういえば公園におきっぱかも」
「ええ!? 一大事じゃん!?」
「まあでも盗られて困るようなもんはないんだよな。財布はポケットにあるし、荷物には最低限の着替えとかしか入ってない」
「それなら良い……良いのかな?」
首をかしげるなーちゃん。財布だけあればまあ何とかなるよ。自動車免許とかマイナンバーカードとかは再発行が激しくめんどくさいけど、服なんて買えばいいですからね。
「そっか、でもヒロくん泊まる場所ないんだ……うーん、なら……」
なんかなーちゃんがぶつぶつ言ってる。何かを考えこんでいるようだが、ちょうどいいしここいらでお暇させてもらおうかな。
これ以上厄介になるのは流石に申し訳ない。それに時計の時間ももうすぐ22時とかだ。一人暮らしの女性の部屋に男がいるもんじゃない。
「じゃあ、なーちゃん俺はこの辺で―――」
「あのさっ、ヒロくん」
俺が腰を持ち上げようとしたら、それよりも先になーちゃんが立ち上がるとがしっと俺の手を握ってくる。
「あのさ、しばらくこの部屋に泊ったらどうかな?」
「はへ?」
めっちゃバカな声出ちゃった。
アノサ、シバラクコノヘヤニトマッタラドウカナ?
何語? エジプトあたり?
「ほら、この部屋ってなんも置いてないでしょ? それって普段使ってないからなんだよね。両親が九州からこっちに来た時のために借りてるんだけど、めったに来ないし」
「何の話?」
「ヒロくん、次のお仕事とか決まるまでここに住んだらいいと思うんだ。昔の恩返しさせてほしい」
「いやいやいやいやいや……」
え? 今俺をこの部屋にしばらく住まわせるって話が進んでるの? どういうこと?
俺(23歳無職血縁関係なし)が、なーちゃん(19歳女子大学生)の家に……?
「いやいやいいわけないだろ!?」
「駄目? ヒロくんはお兄ちゃんみたいなものだし」
「そんな浮気寸前二股大学生の対偶みたいなセリフで納得できるものではない」
俺が叫ぶと、なーちゃんがちくっと刺してくる。
「じゃあ、これから住む場所あるの?」
「それは……」
「さっきお金も余裕ないって言ってたよね。ネカフェとか、結構バカにならないよね」
「それは、そうだけど……」
いや、そもそもだ。
「白瀬のところの親御さんが許すはずないだろ!」
「お父さんもお母さんも私のことでヒロくんに感謝してるし全然いいって言うと思うよ?」
「いやいや、仮に俺に好意的に思ってくれていても一人暮らしの娘のために金出して借りた部屋に住所不定無職の男が居候するのはまた別の話だから!」
俺が仮に父親だとブチギレた後に、その男を殺しに行く。つまり、この場合殺されるのは俺です。
なので俺は魂を込めて叫んだのだが、なーちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「おんなじ部屋って……どういうこと?」
「え? いや、ここ、なーちゃんの家なんだよな? なーちゃんが普段住んでいる」
「住んでないよ?」
「急にウミガメのスープ始まった?」
「どんな理由があったら会話中に急にクイズ仕掛けるのさ」
呆れたようになーちゃんはため息をつく。
「ここ、私が借りてる『配信部屋』の隣の、『住む用の部屋』なんだよね」
はい、しん……?
「最初は配信用と、住む用の部屋で分けてスイッチ入れなおそ~って思ってたんだけど、やっぱ配信部屋に全部そろってた方が便利だったんだよね」
「え、二つの部屋を……借りてる……?」
「ふっふっふー、実はそうなのです。しかも、ぜーんぶ私が自分でお金を払ってます。なのでお父さんに気をつかう必要はなし!」
えへん、と胸を張るなーちゃん。
「あの、なーちゃん、配信って何をやってるんだ?」
「んー……まあヒロくんならいっか」
俺が思わず問いかけると、なーちゃんは少し考えるそぶりを見せてからスマホを操作する。そしてちょっとだけ恥ずかしそうに俺と目を合わせないようにして、スマホの画面を見せてきた。
「『カレイドコア』所属、『心重ななの』……?」
なーちゃんが見せてきた画面には、ピンクがかかった茶髪の二つ結びの女の子が映されていた。見た感じ世界最大の動画共有サービスでの、その子のプロフィール画面だった。
「これ、Vtuberってやつだよな」
「あ、ヒロくんでも知ってるんだ」
「まあ、色々あって少しは。これがどうしたって言うんだ?」
「鈍いなぁ。これ、私なんだ」
コレ、ワタシナンダ。
……これ、私なんだ?
「え、ええええっ?!?!」
え? これが、なーちゃん? え? あの見間違えでないなら、登録者80万と書いてあるような……。
「ええと、じゃ、じゃーん。白瀬なぎさは、なんと心重ななのなのでしたー。……これ他の人には絶対言わないでね? ヒロくんがほとんど家族みたいなものだから話しただけだから」
「なら俺にも隠していてほしかった……」
「ヒロくんが変な心配するからでしょ」
心外だ、というようになーちゃんが頬を膨らませた。
「というか、そもそもいくらヒロくんでもおんなじ部屋だったら『ここに住まない?』とか言わないって」
「これ俺が間違ってるか? 普通女子大学生が二部屋借りてるなんて思わないだろ」
「常識にとらわれてるようじゃヒロくんもまだまだだね」
「ここぞとばかりにマウント取ってくるな」
あはは、と楽しそうになーちゃんが笑う。
「ということで私、こんな部屋を借りれるくらいにはお金持ちだし、そもそもこの部屋は普段使われてないから私が入ることもほとんどない。ほら、金銭的にも倫理観的にも何も問題ないでしょ?」
「それは……そうだけど……年下の女の子に養われるというのは……俺の……プライドが……」
「ヒロくんは私のお兄ちゃんみたいなものじゃんか~」
「そのセリフは俺の反論を全てねじ伏せる程の万能のパワーは持ってない」
なーちゃんがジトーっと抗議するような目を向けてくるが、俺はそれにまともに取り合わない。
ただでさえちょっと押され気味なんだ。これ以上まともに話したら押し負けるかもしれない。
なーちゃんはしばらく俺のことを無言で見つめていたが、やがてぼそっと呟いた。
「……五年以上、私に連絡入れずに放っておいたくせに」
「うっ」
「私、ヒロくんにまた会えたの、嬉しかったんだ」
「うっ」
「今のヒロくん、このまま別れると、なんだか消えちゃいそうだよ」
「そんなことはない、けれど」
そんなことはないのだが、自分とばあちゃんのことで手いっぱいでなーちゃんのことにまで気が回らなかったのは事実。言い返す言葉を持たない。
「何か力になりたいだけなんだ。ヒロくんにとっては、私なんてただの近所の子どもだったのかもしれないけど、私にとっては本当に大切な、恩人だから」
なーちゃんが、そう言って不安そうに俺を見上げた。
「迷惑、かな」
……。
「……次の仕事が見つかるまで、おねがいします」
その日、俺は年下の大学生のヒモの称号を得た。いらねえ。すぐ捨てたい。
称号獲得
年下の大学生のヒモ