ぽんこつ美少女Vtuberと最強無職 ~元無敗王者を人気配信者が放っておいてくれない~ 作:世嗣
冷蔵庫から水を取り出そうとして、この部屋が俺の部屋ではないことを思い出した。
よし、比較的罪悪感の低い水道の水飲むことにしよう。
「なぜだ……水道の水なのにめちゃくちゃうまい……」
たぶん綺麗な浄水器でもついてるんだろう。俺の社宅の水道とか常に濃いカルキの味がしたのに……。
「ふー……」
なーちゃんの家に居候を始めて今日で3日目。
早くヒモの状態から脱出するために一刻も早く次の仕事を探したかったのだが、どうやらここ数年で蓄積された無理な働き方と、ここ数日の負担が一気に出たらしく、居候初日に立ち上がろうとしたらぶっ倒れてしまった。
まともに食べてなかったのせいでちょっとふらついただけだったのだが、たまたまその時部屋に訪れていたなーちゃんはそんな俺の状態にかなりびっくりしたらしく、俺を無理やりベッドに寝かせて『完全に回復するまでふらふら外を出歩かない事!』との厳命を突き付けてきた。
一旦大人しく言うことを聞いておくかと軽く目を閉じたら、なんとびっくり3日目の朝まで爆睡してしまった。たぶん28時間くらい寝た。
『冬眠したかと思った』とまたなーちゃんを心配させたのは言うまでもない。
で、今が3日目の夜である。
「そろそろちゃんと動きたいけど、無理してなーちゃんを心配させるのも良くないか」
一昨日みたいにぶっ倒れて迷惑がかかるのは俺ではなくなーちゃんだ。
完全に迷惑をかけなくなるまでは、大人しく世話になるのが良いだろう。
「本当に情けない……住むところから食べるものまで何から何まで世話になってしまっている……」
なーちゃんはありがたいことに俺に朝昼晩と食事のおすそ分けをしに来てくれる。
明日からは平日で大学に行くから昼食はないとのことだが、それでも朝と夕は食事を届けてくれるらしい。
なんかウサギ小屋のウサギになった気分だ。
「とりあえずどれくらい金がかかったのかは計算しておこう……」
ええと、1日三食と飲料水と家賃光熱費でこのくらい……ちょっと気絶しそうだが、絶対に返そう。そうしよう。
「あ、ヒロくんどしたの~? そんなところでスマホぽちぽちして」
振り返るとそこには、お風呂上がりでほこほこになったなーちゃんがいた。なーちゃんは手慣れた様子で自分の長いチョコレート色の髪をタオルで挟むようにして水気を取りながら、俺のいる冷蔵庫の方に歩いて来る。
ふわっとシャンプーの香りが俺まで届くのを感じて、俺は少しだけ距離を取った。
「……その格好でこっちの部屋まで来たのか?」
「そっからそこまでだしね。流石に普段はやらないって」
「なら、いいけど……どうしたんだ?」
「こっちの方の冷蔵庫におやつ入れっぱなしなの忘れてたから取りに来たんだ~」
そういうとなーちゃんは機嫌よさそうに冷凍庫の扉を開けてガサゴソと中を漁り始める。
「アイス、アイス~。やっぱバニラが一番だよね~。ヒロくんも食べる~?」
「あー、俺はいいよ」
「そっか。ここにあるものは好きに食べていいからね。あ、スプーンとってくれる?」
「あいよ」
ぺりぺりとバニラアイスの蓋を開けたなーちゃんは、俺から受け取ったスプーンで一口掬って食べる。
「美味い……決まりだね……これを私の人生のフルコースのデザートにする」
「安いフルコースだな。お前の人生のフルコース、最後300円で締められたぞ」
「ちっちっちっ、フルコースの価値はひとつのメニューじゃ決まらないよ。全体を通してみないと」
「じゃあメインは何なの?」
「雪見だいふく」
「なーちゃんの人生のフルコース今のところ平均300円のまま変わってないけど大丈夫そうか?」
この分だと他のメニューも1000円超えてないんじゃないの。
なーちゃんはそのままぱくぱくと何口か立ったままバニラアイスを食べてから、そのままカップを持ったまま自分の部屋に帰っていく。
「私、これから配信してくるね~。たぶん結構長くやるから今日はこのままばいばいだと思う~」
「わかった。静かにしておく」
「あはは、別にいーよ。今ってVR空間使って配信するから外の音とか入らないし、そもそも壁厚いし隣の音なんか聞こえないって」
「そうなのか」
「そうなのです~」
「隣の部屋の先輩の彼女との別れ話が聞こえてきてた前の部屋とはえらい違いだ……」
「うわ〜聞かなかったことにしたかったやつすぎる〜」
ほんとにね。
俺の悲しい体験談に少し笑いつつ立ち去ろうとしたなーちゃんが「あ」と何かを思い出したようにまた顔をこちらに向けた。
さらり、とチョコレート色の髪がひと房耳から頬の方へと流れる。
「ヒロくんの今寝てる部屋に、私の使ってないVRデバイスがあるから好きに使ってよ」
「え、高いやつじゃないのか?」
「なんか注文間違えて2つ届いちゃって、使ってないやつだから大丈夫~」
「でも、俺はゲームは……」
「またまた~」
なーちゃんはぱくっとバニラアイスをまた一口食べると、にひひと半目にしつつ笑う。
「得意でしょ? 特に
「……昔の話だって」
では~となーちゃんは今度こそ自分の部屋に戻っていく。
それを見送ると、俺も俺の寝室(ということになった部屋。まだ慣れない)に帰る。
そして、ベッドに腰かけるとたぷたぷと調べものを始める。
「ええと、確か『カレイドコア』の公式サイトを見ればいいんだよな。ほー、男女どっちもいるVtuber事務所で、今全体のライバーは50人くらいか。んで、なーちゃんが……あ、いた」
『
Vtuber事務所「カレイドコア」に所属する配信者で、愛称は『ななーの』。チャンネル登録者数は80万人。
俺が見に行ったホームページに書いてあったプロフィールには。
『心重神社の看板巫女。今年から魔法学校に転入したが、魔法が全く使えないせいで落ちこぼれかけてる。どうせならもっと新しいことを始めてみようと、配信にも手を出した。ワクワクすることいーっぱいしたい!』
と、書いてあった。
なるほど、巫女さんであり魔法学校の生徒。だからステータスが魔法巫女なのか。魔法巫女って何?
「公式サイトはこんなもんか。あ、非公式wikiもあるんだ。じゃあこっちは……って、うお! え、なんで非公式の方が公式より充実してるの!? 怖い!」
公式サイトはデフォルト衣装と衣装差分、いくつかの代表的な配信などが載っているだけだったが、非公式wikiの情報量はそれとは比べ物にならない。
身長誕生日のプロフィールはもちろん、配信で言ったという好きなものがゲーム、マンガ、アニメ、食べ物など事細かに記してある。もちろん苦手なものも同様だ。
それだけにとどまらず座右の銘やら尊敬する人やら、他のVtuberとの絡みだとかがこれでもかと詰め込まれている。非公式wikiを読んでいるだけでも軽く30分くらいは潰せそうだ。
「おお、他のライバーも当然のようにこの分量だ。これ全部ファンが作ってるのか。すごいな……」
「仕事だから」「多くの人が見に来るから」で見やすくまとめてある公式サイトとは違い、「好きだから」で作られた圧倒的な情報量だった。
きっとこれは俺のような何も知らない部外者が見ることよりも、その人を好きな同士たちがその気持ちを再確認し、「こんなに素晴らしい人なんだぞ」と見える形にするための場所、そんな気がした。
「これだけの人に愛されてるのか、なーちゃんは」
80万人。言葉にするのは簡単だが、ものすごい数だ。確か東京の世田谷の人口が90万くらいだったか。それと比べられるだけの人が、なーちゃん……『心重ななの』の配信を見て「面白い」と思ったのか。
「改めて、すごい職業だな……」
Vtuberという職業は俺の子どもの頃からあった職業だ。
だが、実際に見たり応援したことはあまりなかったから、どういう存在なのかを強く意識したことはなかったんだよなぁ。
とりあえず、『心重ななの』の配信を見てみようと、ベッドに寝っ転がってスマホでチャンネルを表示する。すると、ちょうど今から配信を開始するところだったらしく、一番上に待機中の表示がある枠が立っていた。
「ちょうどいいしこれを見てみるか」
ぽちっと。
◆
「やっほー、こんなの~。『カレイドコア』の心重ななの~、です!」
―――――――
〇待ってた
〇うおおおお
〇こんなの~
〇こんなの~
〇今日久々の雑談枠で嬉しい
〇退勤からの滑り込み!
―――――――
「今日は告知の通り久々にみんなとのんびり話そうかなと思って枠たてました。ここんところ忙しかったからみんなと話せてなかったからさ~」
――――――
〇コラボとか案件とか色々あったもんね
〇スーちゃんとのアソビコラボでの五目並べ最高だった
〇アレー?(3リーチ)
〇一手待って!(既に2回見逃されてる)
〇流石ポンコツ巫女魔法使い
〇ぽんこつかわいい
〇雑魚くてポンコツ、ざこぽん
――――――
「ざこぽんやめてね~? 一昔前のゆるキャラみたいな名前じゃないからね~。それに私これでも魔法学校では優秀だって言ってるじゃん! というかあれはスーちゃんが悪いよ。私が弱いのわかってるならあんないたぶる必要ないよね~」
――――――
〇弱いんじゃん
〇語るに落ちましたね
〇ざこぽん……
――――――
「し、しまった……! や、言葉のあやね、今のはさ。そうやって人の足元ばっかすくってるといつかやり返されるぞ~?」
――――――
〇ななーのみたいにか
〇ななーのみたいにだな
〇ななーの、雑魚なの
――――――
「うおおおおい! 誰が雑魚じゃ~い。あーもーそういうこと言う人はきらいで~す。うちの神社の敷居は跨がせませんからね」
――――――
〇きらい助かる
〇これで明日の仕事も頑張れる
〇切り抜き師さんお願いします
〇きらすきおじさんお願いします
〇初見です。きらすきおじさんの切り抜きでななーの知りました
――――――
「あ、初見さんありがと~。どんな形でも見に来てくださるのはありがたいですよ。でも、くっ、あの切り抜き……めっちゃ恥ずかしいんだよね……こう、冷静な自分であれ見るのきついんだよぉ~」
――――――
〇そういうお前が見たいんだよ!
〇ななのちゃんのきらいを聞くために生きてる
〇ななーののきらいで寿命が3年伸びました
〇ななーののきらいでピーマン食べれるようになりました
――――――
「や~~め~~て~~」
――――――
〇これ聞きたくて心重参拝客やってる
〇俺も
〇やっぱこれだね
――――――
「私のことイジるの好きすぎだよね、みんなさ~。まるで歌姫ちゃんをイジる五条先生……というか、そう! ね、ね聞いて聞いて! めっちゃ話変わるんだけど、この前つべで配信してた呪術見たんだよ! 2060年リメイク版!」
――――――
〇おお~~呪術か。なつ~~
〇なんて素早い話題転換……俺じゃなきゃ見逃しちゃうね
〇60年リメイクか。めっちゃ評判いいやつじゃん
〇また話題ちゃんが地球の裏側に飛んでいきましたね
〇俺はOPがめっちゃ最高の初代がやっぱり……
――――――
「いやね、前からおすすめはされてたんだけどああいうのって中々見る機会ないじゃん? でもつべで配信してたから学校の課題をやりつつ横で見てたんだけどいつの間にか課題そっちのけで見てて~」
――――――
〇そんなことをするから魔法学校で落ちこぼれなのでは?
〇ななーのが呪術好きになってくれて嬉しすぎる。ゲームしてほしい
〇どこまで見たんだろ
〇気にいった能力とかあった?
●祈月シアラ ファン増えてうれしい。誰がすき?シアラはげとー
〇シアラもようみとる
〇ななーの、シアラ先輩いるよ
――――――
「え? シアラ先輩! うわ~~直接お話した過ぎる~~~! 私はナナミンなんですよね。主人公を導く頼りになる大人って感じじゃないですか! そこが凄く好きで! それに主人公との会話もすごく好きで~」
――――――
〇ああ……
〇ほんとにななーの師匠系の大人キャラ好きだなぁ
〇わかる~かっこいいよね。声もいい
〇俺まだ見てないな……見とくか
〇20年代アニメ、割とリメイクされてるから追いやすいのが嬉しい
〇これはシアラとななーのの呪術対談コラボが待たれる
〇前やったひなた先輩との『キミ愛』対談コラボも神だったからな
〇ななーのの初見感想と感想語り配信に外れなし
〇前日譚の映画もぜひ
――――――
「え? 前日譚もあるの? わ~、じゃあ次の同時視聴配信それにしちゃおうかな~。マネちゃんに頼んでおこーっと」
◆
「はは、呪術か。俺が小学生の頃に再放送で夕方あたりにあってたな……お、このコメントの人俺と同じこと言ってる。たぶん年齢が近いんだろうな」
楽しい配信だった。『心重ななの』の雑談は一方的ではなく、コメントの言葉を拾っての会話だった。心重ななののチャンネル登録者数は80万人。ただの雑談枠だというのに同接数も5000人もいる。その全員がチャットを打っているというわけではないだろうが、それでも心重ななのは一人一人の言葉を拾い上げようとするライバーだった。
人気なのも、なんとなくわかる気がした。
「すごいな、なーちゃんは」
たくさんの人に応援される理由もわかる。すごく素敵な成長をしたんだな。
そのことが少し寂しい気持ちもあるけど、それ以上にとても誇らしい。
心重ななのはとても楽しそうだった。きっと、この活動をすることにとても満たされているのだろう。
たくさんの人が集まるあの場所こそが、彼女のもう一つの居場所なのだ。
「……自分の居場所、か」
俺にはそれはない。職場からはいらないと言われ、家族はもう誰もいない。
帰る場所もないし、やるべきこともない。
「唯一居場所になりそうだった所も、自分から手放しちゃったからなぁ」
ベッドに背中を預けて、天井を見上げる。天井の電灯が眩しくてまぶたを閉じる。
――さっすがひーくん~~! ひなたひーくんのこと信じて良かったよ~~!
――あんたとこうやって一緒にゲームするの、そんなに、悪くないよ。……そんだけっ!
――あと2年……いや、1年だ! あと1年すれば世界は変わる! 俺たちがプロになって金稼げる時代が来る! だからそれまでは―――。
みんな、元気にしているだろうか。
少しセンチな気持ちになってしまった。もう何年も触れてないゲームのことを懐かしく思うなんて。
「そういえば、なーちゃんがVRデバイスがあるって言ってたような……これ、かな」
近くを見回すと、机の上にインカムのようなものが透明なケースに入って置いてあった。
俺が使っていたころのものと比べると随分小型軽量化されているが、近くにある説明書を読む限りこれらしい。
「浦島太郎の気分だな」
ここ数年はとてもじゃないがこんな娯楽品に手を出せる余裕なんてなかったが、幸いなことに今は時間しかない。
なーちゃんから貸してもらったものだが、昔のことを思い出したついでだ。軽く触ってみよう。
「
デバイスを耳に引っ掛けて寝っ転がると、そのまま起動コードを声に出す。すると小さく音を立てて、機械が起動する。これで準備は完了だ。
「久々に、行くか」
目を閉じて念じる。それだけで機械は俺の脳波を読み取って、俺の意識を電脳空間に飛ばす。
俺にはよくわからない超技術を使って極めて安全に意識は俺の身体を離れ、その世界に俺を連れてきた。
ゆっくりと、目を開ける。
そこに広がっていたのは、もう貸し与えられた客間の天井ではなかった。
どこまでも青く広がる空。ガラス張りの高層ビルと、日本家屋と、洋風の城と、ネオンの電光掲示板が乱雑に並んだ不思議な街並み。
立ち歩く人の服装だって和服に洋服、水着みたいなびっくりするようなものから、全身鎧の人まで。髪の色だって赤もいれば青もいて、なんなら動物のような耳やしっぽが生えている人だっている。
そして、ゆらゆらと決まった軌道を周回する半透明の電光掲示板では、どこかで戦っている二人が中継されている。
誰もが自分にとって素直で、自由にいられる世界。
「久しぶりだな――――『アルマギア』」
アルマギア。VR空間に作られた、数多のゲームを繋ぐ架空の都市の名前。