ぽんこつ美少女Vtuberと最強無職 ~元無敗王者を人気配信者が放っておいてくれない~ 作:世嗣
俺が予約した焼肉屋さんの個室で、俺とひなたは綾音にデビューに至る流れをこんこんと説明させられていた。
「そんで、君尋のデビューを私に黙ってたらめっちゃいい反応しそうだと思ったと」
「はい……」
「で、君尋は明里に乗せられてしまったと」
「そういうことになる……」
「なら君尋は無罪で。明里は有罪ね」
「にゃんとぉ!?」
綾音がじゅうじゅうと焼かれている焼肉の世話をしつつ、じーっと明里を睨んだ。
「でも明里の狙いはばっちりだったわね。私が『ヒロ・セブンス』の正体を知って叫ぶ切り抜きとか物凄い再生されてたし。そのおかげでななのやステラに対する非難みたいなのは全然見なくなったし」
「で、でしょ~? いやぁ~、我ながら面白いことできたと……」
「私を玩具にしたという事実は何も変わらないけどね」
「はい……反省してます……」
「ほんとかなぁ」
「ほんとです……ほんとなのでそろそろ私にピーマンとキャベツ以外も食べさせてくださいませんかねぇ……」
「いいわよ。はいタマネギ」
「野菜ぃ~! これじゃあ焼肉じゃなくて焼き野菜屋さんだよ~!」
ヨヨヨ、と肩を落としたひなたがもむもむとタマネギをつまようじから外してかじる。
「焼き加減完璧でおいしい……」
ちょっとかわいそうだ。
俺は
「まあまあ綾音。ひな……明里も後輩のことを考えてやってくれたことだしさ、許してやってくれよ」
「何ひとごとみたいに言ってんの。次はあんただからね」
「え?」
「いままでどこで何してたわけ? あんた転勤先でスマホ壊したか知らないけど、連絡取れなくなってたでしょ」
「あ、そうそう! 私もそこらへん聞きたかった! この前話したときは慌ただしくて突っ込んで聞けなかったしさ」
じーっとこちらを見つめて来る綾音と、その隣でもぐもぐとかぼちゃをかじっているひなた。
「二人になら話してもいいけど、楽しい話じゃないからな」
「私たちには今さらでしょうが」
「そうそう~」
一応断ってから、VSを辞めてからの間のことを話した。
就職先がめっちゃブラック企業だったこと。ばあちゃんの治療費であまり余裕がなかったこと。そして、ばあちゃんが死んで、会社からクビを切られたこと。
その後なーちゃんと知り合って、山下さんと再会したこと。
住んでいる家に関しては知り合いの家に居候しているとうまくごまかしておいた。本当のことを言うと流石に世間体も悪いしな……。
「そっか。おばあちゃんが……」
「私らにも教えてくれたらよかったのに」
二人は俺の話を聞き終わると、悲し気に顔を伏せた。
小学生のころからの付き合いの綾音はもちろん、ひなたも俺のばあちゃんとは知り合いだったからな。
こんなふうに悲しんでくれるのは、家族として嬉しい気持ちもある。
「お葬式とかはなかったの?」
「うん。ばあちゃんが望まなかったからさ。家族って言えるのも俺くらいだし、静かに弔ってくれればそれでいいって」
「……大変だったわね」
「家族としてやれることをやるのは当然のことだよ」
俺がかぶりを振ると、ひなたが机越しにぎゅっと手を握って来た。
「ん~ん! ひーくんは頑張った! お疲れさま!」
「お、おお……ありがとな……」
「そうだね。たぶんおばあちゃんもあんたが最後まで傍にいてくれて嬉しかったと思うよ」
「そうかな。そうだと、いいな」
ばあちゃんには返しきれないほどの恩がある。
そのうちの少しでも返せたというのなら、今まで頑張って働いてきた甲斐はあったんだと思う。
「じゃあそんなひーくんの労いも込めて、今日は私と綾音が奢っちゃうからじゃんじゃん食べちゃお~!」
「いやそれは悪いよ。俺が呼んだんだし」
「この前まで極貧生活をしていた友人から金とるほど私たちは貧しい思いはしてないのよ」
はい、と綾音が焼いた肉を俺の皿に乗せてきた。うまい。完璧な焼き具合。見事な焼肉奉行ぶりである。
「せめて俺の分は出させてよ。じゃないとお前らの友だちだって自信もって言えなくなるよ」
「男プライドだね~」
「変なところでこだわりあるわよね。高校の時も重いもの私たちに持たせずに一人で運ぼうとしたり」
「あ~あったあった~」
「懐かしいな……」
いろんなことを三人で話した。
「そういえば佐藤くん結婚したらしいよ~」
「マジで!?」
「晩婚化が進んでるのに23歳で結婚とは驚きますな~。もう子供いるんだって」
「うお、それはかなりビビるな……」
「同級生が既に親とか、ちょっと想像できなさあるわよね」
「でも、綾音はファンとか後輩たちにママとか呼ばれてるんだし誤差じゃない?」
「綾音が……ママ……?」
「ちょっと待ちなさい、なんか勘違いしてそうだから」
昔のことだったり、最近見たアニメだったり。でも、やっぱり今はみんなVtuberになったということもあり、話の多くは配信についてだった。
「そういえば~、ひーくんは~、ロウカクカップはどんな感じですかぁ~?」
少しお酒を入れて頬が赤くなったひなたが俺に問いかけて来た。どうやらひなたはあまり酒に強くないみたいだ。
俺は目の前のビールのジョッキを傾けて、口の中の肉の油をしゅわしゅわとした苦みと共に洗い流しつつ答える。
「なーちゃんもステラもがんばってるよ。大会までには形になるんじゃないかな」
「見たよ~。お兄ちゃんって呼ばせてるんだって~?」
「このロリコン野郎」
「違うって! くそっ、この配信者界隈の切り抜きとかいう文化凄すぎる! 個人配信の内容が速攻で出回る!」
俺が頭を抱えると、にゃっはっは~とひなたが楽しそうに笑った。
「まあまあ、仕方のないことよ~。スーちゃんは愛嬌マックスの魔性の妹属性だからね~。なにせ、綾音だってスーちゃんには『お姉ちゃん』って呼ばせてるじゃん」
「よ、呼ばせてない!」
「えっ、綾音まで……?」
「勘違いしないでよ。それはあの子が呼びたがるから仕方なく……」
「ううむ、言い訳の仕方がひーくんと同じですな~」
「いやそれもリスナー連中が面白がって、ステラにそう勧めてるのが悪いんであって!」
「俺がロリコンだというなら綾音もロリコンだな」
「ち~~が~~う~~!」
けらけらと笑うひなたに肉を焼きつつ怒る綾音。
ああ、懐かしいな。今日、こうして会えてよかった。
◆
「私はよってにゃいぞ~」
「はいはい。酔ってないね。酔ってない」
会計を終えて店の外に出て、真っ赤な顔でふらふらしているひなたを綾音が支える。
「タクシー、あと10分くらいでここに来るらしいから。私この子乗せてそのまんま帰るね」
「そか。悪いな任せちゃって」
「だいじょーぶ。こうやってひなたの家に泊ってお世話するの初めてじゃないし」
「にゃふふ、たのしかったねぇ……」
「酔っぱらってるなぁ。これ明日記憶残ってるかな」
「いつもはここまで飲まないんだけどね。今日はよっぽど楽しかったんだと思う」
えい、と綾音がひなたのほっぺたをつつくと、ひなたがむずがるように手を払った。
もうほとんど寝てるなぁ、これ。
「――――」
「…………」
なんとなく、お互い無言になった。
夜の風は上着の隙間に入り込んで身を震わせ、遠くの喧騒を小さく俺たちの耳に届けた。
「綾音、あのさ」
「んー?」
俺が名前を呼ぶと、綾音は顔をこちらに向けず応じた。
「昔、色々勝手に決めてごめんな。先にお前たちに相談するべきだった」
「いーわよ、もう。なんか実際に会えたら色々言おうと思ってたんだけど、あんたの顔見たらなんか全部どうでもよくなっちゃった」
「綾音」
「だから、いいの」
そう言って綾音は微笑んだ。
ビルの隙間から差した月明りに照らされた綾音はとても綺麗で、俺たちの間にあった時間を俺に思い知らせるようだった。
「……ま、当時は『あ、私ってこいつにとって所詮その程度の存在なんだ』って深く傷つきはしたけどね」
「う、いや、その節は本当に申し訳なく……」
「あはは! じょーだんだって」
からからと笑って、綾音は軽く俺の肩を叩いた。
「ねえ、君尋」
そして、今度は真剣な様子でぽつりとつぶやいた。
「あんた、何のためにカレイドコアにいるの?」
「え?」
「いや、勘違いしないでよ? あんたが帰って来てくれたことは本当に嬉しい。またこうして話せるのもね」
でもね、と綾音は続けた。
「もしあんたがいつもみたいに『誰かのため』にVtuberやってるんなら、今からでも道を考え直すことはできると思う」
「それは」
「明里はずっと君尋がVSを辞めることになったのを気にしてた。だから、こうして君尋みたいな人が個性を十二分に発揮できるような事務所を作った。それは、実際上手くいったと思う。こうしてあんたも、自分のVSの腕を遺憾なく発揮できてるわけだしね」
綾音は自分に寄りかかるように寝息を立てているひなたを見て微笑む。そして、次に俺を見て同じように優しく微笑んだ。
「でも、あんたは誰かを助けるためじゃなくて、自分が心からやりたいことをやってもいいんだからね」
やりたいこと、かぁ。
「悩んでるの、バレた?」
「わかりやすいわよ、あんた」
「参ったなぁ」
綾音は鋭いなぁ。俺が流されるように配信者になったことについて少し悩むことがあるのを感じ取っている。
やっぱり綾音に対しては隠し事をするのが難しい。
「悩みはある……だけど、カレイドコアには感謝してる。住所不定無職の限界成人男性である俺を助けてくれたわけだからな」
「あはは、確かに。今やめたら全部失っちゃうか」
「そういうこと。居候先の人にもお金返さないといけないから、今の状況には正直助かってるよ」
「居候先、ねぇ」
何か疑わし気に綾音が目を細める。
「それって、もしかして――――」
綾音が何かを言いかけた時、ブゥンと低いエンジン音をさせながら俺たちの前に一台の車がやって来た。
「どうもー雲上タクシーですー。都上さまですかねー?」
「あ、はい。そうです。私と、この子の二人お願いします」
「了解しましたー!」
そういえば10分でタクシーが来る予定って言ってたっけか。
「まあ、細かい話は次でもいいか。じゃあね、君尋。配信がんばってね」
「ああ。綾音も、あとひなたも。気を付けてな」
「ほら、ひなた。君尋帰るよ。あいさつしておけば?」
「にゃおす~ばいばいひーくん~」
綾音にゆすられて少し意識を取り戻したひなたは、機嫌よさそうに俺に手を振ってタクシーの中に入っていく。
綾音もまたそれに続こうとして、ふと何かを思い出したかのように振り返った。
「君尋、Vtuber、無理して続けなくてもいいってのは本音だからね。あんたは自分のやりたいこと、ちゃんと探しなさいよ?」
「それでほんとにやめたら俺暮らしていけなくなるって」
「そっか。ならその時は私と結婚でもして、主夫になる?」
「いつもの冗談か? 笑えないって」
俺が何と答えたものか困って頬をかくと、綾音はそんな俺の態度が面白くて仕方がないというかのように、蠱惑的に微笑んだ。
「冗談なのかは、あんたが決めてもいいわよ」
綾音はそう言い残してタクシーに乗り込んだ。タクシーはすぐに動き出し、あっという間に俺を置いて夜の街に混ざっていった。
「……なんか、綾音は大人になりすぎだなぁ」
昔からああやって思わせぶりな冗談を言ったりするが、前よりも余裕がある気がする。
ひなたが学生の頃から全然変わらない分、綾音の大人っぽさが際立っている気もした。
「俺のやりたいこと、か」
ちゃんと見つかるだろうか。この場所で。
見上げた月には、ちょうど雲がかかって影が差していた。