ぽんこつ美少女Vtuberと最強無職 ~元無敗王者を人気配信者が放っておいてくれない~ 作:世嗣
なーちゃんに世話になり始めてから、そろそろ一週間が経とうとしていた。
――――わたしの先生にならない?
数日前、シアラさんに聞かれた言葉が時折思い出される。
「何か期待してるのか、俺は。たかがまぐれで勝っただけだろう」
ゴツ、と握った拳を自分の額に当てる。
あそこがまた自分の居場所になるかもしれないと、そう思ってしまっているのだろうか。
もう夢を見れる歳でもないだろうに、我ながら苦笑いするしかない。
「ヒロくん、そろそろご飯食べよー?」
「ああ、うん。すぐ行くよ」
そんなことを考えてたら扉の向こうからナーちゃんの声が聞こえた。
いつの間にか食事の時間になっていたらしいので、寝室を出てリビングに向かうとちょうどなーちゃんがおかずを並べているところだった。
最初はこの部屋で一緒に食事をとることに疑問を感じていたが、なーちゃんが「毎回鍋とか渡しに来るの面倒だし、洗い物が増えるのヤダ」というので、いつしかこっちの部屋で朝と夜の食事を一緒に取るのが日課になっていた。
「手伝うよ。何したらいい?」
「じゃあごはんお山にしといてくれる~? 私はちょっと少なめで、ヒロくんは日本昔話みたいな感じで」
「もうそんな腕白じゃないよ俺は。普通の量にします」
「中学の時は一人だけ丼でご飯食べてたのに」
「俺はもう23歳になったの。あんなに食べたら太っちゃうよ」
ぐだぐだ言いつつ二人で準備を終わらせると、対面に座って二人で手を合わせる。
「いただきます」
「めしあがれ~。今日はなんとしゃけが安かったので、ホイル焼きにしてみました」
じゃーんとなーちゃんが並んだお皿を指し示す。
軽く酒を使って蒸し焼きにされた鮭のホイル焼きと、水洗いしてちぎられたレタスのサラダ。隣にはタマネギがたっぷり入ったコンソメスープ。
アルミホイルの包みをはがすと、それまで蒸し焼きで閉じ込められていた湯気がぶわっと広がる。一緒に入ったミニトマトやえのきなんかのおかげで見た目もきれいだ。
鮭の腹のあたりに箸を入れてそのまま一口分身を切り分けると、口に運ぶ。
アルミホイルで密閉したおかげで身は焦げておらずふっくらと柔らかだ。もぎゅもぎゅと噛み締めると鮭の旨みと香りが口を満たしていく。
「凄く美味いよ……というか料理上手すぎないか? 中学の頃とかはそんなに上手くなかったよな?」
「ふふん、一人暮らしをするにあたりお母さんにちょー仕込まれたので」
「いや、すごいもんだよ。このスープとかもタマネギとコンソメのシンプルな味付けなのにすごい旨みが強いし……俺もうこれからの汁物全部これでいいよ」
「そのコンソメスープは、明日になったらもう少し煮詰めて、買ってきたフランスパンとチーズ乗せてグラタンっぽくするつもり~」
「なんだその聞くだけで美味しそうなの……」
いやほんとに飯が美味すぎるんだ。
俺の付けてるなーちゃんへの借金帳の飯の欄を毎回の満足度でつけてるせいで、一食5000円とかになってる。朝と昼で1万円の出費。どんな富豪の飯だ。
でも、美味いんだよ……なーちゃんのごはん……。メニューも凝ってるし……。
「ヒロくんは今日何してたの?」
「んー、ハローワークで紹介されたところの面接に行って来たけど、あんまり反応は芳しくなかったかな。俺みたいな経歴だと中々取りにくいみたいだ」
「そっか。良いお仕事見つかるといいね。では、ねぎらいに私の付け合わせのブロッコリーをあげましょう」
「ははー、ありがたき幸せ」
ひょいっと自分の皿のブロッコリーを俺に移してきたので俺は平伏しておく。
しかし、そろそろ本格的に見つけなければなーちゃんへの負債はでかくなるばかりだ。
このままでは俺は一年くらいタダ働きをすることになってしまうし、年下大学生の善意に甘えて養われているカス人間という称号を返上できない。
次の会社の面接は上手くいくといいんだが……。
俺がううむと唸っていると、自分の分の鮭を食べ終わったなーちゃんが質問してきた。
「ヒロくんはヴァーチャル・スクエアでお金を稼ごうと思ったことはないの? 元チャンピオンでしょ?」
「すっごく初期の大会で何度か勝っただけだよ。仲間も強かったし、運も良かった」
「凄いことじゃんか。今は大会で勝ったら沢山スポンサーがつくんだよ。
そう言ってほら!となーちゃんが俺の方にスマホを差し出してくる。
「ヴァーチャル・スクエアのプロプレイヤーの『ロウカク』さんとか、かなりのスポンサーさんと契約してるんだよ~」
そこには鋭い目をした金髪の男性――――『ロウカク』というストリーマーに関する記事が載っていた。
記事は昨年末に出たもののようで、インタビュアーが今年一年を通してどのようなゲームをしたか、また来年のヴァーチャル・スクエアの意気込みなどを聞いていた。
「『来年以降も国内最強のプレイヤーであり続けるために努力するつもりです』、か」
かなりお行儀のいいインタビューだ。なんかちょっとイメージと違うけどあの人も変わったんだろうか。
「ヒロくんが大会で勝ってた当時とか、スポンサーになってくれそうな人とかいなかったの?」
「あの頃は今ほどヴァーチャル・スクエアは注目されてなかったからなぁ。それで食べていくなんてとてもとても」
「今からでも練習したらいけるんじゃない?」
「そんな甘い世界ではないの、なーちゃんもわかるでしょ?」
「そりゃあ、甘くないのはわかるけどヒロくんはチャンピオンだったんだし……」
「そういうなーちゃんは!」
少し食い下がるなーちゃんの言葉を無理やり遮って、今度はこちら側から質問する。
「ヴァーチャル・スクエア、やらないの? この前次やってほしいゲームをリスナーさんに聞いた時それなりの数希望が出てたようだけど」
「な、なんで知ってるのぉ!」
「最近たまに心重ななのさんの配信を見てるから。……視聴者には随分コアなヴァーチャル・スクエアファンがいるみたいだけど、何か理由があるのかな」
「ええと、それは、そのぉ……」
「ふーん……」
なーちゃんが俺から目を逸らして指を付き合わせて、なにかもごもごと言っている。
なるほど、これは昔に何かあったらしい。
「心重ななの、ヴァーチャル・スクエア、検索、と」
「わーわー! やーめーてー!」
なーちゃんの制止を振り切って俺が検索結果で一番上に出てきた切り抜き動画を再生する。
タイトルは『ななーのヴァーチャル・スクエア雑魚ぽんシーン傑作選』。
『じゃあ今日はスーちゃんと一緒にヴァーチャル・スクエアをやって行きたいと思いまーす』
『やっほー! みんなよろしくねー! ボク、ばりばりがんばるよ~!』
『じゃあ私はまずはこの『魔法』を武器に使ってみるとします。ええと、確か操作はこんな感じで――――あっ』
『えっ!? ちょっと目を離したすきにななーのが光に包まれて吹き飛んでるー!?』
『よし、次は追尾弾を撃ってみるからね……ふふ、一度ターゲッティングしたら自動で敵に当たるんならミスりようがないのは明らか……せやっ!』
『にゅやーー!』
『あ』
『味方を撃つなんて、この、ななーのの裏切り者……』
『違う違う違う! スーちゃん違うのぉ!』
おお、なんというか、これは……。
「なるほど。これはド下手くそだね」
「言った! 言った! 言っちゃいけないことを!」
「でもコメントの人たちもみんなそう言ってるよ。雑魚のポンコツだと」
「そいつらみんなこのあとみんなウチの法務部に訴えられるから!」
「みんな名前の後ろに@心重参拝客ってついてる人なのに……?」
絶対なーちゃんのファンだろうに、この人たち。
俺がそのまま動画の続きを見ていると、なーちゃんが机に突っ伏して「ぬぅぅ~~」みたいなうめき声を出す。
「うう、今度ヴァーチャル・スクエアの大会に出ることになってただでさえ苦手意識高まってるんだから、そんなにいじめないでよぉ……ヒロくんなんかきらいだ」
「へえ、大会に出るんだ」
「あれ、知らなかった? 昨日の配信で言ったんだけど」
「昨日は今日に備えて早めに寝たからさ」
心重ななのの公式Xの方を見に行くと、確かにそのような旨の告知をしたツイートが存在した。
「私の同期のスーちゃん……『ステラちゃん』ってヴァーチャル・スクエアが上手い子とコンビを組んで、初心者向け大会に出ることになってるんだ」
「なーちゃんが……? 大丈夫……?」
「ガチトーンやめてね?」
「でも、さっきの動画を見る限りなーちゃんはそのステラの子の仲間ではなく敵になると思うよ」
「誰がド下手くそフレンドリーファイア量産ポンコツ魔法巫女だと~?」
「そこまでは言ってないけども」
そこまでは言ってないけど、ちょっと実力の差が開きすぎてるとは思う。
その大会というのがどのくらいの規模感で、プレイヤー層がどのくらいのレベルなのかはわからないけど、このままではなーちゃんはかなり足を引っ張ってしまうのではないだろうか。
「まあ大丈夫だよ。そのためにコーチも取る予定だからさ」
「そっかVtuberさんってプロのプレイヤーを先生として雇って大会まで教えて貰ったりするんだっけ」
「そだね。ただ、今回はそれもちょっと気合の入った企画でさ~、ほら!」
なーちゃんは俺のところまで歩いて来ると、後ろから覗き込むように俺が見ていた画面を操作すると、カレイドコアの公式ホームページへと移動させた。
「これは、魔法学校の先生の、ライバーさん?」
「そ!」
なーちゃんが開いた画面にはでかでかと「新ライバーデビュー!」「次は魔法学校の先生!?」という文字と、黒塗りにされたシルエットだけの立ち絵がはっつけてあった。
名前も見た目もまだ不明なのか。たぶんもう少ししたらどでかく発表したりするんだろうが。
「
「先生なのに、後輩……?」
「あ、そういうの考えちゃダメだよ。この界隈、13歳の先輩、40歳の後輩とかもいるからね」
「脳がバグりそうだな」
「私も後輩ちゃんに5万歳の子とかいるよ」
「光の巨人のスケールじゃん……」
M78星雲にいらっしゃる方々は年齢8万歳とかが結構ほいほいいるみたいです。
「面白い企画だよねぇ。コーチをそのままVにしちゃうなんて」
「確かにな。コーチにやれるくらい強い人を自分の箱の中に抱えるって言うのは大変なことも多そうだが……」
「たぶんこれからヴァーチャル・スクエアのことをガンガン推していきたいんじゃないかな」
「事務所としてってこと?」
「うん。やっぱヴァーチャル・スクエアはプレイヤー数も段違いだからね~。事務所としても、個々人のライバーとしても、ヴァーチャル・スクエアをきっかけに知ってくれる人が増えるのはありがたいし」
「なるほど……」
「お隣さんのメロウティアラとかは早いうちから力を入れて、アイドル兼ランカー!みたいな人も何人かいるしね」
なるほど、いまは『ヴァーチャル・スクエア』専門のライバーが成り立っているのか。
俺が大会に出てた頃は想像もできなかったけど、ここ5年でヴァーチャル・スクエアの市場というのはかなり拡大しているらしかった。
「でも、どうせやるならヒロくんに教えて貰いたかったなぁ」
「俺、アマチュアだぞ」
「昔みたいにヒロくんとゲームやってみたかったの。今はもう、誘ってもやってくれないし」
「あはは、仕事見つからないでやるゲームはちょっと罪悪感が凄くてさ……」
ちなみに、なーちゃんから借りたゲームは一回しか触ってない。たまになーちゃんに誘われることもあったが、やっぱり少し乗り気になれなかった。
なーちゃんはジトーっと半目で俺を見つめてくる。
「強情。ちょっとくらい私と遊んでくれてもいいじゃん」
「ちゃんと現役の方に教えて貰ってください」
「もういっそのことお金払ってお仕事として教えて貰っちゃおうかな」
「死にたくなるのでやめてください。なーちゃんから金なんかとるわけないだろ」
「ほんと? なら今度の休みに遊びでやってみようよ。ランクマとか潜らないゆるーいやつ」
「それならまあ……いいかな?」
「やたっ」
ぐっと小さくガッツポーズするなーちゃん。
ん? なんか気づいたら一緒に遊ぶことになってない?
「あのさ、なーちゃんやっぱりさ――――」
俺が慌てて予定のことを聞き返そうとしたとき、ぴりりと小さく電子音が鳴った。
俺のではない。なーちゃんのスマホだろう。
なーちゃんはスマホを取り出して、画面に表示されてる通話相手を見て「ええと」と少し慌てた様子を見せる。
おそらく、カレイドコアの事務所、マネージャーさんあたりからの電話で俺に聞かせることはできない内容なのだろう。
「ごちそうさま。じゃ、洗い物は俺がやるから電話どーぞ。そっちの寝室使ったら俺には電話の内容は聞こえないはずだぞ」
「ごめんね、ありがと」
なーちゃんは俺に短く礼を言うとぱたぱたと足早に俺の使っている寝室に引っ込んでいった。
こんな定時もとっくに過ぎた時間にかけてくるとはおそらくかなりの緊急の用事だ。あまり大ごとでないといいが。
「まあ、どちらにしろ俺には関係ないことだな」
さっさと洗い物を終わらせてしまうか。
俺は机の上の皿を重ねると流しに持って行って軽く水ですすぐと、ぽいぽいと食洗器に突っ込んでいく。
汚れがひどいのはスポンジを使って軽くこするが、今の食洗器は優秀なのでそんなに気合を入れて洗わなくてもAIが自動で洗い方を工夫してピカピカにしてくれる。
カレーの鍋とかも割とそのまま突っ込んでも問題なく綺麗にしてくれるらしい。すごい時代だ。
そうやって一通り洗い物を終えて、俺が食洗器のボタンをオンにしたのと、なーちゃんが俺の寝室から出てくるのとはほとんど同じタイミングだった。
「お疲れさま。洗い物は終わったよ」
どうだった?とかは聞かない。聞いても困らせるだけだし、そもそも内容も気にならない。
なーちゃんだってコンプライアンスを意識して話さないだろう。
だから俺にできるのはこうしてねぎらいのココアを入れてやることくらいだ。
「ねえヒロくん。私の公式のコーチになる気ない?」
……なぜに?