ぽんこつ美少女Vtuberと最強無職 ~元無敗王者を人気配信者が放っておいてくれない~ 作:世嗣
次の日、俺はなーちゃんに連れられてカレイドコアの事務所に向かっていた。
「なんで俺が呼ばれることに……」
あまりの急速展開に、未だについて行けない自分がいる。
するとタクシーの隣に座っているなーちゃんが俺の方を覗き込んでくる。
「説明したでしょ? 私たちのコーチ予定の人がリアルの都合でデビューできなくなっちゃったんだって」
「でもなーちゃんたちが大会に出るのは変わらないからコーチはいる。だから代わりの人を探してるんだろ?」
「なんだ覚えてるじゃん」
「俺が言ってるのはそれがなんで俺なのかって話なんだよなぁ」
なーちゃん……『心重ななの』が初心者向けの大会に出るために先生としてデビューする予定だったライバーが急に都合がつかなくなった。まあ、これはわかる。そんなこともあるだろう。
で、その先生の代わりに誰かがコーチにならなければならない。これもまたわかる。Vtuberさんたちもプロとしてのお仕事の責任がある。適当に遊んで参加するわけにもいかないだろう。
だが、その代わりにアマチュアでブランクのある俺がコーチとして打診される。これはどう考えてもわからない。マジでなんで?
「それは私もわかんないよ」
「なーちゃんが名前を出したくらいしか考えられないんだけど?」
「え、えーと、『交流のある方の中にヴァーチャル・スクエアでお強い方とかいませんか?』って聞かれたときに、ヒロくんの名前は出したけど……」
「じゃあなーちゃんの影響じゃんか」
「いやでもごり押しとかしてないし! ほんとうにぽろっと言っちゃったら、なんかプロデューサーさんの方から色々聞いてきたというか……」
プロデューサーさんの方から俺について、か。なおさらよくわからんな。
俺がいまの現状について考えていたら、タクシーが目的地に到着した。
「つきましたよ。お支払いは?」
「あ、カードでいいですか?」
「わかりました」
「あと領収書お願いしてもいいですか〜?」
運転手さんが俺に問いかけてきたが、俺が何かを言うよりも早くしゅばっとなーちゃんがクレジットカードを出した。
運転手さんの目線に耐え切れなくなって俺は「ありがとうございました」と言って先にタクシーから降りる。
「うおーでっけービル」
太陽に反射してギラギラ光る窓ガラスの高層ビルの一画。そこが今日の俺たちの目的地だ。
株式会社「Kaleido」。
Vtuber事務所「カレイドコア」のプロデュースを主体とする会社である。
設立は4年前であり、毎年10人程度の新人をグループでデビューさせ、近年急成長を見せているという。
『心重ななの』は去年デビューした4期生ということで、ギリ新人に引っかかっているライン……ということをなーちゃん自身が言っていた。
2080年になった現在では『Vtuber』という仕事が登場した当時に比べると、登録者数の平均が押し上げられており、心重ななのの80万人という数字も中堅どころ、と言ったところらしい。すごい世界である。
「お待たせヒロくん」
「あ、ありがとうございますなぎささん。このお金は必ず返すので」
「いやいいって。そもそもプロデューサーさんが今日の交通費は会社が出すって言ってたし」
「すごい世界だな」
「ありがたいよねえ」
「俺タクシー代で領収書切ってもらうところ初めて見た。ドラマだけのやつじゃないんだな」
「ヒロくんの前の会社、言葉を選ばずにいうとロクでもないよね?」
その後、なーちゃんに連れられてビルに入ったなーちゃんはきょろきょろしてる俺をそのままに色々手続きをすると、俺にゲスト用のカードキーを貸してくれる。
そしてそのままエレベーターに乗って上の方へ行き、その中のミーティングに使っているという部屋の一つに入る。
20人くらい入りそうな部屋の中には簡素な椅子と机、あとはプレゼンなどに使うのであろうプロジェクターが天井に設置されていた。
中にはまだ誰もいない。
「プロデューサーさんがこのあと来るから、それまでは座ってのんびりしていいらしいよ~」
「手馴れてるなぁ。いつもこんなところに来てるの?」
「まさかまさか~。こっちは本社だからね~。私はもっと収録とか、サイン書きのためにスタジオに行くことが多いよ」
「スタジオも、あるのか」
「そうそう。こっちは借りてるけど、スタジオの方は凄いよ~。私たちのリアルがバレないようにすごく気をつかってて、どこにあるかも明かされてないし、ダンスの先生とかが入るときもものすんごい項目の契約書を交わすって話だよ」
リアル。Vtuberの現実の素性か。確かにそれは簡単には扱えない情報だよな。
カレイドコアはかなりそこらへんをしっかりガードしてくれてる会社らしく、今のところそういうVtuberのリアル関連で問題が起きたことはないらしい。
俺となーちゃんがそうした話をしていると、扉が軽くノックされた。
なーちゃんが「はーい」と返事を返すと、スーツ姿の線の細い男性が中に入ってくる。
「お待たせしました、心重さん。すみません、こちらからお呼びたてしたのに遅れてしまい……」
「あはは、だいじょーぶですよ。私たちが早く着いちゃっただけですし」
「そう言っていただけるとありがたいです」
小脇にタブレットと資料を抱えた男性は、いかにもサラリーマンといった姿をしていた。たぶん年齢は俺よりも一回り上で、30後半から40前半といったところだろう。
話を聞く限りなーちゃんの言っていた俺を呼んだというプロデューサーさんがこの人なのだろう。
「はじめまして。私は白瀬なぎささんの知り合いのものです。この度は――――」
「いえ、挨拶は結構ですよ。なにせ、私は貴方のことを知っていますから」
「はい……?」
俺は椅子から立ち上がると頭を下げて挨拶をするが、その言葉はプロデューサーさんの言葉で遮られた。
プロデューサーさんのよくわからない言葉を訝しみつつ俺が顔を上げると、プロデューサーさんはなんだか懐かしいものでも見るように微笑んでいた。
「お久しぶりですね成宮くん――――いえ『Hero』くん、と言った方が記憶には残っているでしょうか」
「え、あ、え!? も、もしかして山下さんですか!?」
「はい。覚えていてくれて嬉しいですよ」
うわ、え? うわー! ちょっと雰囲気変わってたからわかんなかった!
いや、うわー……懐かしいな……。
「まさか今になってまた山下さんに会えるとは……」
「それは私もですよ。心重さんから『ヒロ』という名前を聞いた時にまさかと思ったのですが、本当に私の知ってる人物だったとは」
「お知り合い?」
俺たちが懐かしそうに話しているのを見て、なーちゃんがこてんと首を傾げた。
「ええと、山下さんは5年前、ヴァーチャル・スクエアの公式大会を運営してた人だ」
「ついでに、当時チャンピオンだった成宮くんとヴァーチャル・スクエア運営の橋渡しをしたり、予定を管理していた人だったりもします」
「めっちゃ知り合いだ!」
山下さんはヴァーチャル・スクエアを作った会社『LAIVES』から外部委託されて、公式大会などを運営する役割をしていた。
当時発売してその高すぎる自由度から人気が盛り上がり始めていたヴァーチャル・スクエアを競技として成り立たせるために、色々工夫し、会場を抑えたりなんだり、かなり忙しくしていたのを覚えている。
特に、初の全国大会で決勝まで勝ち進んだ俺たちのチームが全員高校生だったこともあり、かなり甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたものだ。
「あれから色々あってこの会社に引き抜かれましてね。今では統括プロデューサーの真似事なんかをしてます」
「ファンの方たちにも人気なんだよ~。ライブの後とかはいつも『山Pよくやった』『山Pしか勝たん』みたいなのが呟かれる」
「プロデューサーがファンに……?」
「公式からも山Pぬいぐるみも出てるしね」
「それは誰が買うんだ?! どういうファン層!?」
「ははは、愛していただけるのは嬉しいですねえ」
独特過ぎないか、Vtuber文化。
言っちゃあなんだが山下さんは普通のおじさんだぞ……?
なーちゃんのファンは『心重ななの』とこの山下さんのぬいぐるみを並べてたりするんだろうか。
山下さんは俺となーちゃんを交互に見つめると、ふむと腕を組んだ。
「一応聞いておきたいのですが、心重さんと成宮くんはどういう関係なのでしょうか? 付き合っていたり……」
「してないですよ! なんてこと言うんですか!」
なーちゃんが突然ぶっこまれた質問をびっくりしたように否定すると、山下さんが今度はこっちに目を向けてきた。
俺の方はどうなのか、というような質問だろう。
「子どもの頃の知り合いです。最近仕事をクビになったときにたまたま再会しまして。それ以来何かとなぎささんが気にかけてくれているんです」
「なるほど……」
山下さんはじっと俺の目を見つめると、しばらくするとぱっと笑った。
「嘘はなさそうですね。Vtuberは夢を売る仕事ですから、万が一があると怖いですからね。もちろん、心重さんはとても真面目な方なのでそのようなことがないのはわかっているのですが」
「当たり前ですよ~」
「なぎささんに迷惑が掛かってないのならよかったです」
「ははは、成宮くんの方こそ変わってないようで良かったです。考えたくはないですが、この5年で成宮くんが私の知る人物から大きく変わったゴミ人間になっている可能性もありましたから」
なーちゃんの人柄を知ってるからコンプライアンス的に問題のあることをしているとは思っていなかったが、俺の方は別ということだ。
仮にこの数分での話で山下さんの目から見た俺がロクでもない人間だと思ったならば、俺はすぐさまここから帰らされていただろう。
山下さんはやり手のビジネスマンだからこそ、そこらへんにドライなところもある。俺が知り合いだとしても、そこらへんの判断に手心は加えなかっただろう。
「まあ、こうした冗談はさておき、そろそろ本題に移りましょうか」
山下さんはそう言って椅子を手で指した。
なーちゃんが座った椅子から一つ分スペースを開けて座ると、山下さんは俺たちの対面に腰かけた。
「単刀直入に頼みましょう。成宮くん、心重さんのコーチになりませんか?」
「それ、頼む相手俺であってますか? 俺、一般人ですよ」
「チャンピオンでしょう?」
「元、が付きますけどね。しかも五年前の」
俺が付け足すと山下さんはまたにこりと微笑んで、何かタブレットを操作すると俺たちの方に見せてくる。
そこにはクリーム色の目をして、ふわふわした半透明の衣を纏ったVtuberが表示されていた。
「あ、シアラ先輩だ」
「はい。うちの3期生の『祈月シアラ』さんです。主にゲーム配信などで活躍されている方で、最近はヴァーチャル・スクエアをよく遊ばれてるみたいですね」
「祈月、シアラ、さん……」
「はい。成宮くんは、見覚えがあるんじゃないですか?」
ある。この人、俺がこの前戦った人で、めっちゃ絡んで来た人だ。
まさかVtuberだったとは……しかもなーちゃんと同じ事務所……。
「実はシアラさんが配信外でアバターを使ってヴァーチャル・スクエアを遊んでいたと聞きまして。まあ運営としては問題ないのですが、ただその戦った相手のせいで少し話題になってまして」
「話題に、ですか」
「はい。なんでもそのプレイヤーは初期アバターの姿で、マスターランクを含めたプレイヤーに20連勝してしまったらしいんですよ」
「はへー! すごいですね。ね、ヒロくん……って、なんでそんな苦い顔してるの?」
「いや、なんというか……」
言い淀む俺に山下さんが微笑んだ。
「成宮くん、腕は落ちてないようですね。祈月さんはまだ1シーズンだけですがマスターランクの実力者なんですよ」
「はは……」
「え? え? えええっ!?」
なーちゃんが俺の隣で勢いよく立ち上がって、俺に詰め寄って来た。
「ヒロくんシアラ先輩に勝っちゃったのぉ!? しかも20連勝って、私がデバイス貸した日に!? 今でも全然めっちゃ強いじゃんか!」
「いやあれはたまたま偶然噛み合いが良かったのもあるから……」
「ご謙遜を。いまだにこれだけ実力があるのなら、正直コーチをお任せするのに問題はありませんよ。
今なら祈月さんのことに合わせて話題性もありそうなのですし……」
なーちゃんをなだめる俺に、山下さんは話を続ける。
「いっそのことウチのライバーになりますか? ちょうど先生枠のライバーの後任を探していたんですよ。そうすれば後腐れがないですし」
「……冗談ですよね?」
「半分冗談です」
「ならあと半分は優しさですか?」
「バファリン、ききますよねえ」
適当に流されたが、本当に冗談だったんだよな……?
もう一度山下さんを見てその表情から本気度を探ってみたが、にこりとした笑顔からはあまり感情は見て取れなかった。
「色々言いましたが、コーチの件、どうですか? 割と本気で困ってましてね。もちろん報酬はお支払いしますし、なんなら裏で教えるだけでもいいですよ」
「顔出しとかはしなくていいんですよね」
「構いませんよ。もちろん希望があれば、名前を公表することもできますが」
俺が、コーチ。
しかも心重ななのという登録者80万人のVtuberにヴァーチャル・スクエアを教える立場になる。
多くの人に注目され、なーちゃんの大会での活躍すらも俺の責任となるだろう。
それは、背負うには覚悟がいることだった。
不意にくいくいと袖を引かれた。見ればなーちゃんが少し不安そうに俺を見上げていた。
「ヒロくん、あの、無理にとは言わないからね」
……こんな時にまで俺を気遣うなんて優しい子だなぁ。
なーちゃんの顔を見て、どうするかは決めた。
「コーチの件、デビュー予定の『先生のライバー』がデビューするまでか、もしくは後任のコーチが見つかるまでの繋ぎでいいのなら、お引き受けします」
「繋ぎ、ですか」
「はい。山下さんには変わらずなーちゃんたちの後任のコーチは探してほしいです。できれば俺のようにしばらく離れていた人間じゃなくて、ちゃんとプロの方を」
「成宮くんでは不十分ですか?」
「不十分です。俺が教えられるのはあくまでも基礎的なことになると思います。それを裏で軽く教えて、次のコーチに引きつぐ、という形にしたいです」
「ふむ、なるほど……」
山下さんが少し考え込むように口元を抑えた。
おそらく俺の提案を引き受けた場合の事務所全体の方針などを頭の中でまとめ直しているんだろう。
俺がなーちゃんに色々教えるのは、あくまでも繋ぎ。
俺がコーチをやるのは、いなくなってしまったというなーちゃんたちにヴァーチャル・スクエアを教える『先生ライバー』の後任が見つかって、正式にデビューするまで。
もしくは先生ライバーをコーチにするのをやめて、何かしらの形で後任のコーチが見つかること。
そのどちらかに状況になるまでは、俺が最低限なーちゃんの面倒は見たいと思う。
「あと報酬もいりません。あくまでもなぎささんの知り合いとして、個人的にヴァーチャル・スクエアのいろはを教える……そのくらいのイメージで受け取っていただきたいんです」
「仕事ではない、と」
「もちろん俺にできることは全部教えるつもりです。ですが、やっぱりこれでお金をもらうのは、なんとなくしっくりこなくて」
「そうは言われましても会社としては受け取っていただかないと責任問題とかがですね……」
「友だちに軽く教える延長線上と思って欲しいんですが、だめですか?」
なーちゃんには世話になってるから、恩返しがしたい。困っているというのなら俺にできることを教えたいとは思うが、俺が力になれると思えない。
自分を、信じ切れない。
「……わかりました。では、そういう方向性で行きましょう。こちらも無理にお願いしましたし、基礎を教えて頂けるだけで御の字です。ご存じかどうかはわかりませんが、心重さんはヴァーチャル・スクエアがド下手くそなので」
「山Pさん何言ってるの! 所属ライバーに対する暴言だよぉ!?」
「はい、知ってます。動画で見ましたが腰抜かすくらい下手でしたね」
「ヒロくん?」
なーちゃんが俺の襟をつかんでゆすったあたりで、俺と山下さんの話し合いはだいたい終わった。
その後は今日聞いたことに関しての守秘義務やら、なんやらの書類にいくつかサインをし、今後のなーちゃんの大会までの日程などを教えて貰った。
「では、よろしくお願いします成宮くん」
「山下さんこそ後任のコーチ探すの、頑張ってください。ちょっと大変かもですけど……」
「はは、頑張ります」
「じゃ、山Pさんもまたね~」
「はい、心重さんもさようなら」
その後、俺は先に会議室を出たなーちゃんに続いて帰ろうとしたが、その背中を山下さんに呼び止められた。
「成宮くん」
「はい?」
「実は今日別件でひなたさんがいらっしゃっているんです」
「――――」
「会われていきますか?」
―――ねえ君尋くん、ひなたといっしょにあそぼーよ。
「……大丈夫です。たぶん心配かけるんで俺のことも言わないでおいてくれますか」
「わかりました。……まだ喧嘩中ですか?」
「そういうのじゃないです。ただ、俺がひどいことしただけなので」
うん、それだけの話だ。俺がいまさらあの二人の前に顔を出すなんてするべきじゃない。
「あれ、ヒロくんと山Pさんまだお話し中?」
「いやもう終わったよ」
俺たちが中々会議室から出てこないことを心配したのかなーちゃんが扉を開けて部屋を覗き込んでくる。
なーちゃんに口早に返答すると、軽く山下さんに会釈を返すと会議室をあとにした。
「ふっふっふ……」
「なーちゃんなんで笑ってんの?」
「だってヒロくんがコーチになったんだよ? こんなのもう上達が約束されたようなものじゃんか~」
「…………そうだね」
「その返答までの長すぎる間はなんなの?」
V事務所の社長とかが愛されてる雰囲気、やさしくて好き。
『君尋』
VSでお金をとれるほどの実力だとは思えないし、自分がそれをやることをあんま許せないらしい。
『山下P』
君尋の現役時代の知り合い。
0期生の陽向ひなたとは会社立ち上げ時代からの付き合いで、度々ネタにされている。
あとでちゃんと君尋にお金を受け取るように説得しようと思っている。
『なーちゃん』
勝ったね! わはは!
次回、なーちゃん特訓回。