キバナVSダンデ ―龍と空の王者―   作:スイカバー

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第一章 闘技と煩悶の日々
1.


1.

「フライゴン、『すなあらし』!」

 

 バトルフィールドに砂塵が巻き起こる。

 今まで何度、ポケモンバトルをしてきたのだろう。そしてこれから何度、戦うことになるのだろう。過去に関しては数え切れないし、未来に関しては想像もできない。でも、きっとこれが自分の人生なのだろう。キバナは漠然とそう感じていた。

 

「モスノウ、『れいとうビーム』!」

 

 対戦相手の青年が技を命令した。モスノウと呼ばれた、氷を纏ったむしポケモンは、キバナのフライゴンに向かって技を繰り出す。しかし砂嵐に覆われたフィールド下では、フライゴンの姿が見えず、狙いは定まらない。ただ、相手には見えていなくとも、フライゴンの居場所は、トレーナーであるキバナには手に取るようにわかった。

 

「『ねっぷう』!」

 

 飛んでいるモスノウのちょうど死角となる、斜め下四十五度の位置。そこにフライゴンが上手く潜り込んだのを悟ったキバナは、すかさず技を指示した。せいれいポケモンと呼ばれるドラゴンタイプのフライゴンは、その両翼の前方に熱気を溜め、素早くモスノウへと放った。

 

砂嵐で周りが見えていない中での、死角からの不意打ち。一メートル超もあるモスノウの全身を覆い尽くすほどの広範囲攻撃であり、当然避けることなど叶わない。しかもこおり・むしタイプのモスノウに、ほのお技は効果抜群。モスノウはたちまち体力を失い、空中からフィールドへと落下した。

 

「モスノウ、戦闘不能。ジムリーダー・キバナの勝利!」

 

 フィールドの脇にいた審判がそう宣言し、バトルは終了した。キバナと対戦相手はそれぞれ自分のポケモンに駆け寄る。勝利したフライゴンはもちろん、モスノウも致命傷ではなく、ポケモンセンターで休めばすぐに回復するようだった。キバナはほっと安堵した。ただバトルで勝ち負けを決めるだけでなく、対戦後にトレーナーとポケモンのケアやフォローをするまでがジムリーダーの務めだからだ。

 

 お互いにポケモンをボールに戻した後、キバナはトレーナーに多少のアドヴァイスをした。

「相手が見えなくなったら、どうしても焦ってしまいがちだが、そういうときこそ冷静になることが大事だ」だとか、

「モスノウは飛べるポケモンで、近接戦闘が得意じゃない。だから場が膠着したときはなるべく距離を取って、相手の出方を窺ったほうがいい」だとか、

「だが技の筋は悪くなかった。よく育ててるな。後はもっと実戦経験を積めば、自然と勝てるようになるさ」などなど、相手とポケモンに合わせて、適切なコメントを付ける。

 

 十七、八才といったところか、その青年トレーナーは礼を述べ、ジムを立ち去った。バッジ四つ。まずまずの実力。だがダブルバトルはまだ早いか……。キバナは自分のスマホロトム端末に対戦相手のデータを記録する。

 

 ジムの控え室で休憩を取りながら、キバナはふとあくびを漏らした。駄目だ、気が緩んでいる……。仕事だ、真剣にやらなければ。

そしてまた次のトレーナーがキバナに挑みに来る。

 

「ニンフィア、『てだすけ』、ミロカロス、『こごえるかぜ』!」

 

 相手の二匹がコンビネーションを仕掛けてきた。ピンク色のリボンのような触覚を持つ四足歩行のポケモン・ニンフィアが、隣のポケモン、ミロカロスを鼓舞すると、ミロカロスの身体にパワーが漲る。水棲のポケモン・ミロカロスはその六メートル超もある長いクリーム色の身体をくねらせ、自身の水分を空気中に発散し、それを凍らせて、キバナのポケモンへと飛ばす。「てだすけ」により、威力が強化されている。

 

こおりタイプの技は、キバナの得意とするドラゴンポケモンに効果抜群であり、さらに「こごえるかぜ」は相手の体温を奪い、フットワークを鈍らせる。自分の戦術が上手く決まったことで、ニンフィアとミロカロスのトレーナーである女性は笑みを浮かべた。

 

女性は二十代前半で、バッジは七つ。今まで七つのポケモンジムで勝利を収めてきたらしい。ここまで来ると、全トレーナーの中でも上位一割に入る実力と言っていいだろう。キバナのジムでは、バッジ六つ以上の持ち主は、ポケモン二匹ずつのダブルバトルで戦うルールになっている。ダブルバトルは一対一のシングルバトルに比べ、ポケモン同士の高度なコンビネーションが要求されるため、より難しいとされている。

だが、ダブルバトルこそむしろ、キバナの得意分野だった。

 

「ヌメルゴン、『あまごい』!」

 

 キバナが指示すると、「こごえるかぜ」を受けたドラゴンポケモンのヌメルゴンは、体勢を立て直し、両手を上方に高く掲げた。すると、室内にも関わらず、バトルフィールドに雨雲が発生した。さらにヌメルゴンがその薄紫の身体を前傾させ、両手を地面に付けると、雨雲は操られたかのように、相手のミロカロスの真上に移動する。「すなあらし」といい、「あまごい」といい、天候を操る技はキバナの十八番だ。

 

「ジュラルドン、『かみなり』だ!」

 

 そしてキバナのもう一匹のポケモン、ジュラルドンが攻撃体勢に入る。その二メートル近いタワーのような鋼鉄の巨体は、「こごえるかぜ」を受けたこともあり、動きこそ鈍重なものの、その頭上から迸った電撃は、視認できないほどのスピードで雨雲へと突っ込み、真下のミロカロスへと直撃した。女性トレーナーは狼狽しつつ、ニンフィアに次の攻撃を指示する。

 

「くっ、ニンフィア、『マジカルシャイン』!」

 

 ドラゴンタイプに有効なフェアリータイプの攻撃だ。一瞬、眩い閃光が炸裂したかと思うと、ピンク色のエネルギーが横に広がり、ヌメルゴンとジュラルドンの両方に襲い掛かる。だがキバナは余裕の表情だ。

 

「ヌメルゴン、『ヘドロウェーブ』で押し返せ!」

 

 ヌメルゴンが身体をフィギュアスケートのように一回転させると、毒性の粘液が波のようにフィールド一面に飛び散った。その攻撃は「マジカルシャイン」のエネルギーにぶつかって弾き飛ばし、相手の二匹にダメージを与える。無差別ゆえ、味方のジュラルドンも巻き込んでしまうが、ジュラルドンはまったく意に介していない様子だ。

 

「はがねタイプのジュラルドンに、どくタイプの技は効かねーからな」

 

 キバナが得意そうに説明した。「かみなり」のダメージと合わせてミロカロスが倒れる。審判が「戦闘不能」を告げた。残るはニンフィア一匹。

 

「だったら……、ニンフィア、ダイマックス!」

 

 女性トレーナーは左腕に巻いた時計のような道具に、右手をかざした。すると、バトルフィールドからエネルギーが溢れ出し、ニンフィアが赤紫のオーラに包まれる。ニンフィアの身体が突如膨らみ始め、フィールドの天井を突き出さんばかりに巨大化した。

 

「面白くなってきたな。こっちもダイマックスだ、ジュラルドン!」

 

 キバナも同様に、自身の腕の道具に手をかざし、ジュラルドンを巨大化させる。こちらは大きくなっただけではなく、見た目も少し変化している。タワーに手足が生えたような元の見た目から、高層ビルのような体躯になった。

 

「ニンフィア、『ダイフェアリー』!」

 

 女性トレーナーが命じると、ニンフィアは身体を揺らし、上空から星形のエネルギーが次々と降り注いだ。そのうちのいくつかがジュラルドンとヌメルゴンに当たり、体力を削る。

 

「ジュラルドン、『ダイスチル』!」

 

 だが、ジュラルドンは怯まず攻撃を繰り出した。ジュラルドンが身体から光を発すると、フィールドの地面から大きな槍のような金属の棘がいくつも飛び出し、前方のニンフィアめがけて、絨毯を転がすかのように棘の道を作っていく。そしてその棘がニンフィアへと到達すると、さらに大量の棘が集中的に出現し、ニンフィアを攻撃した。

 

 たまらずニンフィアは真横へと崩れ落ちた。すると、ニンフィアの身体は急激に縮み、元の大きさに戻ってしまう。それを確認したキバナが、自分の腕の道具に再び手をかざすと、ジュラルドンも元通りになった。審判がキバナの勝利を告げる。

 女性は歯を食いしばったが、数秒ほど黙考すると、「ありがとうございました」と言って頭を下げた。

 

「タイプ相性は理解しているな」キバナがコメントする。

「コンビネーションもまあまあだ。だが、オレのドラゴンポケモンにこおりやフェアリーで挑んでくる奴は多いっちゃ多いんだが、そんなわかりやすい弱点、オレ様だって当然対策はしている。正攻法だけで勝てると思うなよ。相手の裏をかく。お前ほどのレベルになると、そういう戦略も必要になってくるんだ。それが理解できれば、さらに強くなれる。まあ割とセンスはあるほうだと思うぜ」

 

 負けた瞬間は強張った顔をしていた女性は、キバナの話を聞いて、少しずつ表情が氷解し、最後は笑顔でジムを出ていった。

 また一人、トレーナーを導くことができた。バトルもなかなか熱かった。それなりの充足感に満たされる。だがそれもほんの一瞬だ。また次のバトルが始まる。

 

これがキバナの仕事であり、日常であり、今の彼の人生であった。

 

ガラル地方・ナックルシティ・ジムリーダー。キバナの肩書きである。もう就任して何年になるか。そろそろ世間的にも新米ジムリーダーから中堅辺りへの認識に変わってきているはずだ。否、実力的にはガラル地方でも屈指の強豪との呼び声も高い。

 

だが、その「強豪」という形容に、キバナ自身、一抹の疑問を感じていた。自分の強さそのものへの疑問ではない。むしろその強さを奮う立場として、自分はジムリーダーという今の仕事に本当に適性があるのだろうか……。それはある意味、中堅という立ち位置に上がってきたが故の疑問だった。

 

「ヒメンカ、『はっぱカッター』!」

 

 次にやってきた挑戦者は、また旅を始めたばかりで、ジムバッジを持たない新人トレーナーの少年だった。使用ポケモンのヒメンカも、くさタイプで花のような可愛らしい見た目のポケモンだが、進化前でお世辞にも強いとは言い難いし、キバナのドラゴンポケモンにも相性的に不利だ。

 

そのような初心者に、フライゴンやヌメルゴン、ジュラルドンでは力の差が圧倒的すぎる。そこで、ガラル地方のポケモンジムでは、対戦相手のジムバッジの数に合わせて、ジムリーダーも使用ポケモンや技を変えることが推奨されていた。

 

「キバゴ、『きりさく』!」

 

 対戦前に挑戦者のジムバッジの数を確認していたキバナは、この試合ではキバゴを繰り出した。キバナはオノノクスという強力なドラゴンポケモンも所持していたが、キバゴはその進化前、第一形態だ。長身のキバナと同じくらいの背丈であるオノノクスに対し、キバゴはヒメンカと並ぶほど、五十センチ少々しかない。ドラゴンタイプは総じて希少で強力なポケモンが多く、ジムバッジのない初心者と対等に戦うとなると、このような進化前のポケモンを使わざるを得ないのが実情だった。

 

 手を抜いている……。それはもちろんトレーナーを導く立場であるジムリーダーの役割として、必要な行いではある。しかしキバナはそこにどうしても歯痒さを感じずにはいられなかった。自分の力を、常に百パーセント存分に奮うことが許されない。ジムリーダーである限りは……。

 

「キバゴ、『かみくだく』!」

 

 キバゴ自慢の牙を活かした攻撃がヒメンカに直撃し、戦いは終わった。審判がまたもキバナの勝利を告げる。ただ互いに技を指示するだけの簡単な攻防であったが、それでも新人の少年トレーナーには慣れない経験だったらしく、終始キバナの優勢で運んだ試合だった。

 

 こういう試合が一番コメントに困る。単純に基礎的な経験値が足りていない。トレーナーズスクールで一から学び直したほうがいい、と正直に言いたいところをぐっと堪え、当たり障りのない言葉でお茶を濁した。前に「コメントが辛辣過ぎる」と、ポケモンジム監査官に説教されたことがあるからだ。

 

 それからも何戦か行い、日も暮れた頃。夜七時過ぎに、ようやく最後の挑戦者とのバトルが終わった。昨日、午後からの大雨と強風で急遽ジムを閉鎖したからか、今日はそのぶん挑戦者が多かった。普段から鍛えているキバナだが、さすがに疲労を感じていた。

 

午前から合計で二十二戦。ここまで多いのは久しぶりだ。内、挑戦者が三勝、キバナが十九勝。挑戦者側の勝率は、約十四パーセント。本気を出さずにこの勝率。これがキバナが「強豪」と呼ばれるゆえんである。だがそれは同時に、キバナが相手の力量に適切に合わせてあげられていないということでもあった。

 

「もう少し手加減してやんなよ。そんなんじゃそのうち挑戦者がいなくなっちまうよ」

 

 前に先輩ジムリーダーのメロンから言われた台詞だ。彼女はキバナより二回りほども年上で、もう二十年以上もジムリーダーを務めている。そんな彼女の昨年度の対戦成績は、勝率にして約四十五パーセント。つまり、半数以上の対戦相手に敗北したということ。しかしそれは、決して彼女がキバナに劣るトレーナーだという意味ではない。事実、キバナ自身は今までメロンと直接バトルして、一度も勝ったことがないからだ。

 

 それは単に、メロンの専門タイプが、キバナが最も苦手とするこおりタイプだからというだけではない。実際、このナックルスタジアムを訪れるトレーナーたちも、先ほどの女性トレーナーのように、キバナがドラゴン専門だと知っていて、ドラゴンに有利なこおりタイプやフェアリータイプを多く使用する。それでもキバナは八割強の勝率を叩き出している。タイプ相性に関しては嫌というほど理解しているし、ほとんど克服したと自認している。

 

 それなのに、キバナはメロンに一度も勝てていない。単純に実力で劣っていると考える以外にない。それでもメロンは自分のジムでの勝率は五十パーセント以下である。つまり、彼女はジムリーダーとして、相手に合わせて、適切に勝利へと導いてあげているのである。

 

「ジムリーダーにはそれぞれ自分のやり方があり、一概にどれが正しいというものではない」

 

 例えばエンジンシティのジムリーダー、カブはこのように言う。ガラルジムリーダーの中でも特に年長者である彼の言葉には含蓄があり、傾聴に値する。確かにやり方はいろいろあるだろう。しかしキバナには今の自分のやり方が正しいとは到底思えなかった。

 

 なぜなら、今の自分は決して挑戦者のことを慮っているわけではなく、もっと別の何かに突き動かされて、半ば無意識に負けたくないと考えているに過ぎないからだ。

 

 別の何か……。それは、メロン同様に、やはり今まで一度も勝ったことのない、それどころか、正真正銘ガラル地方最強であるポケモントレーナー、ダンデという男の存在だろう。

ダンデは何物にも縛られず、ただひたすらに己の強さのみを探究し続けている。最強という立場に甘んずることなく、さらなる高みへと昇ろうとしている。

 

 それに比べて自分は、初心者相手への勝った負けたでいつまでも燻り続け、彼には過去十回挑んで一度も勝てない始末。

 オレはいったいどうすればいいのか……。キバナは悩んでいた。

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