3.
ダンデはダイゴたちの身を案じていた。確かに彼らは昼間、マグノリア博士の研究所へ向かうと言っていた。
だが、彼らはまだやってこない。
ダンデはダイゴの話の続きが気になって、インタヴューを早々に切り上げ、相棒のリザードンに乗って研究所のあるブラッシータウンまでひとっ飛びでやってきた。リザードンも相当な速さではあるが、さすがにジェット機ほどではなく、先に出発した二人のほうが既に到着しているはずだった。
だが、研究所に着いて、マグノリアに話を聞くと、確かにダイゴとヒガナという客人に会うことになっているのだが、もう約束の時間はとうに過ぎているのに現れず、電話も通じないという。
おかしい。二人の身に何かあったのではないか。夕方に会う約束が、もうとっくに日は沈み、さらにそれから数時間、ついに時計は十二時を回ってしまった。
「心配ね……。チャンピオンだというから、滅多なことはないと思いたいけど」
老齢のマグノリア博士は窓際に立ち、真っ暗な外の景色を眺めながら言った。それを聞いたダンデもソファに深く腰を下ろし、小さく息を漏らした。明日もシュートシティで予定が入っているが、さすがにこんな状況で帰る気にはなれない。
警察には既に通報してあるが、芳しい収穫は得られていない。シュートシティの飛行場で彼らが自家用ジェットに乗ったという証言は、飛行場の整備員から得られた。すなわちその後、ジェット機での飛行中にトラブルに遭ったと考えられる。しかし、彼らが通ったであろうシュートシティからこのブラッシータウンまでの道のりは、ガラルのほぼ南北を縦断する形だ。探すには範囲が広すぎる。
ダイゴがデボンコーポレーションの御曹司だと聞いていたため、ダンデはデボンにも連絡を取ってみた。しかし、今回の件はダイゴとヒガナ二人での極秘任務だということで、デボンの上層部も詳しいことは知らされていないらしい。そしてデボンからも、ダイゴの携帯端末には連絡が取れないとのこと。
マグノリアの言う通り、ダイゴは仮にもホウエン地方のチャンピオンだ。それほどの男が、連絡もなしに何時間も消息を絶つというのは考えにくい。まさか、連絡すらできような事態に……、ダンデは最悪の想像をしかけて、頭を振った。
いくら考えてもしょうがない。オレにできることは、二人の無事を祈ること、そして夜が明けたらリザードンに乗って、ガラル中の空という空から手掛かりを探し回ることだけだ。
「眠れないとは思うけど、寝ておきましょう」マグノリアが毛布を持ってきてダンデに言った。「体力がなければ、探せるものも探せないわ」
ダンデは無言で頷く。マグノリアは寝室へ行き、ダンデは応接間のソファで仮眠を取った。
そして明け方、玄関のチャイムの音でダンデは目覚めた。
「ダイゴか!」ダンデは毛布をかなぐり捨てて立ち上がり、急いで玄関へと走った。
だが、ドアを開けると、そこに立っていたのはキバナだった。
「うわっ、何だ、お前も来てたのかよ」
キバナは嫌な物でも見たような表情で、ダンデから顔を逸らした。
「キバナ……?」意外な人物の来訪に、ダンデは二の句が継げない。
「一応深夜にメールしたんだが、婆さんはもう寝てただろうな」キバナはスマホロトムを見ながら言う。「ちょっと急ぎで調べてほしいことがあって、ナックルから夜行列車でついさっき着いたところだ」
「キバナ、ダイゴについて何か知らないか?」ダンデが訊いた。
「ダイゴ? 誰だそりゃ」
「まあ詳しい話は中でしよう」ダンデはキバナを研究所内へ招き入れる。
マグノリアも目覚め、三人で軽い朝食を取りつつ、情報を共有した。
「ホウエンのチャンピオンか……、確かにそれほどの男が何の連絡も寄こさないというのはヤバそうだな」キバナはバターをたっぷり塗ったトーストを食べながら言う。
「もう日も昇ってきたし、食べ終わったらリザードンで空から探してみようと思ってる」ダンデは缶詰のビーンズをスプーンですくい、口に運ぶ。
「なるほど、オレも手伝おう」
「それで、キバナさんはどういった用で?」ミルクティーに口を付け、マグノリアが言った。キバナはマグノリアに用があるとメールをしていた。
「ああ、こいつのことを調べてもらいたくてね」
キバナはジャケットの胸ポケットからモンスターボールを取り出し、昨夜の事件のことを二人に話した。
帰宅途中に寄った弁当屋に、謎の赤い光が接近し、オヤジとタタッコが爆発に巻き込まれたこと。
その赤い光がメテノという、本来ガラル地方にいないはずのポケモンだったこと。
キバナがメテノを捕獲できた、つまりそのメテノは野生のポケモンだったということ。
これらの件から、何かとんでもないことが起ころうとしてるんじゃないか、という直感をキバナは二人に伝えた。
「直感ねえ、だがお前の直感はよく当たるからな」ダンデが笑みを浮かべて言った。「外れることも多いが」
「うるせえな」キバナが噛みつく。「今日は警察に行く予定もあったんだが、それは後回しだ。それよりも婆さん、あんたにこのメテノのことを調べてもらいたくてな」
「しかしメテノはガラルのポケモンじゃないんだろ。いくら博士と言ってもデータが……」ダンデが言う。
「いや、婆さんの専門は……」
「メテノのデータなら、確かあったはず」キバナの言葉を遮って、マグノリアが言った。立ち上がり、キッチンのテーブルから研究室のデスクのほうへ歩いていく。
「専門というほどではないけど、研究の関連事項として、昔少し調べたことがありましたから」
マグノリア博士の専門は、ガラル地方特有の「ダイマックス」という現象についてだ。ガラルを取り巻く「ガラル粒子」の影響で、時折ポケモンが巨大化するのがダイマックスである。正確には本当に体積が変化するのではなく、巨大に見えるだけということらしい。
そのガラル粒子は、数千年前、ガラルにとある隕石が飛来し、その隕石の中に眠っていたムゲンダイナというポケモンのエネルギーが深い関わりを持つと言われている。ローズが利用しようとし、結果、ブラックナイトを引き起こしてしまった、例のエネルギーだ。
そして、ダイマックスを研究するマグノリアは、隕石についても相応の知識を持っていた。
「もう二十年ほど前になるかしら、当時隕石の研究の最先端だった、アローラ地方のホクラニ天文台で学術会議が開かれて、私も研究者の一人として参加しました。そのとき、そのホクラニで発見例が多く、隕石と関連の深いメテノについても、意見が交わされたと記憶しているのだけど……」
マグノリアは書棚の前にいくつも積まれた段ボール箱を開けて、中を確認し始めた。
「まだデータが電子化する前の時代だったから、多分紙の書類でどこかに残っているはず」
「じゃあ博士がデータを探している間に、オレたちは二人の捜索に向かおうか」ダンデも立ち上がって言った。
「頼んだぜ、婆さん」キバナも立ち上がる。「なあダンデ、どっちが先に見つけるか勝負ってのはどうだ?」
「人の生死が関わっているのに勝負とはどうかと思うが」ダンデは溜息をつく。「いいぜ。お前はそういうやり方のほうがやる気が出るもんな」
「わかったような口利くなっつーんだよ」キバナは舌打ちして踵を返した。
研究所の外に出て、ダンデはリザードン、キバナはフライゴンをボールから出した。
リザードンはダンデの最高の相棒であり、ダンデをチャンピオンたらしめている最強のポケモンだと評価されている。そんなリザードンは、後ろに立つダンデのほうを振り返り、自身の背中を指さした。「乗れ」と言っているらしい。何も指示を受けずとも、ダンデの立ち振る舞いから、彼が何をしようとしているか理解できているようだ。ダンデも何も言わず、黙ってリザードンの背にその身を預ける。
これがダンデとリザードンの絆。最強のチャンピオンとそのパートナーの絆……。
キバナは改めて、目の前に立つ男の「格」というものに身震いした。ことさら強さを誇示しているわけではない。ダンデはあくまでポケモンと自然体で接し、それでいて自然に強いのだ。自分が一向に彼に勝てないのは、まだその高みに到達できていないから。
ほんの一瞬のやり取りでありながら、キバナはライヴァルとの間にある高い壁を痛感した。
だが今はそんな感傷に浸っている場合ではない。キバナもフライゴンの背に乗り、ダイゴとヒガナを探すべく、大空へと飛び立った。