5.
「やっぱり私たち、不運すぎやしませんかね?」ヒガナは苦笑いしながら言った。
「恐らくこの辺りはワイルドエリアの中でも人がほとんど踏み入らない、野生ポケモンたちの縄張り。立ち入った異物は問答無用で排除するということなんだろう」
「できれば話し合いで解決したいんですけど」
「君がそういうことを言うか」ダイゴが呆れる。
「改心したんですよ」ヒガナは涼しい声で言った。
刹那、再び先ほどのような素早い物体が放たれた。今度は上方から二人のいる真下に向かって。
「どうやらこれはあのアーマーガアの羽根らしいな」ダイゴが言う。「いや、正確にはあの翼の外側の装甲部分か? 何にせよ、あれを飛ばして攻撃しているようだ」
「当たったら結構ヤバくない?」スピードを間近で感じて、ヒガナが言った。
「怪我で済めば御の字だろう。安全にここを潜り抜けるには、こいつを倒すしかない」
「わかりましたよっと。確かアーマーガアははがねタイプだったね。ならボーマンダ、『かえんほうしゃ』!」
ヒガナの指示を受けたボーマンダが、口から炎を吐いてアーマーガアを攻撃する。しかし、その攻撃はアーマーガアの目の前に展開された、円形のバリアのようなものに防がれてしまった。そして、そのバリアの左右から、また先ほどの翼の攻撃が飛んでくる。
「こっちも防御を固めよう。ネンドール、『リフレクター』だ」
ダイゴはボールからネンドールを繰り出し、メタグロスの前方に正方形のバリアを張らせる。翼の攻撃はそのバリアに当たって弾かれた。
攻撃が効かないのを見ると、アーマーガアは体勢を変え、自身の顔を隠すように翼を閉じた。そして翼の周囲に風のエネルギーを溜めると、再び大きく広げ、そのエネルギーを渦のように前へと押し出す。その渦はネンドールの「リフレクター」に当たるが、バリアは一瞬で粉々に割れてしまい、渦がネンドールに直撃した。
「何だあの技、見たこともない」ダイゴの声に焦りが混じる。「戻れ、ネンドール」
ダイゴはネンドールをボールに戻し、メタグロスに命令してアーマーガアから距離を取った。だがアーマーガアはメタグロスに狙いを変え、今度は左右の翼から黒い紐状のオーラのような攻撃を繰り出した。二本のオーラが不規則にうねりながら、メタグロスへと襲い掛かる。
「坊ちゃん!」ヒガナが叫んだ。
オーラがメタグロスに当たる直前、真横から突風が吹いた。ダイゴとメタグロスは風の勢いで体勢を崩すが、オーラは向きが逸れ、メタグロスは直撃を免れた。
ヒガナが風の吹いた方向へ振り向くと、そこにはまた別の大きな鳥ポケモンが飛んでいた。大きいと言っても、こちらはダイマックスではない。だがアーマーガアと似たような黒い体表に加え、翼や頭の羽根が赤い炎で燃え盛っている。そしてアーマーガアと違い、その鳥ポケモンの背中には人が乗っていた。女の子だ。
「だいじょうぶー?」女の子が二人に話しかける。「ギリギリやったけん、怪我とかなかと?」
鳥ポケモンはちょうどメタグロスとボーマンダの間に降り立ち、数十メートル先のアーマーガアと対面する形になった。
「元気がいいのは結構やけど、おいたはいかんとね。ちょっぴりお仕置きばせんとぉ」
そう言って、女の子とポケモンはアーマーガアに向かって突っ込む。
「『もえあがるいかり』!」
鳥ポケモンの翼の炎が大きくなり、真紅のオーラとなって、アーマーガアへと放たれる。アーマーガアの周りをオーラが取り囲み、動きを封じたようだ。
「そして……」
前へと突き進む鳥ポケモンは、アーマーガアとすれ違った直後、真上へと直角に進路を変えて飛び上がり、十メートルは上がったかと思うと、身体を一捻り、後方のアーマーガアへ向かって急降下した。いつの間にか、背中から女の子の姿が消えている。降下の中で加速する鳥ポケモンの身体は、炎のオーラが何倍にも燃え上がり、全身が赤く包まれる。
「『フレアドライブ』!」
鳥ポケモンがアーマーガアに激突。物凄い轟音と共に炎が周囲に弾け飛び、アーマーガアは悲鳴を上げる。そして鳥ポケモンを包んでいたオーラが元に戻ると同時に、空中に飛ばされた女の子が鳥ポケモンの背中へと着地した。
ダメージを受けたアーマーガアから、赤紫色のエネルギーが放出され、風船の空気が抜けるように、みるみるうちに身体が小さくなっていく。十秒も経たないうちに、昨日そらとぶタクシーで見た普通のアーマーガアと同じくらいの大きさになってしまった。アーマーガアは女の子と鳥ポケモンのほうを見やると、怯え切った様子でそのまま遠くへと逃げ去っていった。
「ふー、危ないとこやったね」女の子は額の汗を拭いながら言った。「でも早朝のトレーニングとしてはちょうどよかとよ」
戦いを茫然と見ていたダイゴとヒガナは、空中を移動し、鳥ポケモンと女の子に近づいた。
「ありがとう、おかげで助かったよ」ダイゴが礼を言う。「ほら、ヒガナも」
「ああ……、ありがとう」ヒガナも渋々会釈した。
「なんのあーた、これくらい大したことなか」女の子は朗らかに言う。「お二人さん、ダイマックスと戦うのは初めて?」
「ああ。いやあ、びっくりしたよ」ダイゴが答える。「話には聞いていたけど……」
ダイゴが言い終わらない内に、女の子は身構えて、鳥ポケモンに二人から距離を取らせた。
「いや、わかるよ。お二人共、結構な実力の持ち主やね。よそから来た人?」
女の子の目つきが変わった。鋭い眼光で、二人を威圧している。手にはモンスターボール。いつでも他のポケモンを出せるといった様子だ。
見たところ、女の子は背は低く、齢は十代前半くらい。黒髪のツインテールで、前髪を少し刈り上げている。そんな可憐な見た目や明るい声から受けるイメージと真逆の怜悧な眼圧に、ダイゴとヒガナに緊張が走る。服は何かのスポーツのユニフォームのようだが、何らかのプロ選手だと言われれば納得してしまうかもしれない。
「いやいや、怪しい者じゃないよ。こっちのお坊ちゃんはちょっと変な人だけど」ヒガナがおどけて言った。
「変なのは君のほうだろう」ダイゴがムッとして反論する。
「あれぇ、やっぱり自覚ないタイプ?」ヒガナが煽る。
「自覚? どういうことだい?」
二人の言い合いを見て、女の子はくすくすと笑った。
「なるほどね。わかったわかった」女の子は両手を軽く叩いた。「大丈夫。悪い人と変な人の区別は慣れてるから。あたしの周りもそういう人ばっかりやけん」
「誤解は解けたと思っていいのかな?」とダイゴ。
「誰かさんのおかげでね」
和やかな空気が流れたかと思うと、遠くからまた別のポケモンが翼をはためかせて近づく音が聞こえてきた。
「おーっ、見つけたぜ」
ポケモンに乗った男が、嬉々とした声を上げながら、三人の傍までやってきた。手元のスマホロトムを見てから、ダイゴとヒガナの顔を見比べる。
「ビンゴ。あんたらがダイゴとヒガナか?」男は二人に尋ねた。
「そうだけど、君は……」ダイゴは警戒しつつ、男を凝視する。
「よっしゃ、勝負はオレ様の勝ちだな」男は嬉しそうにガッツポーズを上げた。
ポケモンに乗っていてもわかる、すらりとした程よい筋肉質の長身。色黒で、頭にはオレンジ色の帽子を被っている。垂れ目で一見すると温和そうだが、口角の高い口元は自信に満ち溢れ、プライドの高さが垣間見える。
男はダイゴとヒガナの他にもう一人、女の子がいるのに気付いて言った。
「マリィじゃねえか。お前こんなところで何やってんだ?」
「キバナこそ、何の用?」