7.
研究所の中に入り、ダイゴとヒガナはマグノリア博士に挨拶した。マグノリアも二人の無事に安堵し、とりあえず互いに情報を共有しようということで、皆を応接用のテーブルへと案内した。研究所らしく、応接間というよりは、会議室といった雰囲気の部屋だ。
四角い大きなテーブルの上座にマグノリア、左側にダンデとキバナ、反対側にダイゴとヒガナ、下座にマリィの六人が並んで座った。マグノリアの後ろにはホワイトボードと大きなスクリーンが置かれている。昨日から何も食べていないダイゴとヒガナのために、二人には簡単な食事が、他の者には紅茶が用意された。
また、テーブルの左横は、掃き出し窓を通じてウッドデッキに繋がっており、そこでは各々のポケモンたちが、博士に一匹ずつ調合してもらったポケモンフードを食べていた。
「別にマリィはいなくてもいいんじゃねえか」キバナが頭の後ろで手を組んで、当て擦りのように言った。
「乗りかかった舟たい」マリィが言う。「それにあたしも何があったか気になるとよ」
ダンデもテーブルに肘を付けて身を乗り出した。
「マリィももうジムリーダーだ。構わんだろう。だがオレはまず昨日、ダイゴがしていた話の続きが聞きたい。シュートシティやマクロコスモスとも関係があるみたいだしな」
「あ、そうだ、オレのほうもわざわざ朝一で知らせに来てやるほどの事件だったんだぜ」キバナが口を出す。「さっき婆さんに頼んで調べてもらってるが」
「その件ですが、多少の進捗はありました」マグノリアが眼鏡のブリッジを指で押さえながら言った。「興味深いデータです」
それぞれの声が飛び交う中、ダイゴが一人、椅子から立ち上がった。一瞬、場が静まり、全員が彼に注目する。
「なるほど、各々言いたいこと、訊きたいことはいろいろあると思うが、まずは僕のほうがから話をさせてほしい」
「そっちも気になるね」キバナが言う。「半日も消息を絶って、見つけてみたら二人共ボロボロ。いったい何があったっつうんだ?」
「単刀直入に言う。この写真の者たちに心当たりはないか?」
そう言って、ダイゴはスマホロトムを取り出し、画面に映った写真を全員に見せた。一人ずつ端末を手に取り、首を振っては隣に渡していく。ヒガナは回ってきたそれを見て、「昨日襲ってきた奴らだ」と気付いた。
「いつの間に撮ってたんだ?」ヒガナはダイゴに訊こうとして、自分ですぐに察した。「あ、あの『フラッシュ』のときか」
昨日、ジェット機が襲われた際、ダイゴは敵の「くろいきり」を晴らすために、わざと機体を急降下させ、敵を上方に集めてから、ネンドールの「フラッシュ」を使った。あれは単に霧から逃れるための策だとばかり思っていたが、ダイゴの真の意図は、あの夕暮れの薄暗い中で、敵の顔をはっきりと記録しておくことだったのだ。
そういえば、奴らは暗視ゴーグルを付けていたが、あのとき「フラッシュ」の眩しさにゴーグルを外したのが見えた。素顔が撮影できたわけだ。やるな坊ちゃん、ヒガナは心の中で小さく拍手を送った。
さすがダイゴのスマホロトムだけあって高性能なのだろう、あの状況下でも写真はほとんど手ブレなく映っていた。角度の関係で、はっきり顔が判別できるのは三人のうち一人だけだが、残りの二人も体型や服装などはある程度わかる。
顔がわかる一人は金髪で背の低い若い男。もう一人も男で、肩幅が広く、がっしりとした体型。最後の一人は逆に華奢な体つきで、長い髪を左右に結っている。女のようだ。
そして、一番の特徴は、三人共同じ柄のジャケットを着ていることだった。
「もしかしてこれ、『リゼルグ』じゃないかな?」写真を見てマリィが言った。
「リゼルグ?」ヒガナが訊き返す。誰も反応しない辺り、他の者たちは知らないのだろう。
「ガラルの北の方を拠点にしてる犯罪組織だよ。あたしも兄貴からちょっと話を聞いたことがあるくらいで、詳しくは知らないんだけど……」マリィはダイゴに端末を返し、話を続ける。「確か構成員はこんなジャケットを着ていた気がする。そう、兄貴に写真も見せてもらった。兄貴の周りには立場柄、そういう情報が集まってくるから」
ヒガナはマリィの話を聞きながら、この子はこういう畏まった場で話すときは方言が抜けるんだなと気付いた。何となく微笑ましい。
犯罪組織か……。さっきここに来る途中、ヒガナが聞いた話だと、マリィはガラルの治安がよろしくない街でジムリーダーをやっていると言っていた。彼女の兄が前任のジムリーダーだったとも。なるほど、ならば確かにその手の裏社会の情報には詳しいのだろう。
マグノリアがダイゴのスマホロトムをノートパソコンに繋ぎ、端末の画面がマグノリアの後ろにあるスクリーンに大きく映し出された。改めて全員がその写真に注目する。
ジャケット……。三人が共通して着用しているジャケットは、ミリタリー風の緑と茶色の迷彩柄で、左右の胸の辺りに何かマークがあしらわれているようだ。さすがに細かい模様までは解像度が低くてわからない。
「折れた剣と割れた盾」マリィが言う。「胸のマークは確かそんなデザインだったと思う」
そう言われると、確かにそんなようにも見える。左は縦に長い剣の途中が折れており、右は四角い盾が上から真っぷたつに割れている。
「剣と盾と言えば、ガラル地方にはそんな伝説があるんじゃなかったか」ダイゴが皆に問う。
「ああ、有名な話だ。かつてガラルの危機を救った伝説のポケモン、ザシアンとザマゼンタの武器だからな」キバナが答える。「こないだのブラックナイトでも大活躍だったらしいぜ。ほら、マリィのダチが関わったっていう……」
マリィが頷いた。
「そのガラルの象徴をこんなふうに扱うってのは、ガラルに住む者としては穏やかじゃないな」ダンデが腕を組む。「いわゆる反社会勢力って奴か……。北部が拠点だというが、恥ずかしながらオレは今まで名前すら聞いたことがなかった」
「知らないのも無理ないよ。そういう組織があるっていう噂とわずかな写真だけで、どういう活動をしているかとか、表立った情報は全然出てこないからね」マリィが言う。「犯罪組織っていう割に、具体的な犯罪を起こしたって話も聞かないし。だから噂の中で名前が誇張されただけで、あたしも兄貴も、ただの不良たちの集まりくらいにしか思ってなかった節はあるかも」
「だが、ただの不良ならむしろ派手に目立ちたがるはずだぜ。何もしでかさないのが却って不気味だ」キバナが印象を述べる。
「何より、空でダイゴたちの命を狙ったというのが、不良の行動としては明らかに度を超えている」ダンデが続けた。「やはり犯罪組織という形容のほうが相応しいと思う」
「ダイゴさん、ヒガナさん、そもそもあなた方が狙われた心当たりはあるのですか?」マグノリアが二人に質問する。ダイゴは頷いて答えた。
「はい、それが最も大事なポイントであり、僕ら二人が今回ガラルまでやってきた理由、そして昨日ダンデに話そうとしたことの続きなんです」
その瞬間、大きな音がした。全員が応接室の隣にある、マグノリアの研究室のほうに注目した。そこから何かが壁を打ち付けるような音や、物が崩れ落ちる音が聞こえてきたからだ。
「まさか、あいつか!」キバナが立ち上がり、研究室のほうへと駆けていく。
ドアを開けた瞬間、キバナの顔面に何かが直撃した。硬いサッカーボールのような感覚だったが、昨夜の一件を体験したキバナには、その正体がすぐにメテノだとわかった。
メテノが研究室の中を、縦、横、斜め、ビリヤードのボールのようにあちこち跳ね回っている。
昨夜は赤い光を発する球体のコアだったメテノだが、見ると、今はその周囲が硬い岩石のようなものに覆われている。確かポケモン図鑑にそんな説明があったと、キバナは思い出す。さっきダイゴとヒガナを探しに研究所を出る前、マグノリアにメテノを預けたときは、メテノは赤いコアの姿で眠っていたはずだ。しかし今はこのように姿が変わって暴れている。
「どういうことだ、こりゃ……」困惑するキバナだが、直後、昨夜のことを思い出して戦慄が走った。
「まずい、みんな伏せろ!」キバナの後を追って研究室に入ろうとする他の面々を、彼は怒声で制止した。「爆発するかもしれない」
ざわつく一同。マグノリアは青ざめ、マリィは説明を求めてくる。しかしキバナは目の前の事態を考えるのに精一杯で、返答する余裕などなかった。
また昨夜と同じことが起きたら? 弁当屋のオヤジみたいにみんなが巻き込まれたら?
キバナは我を忘れて、メテノへと覆い被さるように飛びつき、オヤジを守ったタタッコのように、自身の身体で爆発を受け止めようとした。
腕の中でメテノを抱きかかえるキバナ。メテノはそこから抜け出そうとじたばたもがく。メテノの緊張がキバナの胸の奥へと伝わってくる。ヤバい、本当に爆発する……。
刹那、キバナは直感した。違う。自分がすべきことはこれじゃない。みんなを爆発から守ることじゃない。本当に守るべきは……。
「メテノ、大丈夫だ。心配すんな」
キバナはメテノに話しかけた。岩石の外殻に手を当て、優しく撫でてやる。
「ここにはお前に危害を加えようとする奴はいない。オレもみんなも、お前を守りたいんだ」
メテノの動きが少し弱くなった。キバナの言葉に反応しているようだ。
キバナは自分にできる限りの優しい声を出そうと努めた。普段出すことのない種類の声が出て、自分でも少しびっくりしたが、それでも目の前のポケモンのために必死で言葉を紡いだ。無我夢中だった。
「お前は自分を攻撃しようとする奴から身を守るために爆発するんだろう? でも、その爆発はお前自身も傷つけちまう。わかってる。でも、今はそんな必要はないんだ。誰もお前を傷つけようだなんて思っちゃいねーんだから……」
メテノの外殻に開いた、ふたつの穴から赤い光が漏れた。コアの目の部分が周囲を見るために開いている穴らしい。その穴を通して、メテノがキバナの目に視線を合わせているのがわかった。
「だから、大丈夫だ。怖がらなくていい。もう大丈夫なんだ、メテノ」
メテノは静かになった。キバナはそっと腕をほどいて、自身は床に座り込み、メテノを膝の上に乗せた。
「キバナ……?」部屋の外からマリィが恐る恐る声を掛ける。「どうなったと?」
「ん? ああ、すまねえ。心配かけたな。多分もう大丈夫だ」キバナの声に安堵が混じる。「だが入るのはちょっと待ってくれ。一気に入ってきたらメテノがまた驚く」
そのとき、部屋の外に立つ者たちの足元を潜り抜け、何かが中に入り込んだ。黄色く小さいポケモンが、部屋の中の散乱した物の間を縫うようにちょこまか走り、キバナとメテノの前にやってきたのだ。そのポケモンは口に深皿の端を咥えており、その皿をメテノの側に置いた。中にはマグノリアが用意したポケモンフードが入っている。
「ちょっと、モルペコ」マリィが外から呼ぶ。
マリィの手持ちのモルペコは、先ほど他のポケモンたちと一緒にウッドデッキで食事をしていたが、騒ぎを聞きつけてか、研究所の中に入ってきていたようだ。
「それ、メテノにくれるのか?」キバナがモルペコに訊く。モルペコは頷いた。
「ありがとな。メテノ、お前こういうの食えるか?」
そして深皿を取って、メテノの前に差し出す。メテノが普通のポケモンフードを食べるのかわからないが、メテノは興味深そうに匂いを嗅いでいるようだ。嗅覚を感じ取る器官があるかも不明なので、キバナの想像でしかないが。
するとメテノを覆う岩石の外殻が縦に割れ、中から赤いコアが姿を現し、中央部の小さい口でポケモンフードの欠片を食べ始めた。小柄なモルペコ用のフードなので、メテノの口にも入るサイズのようだ。
「図鑑には確かオゾン層の塵を食べてるって書いてあったが、こういうのも食うんだな」キバナが驚く。「やっぱポケモンって不思議だわ」
「キバナ」マリィが言う。「あんた、意外と優しかところあるんやね。見直したばい」
「いちいち言うな、そういうの。ケツが痒くなんだよ」
食べ物を与えたモルペコが、メテノの側でフードを美味しそうに見ていた。口から涎が垂れている。
「あ、やめり、モルペコ。こっちきんしゃい」マリィがモルペコの側にやってきて、メテノから引き剥がした。
「モルペコはふたつのフォルムに交互に変わる特性を持っとうけん」モルペコはメテノのフードから目を離そうとしない。「今は満腹でおとなしゅうしとうばってん、ひだるか(空腹に)なると、真っ黒なフォルムに変わって暴れ出すんよ」
「てめえでやっといて、何とも勝手な奴だな……」キバナは苦笑した。
マリィはモルペコを抱え上げ、急いで部屋から出て、マグノリアに言った。
「博士、すみませんがモルペコにお代わりをもらえますか?」
次の瞬間、マリィが「あ!」と声を上げ、激しい音を立てて部屋のドアを閉めた。部屋の外からドタバタと騒音が聞こえてくる。モルペコがフォルムチェンジしたようだ。