8.
メテノとモルペコがようやく落ち着いたところで、一同は再び応接室に集まり、会合を再開した。キバナは相変わらずメテノを膝に乗せている。
「みんな、すまねえな。オレのせいでとんだ騒ぎを起こしちまった」キバナが頭を下げた。
「いえ、これに関しては私の責任です」マグノリアが言う。「メテノの生態について理解不足でした」
「メテノの生態?」ダンデが訊いた。
マグノリアの説明によると、メテノは普段は岩石の外殻に覆われた姿をしているが、体力が減ると殻が割れ、コアが剥きだしの姿に変わるという。マグノリアは先刻、メテノのデータを調べるために、ボールから出して、コアの細胞を採取しようとしたのだが、その際にメテノを落ち着かせるため、麻酔の代わりに、「うたう」というポケモンを眠らせる技を応用した催眠音波でメテノを眠らせた。体力を消耗していたメテノを休ませるためでもあった。
だが、メテノは外殻が覆った姿のとき、毒や眠り、麻痺などの状態異常が効かなくなるという性質がある。マグノリアから回復薬を与えられ、「じばく」のダメージが治癒し、外殻の姿を取り戻したメテノは、催眠音波が効かなくなって目覚め、知らない場所に怯えて暴れ出したということのようだった。
「例のアローラ地方での会議の資料も出てきて、メテノのデータはある程度把握できていたのですが、特性に関しては失念していました」
「研究室は大丈夫でしたか。かなり派手に暴れていたようですが」ダイゴがマグノリアに訊いた。
「幸い、コンピュータや機械類に損傷はありませんでした。壁や天井は少し傷や凹みができましたが、それは修理すれば済む話です」
「でも、いったい何なのこのポケモン。あたし、見たことなか」マリィが言う。
キバナは昨夜、帰宅途中に起きた爆発事故のことを説明した。
「ふむ、ガラルにいないはずの野生のメテノか」ダンデが顎に手をやった。「確かに不可解だな」
「DNAメチル化解析を行ったところ、あのメテノは生後二、三日ほどだとわかりました」マグノリアが言う。
「DNA……、何だって?」キバナが首を捻る。
「簡単に言うと、遺伝子の変化を測定することで、生物の年齢を割り出す手法です。研究所の簡易な設備で短時間での解析なので、正確ではありませんが、生後間もないことは確かでしょう。加えて、野生のメテノは隕石のように宇宙から飛来すると言われていますが、このメテノからは宇宙線も検出されませんでした」
「なるほど、隕石なら宇宙空間で何らかの放射線を浴びているはず」ダイゴが言う。「地上に長く住んでいたならともかく、生後二、三日でそれが消えるというのは考えにくい。宇宙から来たわけではないということだね」
「同様に、他の地方から持ち込まれた可能性も、ほぼ消えました」マグノリアが補足する。「他の地方の人間が、生まれたばかりのメテノをガラルに持ち込んで野生に逃がし、それがたまたまキバナさんと遭遇したというのは、偶然にしてはできすぎですから」
「ますますわからんな」とダンデ。「となると、やはり今まで発見されてなかっただけで、ガラルにも野生のメテノの生態系があったということか?」
「いや、ちょっと待ってくれ。このメテノの爆発、ひょっとすると……」ダイゴがこめかみに指を当てて、何か考えている。「キバナ、メテノをよく見せてくれないか」
そう言われて、キバナはメテノを膝からテーブルの上に乗せた。
「ほぼ完全な球形。だいたい直径四十センチ弱といったところ。外殻を除くと三十センチほどか……」
ダイゴは身を屈めてメテノと目線を合わせ、観察している。
「博士、スクリーンの写真ですが、あの写真の前に撮ったものを表示してくれませんか?」
スクリーンには先ほど話していた、ダイゴが撮った犯罪組織リゼルグの三人の写真が映っている。マグノリアはダイゴのスマホロトムの画面をスワイプし、ひとつ前の写真を表示した。そこには奇妙にささくれた切り株のようなものが写っていた。さらに何枚かめくると、地面に横たわる倒木や、その断面を拡大したものが確認できる。
「これ、あの公園の……」ヒガナが言った。
ホウエンからガラルに着いて、飛行場からモノレールで移動し、ダンデのいるシュートスタジアムに向かう、その道中に通った公園。そこで確かダイゴがこんな倒木の側に立っていた。何かトラブルを解決したようだったが、ヒガナは詳しい話は聞いていなかった。
「シュートスタジアム周辺の公園でたまたま見かけた倒木だ。気になるところがあったから、写真を撮っておいたんだ」ダイゴが説明する。「よく見ると断面に妙な部分があるのがわかるだろうか」
マグノリアは切り株の写真を表示し、その断面を拡大した。
確かに、断面を上から見たとき、半円は強引にねじ切ったようにささくれが毛羽立っているが、もう半円は上から丸く切り取ったように窪んでいる。ダイゴが「アイスクリームをスクープで掬ったようだ」という比喩を述べると、キバナは「確かに」と納得した。
「しかしこれが何だって言うんだ?」
「この丸い窪みは、倒木のほうにも切り株のほうにも、同じように見られる。写真を並べてみるとわかりやすいが、仮に倒木と切り株を元の一本に戻した図をイメージすると、これは完全な半球の窪みになるんだ」
マグノリアはスクリーンに倒木と切り株の二枚の写真を並べて表示し、さらにそれぞれにタッチペンで補助線を引いて、木の断面の直径と、丸い窪みの円の直径を比で表した。確かに、二枚の比は同じ値だ。つまり、それぞれの窪みの円周がぴったり合う。
「要するに、この木が折れる前、何かがアイスクリームのスクープのように球体状に幹の一部をくり抜き、それで木がバランスを崩したことで、残りが自然にへし折れたと考えられる」
ダイゴは熱を込めて説明するが、他の者たちはまだ飲み込めていないようだ。
「こう言えばわかりやすいか。何か丸いものが木に激突したことで、そこだけ綺麗に穴がくり抜かれた」
それを聞いて、キバナが指を鳴らした。
「その丸いものって……、まさかメテノか!」
「窪みの直径もだいたい三十センチ。メテノの体長と一致する。これは想像になるが、メテノは爆発する直前、エネルギーが体内で高まった状態で木に衝突し、エネルギーの圧力でそこに穴が開いたんじゃないかと思う。あくまで爆発の直前だ。爆発時の衝撃だったら、こんな綺麗な穴はできないだろうしね」
「なるほど、充分考えられますね」マグノリアが頷いた。
「メテノがやったのか……」キバナはメテノを撫でながら、不安そうに言った。
「ああ、だが多分キバナのとは別個体だ」ダイゴが言う。「その辺も含めて、後でうちの社員に調べさせるよ」
「うちの社員?」とキバナ。
「デボンコーポレーションは、ガラルに支社こそないが、出張や研究調査でこっちに滞在している社員は何人かいる。こういう分野に詳しい社員もいるから、彼らに連絡して、その木に付着したDNAを鑑定する。それがメテノのDNAなら当たりだし、特にこういう爆発するポケモンは爆発の直前、細胞に特有の膨張が発生するから、その痕跡も確認できれば、仮説は完全に証明される」
「はー、そりゃ凄いな」ダンデが感心する。
「あ、ちなみにデボンってのはホウエンの大企業で、この人はそこの社長の御曹司ね」ヒガナが補足した。
「マジか」
キバナが目を見開く。マリィも驚いたようで、口に両手を当てた。
「だが、そういうことなら、マクロコスモスでも調査はできると思うぜ?」ダンデが言う。「わざわざ君のところの手を煩わせなくても、こっちのことはこっちのモンに任せてくれりゃいい」
「ああ、気遣いはありがたい。だが、ちょっと言いにくいんだが、マクロコスモスにはあまり関わらせないほうがいいと思う」ダイゴは慎重に言った。
「何だそりゃ? こっちの奴は信用できないってか?」キバナが噛みついた。「確かにローズのおっさんは胡散くせーがよぉ」
「待てキバナ、ダイゴのことだ、何か訳があるんだろ?」ダンデが諫める。ダイゴは黙って頷いた。
「その前に博士、ひとつ確認しておきたいんですが」ダイゴはマグノリアのほうを向いた。「メテノにはこの赤いコアの他にもいくつか色があるんですよね?」
「ええ、今まで確認できた範囲では、青や橙、紫など全部で七種類存在します」マグノリアが答える。「それぞれ生まれたときから固有の色を持ち、途中で変わったりはしないようですね」
「やはりそうですか。写真では細かくてわかりませんが、肉眼で見たとき、切り株の一部に青い色素が付着しているのが確認できたんです。あのときは何だろうと思ったんですけど、もしそれが青いコアのメテノなら……」
「このメテノとは違う個体ってことか」キバナはほっとしたように言った。
「七種類、七色……」ヒガナは独り言のように小さく何か呟いている。
「でもそうなると、メテノは複数いるってことになる」ダンデが言う。「その青い個体も生後間もない野生なのかはわからんが、ガラルにいるはずのないポケモンがこうも妙な事件を引き起こしてるってのは、何か怪しい感じがするな」
「それに関して、僕のほうから皆に伝えたい仮説がある」ダイゴが姿勢を正して言った。「昨日ダンデにも途中まで話した、エゴノキという男に関わる話だ」
ダンデもそれを聞いて、より真剣な表情になった。
「そもそも僕とヒガナがなぜこのガラルまでやってきたのか。それはすべて、エゴノキという男が発端なんだ。僕の推測が正しければ、奴はこのガラルで大規模なテロを起こそうとしている。伝説のポケモン、レックウザの力を使って」