キバナVSダンデ ―龍と空の王者―   作:スイカバー

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第三章 自由と敗北の鏡像
1.


1.

 エゴノキは元々、マクロコスモスが設立した「ベイル先端生命工学研究所」に所属する研究員だった。ポケモンの細胞の研究に携わる傍ら、プログラマーとしての技術にも精通していたエゴノキは、天才肌で、三十過ぎという年齢にしては異例の出世コースを歩んでいた。

 

 だが、彼は天才であるが故に、善悪の弁別に乏しかった。興味のある対象には、それがどういうものであれ、邁進してしまう癖があった。

 

 彼はプログラミングの技術を習得する過程で、ハッキングの手法に興味を持った。そして、研究所の出資元であるマクロコスモス社のメインコンピュータに侵入できる可能性があると気付くと、その方法を探ることに熱意を燃やしてしまった。

 

 数か月かけて、ついにパスワードを突破し、侵入に成功した彼は、その膨大な機密ファイルを読み解く中で、社長のローズが密かに練っていた、ブラックナイトプロジェクトの存在に気付く。

 

 ガラル地方にかつて飛来した隕石の中に眠るポケモン、ムゲンダイナ。そのエネルギーを利用することで、これから先のガラルのエネルギー問題を解決する……。

 

 ローズの高尚な野望とは裏腹に、エゴノキは不満を覚えた。つまらない。何がエネルギー問題だ。そのエネルギーを利用すれば、もっと面白いことができるだろうに。私のほうが上手く使える。例えば、破壊のほうが楽しい。

 

生命工学で細胞の分裂と破壊を無限に見てきたエゴノキは、破壊にこそ物事の本質があるという狂気に冒されていた。

 

 そしてエゴノキは、ローズがブラックナイトに成功した際に、そのエネルギーを自分が丸ごと独占する方法を計画し始めたのだ。

 

 だが結果として、ブラックナイトはあえなく失敗に終わった。ローズはムゲンダイナの復活にこそ成功したが、子供たちと伝説のポケモン・ザシアンとザマゼンタの活躍によって、ムゲンダイナの暴走は鎮められてしまった。ローズは逮捕され、夢のエネルギーを手にすることは叶わなくなった。

 

 そして、ローズの逮捕と共に、マクロコスモスのグループ全体に警察の監査が入り、その過程でエゴノキのハッキングの痕跡も発見されるに至った。

 

その結果、エゴノキは研究所を解雇された。

本来なら彼の行ったことは、刑事訴訟に発展してもおかしくない重罪だったが、ローズ失脚でマクロコスモスのグループ全体が混乱していたことや、そもそも盗まれた情報がローズ個人の秘密裏の計画書であったことなどから、表沙汰にしたくない上層部の判断により、懲戒解雇という処分が下されるに留まった。

 

 しかし、エゴノキは納得できなかった。彼は自分のやりたいことを邪魔したマクロコスモスを逆恨みした。とはいえ、頓挫した計画を立て直すことは難しく、エゴノキはいったんガラルを離れ、縁もゆかりもない彼方の地、ホウエン地方のデボンコーポレーション関連の研究所に再就職した。

 

 そして、エゴノキは業務の中で偶然にも、流星の民の一族に出会った。

 

 流星の民とは、ホウエン地方に数千年前から暮らす、流浪の一族である。

ホウエン地方にも数千年前、ブラックナイトと同じように、ポケモンが暴れ、文明を滅ぼすほどの危機に見舞われた歴史があった。大地を司るグラードンと、大海を司るカイオーガの争いにより発生した天変地異。それを鎮めたのが、天空から舞い降りし伝説のドラゴンポケモン、レックウザだった。

 

 世界の危機を救ったレックウザを崇め奉った当時の人々は、再び災厄が訪れるときのために、そのレックウザの伝承を後世に語り継いできた。そして、その使命を背負った伝承者の一族こそ、ヒガナの出身である流星の民なのだ。

 

 ホウエンで再就職したエゴノキは、デボングループ内のとある会合で、たまたま流星の民出身の男と知り合った。その男はデボン本社に勤務するごく普通のサラリーマンで、特に一族と関係のある仕事をしているわけではなかった。ただ、何となくその男と意気投合したエゴノキは、男から一族の話やレックウザの話をいろいろと聞かされ、ホウエンの伝承に興味を持った。

 

 そしてある日、流星の民が集落で一年に一度の収穫祭を行うという話を男から聞いたエゴノキは、ぜひ自分もその祭りを見学したいと申し出た。流星の民も、昔はしきたりが多く、部外者は何人たりとも立ち入らせないという徹底した村社会だったらしいが、近年はその辺りの意識もだいぶ変わり、一族の者の友人でハレの日ならば、歓迎しようと特別に許可が出た。

 

 流星の民は一箇所に定住せず、数年おきに放浪を繰り返す文化を持っていたため、その居場所を知る者は少なかったが、エゴノキはその数少ない訪問者になることができた。これがエゴノキの人徳が成し得たことなのか、ただの偶然か、あるいは運命か、それは誰にもわからない。

 

 エゴノキの目的は、もちろん祭りなどではなく、流星の民が数千年間語り継いできた伝承のほうだった。集落に訪問し、一族が祭りに浮かれている最中に、エゴノキは祭殿の保管庫に忍び込んだ。男から事前に、保管庫に貴重な資料が収められていると聞いていた。数年おきに放浪するという一族の性質上、訪れた場所に毎回新しい祭殿を建てる際、あまり立派な物は作れず、作りは非常に簡素で、保管庫の鍵の突破も容易だった。そもそも、部外者がやってくることをまともに想定すらしていない。

 

 そして、エゴノキは保管庫にあった書物や資料を片っ端からカメラに収めていった。さすがに直接盗んだらすぐにバレるし、犯人は部外者の自分しかいないとわかってしまうため、証拠を残さない盗撮を選んだのだろう。

 

 だが、その途中でエゴノキの行いは露見した。一族の一人が、保管庫の南京錠が開いていることを不審に思い、扉を開けたのだ。見つかったエゴノキは、すぐさま逃走した。一族総出でエゴノキの行方を追ったが、結局見つからず、デボンと警察に捜査を依頼。結果、エゴノキはホウエン外へと逃げおおせたことが確認された。

 

 以上が、ダイゴとヒガナがガラルにやってくる前に入手した情報だった。

 

エゴノキがデボンに入って以降のことは、例のエゴノキの友人であった一族の男から知り、それ以前のことは、エゴノキが男に酒の席で一度零した、昔ガラルのマクロコスモス関連の研究所に勤めていたという話から、デボンが独自に調査を進め、判明したことだ。そしてさらに航空会社の飛行機の搭乗記録などを調べた結果、エゴノキは現在、再びガラルに戻ってきているらしいとわかった。

 

 だが、ガラルでの詳しい所在まではわからないため、流星の民の長老は、一族の末裔であるヒガナに、現地へ行って調べてくるよう命じた。事の経緯から、デボンも深い関わりがあるということで、デボンの代表であるダイゴも帯同してくれると長老は言った。あまり事を荒立てるとエゴノキに勘づかれる恐れがあるため、人数は最小限がいいと判断され、ダイゴとヒガナの二人でガラルに向かうことになったのだ。

 

「でもまあ、ババ様も耄碌したね。そんな怪しい男の訪問を許すだなんてさ。私は祭りの日は旅に出ていたからその場にいなかったけど、もしいたら、そんな男、絶対に目を離さなかっただろうよ」ヒガナが言った。

 

 だが、誰もヒガナに返事をしなかった。今聞き終わったダイゴの話を咀嚼することに集中していたからだ。

 

「なるほどな。だいたい事情はわかった」ダンデは肩を揺すって鳴らした。「なかなか厄介なことになってるな」

「でもまだわからねえな」キバナが言う。「エゴノキとかいう奴は一族の伝承を知って、何がしたかったんだ?」

 

「さっきダイゴさんが言いよったやろ。レックウザの力でテロば起こすって」マリィが口を挟んだ。「つまり伝承には、レックウザの力を操る方法が書かれていたと?」

「そんなところだね」ヒガナが答える。「加えて、レックウザを空から呼び寄せる方法もばっちり書いてある。ずばり、レックウザは隕石のエネルギーに反応して飛来するんだ」

「隕石だと……?」キバナは膝に置いたメテノを見つめた。

 

 ヒガナは説明を続ける。

「ホウエンの伝説では、世界を脅かすほどの災厄が訪れるとき、多数の、もしくは巨大な隕石が落ちてくると言われている。あるいはその隕石自体が災厄の原因という場合もあるけどね。とにかく、レックウザはその落下した隕石のエネルギーを求めて地上に降りてくると言われているんだ。レックウザもメテノと同じく、普段はオゾン層に住んでいて、隕石のエネルギーが好物だから」

 

「つまり、エゴノキはこのガラルで隕石のエネルギーを発生させ、レックウザを呼び寄せようとしている、と……」マグノリアが言った。

「そういうことになる」とヒガナ。「恐らく、ブラックナイトとレックウザの伝説の両方に隕石が関連していることから着想を得たんだろう。ブラックナイトが失敗したなら、次はレックウザの力を使って、同じような破壊を起こせばいい。きっと奴はそう考えている」

「そしてその隕石のエネルギーというのが、野生のメテノに関係してるってことか」ダンデが言った。

 

「恐らくね」ダイゴが答える。「そう考えると辻褄が合う。キバナが捕まえたそのメテノと、僕が公園で見たメテノらしき痕跡、その二例だけじゃなく、まだ他にも野生のメテノは何匹か、あるいはもっとたくさん、このガラルのどこかにいるはずだ。そしてその原因には間違いなく、エゴノキが絡んでいる」

 

「マジかよ。偶然ってことはないのか?」キバナが訝しんだ。

「推測の域を出ない話ではあるが、信憑性は高いと思う。僕はメテノのコアが七種類あると聞いたとき、とても偶然だとは思えなかった」

「メテノのコア?」

「レックウザもね、七色なんだよ」ヒガナが言う。

「七色? レックウザは緑色じゃなかったか?」キバナは訊き返す。

「ホウエンでは数千年前の危機とは別に、もう一度、これも相当大昔だけど、また巨大な隕石が落ちたことがあってね、それによって生じたエネルギーで、再びグラードンとカイオーガが暴れそうになった。そのときも、隕石の輝きに導かれてレックウザが現れたんだけど、今度はメガシンカしたんだ。隕石から放たれた、七色の光を浴びて」

「レックウザがメガシンカ……、七色の光で?」

 

 メガシンカとは、トレーナーとポケモンの強い絆によって、ポケモンの姿が一時的に変化する現象である。トレーナーが「キーストーン」、ポケモンが「メガストーン」という道具をそれぞれ持ち、互いが強い絆で共鳴したとき、ふたつの石のエネルギーが混ざり合い、ポケモンの形質を変化させる。

 

 ガラル地方では馴染みの薄い現象ではあるが、地方によっては一般に広く浸透しているところもある。ホウエン地方もそのひとつで、強い絆が要求されることから、一部のトレーナーにしか成し得ない芸当ではあるが、決して珍しいものではない。

 

 だが、こと伝説のポケモン・レックウザのメガシンカに関しては、その存在を知る者は少ない。ドラゴンポケモンのエキスパートであるキバナも、レックウザの生態にこそ多少の知識はあるつもりだったが、そのメガシンカまでは聞いたことがなかった。

 

「レックウザのメガシンカは特殊でね、普通のメガシンカにはメガストーンという道具が必要なんだけど、レックウザの体内には『ミカド器官』という臓器があって、そこに溜まった隕石の力を使って、メガストーンと同じ力を生み出すことができる。つまり、レックウザにとっては、隕石がメガストーンの代わりってわけなのさ」

 

ヒガナは得意気にすらすら説明した。一族の末裔として、今まで何度も聞かされた話だった。

 

「だから、その隕石の光が七色に輝いたってことと、メテノの色が七種類ってことは、偶然じゃないって思うわけ」

「もちろんメテノの生態そのものがレックウザに関係してるという話じゃなく、単にその色の符合をエゴノキが利用しようとしてるのだろうってことだけどね」ダイゴが補足する。

 

「なるほど、エゴノキは七色のメテノを用意し、メテノたちから発せられる隕石のエネルギーを利用してレックウザを呼び寄せ、七色の光でその力をメガシンカのように増幅させようとしている、ということですか」マグノリアがまとめた。

「そしてレックウザを意のままに操り、ガラルの街を襲わせる……、確かにテロだな、こりゃ」ダンデが言った。

「お前、そんなことに巻き込まれてたのか」キバナは膝の上のメテノを憐憫の表情で見つめた。

 

「で、エゴノキの居場所に心当たりはあるのか?」ダンデはダイゴに訊いた。

「いや、僕たちも昨日ガラルに着いたばかりで、しかも厄介事に巻き込まれてしまったからね。まだ何も調べられていない。恐らく、古巣であるシュートシティ周辺に潜伏しているとは思うんだけど」

「シュートシティと言っても広いからな。ガラルで一番デカい街だ」

「ただ、心当たりはないが、手掛かりはある」

「手掛かり?」

「あの写真さ」そう言って、ダイゴは自分のスマホロトムを指さした。

「昨日僕たちを襲った犯罪組織リゼルグの三人、そもそもなぜ彼らは僕たちを襲ったのか。答えは簡単、エゴノキに指示されたからだ」

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