キバナVSダンデ ―龍と空の王者―   作:スイカバー

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 キバナは幼い頃から空を見るのが好きだった。

 

 キバナはSNSでの人気とは裏腹に、意外にもあまり社交的なほうではない。多数の人間から注目されることは好きだが、特定の誰かと親密な関係になることに少し抵抗があった。なので、実は友人もそんなに多いほうではない。一人で静かに過ごす時間をある程度持っておきたいタイプだった。

 

 幼少期、トレーナーズスクールに通っていた頃も、自分から進んで友達を作ろうとはしなかった。ただ、キバナが生来持っていた、人を惹き付けるカリスマ性のようなもので、自然と彼の周りには人が集まった。

 

彼にとって、友達は「作るもの」ではなく、「自然にできるもの」だった。ただ、あくまで自然任せであったので、人が集まるかどうかは、その場の個人個人の相性や巡り合わせ次第であり、クラス替えなどで環境が変わると、時には一人も友達ができないということもあった。

 

 とはいえ、キバナは友達の有無など気にしてはいなかった。人間関係など、一瞬一瞬で変わっていくものだ。そう、自然に移ろいゆく季節のように。季節ごとに顔色を変える空のように。

 

 キバナは空を見るのが好きだった。

 

 特に友達がいなかった時期、キバナはスクールの終わりや休みの日など、誰もいない静かな場所で、何時間もボーっと空を見て過ごすことが多かった。

 

 勉強もできた。ポケモンバトルも強かった。親や先生からはいつも褒められ、クラスメイトからはいつも尊敬の眼差しで見られていた。そうやってちやほやされることには優越感を覚えるキバナも、ふとそういった社会や人間関係から何となく距離を置きたくなる瞬間があった。そういうとき、外に飛び出し、じっと空を見つめるのがキバナの習慣だった。

 

ちょっとしたガス抜きかもしれないし、あるいはこちらが自分の本質なのかもしれない。当時のキバナはそれをはっきり言語化できなかった。

 

 空を見るのは楽しかった。空は一度として同じ表情を見せることはない。見るたびに、必ず微妙な変化があった。時間帯、天気、季節。それから気温、湿度、風向き……、様々な要因が複雑に絡み合って、空はいつも違った表情をキバナに見せてくれた。

 

 キバナは空が見たくなると、どんなときであれ、見に行った。みんなが寝静まった真夜中でも、熱中症で倒れそうな猛暑の日も、傘を差してもびしょ濡れになるような大雨の日も。台風や大雪のときは、探しに出た親に見つかって連れ戻され、大目玉を喰らったが、それでもキバナは空を見ることをやめなかった。

 

雲の形、太陽の位置、空気の質感、色相のグラデーション、空はいろいろなものが刻々と変化する。キバナはその変化を敏感に感じ取った。そのうち、だんだんその変化が予測できるようになった。頭で考えてわかることではない。科学も多少は学んだが、最終的には身体全体の何となくの感覚で感じ取っていた。それは学校の勉強やバトルとは違う、理屈ではない、直感に訴えるような何かだった。

 

 そんなキバナの習慣と、キバナがバトルで天候技を多用するようになったことは、無関係ではない。ただ、キバナ自身も無自覚であったため、それに気付いたのはスクールを卒業し、旅を始めてしばらく経ってからだった。

 

 旅で出会ったナックラーやヌメラを育てていく過程で、「すなあらし」や「あまごい」など、バトルフィールドの天候を変える技を覚えさせ、それを中心にバトルを組み立てることが多くなった。天候を用いる戦術は、ポケモン同士のコンビネーションが鍵となるため、二匹を同時に用いるダブルバトルが得意になった。

 

 不規則に変化する空を観察することは、キバナの天候への造詣を深め、さらに彼の直感をも磨き上げた。スクールで勉強もできたキバナは、頭で考えることの重要性は理解しつつも、ここぞというときは直感を重視した。そしてそれは概ね当たることが多かった。

 

凡人の言うような、単純な運否天賦に頼る直感ではない。充分な情報をインプットし、熟慮した結果、最終的に湧いて出た直感であれば、それは信用に足るという理屈だった。

 

 だから、ダンデという男を最初に知ったとき、キバナの直感は「勝てる」だった。

 

当時、公式戦無敗という信じられない戦績を持つガラルチャンピオン・ダンデだったが、キバナはダンデの試合ログのうち、ネットで閲覧できるものはすべて観て、彼のインタヴューや手持ちポケモンの特徴も可能な限りチェックした。実際にスタジアムに観戦に行ったこともある。

 

それらの情報を総合して判断した。ダンデは確かに強敵だが、弱点がないわけじゃない。齢だってそんなに離れていないし、彼にできて、自分にできないことはない。自分だってチャンピオンになれる素質はある。考え抜いた結果、舞い降りた直感はやはり「勝てる」だった。そう、勝てるはずだった。

 

 だが、直感は外れた。キバナはダンデと戦うため、ジムバッジを集め、ポケモンリーグで大会を勝ち進み、挑戦権を獲得した。ダンデと対峙したキバナは、死力を尽くして戦った。そして、負けた。

 

 それまで順調に生きてきたキバナにとって、初めての挫折だった。負けること自体は初めてではない。だが、勝てるという直感に従って負けたのは、初めてだった。そしてキバナはそのとき、さらなる天啓を受け取ってしまった。

 

 この男には勝てない。

 

 キバナは自分が信じられなかった。そんなわけがない。確かにダンデは強い。だが、そんなに遠いはずがない。負けた試合だって、そこまでのボロ負けじゃなかった。今までの挑戦者の中でも、まあまあいいところまで行ったほうだ。初挑戦でダンデにここまで食らいついた者はそういないと、マスコミや周りの人間も励ましてくれた。そう、あと少しなんだ。あと少し努力さえすれば、ダンデを超えられる。

 

 だが、これに関しては、皮肉にも直感のほうが正しかった。

 

それ以降、キバナは鍛錬を積んではダンデに挑み続けたが、結局一度も勝てなかった。ジムリーダーの資格を得て、大会に出場せずともシード枠でダンデに挑む権利を得られる立場にまで昇り詰めたが、それでも勝てなかった。敗北はついに十回を数えた。

 

 キバナにはもうどうしていいかわからなかった。キバナは負けるたびに、誰もいない場所に行っては、空を眺めた。ジムリーダーになってからは、ナックルスタジアムの古城の最上階にあるテラスに出て、特等席から一人で空を仰いだ。スクールにいた子供の頃からは想像もできないほど高い場所に立って、自分は空を眺めている。空に少しは近づいたのかもしれない。

 

それでも、空は答えを教えてはくれなかった。

 

 空はただそこにあるだけ。答えは自分で見つけるしかない。そんな当たり前のことを、キバナは痛いほど承知しつつも、それでも悩んだとき何をすべきなのか、他に方法を知らなかった。

 

だから今も、こうして空を見つめている。

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