キバナVSダンデ ―龍と空の王者―   作:スイカバー

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 予想外の連戦により、少々予定はずれたが、キバナは日々のルーティンを崩さず進めた。キバナはジムリーダーとしてジムに出勤する日は、ほとんど毎日同じ生活を送っている。

挑戦者とのバトルが終わった後は、審判と一日のバトルを振り返る。今日も挑戦者側の勝率が低すぎることで、いろいろと苦情を言われた。

 

「キバナさん、もうちょっと手心を加えてやってくださいよ。オレ、正直見ててちょっと可哀想になることあるっスよ」

 

 彼の言うことはもっともだ。そうは思いつつも、キバナは納得できなかった。弱い奴が悪いとまでは言わないが、キバナが理想とする基準に達していないトレーナーが多いとは感じる。むしろ、他のジムリーダーたちの基準が甘いんじゃないかとさえ思う。ポケモンバトルで強くなることは、そんなに生易しい道のりではない。それ自体が理想論なのか……。

 

 審判とのやり取りもほどほどに終え、後は事務員たちに任せ、キバナはジムを後にする。いつもは帰る前に、手持ちのポケモンたちにトレーニングをさせるのだが、今日はバトルが多かったので省略した。

 

 ジムのあるナックルスタジアムから、自宅のマンションまで歩いて二十分ほど。ナックルシティはガラル地方の中でも比較的大きな街だが、石造りの歴史的な建造物が数多く建ち並び、どちらかというと古都という趣がある。ナックルスタジアムも、ジムというには大袈裟なほどの、巨大で荘厳な古城の中に入っている。ならばその主である自分はまるで王様のようではないかと、たまに自嘲してみるキバナである。城の前に突き出ている跳ね橋を渡って、キバナは帰路に着く。

 

 夜八時過ぎ、辺りはすっかり暗くなっており、大通りはもう半分ほどの店が閉まっていた。街灯と月明かりが優しく道を照らしている。もうすぐ秋が終わり、冬に差し掛かる頃だ。ガラル地方の冬は寒い。

 

この時間帯はそれほど人通りは多くないが、大通りにはキバナと同様に帰宅途中の会社員や学生が歩いている。中にはキバナに声を掛けてくる人もちらほらいた。握手やサインを求められることもある。

 

ジムリーダーとしての知名度はもちろんだが、キバナはSNSでたくさんのフォロワーを持つインフルエンサーでもある。長身でルックスも良く、人混みの中でも目立ちやすい彼は、帰宅時ですらも、一種のアイドルのような振る舞いを求められた。もっとも、承認欲求の強いキバナにとって、それはまったく迷惑ではなく、むしろ誇らしいことだった。

 

「キバナさん、今日の配信も見ました。かっこよかったです!」

「やっぱりキバナさん、強いですね! 私の憧れです」

「孫と一緒に応援しております。がんばってください」

 

 そんな人々の声に、キバナは一人一人丁寧に対応する。

 老若男女問わず、キバナのファンは多い。特にキバナはジムバトルをある種の興行としても扱っており、挑戦者が対戦前に了承した場合、対戦の様子を動画撮影し、問題なければ後でそれをインターネットの配信サイトでストリーミング放送するという取り組みを行っている。毎回数百万単位の再生数があり、それを見てキバナの強さに憧れる者も少なくない。

 

 そう、キバナが下手に手加減できない理由のひとつがここにある。

観てくれるファンのために、手抜きのバトルはしたくない。

だがジムリーダーとして、いつも本気を出し続けるわけにもいかない。

悩ましいジレンマだった。

 

大通りの十字路の角に、ポケモンセンターがある。バトルで傷ついたポケモンを回復してくれるクリニックのような施設だ。一般のトレーナー同様、キバナもいつも世話になっている。キバナは受付で手持ちのポケモンを預けた。

 

そして回復が終わるまでの数十分間、隣のトレーニングセンターで自身の身体を鍛えるのが、彼の日課だ。トレーニングセンターは、ポケモンは入れず、あくまで人間が身体を鍛えるための施設。トレッドミルやベンチプレスなど様々なマシンが用意されている。

 

ポケモンだけでなく、自分自身も鍛えてこそ、というのがキバナのモットーである。ポケモンが戦う以上、自分もそれに相応しい肉体を備えていなければならない。それに、インフルエンサーとして大衆の前に姿を晒すからには、だらしない身体でいるなど以ての外だ。

 

何かと悩みの絶えないキバナではあるが、トレーニングしている間だけは無心でいられた。キバナにとって、身体と精神の内、身体が主となれる唯一の時間なのだ。

 

 五種類ほどのマシンで、日々のルーティンであるストレッチを終えると、シャワールームで身体を洗い流し、持ってきていた着替えに身を通す。スポーツドリンクを飲んで水分補給をしたら、そのままポケモンセンターに戻り、回復したポケモンが入ったボールを受け取った。

 

「キバナさん」ポケモンの回復を行ってくれたジョーイさんが話しかける。「キバゴが入っているボールがちょっと古くなっているので、新しいものに買い替えたほうがいいですね」

 

 キバナはトレイに置かれたボールをベルトに装着しつつ、言われた通り、キバゴが入ったモンスターボールを検めた。確かに、少しキズが多い。モンスターボールはボールの中でも値段が安く、耐久性も低い。数年前に買ったものだから、そろそろ買い替える時期だろう。

キバナはセンターの中に併設されているショップで新しいボールを買って、ジャケットの胸ポケットにしまった。

 

 センターを出ると、十字路の角を西に曲がり、いくつもの店が立ち並ぶストリートで、行きつけの弁当屋に立ち寄る。テイクアウト専門で、ほとんど屋台に近い、小さな店だ。ここの店主はキバナの顔なじみのオヤジで、キバナの体調に合わせて毎日栄養バランスの取れた弁当を作ってくれる。身体が資本であるキバナにとって、糖質や脂質の食事制限は欠かせないものであるが、その煩雑な栄養管理をオヤジは一手に買っていた。ジムから近いこともあり、昼も宅配でジムまで届けてくれる。

 

「キバちゃん、今日はターフタウンから良い野菜が入ってね。特にサラダ、いつもにも増して栄養たっぷりだよ」

 

 オヤジはいつも通りの愛想の良さで、手早く弁当を盛り付ける。キバナをちゃん付けで呼ぶのはこの男くらいだが、キバナが子供の頃からの付き合いなので、頭が上がらない。もう六十は超えているだろうが、キバナが生まれる前からここで弁当屋をやっているらしい。

 

「そりゃあ楽しみだ。今日はいつもよりバトって疲れてるからな。腹が減ってしょうがないんだ」

 

弁当が出来上がり、オヤジが袋に入れると、オヤジの相棒ポケモンであるタタッコがレジのカウンターの上に登ってきた。軟体動物のようなタタッコは、小さい体でありながらも力は充分。触手のような腕で弁当を持ち上げ、キバナに手渡す。キバナはその健気な姿に微笑みながら、礼を言い、弁当を受け取る。いつもの他愛ないやり取りだ。

 

 しかし店に背を向け、歩き出そうとしたそのとき、キバナの視界が奇妙な物を捉えた。

眩しい……。

街灯でも月明かりでもない、謎の赤い光がキバナの目の前の空中をふらふら飛んでいた。

 

「何だこりゃ?」キバナは思わず後ずさる。

「どうした、キバちゃん?」それを聞いたオヤジも、レジから身を乗り出すようにして言った。

 

 直径数十センチほどの丸く輝く光が、まるで生き物のように不規則に飛び回っている。その赤い光は、空中を大きく旋回したかと思うと、一瞬静止した。だが「どうした?」とキバナが訝しんだ刹那、急に再び動き出し、キバナの方へとまっすぐ突っ込んできた。

 

 キバナは「うわっ」と声を漏らすと、反射的に身を翻し、光の軌道を避けた。だがその結果、赤い光はキバナの後方へと突き進む。すなわち、弁当屋のオヤジの方向へ。

 

 驚いたオヤジが悲鳴を上げるのとほぼ同時に、光は弁当屋のレジに激突した。そして次の瞬間、爆発が起こった。大きな爆音と共に、凄まじい熱気と煙が一瞬で辺りに立ち込める。

 

「オヤジ! タタッコ!」

 

 キバナはオヤジとタタッコを助けるべく足を踏み出そうとするが、爆風の勢いで前に進めない。両腕で顔と胸をガードし、倒れずにいることで精一杯だった。その中で、キバナは今自分がすべきことを一瞬のうちに逡巡した。

 

 周りに通行人が何人かいるが、驚いて腰を抜かす者はいても、直接巻き込まれた様子はない。爆発と言っても、弁当屋の小さい店を覆う程度の小規模のようだ。通行人の避難誘導は必要ないか? だが爆発がこれ一回とは限らない。また同じような光が飛んでくるかもしれないし、弁当屋の調理器具に引火すれば、二次爆発が起きる可能性もある……。

 

 何にしても、オヤジとタタッコを救出するのが最優先だ。キバナはこの一瞬でそう判断した。だが、爆風でどうしても身体の自由が利かない。

 

「くそっ、……だったら」

 

 キバナは何とか腕を動かし、ベルトに装着されたボールへと手を伸ばした。手に取ったボールを地面へと投げつけると、ボールが開き、中からポケモンが出現する。

 

「ジュラルドン、あの中にいるオヤジとタタッコを助けるんだ」

 

 ジュラルドンは手持ちの中でも特に付き合いが長く、キバナが信頼を置いている、一番のパートナーと言えるポケモンである。はがね・ドラゴンタイプのジュラルドンの身体は、全身特殊な金属でできており、半端な攻撃ではびくともしない。これくらいの規模の爆発なら、もろともせずに活動できるだろう。

 

 以心伝心で指示を理解したジュラルドンは、即座に爆煙の中に飛び込んだ。ジュラルドンなら大丈夫だ、そう判断したキバナは、翻って避難誘導を始めた。周りの通行人たちを店から遠ざけつつ、その中の数人を捕まえ、警察と消防、救急に電話するよう指示した。

 

「だがいったい、この爆発は何なんだ?」

 

 オヤジとタタッコの身を案じつつも、キバナはこの状況の謎について思考していた。

 何か嫌な予感がする。これは何かの始まりに過ぎないのではないか……?

 それはただの直感に過ぎなかった。だがキバナの直感はよく当たるのだ。

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