4.
「ダンデが来ているのか?」
バッカクがダイゴの言葉に反応した。アルコールが入って、少し肌が赤らみ始めた彼の顔は、みるみる険しい表情になっていく。手に持った缶に握力が伝わり、ひしゃげた。
「お前ら、ここは任せた」
バッカクは金髪とマッチョにそう言うと、ストリンダーをボールに戻し、部屋を出ていこうとする。二人は慌てて引き止めようとするが、バッカクは構わずカーテンを開けて、部屋の外へと姿を消した。
「そこの二人は絶対外に出すな」
そう言い残して。
大量のメテノがいた地下室も、そのメテノたちが今や上階へと吸い寄せられ、四人の人間が立ちすくむばかり。金髪、マッチョと、ダイゴ、ヒガナがそれぞれ二メートルほどの距離で向かい合っていた。
「そういえば、どうやってここまで来られたんだい?」ヒガナがダイゴに尋ねた。「入口のゲートはカードの認証が必要なんだけど」
「ハッキングにはハッキングでやり返す」ダイゴはポケットからボールを取り出して見せた。「ポリゴンをデジタルデータ化して、この建物のコンピュータに侵入させ、ロックを解除した」
「やるねえ」ヒガナは軽く口笛を吹いた。
「それで、この状況は間に合ったと見ていいのかな?」今度はダイゴがヒガナに尋ねる。
「半分はね」ヒガナが上空を指さす。「計画はちょうど今さっき、始まってしまった。あそこに隕石エネルギーが集められて、じきにレックウザが降臨する」
「なるほど、あれが突破できないほどの厳重なセキュリティの正体か」
「……何だって?」
「ポリゴンがここのコンピュータに入ったとき、ネット内にどうしても侵入できないエリアがあることが確認できた。恐らく、あの装置をコントロールするためのエリアだ。エゴノキは大企業にハッキングできるほど凄腕のプログラマー、となると当然守りのほうも相応に知見を持っているというわけだ」
それを聞いて、ヒガナは合点が行った。確か奴らは、ゲートのセキュリティは最近急遽導入したものだと言っていた。そこまではエゴノキも手が回らなかったらしい。ただ、ゲートはポリゴンの力で突破できても、装置のほうはそう簡単には行かないようだ。
「ポリゴンが装置の前まで行って、直接侵入を試みれば、あるいは行けるかもしれないが、ここからだと少々距離が遠い」ダイゴは上階を仰ぎ見て、目算した。二階の装置まで十メートルはありそうだ。
「となると、直接壊すしかないな」
ダイゴはメタグロスへと目配せした。
「多少メテノも巻き込んでしまうが、許してくれ。メタグロス、装置に向かって『ヘドロばくだん』!」
ダイゴの指示を受け、メタグロスが攻撃の体制に入る。
「させるか、マンタイン、『ハイドロポンプ』!」
金髪が命令し、マンタインはメタグロスに向かって大きな水流の攻撃を飛ばした。
「フォクスライ、『スピードスター』!」
二匹の間にヒガナのフォクスライが割り込み、星型のエネルギーを次々発射して、「ハイドロポンプ」の勢いを相殺した。妨害を逃れたメタグロスの「ヘドロばくだん」が、二階の装置の方向へと放たれる。
しかし、「ヘドロばくだん」は空中で奇妙に軌道を曲げて、一階のフロアの辺りに被弾した。しかも軌道はほぼ直角に曲がった。普通なら有り得ない。動揺したダイゴは、思わず一階のフロアのほうを凝視した。
フロアのへりには、並び立つ構成員たちの中央辺りに、ポケモンが鎮座していた。構成員たちより一回り小さい人型のポケモンで、全身は黒っぽいが、目の周りや上半身は白く、左右に垂れた角が特徴的。ダイゴの見覚えのないポケモンだった。
「痛い目見たい子『このゆびとまれ』ってね」
そのポケモンの隣に立った構成員の一人が、拍子を付けながら言った。ダイゴが訝しむと、その構成員は急にへりの向こうに全身を傾け、そのまま空中へと落下した。そして、空中でくるくると何回か回転し、ダイゴたちのいる地下へと綺麗に降り立った。
女だった。初めて見る顔だ。ハイヒールを履いているが、小柄な金髪の男よりも、さらに背は低い。リゼルグのジャケットは着用せず、全身はいわゆるゴスロリと呼ばれるファッションに身を包んでおり、黒のロングスカートのワンピースに白のフリルとリボンが大量に散りばめられている。長い黒髪をふたつに束ね、頭には白のヘッドドレス。顔は青のアイシャドウとリップが印象的な濃いめのメイクで、年齢は読めない。
「痛いのは大歓迎だよ」ゴスロリの女がダイゴを見て言った。「あたしも、イエッサンもね。すっごくハッピー」
上階のポケモンはイエッサンと言うらしい。どうやら、メタグロスの「ヘドロばくだん」は「このゆびとまれ」という技で、イエッサン自身へと引き寄せられたようだ。装置への攻撃も、対策済みというわけか。ダイゴはゴスロリの動きを警戒する。
「でもね、幸せって独り占めするのは良くないよね。だから、あたしがもらった痛みは、みんなにお裾分けしなきゃって思うんだ」
ゴスロリは首に巻いたチョーカーからぶら下げたボールに手をやり、ポケモンを出した。凶悪なドラゴンポケモン、サザンドラだ。両手に当たる部分も頭部になっており、本体と合わせて三つの頭が、見る者を戦慄させる。
「サザンドラ、『だいもんじ』!」
サザンドラの三つの口からそれぞれ炎が水平、左斜め、右斜めの放射状に放たれ、それが合わさって「大」の字になって、メタグロスへと襲い掛かる。
「フォクスライ、『スピードスター』!」
またもフォクスライが間に割って入り、攻撃を食い止めようとするが、「スピードスター」のエネルギーは「だいもんじ」の前に容易に弾かれ、技が直撃。フォクスライは床に倒れ込んでしまった。ヒガナはフォクスライをボールに戻した。
「ちょっとぉ、邪魔すんなっつーの」
そう言いながら、ゴスロリは金髪とマッチョのほうへと歩み寄る。
「ま、いっか。またあんときみたいに、絶望に叩き落してやるよん。あたしたち三人のチームプレイでね」
ゴスロリは不気味な笑みを見せた。両耳に付けられたピアスが妖しく輝く。ゴスロリはリゼルグのジャケットを着ない代わりに、左右それぞれに剣と盾をあしらったピアスを付けていた。よく見ると、中央には傷が付けられており、折れた剣、割れた盾というコンセプトを表現しているようだ。
「サザンドラとマンタインとエアームド……、あの三匹がまた揃い踏みってわけか」ダイゴが小さく笑った。
「空での攻撃、恐ろしく統制の取れたコンビネーションだった」ヒガナが言う。
あのときはジェット機の中で自由に動けない状態だったとはいえ、一方的に攻め込まれ、撤退を余儀なくされてしまった。一筋縄ではいかない連中であることは確かだ。
「今、僕たちがすべきは、一刻も早くあの三人を倒し、装置を破壊すること」
「できるの?」ヒガナが不安混じりに訊く。「単純に二対三だし、私たちはお世辞にもコンビネーションがあるとは言えない」
「そんなの、数の差は力の差で埋めればいいさ」
そう言うと、ダイゴはジャケットの下襟(ラペル)に挿してあったピンを取り出し、メタグロスに向かって構えた。ヒガナもすぐに意を察し、ボーマンダを繰り出す。
「『でんじは』の痺れももう取れたね」
ヒガナは足首を軽くストレッチすると、スカートの裾に気を付けながら、右膝を腰の辺りまで蹴り上げ、足首に巻き付けた装飾品に手を翳した。
二人の持つ道具に埋め込まれた石がそれぞれ光を放ち、メタグロスとボーマンダを輝かせる。実験室一帯が、眩しい閃光に包まれた。
そして、光が途切れた瞬間、二匹は新たな姿を得ていた。メガシンカだ。ボーマンダは以前にキバナとのバトルで見せたのと同じ、三日月型の翼を持つメガボーマンダに、メタグロスは空中に浮遊し、四足歩行の手足を前面に突き出すメガメタグロスへと変貌を遂げた。
「それに僕は、君とのコンビネーションもそんなに悪いものじゃないって信じてるけどね」ダイゴはゴスロリたち三人のほうを向きながら、ヒガナに言った。
「何を根拠に……」ヒガナが苦笑する。
「大丈夫。今度は絶対に勝つ」