5.
バッカクは約二年振りにダンデと対峙した。
ダンデは彼の姿を見ても、バッカクだとわからなかったようだ。セキュリティゲートを過ぎたホールの辺りで、ダンデは途方に暮れているのを、バッカクは見つけた。方向音痴は相変わらずらしい。
バッカクが近づいていくと、ダンデは彼のほうを振り向いたが、建物内が薄暗いのと、バッカクの相貌が二年間で変わってしまったこともあってか、初対面の人間を見るような表情だった。いや、あるいは自分のことなどもう忘れているのかもしれない、という諦念がバッカクの頭をよぎった。
「やあ、ちょっと道を尋ねたいんだが……」ダンデは快活な声でバッカクに話しかけた。
しかし、すぐにダンデの目つきが変わる。眉間に皴を寄せると、上半身を屈ませ、腰のボールに手を掛けた。臨戦態勢だ。正体を気付かれたか、とバッカクは警戒したが、ダンデの視線は、自分の胸の辺りに注がれている。ああ、このジャケットか。
「やはりここが、リゼルグの拠点ということで合っているようだな」
ダンデの声色が低くなった。先ほどまでの、普段ファンと接するときのような優しい声ではない。「敵」と相対したときの声だ。
「今、楽しいパーティの最中なんでね。邪魔をしないでもらいたい」バッカクは口角を上げた。
「そういうわけにはいかないな」とダンデ。
「通りたいなら、腕ずくで止めたらいい。俺は今あんたにバトルを申し込む」バッカクはポケットからボールを取り出した。
「バトル?」
「チャンピオンなら、秒で切り抜けられるだろう?」
何故、今ダンデにバトルを申し込んだのか、バッカク自身も自分の行動が理解できていなかった。酒で正常な判断ができなくなっている可能性も否定できない。ただ、ガラルの破壊という自身の悲願である「復讐」が達成されようとしている今、その原因の根源である男を目の前にして、沸々と理屈ではない情動が湧き上がってきたのは紛れもない事実だ。
自分は既に表舞台からは転落し、地を這う底辺の人間だ。そんな自分が今ここでダンデに挑み、勝ったなら、それは復讐を彩る最高の美酒となるし、負けたら負けたで、一切の未練はなくなり、破壊を楽しんだ後、潔くこの世から消える覚悟ができる。そう、元々そのつもりでリゼルグを作ったのだ。
どうせ自分の人生はもう終わる寸前だ。勝とうが負けようが、それでひとつの良い区切りになる。そんなようなことを酩酊した頭で考えながら、バッカクはストリンダーを繰り出した。
ダンデは納得いかない様子だったが、言葉で説得するより、バトルで打ちのめすほうが早いと考えたのか、やはりポケモンをボールから出した。自慢の相棒、リザードンだ。
円形のホールの中で、ストリンダーとリザードンが向かい合う。
「ストリンダー、『オーバードライブ』!」
「リザードン、『かえんほうしゃ』!」
互いの攻撃が空中でぶつかり合い、軽い爆発が起きる。それによって煙霧が発生し、互いの姿が見えなくなるが、ダンデは煙の層の切れ目を見切って、リザードンに指示を出した。
「四時の方向に『ニトロチャージ』!」
リザードンは自身を炎で包み込み、指示された向きへと突撃した。攻撃しつつ自分のスピードを上げる技だ。恐ろしいほど正確にストリンダーの位置を捉えている。さすがはダンデ……。バッカクは舌を巻きつつ、ストリンダーに命じる。酩酊しつつも、脳がフル回転するのを感じていた。
「ビビんなストリンダー、『かいでんぱ』!」
ストリンダーはリザードンのタックルを喰らいつつも、腹の底から音波を絞り出した。思わず耳を塞ぎたくなるような、不快な周波数のその音波は、リザードンをストリンダーから遠ざけさせた。ダンデも音に惑わされて、指示が出せないようだ。そして、足元がふらついたリザードンは方向感覚を失い、壁へと倒れ込んだ。
「そこに至近距離から『オーバードライブ』!」
ストリンダーはすかさずリザードンに接近し、ゼロ距離で電気の音波攻撃を浴びせた。相手の動きを妨害する「かいでんぱ」と違い、「オーバードライブ」は直接ダメージを与えるための技だ。でんきタイプの技はひこうタイプに効果抜群。しかも音波はリザードンのみならず、その周囲の壁にも亀裂を与え、瞬く間に割れてしまった。リザードンが壁の外へと放り出される。
壁や建物が壊れることなど、バッカクにはどうでも良かった。どうせすぐにレックウザがすべて破壊してしまうのだから。この建物も、ガラルの街も、自分の人生も、生きる意味さえも。
「全部だ、全部壊しちまえ」
バッカクは笑いながら、ストリンダーに次の指示を出す。
「隙を与えるなよストリンダー、確実にリザードンを仕留めるんだ。追え!」
ストリンダーに続いて、バッカクとダンデも破壊された壁の穴から、外に走り出た。そこは建物の入口、駐車場のエリアだった。車は一台も停まっておらず、だだっ広い空間が広がっている。
ただ、陽がすっかり暮れており、空も曇って星明かりも弱いため、辺りは非常に暗い。郊外の幹線道路沿いにぽつんと佇むこの研究所は、夜になるとほとんど完全な暗闇に包まれる。今は、建物内からわずかに漏れる光と、今二階で作動している装置が集めるメテノのエネルギーの光で、辛うじて足元が判別できるくらいだ。
そして、それこそがバッカクの狙いだった。
「ストリンダー、『でんじは』!」
ストリンダーは駐車場に倒れるリザードンに向かって、電撃を浴びせ、動きを封じようとする。ダンデも壁を通って外に出ると、リザードンに指示を出す。
「『かえんほうしゃ』だ!」
しかし、そこでダンデはとんでもないことに気付いた。暗闇でストリンダーの姿が見えない。だが、リザードンの姿は見える。
そう、リザードンは尻尾の炎が燃え盛っているため、暗闇でも姿が判別できる。しかし、今はそれが仇となっている。そのせいで、ストリンダーはリザードンの居場所がわかるが、リザードンからはストリンダーが見えないのだ。
「格好の的だな」バッカクはほくそ笑んだ。「ストリンダー、『ベノムショック』!」
ダンデは相手が攻撃をでんきタイプからどくタイプに切り替えたことに気付いた。もし「オーバードライブ」を使ってくれたなら、ストリンダー自身が電気を発することで、その瞬間発光し、姿が見えるようになる。だが、相手も当然そこは織り込み済みなのだろう。でんき技を避け、遠距離から光を伴わない技で攻撃してきた。
とはいえ、相手もあまり距離が離れすぎると攻撃が届かないため、一定の距離は保っている。時折光の加減でストリンダーの姿は捉えられるが、攻撃しようとすると、すぐに左右に移動されてしまう。
一応、攻撃を発する際の音でも、ある程度の方向は絞り込める。しかし、「でんじは」で麻痺したせいで、リザードンのフットワークも落ちている。反撃のタイミングが間に合わない。ストリンダーのヒット&アウェイの攻撃によって、リザードンの体力がどんどん削られていく。
勝てる。まさか、勝てるのか。自分が、あのダンデに……。
バッカクは足が震えていた。顔が火照っている。心臓の鼓動がうるさいくらいだ。
数メートル離れたところに、ダンデが立っている。暗さゆえに表情が見えないのがもったいない。今、奴はどんなに焦っているだろう。
次の瞬間、バッカクの耳を、鼓膜が破れんほどの絶叫がつんざいた。リザードンが倒れた悲鳴かと一瞬思ったが、違う。声は上から聞こえてきた。
夜空にはわずかに星々が小さく光っているが、その中に一際強く煌めく星がひとつ見えた。それはどんどん輝きを増し……、否、地上へと近づいてくる。
あまりの眩さに、駐車場を始め、研究所の敷地内も白日のように照らし出された。それによってストリンダーの姿も露わになったが、ダンデもバッカクもそれどころではなかった。
「レックウザ、ついに……!」バッカクの顔が綻ぶ。
伝説のポケモンが降り立った。上空五メートルほどだろうか、長く巨大な緑色の肢体をくねらせながら、レックウザが宙を舞っている。そして、研究所の上へと顔を向けると、大きく口を開けて咆哮した。先ほどの耳をつんざく大きな音は、レックウザの声だった。
雲が薄く覆う夜空だが、レックウザの周りはその雲を弾くかのように空気の層が渦巻いており、その背後から月明かりが後光のように差している。この日はちょうど満月だ。それがレックウザ自身の放つ隕石エネルギーの光と合わさり、眩しいほどに輝いている。
ダンデとバッカクがその神々しさにしばし見蕩れていると、建物の上部からレックウザに向かって、虹色の光線がまっすぐ放たれた。ダンデはそれがメテノの隕石エネルギーだとすぐに察した。リゼルグはそのエネルギーを利用してレックウザをここに呼び寄せたのだから。
エゴノキの作った装置がレックウザを操る機構をも備えているという話は、ダンデはまだ耳に入れてはいなかったが、それでも今レックウザに照射されているエネルギーは、すぐにでも止めなければならないということだけは、理解できた。
「リザードン、動けるか」
ダンデは数メートル先で倒れているリザードンに向かって叫んだ。リザードンは翼を起こして即座に立ち上がった。暗闇が晴れて、ダンデとリザードンの目と目が合う。指示が無くても、リザードンには今すべきことが理解できていた。
リザードンはレックウザの下へと飛び立とうとした。しかし、その瞬間、足元に何かが飛んできて、リザードンは体勢を崩した。
「ちゃんとマークしてんだよ。下手に動いたりしねえようにな」バッカクが言う。
ストリンダーがまたも「ベノムショック」を放ったようだ。毒液がリザードンの足元へと被弾していた。レックウザに気を取られながらも、バッカクはストリンダーにリザードンから目を離さないよう、指示を出していたのだ。
それを見て、ダンデは敵ながら素晴らしいコンビネーションだと、心の中で称賛した。だが、今は褒めている場合ではない。早くこのバトルを終わらせなければ。
「焦っているな、ダンデ」バッカクはダンデの表情を見て言った。「実は俺も同じだよ。早く研究所に戻って、屋上の特等席から眺めたいんだ。レックウザによる破壊を。夢の終わりを。最高の美酒で酔いながらな」
バッカクはジャケットの袖を捲り、腕に巻き付けた道具に手を翳した。
「そして、お前の敗北こそが、俺を陶酔の絶頂へと押し上げる」
瞬間、バッカクの背後、研究所のほうからまた別の光が輝き出した。レックウザの放つ青白い光でも、メテノたちの七色の光でもない、ダンデにとって今まで幾度となく見てきた赤紫の光が、建物の屋上からバッカクのいる駐車場へと注がれた。
ダイマックスの源、ガラル粒子の光だ。
ガラル粒子はたちまちストリンダーを包み込み、その身体を巨大化させた。レックウザに優るとも劣らぬ巨体へとみるみる姿を変え、両手を地面に付けて這いつくばりながら、ダンデとリザードンを威嚇した。腰回りの棘の一部が特に長くなり、アンテナのように高くそびえ立っている。
ダンデは数十分前、ヒガナから連絡を受けてこの研究所に向かう際、念のためこの地域一帯のパワースポットについて調べておいた。ガラル地方では、ガラル粒子が濃いパワースポットでしかダイマックスができない。そして地図によると、この近辺にはパワースポットがないとのことだった。だからダンデは、敵はここではダイマックスを使えないと踏んでいた。
しかし今、ストリンダーは目の前でダイマックスしている。恐らく、レックウザを呼び寄せたあの建物内の装置の中に、人工的にガラル粒子が蓄えられていたのだろう。バッカクはその一部を引き出して、ストリンダーに使用したのだ。
先ほどの攻防では、相手は闇を利用して攻撃を仕掛けてきたが、ダイマックスすれば、ガラル粒子の輝きで姿は丸わかりになってしまう。そのリスクを踏まえても、ダイマックスのパワーは圧倒的だという判断なのだろう。
ならば、自分も同じようにリザードンをダイマックスさせるべきか。だが、ガラル粒子のメカニズムは未だに謎が多く、安全が保障されたポケモンジムやスタジアムなど、所定の場所以外でのダイマックスは基本的に推奨されていない。そもそも、敵の陣地で敵の持つエネルギーを使用するなど、どんな罠が仕掛けられているかわかったものではない。
そう、オレはダイマックスを使うわけにはいかない。だから……。
「終わりだ、ストリンダー、『キョダイカンデン』!」
バッカクが叫ぶと同時に、ストリンダーの腰のアンテナから、凄まじい勢いの電撃が迸った。
ダンデは着ていたジャケットを脱ぎ捨て、左腕を高く掲げた。いつもダイマックスバンドを嵌めている右腕ではなく、左腕だ。そしてその手首には、ダイマックスバンドとは異なるブレスレットのようなものが装着されていた。ブレスレットに埋め込まれた丸い石に、ダンデは右手の人差し指と中指を翳した。
「リザードン、メガシンカ!」