8.
ダイゴとヒガナもキバナの到着を知った。ダンデたちとこの事件用に作ったスマホロトムのメッセージグループに、つい先ほど「キバナ様参上」とメッセージが入ったからだ。
ダイゴはメタグロスのメガシンカを解くと、すぐにキバナに電話を掛けた。そのコール中に、ヒガナに言った。
「その三人からエゴノキの居場所を聞き出してくれ」
ヒガナはその事務的な命令口調に嫌味のひとつも言いたくなったが、ダイゴがすぐ電話口でキバナと話し始めたため、渋々その指示に従った。
ヒガナが三人のほうを見やると、ゴスロリが他の二人に対して殴る蹴るで暴れていた。
「あんたたちが不甲斐ないから負けたんだ」という主旨の言葉を、卑語を交えながら高周波のような叫び声で辺りに響かせている。
ヒガナはゴスロリの後ろにこっそり回ると、ゴスロリの長いワンピーススカートの膝辺りに目測を付けて、膝裏を爪先で軽く蹴った。ゴスロリはバランスを崩して、床に脛を打ち付け、「ぎゃっ」と声を上げた。その体勢から、ヒガナに向かって何か言いたそうに叫びかけたが、ヒガナは面倒なのでゴスロリの口を強引に手で塞ぎ、残りの二人に質問した。
意外にも、二人はあっさりとエゴノキの居場所を吐いてくれた。バトルが終わり、空気が弛緩したせいもあるのかとヒガナは思ったが、金髪が神妙な顔つきで言った。
「行っても無駄だと思うぜ、いろんな意味で。多分、もう止まらない」
それは何かを覚悟したような、穏やかでありながら、どこか冷め切った表情だった。
そういえば、リゼルグは元々自らの死を願う人間たちの集まりだったと、ヒガナは思い出した。この三人も、大なり小なり悲劇的な最期を望んで、ここにいるのだろう。そんな人間たちに、ヒガナはかけるべき言葉を見つけられなかった。ただ、今自分がすべきはレックウザの暴走を止めることだけだ。
……また、けたたましい咆哮が鳴り響いた。上空のレックウザの声だ。装置から隕石エネルギーの照射が始まって、もう数分ほど経つ。
一刻も早く装置を止めなければと焦るが、あのイエッサンの「このゆびとまれ」を突破する手段がヒガナにはなかった。唯一、ボーマンダの「ハイパーボイス」なら、攻撃を捻じ曲げられずに広範囲に届かせられるが、そのボーマンダも先ほどの戦闘でかなり疲弊してしまった。装置を壊せるほどの威力は、しばらくは出せないだろう。
ヒガナが逡巡していると、上階からまた別の音がした。装置が動く音だ。七色の隕石エネルギーの放出がいったん止むと、丸い装置が半分に割れて、中から赤紫色の光が輝き出した。今度はその光がレックウザへと向かって放たれる。
「あのエネルギーは……」
それはヒガナも以前ワイルドエリアで見た、ダイマックスの源となるエネルギー、ガラル粒子だった。先刻バッカクがストリンダーをダイマックスさせるため、一部を使用していたが、元々はレックウザに使うためのものだったのだろう。地下の実験室からの吹き抜けでは全容が見えないが、どうやらレックウザはガラル粒子の光線を浴び、ダイマックスしているようだ。
「おいおい、やべーぞこりゃあ。三十、いや四十メートルはある」
ダイゴがスマホロトムのスピーカーをオンにしながら、ヒガナの下へ駆け寄ってきた。今聞こえたのは、電話越しのキバナの声だ。キバナは外でレックウザのダイマックスを目の当たりにしているらしい。
「ヒガナと僕は今からエゴノキの下へ装置を止めに行く。君のほうもさっき言った通り、やってみてくれ」
ダイゴはキバナにそう言うと、ヒガナに目配せした。エゴノキの居場所へ案内しろということらしい。ヒガナは頷くと、カーテンを開けて実験室の外へと走り出した。エゴノキは二階の電算室横の研究室にいるとのことだった。二人は階段を駆け上がり、一目散に研究室を目指した。構成員たちは皆、一階の会議室、つまり天井と床が割れて吹き抜けになっているあの空間に集まっているらしく、道中は誰にも会わなかった。
研究室の前まで到着すると、ヒガナは息を整えながら、ドアの前に耳を当て、中の様子を探った。微かに音がするが、話し声ではない。電気も消えているようだ。中に人はいるのか。
ダイゴと目を合わせると、彼は小さく頷いた。ヒガナはドアノブを回したが、鍵が掛かっている。
「またこれね」
そう言うと、ヒガナはポシェットから針金を取り出し、鍵穴に突っ込んでガチャガチャと動かし始めた。それを見たダイゴは溜息をつきかけたが、「いや……」と呟いて視線を逸らした。見て見ぬふりということだろう。
実験室のときと同じく、鍵は数十秒で開いた。静かにドアを開けて、二人は部屋の中に入る。
三メートル四方ほどの狭い部屋だった。安ホテルの一室みたいだ。嫌な臭いがする。アルコールだろう。部屋の蛍光灯は消えており、奥のデスクに置かれたコンピュータの画面が唯一の明かりだった。そして、その手前で男が椅子に座り、デスクに突っ伏していた。
二人は恐る恐る近づき、男の顔を確かめた。間違いない。エゴノキだ。いびきをかいて寝ている。側にはビールの空き缶が大量に散乱していた。寝息が酒臭い。泥酔しているようだ。
コンピュータの画面を見ると、何かのプログラムが作動しているみたいだが、二人共それが何なのかまったくわからなかった。恐らくあの装置のコントロールプログラムだと思われるが、ダイゴもさすがに専門外であり、お手上げだった。
ヒガナはエゴノキを無理矢理起こそうとしたが、エゴノキは完全に酔い潰れており、ヒガナが肩を揺すると、椅子から転げ落ち、床に倒れ込んでしまった。これは無理だ。バッカクが酒に溺れたという話は聞いていたが、この空き缶の量を見るに、エゴノキも同じだったようだ。
ダイゴは電話で警察に連絡を取ろうとしたが、シュートシティ警察はレックウザの出現を受けて、付近の道路に交通規制をかけたり、周辺の住民の避難を誘導したりと、慌ただしく動いているようだ。
これに関しては、ダンデが事前に警察に事情を説明しており、だからこそ今、迅速に市民の安全を確保する方向に動いてくれているわけだが、しかしこの状況では、これを対処できるプログラマーをここまで連れてくることは難しいだろう。マクロコスモスやデボンの社員に連絡しても、同じことだ。そんな時間はもうない。
この場にポリゴンさえいれば、話は違ったかもしれないのに……。ダイゴは己の失策を悔やんだ。ポリゴンのボールは、構成員たちの妨害によって、吹き抜けの外へと飛ばされてしまった。今から探しに行くか? いや、それより隣の電算室に行って、建物全体のサーヴァの電源を落とせば、あるいは……?
ダイゴが策を巡らせていたそのとき、上階のほうから凄まじい音が鳴り響き、部屋全体がぐらぐらと揺れた。地震ではない。上から来た揺れだ。数秒で揺れが収まると、ダイゴのスマホロトムが鳴った。ダイゴは電話に出た。
「キバナ、やったのか?」
「ああ、上手く行ったぜ。装置は破壊した」
「よくやってくれた。僕らもすぐにそちらへ向かう」
そう言うと、ダイゴはヒガナを促し、急いで部屋の外へ出た。
「イエッサンの妨害を突破したのか?」階下へ向かいながら、ヒガナが訊いた。
「ああ。キバナのジュラルドンの特性は『すじがねいり』。『このゆびとまれ』のような攻撃を捻じ曲げる技の影響を受けないんだ。それで屋上に飛んで、そこから装置を攻撃してもらった」
なるほど、とヒガナは理解した。先ほどの揺れはそのジュラルドンの攻撃だったのだ。
「やるじゃないか」
装置が壊れれば、レックウザの暴走も止まる。そう安堵したダイゴとヒガナは、一階のホールまで降りて、例のセキュリティゲートを、金髪から盗んだままだったカードを使って通り、建物の外へと出た。
その瞬間、また鼓膜を突き破るような咆哮が鳴り響くと共に、大きな揺れを感じた。今度は上方向ではなく、地面から伝わってくる揺れだった。
ヒガナは揺れの中で何とか体勢を保ちながら、辺りを見回してキバナの姿を探した。陽は完全に落ちており、郊外のため真っ暗ではあるが、赤紫の仄暗い光によって、辛うじて物の輪郭は視認できる。その赤紫の光とは……、ヒガナが空を仰ぐと、そこには巨大なレックウザが屹立していた。
さっきキバナが言った通り、四十メートル以上はあろうかという巨体だった。以前、自分がホウエンでレックウザに遭遇したときは、せいぜい七、八メートルくらいだったように思う。明らかにダイマックスで巨大化している。ヒガナの視界の端から端、彼女が見ている空のすべてを覆い尽くさんばかりの存在感だ。
そのレックウザの口元から、白い煙のようなものが立ち込めるのがわずかに見えた。あれは何か光線か炎などを発した際の硝煙だろうか。じゃあまさか、先ほどの二回目の揺れは、レックウザの技によるものか? 装置は壊したのではなかったか?
「ネンドール、『フラッシュ』!」
ダイゴがネンドールを繰り出し、辺りを明るく照らし出した。これにより、だいぶ視界が良くなった。
「ダイゴ、ヒガナ!」
二人を呼ぶ声がして、ヒガナは振り向いた。ダンデが二人のいる建物の玄関のほうへ走ってくる。何かポケモンを連れている。その後ろにはキバナもいた。ようやく四人が合流できた。
「レックウザが暴走している」ダンデが息を切らしながら言う。「何とか食い止めてはいるが、このままでは街のほうへ移動して破壊を始めかねない」
「装置は壊したんだよね?」ダイゴが訊く。
「ああ、オレ様のジュラルドンのおかげでな」キバナが頷いた。「だが、その前にレックウザは充分な隕石エネルギーとガラル粒子を蓄えちまったらしい。装置を壊したところで、そう簡単に暴走は止まらないようだ」
そこで、ガラスを引っ掻くような耳障りな音が聞こえてきた。見上げると、レックウザの口元が光っている。何か攻撃の準備をしているようだ。
「『ダイストリーム』だ!」キバナが叫んだ。
口元の光の周りに、小さな水玉が大量に集まる。そして、その光は大きな水の塊となり、激しい水流として四人の方向へ放たれた。
「ギルガルド、『キングシールド』!」
ダンデが隣に従えていたポケモンに命じた。ギルガルドと呼ばれた大きな剣のような見た目のポケモンは、剣の柄から伸びる左右の腕をクロスさせ、左手に備わっている大きな丸い盾で身体を覆った。盾の周囲に丸いバリアが展開され、自身と四人を攻撃から守る。水流の勢いはある程度軽減されたが、それでも完全には防ぎ切れず、バリアは割れて、ギルガルドは数メートル先へ飛ばされてしまった。
「さすがに強いな、レックウザ……」ダイゴが唾を飲んだ。
「こうなったら、エネルギーが尽きるまで暴れさせるしかないだろう」ダンデがギルガルドの下へ駆け寄りながら言う。「その間、被害が出ないようにオレたちでできるだけ攻撃を食い止めるんだ」
「あるいは、バトルで倒しちまうか」キバナは左の手の平を右の拳で叩いた。
「いや、あれとまともに戦うのは無茶だ」ダイゴが訝る。
「ダイマックスのエネルギーもどれくらいあるのかわからない」ダンデも首を振った。「通常、ジムやスタジアムで行う場合は、ダイマックスバンドが制御しているから、数回行動すれば自動的に元に戻るようになっているが、この場合、あの装置の中のガラル粒子がどれほどの濃度なのか見当も付かない」
「元々テロ行為を目的としていたようだから、相当な量だと見たほうがいいだろうね」とダイゴ。
「くそっ、他に方法はねーのかよ」
「あるいは……」ヒガナが口を挟んだ。「捕獲するか」
「捕獲だと?」キバナは驚きのあまり、声が上擦った。
「伝説とはいえ、野生のポケモンには変わりない。ある程度体力を減らしさえすれば、ボールに収めることは、理論上可能だ。倒すよりは、こっちのほうがまだ現実的だと思う」
「マジかよ……」そう言って、キバナはレックウザの巨体を見上げる。
「よし、じゃあキバナ、ここはお前に任せた」ダンデが言った。
「はあ?」
「オレたち三人はさっきまで一戦交えて、相棒ポケモンはかなり消耗している。レックウザと渡り合えるほどの力はもう残っていない。百パーセントフルに戦えるのはキバナ、お前だけだ」
「そりゃそうかもしれねえが……」
「それにお前はドラゴンポケモンのエキスパートだ。頼りにしてるぜ」
「いや、相手は伝説のポケモンだぞ?」
「大丈夫」ヒガナが笑った。「私もレックウザとの戦いには、多少の心得があるんでね」
キバナは軽く溜息をつくと、意を決した。
「やるしかないってか」
「あたしもおるとよ」
上空から声がした。夜空に赤い炎が浮かんでいる。よく見ると、ファイヤーだった。黒い身体が闇に同化し、炎に包まれた翼だけがくっきりと浮かんでいる。そして、その背中にはマリィの姿があった。
「遅れてごめん」
ファイヤーが駐車場に降り立ち、マリィは他の面々と合流した。
「いや、ちょうどいいところに来てくれた」ダンデが言う。「力を貸してくれ。レックウザを弱らせて、捕獲まで持っていく」
五人は輪になって、それぞれに視線を交わし合った。そして、横一列に並ぶと、上空に舞うレックウザに対峙する。後ろにはそれぞれのポケモンが臨戦態勢に入っている。
自分たちでレックウザを止める。トレーナーとポケモンたちの意志が通い合った。