2.
決戦の時がやってきた。
シュートスタジアム。ガラル地方最大の都市であるシュートシティにおいて、常に最大の注目を集めるポケモンバトルの最前線と言える場所だ。
そしてその最前線で、頂点に君臨していた男、ダンデ。
今となってはその肩書に「暫定」という但し書きこそ付随してはいるが、実のところ、それを気にしている人間は、世間にはほとんどいないと言ってもいいだろう。本人はともかく、多くの人々にとって、暫定だろうが何だろうが、ダンデは紛れもなく「チャンピオン」であり、憧れの対象であり、熱狂の中心であり続けてきた。
そんなダンデの、今や事実上ホームグラウンドと化したこのシュートスタジアムに、キバナは再び足を踏み入れた。対ダンデにおいては、実に十一回目の挑戦だ。
この巨大なスタジアムの外観が視界に入るたび、キバナは身体中の神経がピリピリとざわつき、体温が上がっていくのを感じていた。それは今回も例外ではない。むしろ、今まで以上の熱気に冒されていたかもしれない。
今回は、今までのような「勝てる」「勝てない」という直感は降りてこなかった。ただ、「今までで最高のバトルになる」という直感だけは、はっきりと感じ取れた。
例のリゼルグ事件から一か月近く経っていた。
キバナもダンデも警察の事情聴取や捜査協力、裁判のための証言など、事件の関係者としての責務に忙殺され、同時に通常の業務までこなさなければならず、あまりに多忙な一か月だった。
加えて、キバナはレックウザとの特訓まで課しており、さすがに通常のポケモンジム運営は困難だった。日によってはジムを休業とすることもしばしばであり、本来ならジムバッジを目指して挑戦してくるトレーナーたちを失望させる羽目になっていたかもしれない。
だが、この件に関して、キバナに文句を言う者はいなかった。なぜなら、事件の直後に、ダンデとキバナがシュートスタジアムで公式戦を行うというアナウンスがなされたからだ。
事件の翌日からしばらくは、メディア全体が「若者中心の犯罪組織が伝説のポケモン・レックウザの力を利用し、ガラル地方が危うくテロの危機に見舞われた」との報道一色になっており、ガラルの人々を不安がらせたものだった。
ただでさえ、ガラルではその数か月前に起きたマクロコスモスのローズによるテロの一件が記憶に新しい。ふたつの事件に直接の関連性こそ薄いものの、首謀者の一人のエゴノキが最近までマクロコスモスに勤めていたことからも、メディアの取り上げ方としては「立て続けに起きた」という論調になっており、他の地方からはガラルの治安を問題視する声が上がりつつあった。
そんなところへ、そのテロを防いでくれた英雄であるダンデとキバナが、バトルで再びガラルの熱気を盛り上げようという企画を持ち込んできたのだ。話題にならないわけがない。
そうでなくとも、ダンデ対キバナのマッチアップは実に数か月ぶりであり、両方のファンが湧き立つお祭り騒ぎになった。
事件から一か月足らずでの開催は、かなりタイトなスケジュールであり、本来ダンデは他の公式戦の先約も多数抱えていた。しかし、それらを押してでもこの対戦をこの日程で決行したのは、ガラルの人々を少しでも早く元気づけたいという思いももちろんあるが、何より自分自身が今すぐにでもキバナと彼のレックウザと戦いたいという熱情こそが、彼を突き動かしたのだ。
そしてそれはキバナにとっても望むところだった。
シュートスタジアムの観戦チケットは、定員三十万人という、ガラルどころか他の地方を含めても類を見ない大規模な収容人数にも関わらず、予約開始から一時間で完売する盛況ぶり。スタジアム公式の専用配信サイトも、視聴者で溢れてサーヴァがダウンすることを懸念して、他の配信サイトとミラーリングを行うという異例の措置を取ったほどだ。
テレビ放映に関しても、ガラル内の放送局だけでなく、衛星放送によって、他の地方でも生中継がなされるとの報道もあった。世界中が二人の対戦に注目しているというわけだ。
そして今、既にスタジアムは開場し、対戦を三十分後に控えていた。観客席はどこを見渡しても満席で、老若男女あらゆる層が二人の雄姿を間近に拝むためにこの地に集っている。
スタジアムの天井はガラス張りで、夜空が透けて見える。季節は冬に差し掛かり、ガラルではそろそろ雪が降り始めんとする頃合いで、夜ともなれば、外は防寒着無しでは歩けないほどだ。スタジアム内部はもちろん空調は効いているが、仮にそれがなくとも、これだけの人数の熱狂があれば、防寒着など暑くて脱ぎ捨てたくなってしまうほどだっただろう。
「すまない、直接観に行きたかったんだが、どうしても仕事で都合がつかなくてね……」
選手控え室で、ダンデはスマホロトム越しにダイゴと会話していた。VIP選手用の個室だ。
「でもバトルの中継だけは、ネットでぜひ見させてもらうよ」
ダイゴは既にホウエンへと帰郷しており、今回ガラルへと観戦に来ることは叶わなかったようだ。
「ああ、それだけで充分さ」ダンデは白い歯を見せて笑った。「チャンピオンに見られているとあっては、身が引き締まる思いだぜ」
「そういうタイプなのかい、君は?」ダイゴも口元に手を当てて微笑んだ。「緊張なんてしないと思っていたけど」
「緊張はしないさ。ただ、心が奮い立つんだよ。みんなに最高のバトルを見せなきゃってな」
「それは頼もしい。それに、勝つことは前提なんだな」
「いや、どうだろうな……」
笑みを絶やさなかったダンデの顔に、一瞬曇りが見えた。ダイゴもそれは見逃さず、すかさず声を掛ける。
「前にレストランで話したことだけど、あれから何か見つけられたかい?」
「お見通しだな、君には何もかも」ダンデは笑みを取り戻した。今のそれは自嘲を多分に含んでいるが。
「わからない。見つかったような気もするし、そうじゃない気もする」
「まあ、そういうものだろうね」
「でも今日、何か掴める予感がする」
「今日?」
「キバナと戦うことで」
「彼が君に答えをもたらしてくれる?」
「そうじゃない。あいつと戦う中で、何かわかる気がするんだ」
「そうか、それは楽しみだ」
「見ててくれ」そう言ってダンデは立ち上がった。「行ってくる」
「幸運を祈るよ」
それ以上、言葉はいらなかった。