キバナVSダンデ ―龍と空の王者―   作:スイカバー

36 / 43
3.

3.

 スタジアムの三十万人の観客、テレビやネット配信も含めたら何千万、もしかしたら何億人かもしれない、そんな前代未聞のスケールの人々に見守られながら、ダンデとキバナはバトルフィールドへと入場した。

 

 二人の姿が見えた瞬間、会場から耳をつんざくほどの歓声が湧き立った。長方形のフィールドの四方を観客が天井近くまで段々に隙間なく埋め尽くしているが、ダンデ側の半分の座席にはダンデのファンが、キバナ側の半分にはキバナのファンが座っているようで、それぞれの方向から二人の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。どちらの声援が大きいか、試合前から既にある種の勝負が始まっているようだった。

 

 キバナは左右と後方の三方向から声の嵐を浴びつつ、前方に構えるメディア陣のカメラのフラッシュに体勢を整えた。インフルエンサーとして、もはや反射的に染み付いた習性かもしれない。

 

観客のとてつもない声量でまともに会話もできない中、「こちらを向いてください」「次はこっち、お願いします」とそれぞれオーダーを出してくるカメラマンたちの声こそほとんど聞こえないが、その仕草やタイミングから「次はあっちのカメラだな」と察して、カメラひとつひとつに対して適切なポーズを決めていく。

 

自分の顔と体が最も美しく映るポーズや角度は、キバナ自身が一番熟知している。だからどの方向からの撮影に対しても、キバナは瞬時に体勢を切り替え、こなしてみせた。魅せることも仕事の一部という、彼のプロ意識が成せる業だ。

 

 一方のダンデは、非常に対照的だった。彼はキバナのように器用にオーダーを捌けるタイプではない。入口を抜けて、選手席に据え付けられたベンチにどっかと座ると、腕を組み、真正面をじっと見据えた。即座にカメラマンたちが周りを取り囲み、無数の写真を撮り始める。ダンデは黙ったまま、微動だにしない。

 

「こんなにも水と油かね、このお二人さんは」

 

 観客席に座るヒガナが、気だるげに呟いた。

 

「いっつもこんな感じなの?」

「そうだね、私も初めて見たときは笑っちゃったよ。ホント何から何まで正反対なんだから」

 

 隣に座るソニアが口に手を当てて微笑んだ。さらにその隣にはマリィも座っている。三人は関係者ということで、最前列の特等席のチケットを優先的に回してもらっていた。

 

 三人の足元では、ソニアのワンパチとマリィのモルペコ、それからキバナから預かっているメテノがじゃれ合って遊んでいる。キバナは、メテノにもこの試合を見せたいということで、自身の選手席でポケモンをボールから出しておくことはできないからと、世話役をヒガナに頼んでいた。

 

しかし、モルペコとメテノは研究所での一件以来、仲良くなっていたようで、ヒガナがマリィたちとスタジアムで合流するや否や、ヒガナを差し置いてモルペコと遊び始めた。そこにソニアのワンパチも加わって、和気藹々としたムードになっている。

 

一度は爆発騒ぎもあったため、メテノを預かってほしいと言われて内心若干の不安を覚えていたヒガナだったが、三匹の和やかな様子を見て、一安心していた。

 

「それにしても、キバナはほんなこつレックウザば使うと?」

 

 マリィが少し前のめりになって、ふたつ隣のヒガナへと質問した。

 

「もちろん」ヒガナが答える。「このヒガナさんが鍛えに鍛えて、絆を最大限まで育んであげたんだ。活躍してくれなきゃ困るね」

「ちゅうことは、あんたはキバナば応援するんやね」

「キバナを、というよりはレックウザを応援したいと言ったほうが正確かな」

 

 ヒガナは意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「ソニアはもちろんダンデば応援するっちゃろ?」

「まあ、そうだね」ソニアが頷く。「ダンデ君にはやっぱり勝ってほしいよ。最近、何か悩んでるみたいだし」

「悩み?」マリィが訊いた。

「それが何かは、幼馴染の私にも教えてくれなかったけどね」ソニアは少し表情を曇らせた。「でも、ダンデ君のことだから、バトルに勝てば悩みなんか吹き飛ぶよ。特に相手がキバナ君ならなおさらね」

「キバナやと何か違うと?」

「ダンデ君はもちろんどんなバトルも楽しんではいるけど、でも、キバナ君とバトルしてるときが、一番楽しそうだから」

「ふーん……」

「で、マリィちゃんはどっちを応援するんだい?」

 

ヒガナは口角を上げてマリィに話しかけた。

 

「別に興味なか。どっちが勝とうとどうでもよかと」

 

マリィはヒガナから視線を逸らしつつ、足元のモルペコとメテノのほうを見やる。元々キバナの粗野な振る舞いにはあまりいい印象を抱いていなかったので、ダンデとキバナの試合の中継をたまたま見るようなときは、何となくダンデのほうに肩入れしていた気がする。

 

ただ、先日の研究所での一件で、キバナが爆発しそうなメテノを身を挺して守ろうとするのを目撃したとき、そのイメージは少し変わったかもしれない。

 

「そう、前はさっさと負けれって思いよったけど、今はどっちが勝ってもよかかなってくらいには……」

「え?」意味が汲み取れず、ヒガナは訊き返した。

「それより」マリィは険しい表情で振り向く。「『ちゃん』はやめてほしかっちゃけど」

「えー、可愛いと思うんだけどなあ」

「見て、始まるよ」

 

ソニアがバトルフィールドを指さした。フィールドの両側では、二人の選手が試合開始の定位置に着いていた。

 

 写真撮影が終わり、実況が二人の紹介を済ませた後、それぞれに試合への意気込みを一言、と振ってきた。

 まずダンデが答える。

 

「この試合を世界中のみんなに捧げる。ガラルは大きな危機を乗り越えて、今再び、こんなにも熱く燃え上がってるってことを伝えるために。そしてこの素晴らしき日をキバナ、お前という好敵手と迎えられたことを嬉しく思う。盛り上げようぜ、最高のバトルを、お前の最強のポケモンと共に」

 

 そう言うと、ダンデは顔を俯かせ、左手を高く掲げて三本指でポーズを作った。

 

「もちろん負ける気はない。オレが勝つ。今日は最初から最後までオレのチャンピオンタイムだ」

 

 瞬間、会場が大歓声に包まれる。先ほどまでもまともに会話ができないほどの声量だったが、それが囁き声であったかと錯覚するほどのボリュームだった。ダンデコールが場内に響き渡る。

 

 右手に携えたマイクの電源をオフにしたダンデは、自身の手が震えているのに気付いた。こんな緊張は久しぶりだった。チャンピオンになってからは初めてかもしれない。

 

今の一言の中に、久しぶりにあえて「チャンピオンタイム」という言葉を使った。自分を奮い立たせたかったのもあるし、キバナを挑発することで、彼に本気を出させたいという思惑もあった。いずれにしろ、最高のバトルにしたいという気持ちに偽りはない。自分はただ、百パーセントの力を出すだけだ。

 

「何がチャンピオンタイムだって?」

 

 真正面から聞き馴染んだ声が聞こえてくる。キバナの番だ。

 

「寝言もいい加減にしろ。ファンの奴らもまだ寝惚けてるみてーだが、お前はもうチャンピオンでも何でもねえ。上から目線気取りやがって。お前とオレ様は今や対等の立場。いや、違うな。むしろこれは上昇気流だ。オレ様がこれから頂点へと登り詰める、そのストーリーの礎となれることをありがたく思いな」

 

 キバナは右手でダンデを指さし、鋭い眼光で睨みつけた。

 

「祝えよ。今日からキバナ様の時代の始まりだ」

 

 刹那、対面から声が土石流のようにダンデの全身めがけて流れ込んだ。ダンデコールをかき消すほどの凄まじいキバナコールの勢いだった。このスタジアムをこれまで半ばホームグラウンドのようにファンで囲ってきたダンデにとって、声援の多寡で押し負けそうになるのは滅多にないことだった。

 

 キバナが今回のテロ騒動の一件でダンデと同等かそれ以上に活躍したこと、そして騒動の渦中にあった伝説のポケモン・レックウザを捕獲したことは、マスコミを通じて周知の事実となっていた。そのレックウザを今回の試合で使用するであろうことも、既に噂として広まっている。それらの期待が、このキバナコールに表れているのは間違いない。

 

「ふかしてくれるねえ、あの男は」

 

 観客席のヒガナが、メテノを膝に抱えながら言った。

 

「ガラルではポケモンバトルは興行だとは聞いていたけど、ここまでとは」

「あの二人は特に極端だとは思うけどね……」ソニアが呆れ気味に補足する。

 

 声援が落ち着いたところで、実況がルール説明を行う。

 

 ルールは三対三のシングルバトル。時間無制限。お互いにポケモンの入れ替え有り。ダイマックス、メガシンカ、Zワザ、テラスタルなどのスペシャルスキルは試合中、いずれかひとつのみ使用可能。スペシャルスキル関係以外の持ち物や道具は使用禁止。その他、技の使用個数の制限など、細かいルールが述べられていく。バトルが競技として行われるガラルだけあって、ルール回りは厳密に定められている。

 

 本来、チャンピオン戦は六対六で行われることが多いが、今回はシーズン予定にはない、急遽決まったエキシビションマッチであり、全世界中継という放送枠の尺の都合もあって、三対三になったらしい。

 

だからルール上、時間は無制限と言いつつも、尺が存在する以上、あまりに長期戦狙いの戦法は使えない。バトルはあくまでスポンサーあっての興行であり、その枠内で全力を出すというのもプロの仕事である。その辺りはダンデもキバナも承知していた。もとより、お互いにアグレッシヴなバトルスタイルは共通しており、はなから長期戦など仕掛けるつもりは二人共なかった。

 

「うわっ、何?」

 

 ヒガナが狼狽えた。妙な音と共に、急に視界が明るく光ったのだ。

 

「電磁バリアだよ」ソニアが答える。「ポケモンの技がこっちまで届かないように、フィールド全体を覆うの。大丈夫。すぐに目が慣れて、何もないみたいになるから」

 

 なるほど、よく目を凝らさないとほとんどわからないが、縦六十メートル、横四十メートルほどあろうかというフィールドの前後左右を天井部分に届くようにバリアが覆っているようだ。

 

「さっすが、バトル大好きな地方は設備も段違いだねえ」

 

 ヒガナは動揺を隠すように、膝の上のメテノを撫でた。

 

「両選手、最初のポケモンをフィールドへ出してください」

 

 実況がダンデとキバナに指示を出す。二人はそれぞれボールを手に携え、フィールドへと放った。ボールからポケモンが飛び出す。

 

「ダンデ選手はバリコオル、キバナ選手はフライゴンです」

 

 世界中の観客が見守る中、二人のトレーナー、二匹のポケモンがそれぞれ対峙する。実況が試合の開始を告げる。

 

「それではバトル、スタート!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。