4.
キバナが初手に選んだのはフライゴン。キバナの手持ちの中でも屈指の古株であり、ナックラーの頃からの長い付き合いである。素早さが高く、小回りが利くため、序盤に相手の出方を伺う偵察役として、キバナも大きな信頼を置いている。
一方、ダンデが繰り出したのはバリコオル。大道芸人のような見た目の人型ポケモンで、氷でできたステッキを振りながら、タップダンスのステップを刻んでいる。
「やっぱりこおりタイプで来たか」キバナが笑みを浮かべる。「正攻法だな。お前らしいぜ」
「バリコオル……? 見たことないポケモンだ」ヒガナが前のめりになる。
「バリヤードの進化形たい」とマリィ。
「バリヤードに進化形が?」
「と言っても、ガラル特有のリージョンフォームだけどね」ソニアが付け加える。「エスパーとこおりタイプを持ってる」
「なるほど、ドラゴン使いのキバナに対し、こおりタイプで攻めるのは常套策」ヒガナが言う。「しかしそれはキバナも承知のはず。無策とは思えないね」
「策はあるやろうけど、ダンデ相手に多少の小細工は通用せんばい」そう言いながら、マリィはじっとフィールドを見つめている。
「来いよキバナ、先攻は譲るぜ」
ダンデは右手を上に向けて前後に振って、余裕の笑みでキバナを煽った。明らかに誘っている。今さらその程度の挑発に乗るキバナではないが、フライゴンの役目はあくまで様子見だ。仕掛けて損はないと冷静に判断する。
「フライゴン、『ストーンエッジ』!」
キバナの指示を受けて、フライゴンは両腕で地面を叩き割り、宙に舞った岩の破片を右脚で次々と蹴り飛ばす。「ストーンエッジ」はその岩を飛ばす方向のコントロールが難しい技であるが、フライゴンはいずれの破片もまっすぐにバリコオルのほうへと飛ばしている。
「さすがだ、よく鍛えているな……、しかし!」ダンデも指示を出す。「バリコオル、『リフレクター』!」
先ほどまでタップダンスをしていたバリコオルが急に動きを止め、両腕を前に突き出した。瞬時に目の前に半透明の壁が現れ、岩の破片の勢いを殺していく。いくつかの破片は壁に当たって落ちてしまい、辛うじてすり抜けた他の破片も、氷のステッキで正確に撃ち落とした。バリコオル自身はまったくダメージを受けていない。
「あのバリコオルも相当器用だね」ヒガナが感心する。
「それくらい予想済みだぜ。フライゴン、『すなあらし』!」
フライゴンは再び両腕で地面に何度も拳を打ち付け、先ほどより細かい岩の破片を素早く舞い上がらせる。そして左右の翼をはためかせ、バリコオルのほうへと打ち出した。破片は風に舞いながら、さらに細かく砕けていき、文字通り砂の嵐となって、バリコオルの周りを覆っていく。
「どういうこと? 砂のない場所で『すなあらし』はできないんじゃ……」ソニアが訝しむ。
「フライゴンが岩を砂に変えているんだ」ヒガナが答える。
「岩を砂に?」
「フライゴンは羽で『すなあらし』を起こす力を持っている。この場合、羽ばたきが生み出す超音波が、岩を砕いて砂粒にしているってところだろう」
「それをあの一瞬で?」ソニアが驚く。「とんでもないスピード……」
「どうだ、これなら『リフレクター』やステッキでは防げまい!」キバナが高らかに声を上げる。
「やはりキバナ、天候を操ってきたか……」ダンデはバリコオルへの指示に迷っている。
砂に囲まれて、バリコオルも動揺しているようだ。その周囲をフライゴンが旋回し、様子を伺っている。
「バリコオルは砂で何も見えねえだろうが、フライゴンは目を覆うカヴァで砂から視界を守っている。こちらからは正確に攻撃を当てられるってことだ」キバナは指を鳴らす。「今だフライゴン、『ストーンエッジ』!」
フライゴンは旋回を止め、先ほど叩き割った地面から岩の破片を再び蹴り出した。砂の中のバリコオルめがけて飛んでいく。
「バリコオル、『ゆきげしき』だ!」
すると、「すなあらし」は一瞬にして周囲へ拡散し、代わりに辺りを白いものが舞い始めた。
「雪だと……?」キバナは目を見開いた。
「自身の周囲の水分を瞬時に凍らせ、雪に変えたのさ。そして……」ダンデが叫ぶ。「『ふぶき』!」
バリコオルがステッキを振りかざすと同時に、旋風が起き、辺りを舞っていた雪がフライゴンの方向へと襲い掛かる。フライゴンの羽と違って、バリコオルはエスパーの力で雪を操っているようだ。
「こおりタイプの大技! まずいぞキバナ!」ヒガナが言う。
「ふん、だからそんな正攻法、対策してねーわけねーだろ」キバナは怯まず指示する。「フライゴン、羽を畳んで伏せろ!」
フライゴンは指示通り、両方の羽を小さく閉じて、地面に低く蹲った。フライゴンの頭上を「ふぶき」の氷が通り抜けていく。
「なるほど、これでやり過ごせるってわけか」とヒガナ。
「その程度でかわせると思うなよ。雪の中の『ふぶき』を避け切るのは至難の業だぜ」ダンデは右の拳をぐっと握り締めた。「バリコオル、パワーアップ!」
バリコオルがステッキをより激しく振り回し、「ふぶき」はその勢いを増した。先ほどよりも範囲が広くなり、いくら体勢を低くしても、避けられる規模ではなくなる。
「わかってんだよ、それくらいよぉ」キバナも負けじと声を張り上げる。「フライゴン、『ねっぷう』!」
フライゴンは突然両翼を広げると、羽の内側から超音波を出し、今度は電子レンジのように周囲の空気を温めた。それを羽ばたきで前へと押し出すと、空気は周囲の塵と混じって発火し、炎の風となる。それは瞬く間に「ふぶき」の氷を溶かし、水滴が空中に舞い散った。
さすがのダンデもこの反撃には一瞬怯んだようだ。キバナはその隙を見逃さない。
「今だフライゴン、『とんぼがえり』!」
フライゴンは足で地面を蹴り、羽で勢いを付けて、目にも止まらぬ速さでバリコオルへと突撃した。攻撃を受けたバリコオルは反射的にステッキでフライゴンを捉えようとするが、気付いたときにはフライゴンはキバナのすぐ側まで舞い戻っていた。
「ヒットアンドアウェイ」キバナは構えていたボールをフライゴンのほうへ翳し、ボールの中へと戻した。「まずは一発」
「攻撃と交替を同時に行う技、『とんぼがえり』。しかもむしタイプの技だからエスパータイプを持つバリコオルには効果抜群……」ソニアが言う。
「考えてるねえ、あいつ」とヒガナ。
「休ませねえぞ。行け、ブリジュラス!」
キバナは二体目のポケモンを繰り出した。ダイマックスレックウザとの戦いで、ジュラルドンから進化したブリジュラスだ。ガラル地方では新種と言ってもいいほどに知られていない、珍しいポケモンである。何しろジュラルドン使いのキバナですら噂程度にしか知らなかったのだから。
見知らぬポケモンの登場に湧き立つ観衆。しかし、その興奮すら落ち着かせる間もないほど、キバナの次の攻撃は素早かった。
「ブリジュラス、『エレクトロビーム』!」
先ほどの「とんぼがえり」を受けてから体勢を立て直したバリコオルに、ダンデは指示を出す。
「大丈夫、『エレクトロビーム』は溜めに時間がかかる技。隙が大きければ、お前のステップで避けられ……」
しかし、ダンデが言い終わらない内に、バリコオルの姿は消えていた。なぜなら、バリコオルはブリジュラスの攻撃を受けて、視界の外へと吹き飛んでいたからである。急いでバリコオルのほうへ見やると、大ダメージを受けている様子。
「バリコオル!」動揺を隠せないダンデ。「なぜだ。なぜこんなに速く攻撃が……」
「とどめだブリジュラス、『ラスターカノン』!」キバナは間髪入れず命令する。
「くっ、バリコオル、『マジカルシャイン』!」
ふたつの攻撃技がぶつかり合う。一瞬、互角に見えたが、すぐにブリジュラスの「ラスターカノン」のほうが威力を増し、「マジカルシャイン」のエネルギーを打ち消して、バリコオルへと直撃した。
「バリコオル、戦闘不能! ブリジュラスの勝ち!」
実況が勝敗を告げる。まずはダンデにひとつ黒星が付いた形だ。キバナ側の観客席が色めき立つ。
「一体どうして……」
ダンデは困惑を隠せないまま、倒れたバリコオルの元へと歩いていく。そこで、彼はある異変に気付いた。
「雨……?」
ふと右手を前に出すと、手の平に水滴が落ちてくるのを感じた。小雨のようなものが降っている。この会場はガラス張りの天井で、雨が降り込むことなどありえない。
「いや、そうか、あのときの『ねっぷう』か……」
合点が行ったダンデは、顔を上げてキバナのほうを見た。
「ようやく気付いたか」キバナがにやりと笑う。
「だから下から撃ったんだな」ダンデが微笑み返す。しかし眉間は険しく皴を刻んでいる。
「おいおい、客にもわかるようにきちんと説明しな」キバナは肩をすくめた。「チャンピオンってのはエンターテイナーでもなきゃいけねーんだろ? 客に理解させてこそのエンタメだ」
「オレがチャンピオンじゃないと言ったのはお前だろう?」
「おっと、そっちの方向で盛り上げるのもやぶさかじゃねーが?」
そう言われて、ダンデは身体が熱くなるのを感じた。しかし、頭の奥底の理性が冷静に働いて、押し留まった。
キバナの話ぶりに乗ってはいけない。奴の挑発は観客を湧かせるための、いわばプロレス的なサービスだ。もちろん本心も何パーセントか含まれてはいるだろうが。
「さっきの『ねっぷう』で融かした雪を、雨として利用したんだな」
「ほう」
「ブリジュラスの『エレクトロビーム』は攻撃までの溜めに大きく隙を晒す技だが、雨が降っているときはその溜めの時間が大幅に短縮される。だからあんなに速く攻撃できたというわけか」
「ご明察」
「フライゴンが一度『ふぶき』を避けるためにしゃがんだのもその下準備だった。あの行動は、避けることが目的じゃなく、下から『ねっぷう』を撃つことの意味を悟らせないためだったんだな」
「よく見てるじゃねーか」
「下方向から『ねっぷう』を撃てば、当然解けた雪の水滴は上へと飛び散っていく。そう、このフィールドの天井に」
ダンデは右手を高く掲げ、天井を指さした。観客たちの視線も上へと注がれる。
「あれは……、雨雲?」
ヒガナが身を乗り出して、天井をまじまじと見た。確かに、黒い靄のようなものが浮かんでいる。
「お前のフライゴンは羽音で岩を砂に変えるほどの振動を出せる。同じ要領で、水滴を水蒸気のように細かくして、天井部分に雲を作り出し、そこから雨を降らせたんだ」
それを聞いて、キバナが両手を叩いて軽い拍手を送った。
「大正解。テストなら満点だが、しかし残念。気付くのが遅すぎたな」
同時に、キバナ側の観客から更なる歓声が上がった。
「やるじゃん、キバナ君」観客席のソニアが感嘆した。
「いや、やるなんてもんじゃない。特にあのフライゴン、恐ろしいほど育て上げられている」逆にヒガナは険しい表情だ。
「羽音の振動で雲を作るという理屈だけ聞けば簡単に思えるけど、実際問題、『ねっぷう』の火力が高すぎたら、水滴は蒸発してしまうし、翼が起こす風が弱ければ、水滴は天井まで届かない。振動だって、かなりの精度が要求される。火力、風力、超音波、すべてが完璧なバランスでコントロールされていたからこそ、あの芸当を成し得たんだ。私も今までいろいろなフライゴン使いを見てきたけど、ここまでポテンシャルを引き出している奴は見たことがない」
「なるほど……」それを聞いて、ソニアも息を飲んだ。
「それに、キバナは最初からこの展開を想定しとったように思うたい」マリィが呟いた。「苦手なこおりタイプへの対策は考えとったやろうけん」
「そうか、あの特訓の中で編み出したんだな」ヒガナが言う。
「特訓?」ソニアが訊いた。
「実は私が彼と最初に会ったとき、ボーマンダとヌメルゴンでバトルをしたんだ。そのとき、ヌメルゴンが撃った『れいとうビーム』を私のボーマンダが『かえんほうしゃ』で溶かしたことで、フィールドに雨が舞った。それで、ヌメルゴンの特性『うるおいボディ』が働いて、どく状態を治したんだよ」
「『うるおいボディ』って、雨が降っているときに状態異常を治す特性?」
「そう、あのときは彼が気付いたかどうかわからなかったけど、そういえばあの後、レックウザと特訓をしているときに、彼はヌメルゴンとフライゴンでこおり技とほのお技をぶつける練習をしていた。やっぱり気付いていたんだな。苦手なこおりタイプの技を逆に利用して、自分の得意な雨の天候に持っていくための策になるって」
「へーっ……」ソニアが感心した。
「素晴らしいよ、キバナ」ダンデがキバナのほうを見て言った。「素直に称賛を送りたい。また一段と強くなったようだ」
「お前に褒められても嬉しくも何ともねーな」キバナはぶっきらぼうに返す。「オレ様が幸福を感じるのは、お前を倒すその瞬間だけだ」
「お前らしいな。もっとも、その瞬間を譲る気はないが……」
ダンデは軽く笑った。そしてボールを取り出して、倒れたバリコオルを戻す。
「ありがとう、バリコオル。よくやってくれた」
次のボールを取り出して、スイッチを押す。
「オレの二体目は……、ドラパルト!」