6.
「ダンデ君の切り札は、やっぱりリザードン!」
ソニアの声が弾んだ。ダンデがリザードンの名を告げた途端、ダンデ側の観客席が最大級に湧き出した。ダンデの代名詞とも言える相棒リザードンの登場に、ファンのみならずすべての観客が固唾を飲んで、注目している。
ボールが開いて、リザードンがその体躯をフィールドに着地させた。観客からダンデコールが巻き起こる。
だが、その歓声は唐突な衝撃音と共に中断された。
地面から一メートルほどもある岩の柱のようなものが複数個出現し、リザードンの周りを取り囲んで、ぶつかったのだ。
「これは……、『ステルスロック』!」ダンデが目を丸くした。「まさか既に……」
「そう、さっきブリジュラスが倒れる直前に仕込んでいたのさ」キバナは白い歯を見せて笑った。
「『ステルスロック』……、地中に岩の罠を仕込んで、新しく出てきた相手にダメージを与えるテクニカルな技」ヒガナが言う。
「そういえばブリジュラスは技を三つしか使うとらんやった。『エレクトロビーム』、『ラスターカノン』、『あくのはどう』。残りのひとつを隠し持っとったんやね」マリィが指を折って数えた。
「しかも『ステルスロック』はいわタイプの技で、リザードンには抜群のダメージ。確かにダンデ君の対戦相手がリザードン対策としてよく使ってくる技ではあるけど、まさか気付かないうちに撃っていたなんて……」ソニアは驚きが隠せない様子だ。
「フライゴン、『ストーンエッジ』!」
キバナが指示を出した。フライゴンが岩を蹴り出して攻撃する。
「『ステルスロック』に『ストーンエッジ』、明らかにリザードンを意識した対策だな。……上等!」ダンデが声を上げる。「リザードン、『だいもんじ』!」
リザードンは口から炎を吐き出す。その炎が途中で三つ又に分かれ、複数の岩を瞬く間に撃ち落とした。
「『りゅうのはどう』!」
続けて口から青白い光線を発射。避ける間もなく命中し、フライゴンは地に倒れ込んだ。同時に「すなあらし」も収まる。
「フライゴン、戦闘不能。リザードンの勝ち!」
勝敗を告げる実況の声を聞いて、先ほどの「ステルスロック」の衝撃で止んでいた観客の歓声が再び湧き出す。場内は一瞬でダンデコールに包まれた。
「フライゴン、頑張ってくれたな。充分すぎるほどの働きだったぜ」
キバナはフライゴンをボールに戻した。
「フライゴンはさっきのバトルでだいぶ消耗していたからね」ヒガナが言う。「避けられないのも無理はない」
「ここまでキバナのリードで進めてきたけど、リザードンが出てきてがらっと空気が変わった気がするったい」マリィは周囲を見渡した。
「お客さんもやっぱりリザードンの雄姿を見たくて来てる人が多いからね」とソニア。「会場のムードも影響すると思う。特にダンデ君、マイペースなようでいて、意外と応援の力で強くなったりするから」
「その意思がリザードンにも伝わって、さらなるパワーを生み出す」ヒガナが続ける。「私にはあんまりピンと来ないけど、でもあのチャンピオンさんなら有り得そうだ」
「ダンデ君……」ソニアが呟く。
「だが、空気を変えるという意味においては、彼も負けてないと思うよ。このヒガナさんが特訓してあげた、あのポケモンがいるんだからね」ヒガナが不敵に笑った。
「初陣がダンデのリザードンになるとはな」キバナも三つ目のボールを取り出した。「まさに相手にとって不足はないって奴だ。頼んだぜ、レックウザ!」
ボールからポケモンが出現する。数メートルもある翠色の長い肢体をくねらせながら、周りの空気を切り裂くようなオーラを放ち、レックウザが姿を見せた。上天を仰いで咆哮を上げると、足元の地面がびりびりと震え出すのをキバナは感じた。
そして、その咆哮をかき消すように、大歓声がキバナとレックウザに降りかかる。伝説のポケモンを生で見る機会など、一般人にはまずないことだ。このようなスタジアムの公式戦であっても、伝説のポケモンの使用者はほとんどいない。
ましてやそれが、ダンデ対キバナという大舞台においてとなると、言うまでもない。ネット中継も視聴者は一気に増えているはずだ。
「力を貸してくれ、レックウザ。リザードンに、ダンデの野郎に勝つために」
キバナはレックウザに呼びかけた。レックウザは前方のリザードンの姿を認めると、闘志を燃やしたようで、鋭い眼光でねめつけた。
一方のリザードンも負けじと睨み返す。リザードンもダンデの相棒として歴戦をくぐり抜けてきた猛者である。四倍ほどの体格差がある伝説のポケモンが相手であっても、一切怯みはしない。むしろ早く戦いたくて仕方ないとでも言うように、低く唸り声を上げ、目もぎらついている。
「中継の奴らにマスコミの奴ら、それに観客ども!」キバナが周囲を見渡しながら叫んだ。「レックウザの姿はもう充分カメラに収めたか?」
もちろんバトルの最中なので、誰が答えるでもないが、キバナは正面へ向き直ると、右手のグローブを少しまくって、腕を軽く上に掲げた。その手首にはブレスレットが装着されており、キバナはそこに嵌め込まれた丸い石に左手を翳した。
「目ん玉飛び出すなよ。さらに見せてやるぜ、レックウザの究極の姿」
すると、レックウザの翠色の身体に走っている黄色い線条の模様が輝き出し、七色の光となって身体全体を包んでいく。
「見せてやれ、キバナ」
観客席のヒガナが呟く。膝の上のメテノもその光を見て、興奮しているようだ。
光が眩しいほどに膨れ上がると、風船が割れるように周囲へと発散し、その中からレックウザが新たな姿で現れた。
「メガシンカか、レックウザの……!」
ダンデは目を見開いて、眼前の神々しさに言葉を失った。
メガシンカを遂げ、さらに全長が伸びたレックウザは、鋭い目つきで周囲を威圧した。同時にレックウザを中心として、フィールドに強い風が吹き始める。
角や顎の周りのエラのような部位はより鋭利になり、黄色い模様だった部分が髭や触手となってその先端から伸びて、光を放ちながら気流に乗り、激しく舞っている。額には逆三角形のような模様が象られていた。
「行くぜ、メガレックウザ!」
キバナは一歩前に踏み出して、レックウザと視線を交わした。
目の前の光景に圧倒されるばかりだった観客たちも、ようやくメガシンカという事象を飲み込めたようで、歓声は最高潮に達している。
「ラストバトルに相応しいマッチアップだ」
そう言ってダンデは深く息を吸った。背中のマントを風で揺らしながらも、体はぴたりと硬直し、精神を集中させている様子だ。両目は闘志で燃え上がっている。
「そっちもリザードンを対策してきたようだが、オレももちろんレックウザの存在は計算に入れている」
そしてリザードンと目を合わせ、頷き合った。
「リザードン、『げんしのちから』!」
リザードンの周りに熱気が迸り、先ほどフライゴンが『ストーンエッジ』で蹴り飛ばしていた岩の破片が宙に浮かび上がる。熱が岩を操るように、岩がレックウザへと飛んでいく。
「引きつけろ、レックウザ」
岩がレックウザの身体に命中するが、同時にレックウザは攻撃体勢に移っていた。
「『スケイルショット』!」
レックウザは自身の鱗を礫のように撃ち出した。一枚一枚は小さな鱗だが、それらはいずれも宙を切り裂く高音を発しながら、リザードンへと一直線に突き進む。
「『エアスラッシュ』で撃ち落とせ!」
ダンデが指示すると、リザードンは翼を羽ばたかせて空気の渦を作り、そこに鱗を巻き込んで勢いを殺した。
「やるじゃねえか」キバナが言う。
「そっちこそ、『げんしのちから』があまり効いていないようだ」
「こいつも説明が必要だろうな」キバナは両腕を広げた。「メガレックウザの特性、『デルタストリーム』だ」
観客がどよめく。伝説のポケモンの聞いたこともない能力に、皆解説を求めているようだ。
「今フィールドに吹きすさんでいるこの強風だが、これはレックウザが発生させた『らんきりゅう』だ。この中では空を飛ぶポケモンが苦手とするタイプの技の威力が半減する」
「なるほど? だからいわタイプの『げんしのちから』がいまいち威力が出なかったのか」
「『らんきりゅう』の風の流れが技の勢いを削いでしまうからな。だが、オレ様とレックウザは違う。逆に気流を追い風のように利用して、技の威力を上げることもできる」
「それがさっきの『スケイルショット』か。確かにかなりのパワーだったようだ」
そう、キバナとしては渾身の力を込めた一撃のはずだった。しかし、それもリザードンの「エアスラッシュ」にいとも容易く防がれた。
ダンデ自身が気付いているかは定かではないが、キバナにはわかっていた。あの「エアスラッシュ」も気流の勢いを利用して、威力が増幅されていたのだ。
偶然と片付けることもできるが、相手はあのダンデだ。無意識にでもフィールドを利用した攻撃を組み立てていてもおかしくない。いや、それは過大評価か? この男をどの程度高く見積もるべきなのか、その辺りが読めないところも、キバナがダンデをやりにくいと思う所以のひとつだった。
「食えない野郎だ」
「何の話かな?」
腹の探り合いは不毛だ。とにかく今大事なことは、レックウザと絆を通わせ、その力を最大まで引き出し、相手にぶつけること。余計なことは考えなくていい。
「レックウザ、旋回しろ!」
レックウザはまっすぐ飛び出すと、リザードンの目の前で横切って、その周囲をぐるぐると回り始めた。物凄いスピードで、リザードンも目で追い切れない様子だ。
「さっきのドラパルトより速いかも……」ソニアが驚嘆する。
「『スケイルショット』で素早さを上げたんだ」ヒガナが言う。
「そのままもう一度、『スケイルショット』!」
キバナの指示を受け、レックウザがその円周の内側に向かって、すなわちリザードンを全方位から狙う形で、無数の鱗を撃ち飛ばした。
「飛び立て!」
ダンデが呼びかけると同時に、リザードンは素早く上昇した。しかし、何か見えない壁のようなものに邪魔されて、一定の高さ以上には行けないようだ。
「当然想定済みだ」キバナが誇らしげに言う。「『らんきりゅう』の風向きも計算して、上方へ飛び立つルートは塞いである。逃げ場はねーぜ」
「そうだな」ダンデは一顧だにしない。「ならば突っ込め、リザードン!」
リザードンは翼を広げてハンググライダーのように水平に滑走し、レックウザへと急接近する。二匹の顔が間近ですれ違う。
「『りゅうのはどう』!」
リザードンの口から青白い衝撃波が放出され、至近距離でレックウザに直撃した。直後、「スケイルショット」の鱗が何発もリザードンへ命中するが、リザードンは攻撃の勢いを緩めない。レックウザも旋回する動きを止め、迎撃体勢に入ろうとするが、ダンデはその瞬間を見逃さなかった。
「『エアスラッシュ』!」
リザードンは「らんきりゅう」の中とは思えないほどの速さで翼を動かし、猛烈な風を巻き起こして、レックウザを攻撃した。空を舞っていたレックウザが体勢を崩し、地面へとつんのめった。
「大丈夫か、レックウザ」
キバナが声をかけるが、レックウザは反応しない。
「体力はまだあるはずだが……、まさか、怯んでいるのか」
「『エアスラッシュ』の追加効果だ」ヒガナが言った。「風圧で相手の動きを少しの間止めることがある」
「レックウザ相手にここまで攻め込むなんて……」とマリィ。
「『スケイルショット』で素早さを上げていたようだが」ダンデが静かに語りかける。「リザードンも能力を上げていたのさ。『げんしのちから』によってね」
「レックウザの弱点を狙うためだけじゃなかったってわけか」キバナは舌打ちをした。
「これで準備は整った。お前がメガシンカを使ったんだ。オレもそろそろ切り札を切らせてもらおう」
ダンデは右腕を高く掲げ、腕に巻いたダイマックスバンドに左手を翳した。すると、フィールドから赤紫のエネルギーが湧き上がり、リザードンを包み込んで、その姿を巨大化させていく。リザードンのキョダイマックスだ。
ガラル地方のスタジアムはダイマックスしたときのポケモンの背丈を考慮して設計されているが、それでもリザードンの大きさは圧巻だった。メガレックウザが通常のリザードンの数倍の身長だったが、今やリザードンのほうがメガレックウザの三倍はあろうかという見た目だ。
ましてや今、レックウザが「エアスラッシュ」で怯んで地に伏せているのと見比べると、先ほどまでのレックウザの神々しい存在感を書き換えるくらいに、リザードンはその堂々たる立ち姿を以て、観客たちの目をことごとく奪ってしまった。
「さあ、今こそチャンピオンタイムだ」