1.
1.
世界中が騒然となった。
ダンデ対キバナ戦は、テレビの視聴率、ネット配信の同時接続数、各種SNSの書き込み数など、あらゆる方面でここ数年のポケモンバトル関係におけるトップクラスの数字を叩き出した。
試合後も、キバナの勝利が大きな話題を呼び、インターネットのトレンドを席巻した他、新聞の号外が刷られ、ガラル地方各地で配布、翌日の朝刊はもちろん一面、テレビのニュースでも大きく取り上げられた。ガラル以外でもかなり取り沙汰されているようだ。
キバナ自身、勝利の余韻に浸る間もなく、一週間は各種メディアへの対応に追われる羽目になった。テレビ局や新聞、週刊誌はもちろん、ネットメディアや同業のインフルエンサーなど、あらゆる方面から取材を申し込まれ、撮影、インタヴューと息つく暇もないほど忙殺される日々だった。
「キバナさん、今のお気持ちを率直にお聞かせ願えますでしょうか?」
「そうだな……」
「宿敵であったダンデさんに今まで何度も挑み続けて、今回ついに悲願の勝利。喜びもひとしおかと思いますが」
「それはもちろん嬉しいさ。あのいけ好かねえ野郎に一泡吹かせることができたんだ。こんなに愉快なことはない」
「そうですよね。ずばり、勝てた要因は何だったとお考えですか?」
「それはだな、オレ様の緻密な作戦と……、ええと」
「伝説のポケモン・レックウザとの絆もお見事なものでしたね」
「そうそう、ポケモンたちにも感謝してる。あいつらの頑張りがなかったら、この勝利も掴むことはできなかった。それは間違いない」
「他に、感謝を伝えたい方などはいらっしゃいますか?」
「ああ、もちろん応援してくれたファンの奴らにはばっちり感謝してるぜ。みんな、サンキュな。これからもよろしく頼む。あとは、特訓に付き合ってくれた仲間とか、まあいろいろいるが……」
「キバナさんのように強くなりたいと夢見るトレーナーたちが今後増えていくと思われますが、そんな方々に向けて、何か一言」
「一言? うーん、一言ねえ……」
どのインタヴューもこのように、表層をなぞるだけのありきたりな内容だった。むしろ、キバナ本人の過激な言動を警戒して、当たり障りのない方向に誘導されていた節すらある。ただ、キバナ自身も試合が終わってしばらくは放心状態で、自分の感情をまともに言語化できていなかったため、自由に話せと言われても何も話せなかっただろう。そういう意味では、むしろ誘導してくれたほうがありがたかったのかもしれない。
ただ、そんな波に乗せられるだけの流れに身を任せてしまったせいで、自分の本心を深いところまで探る暇がなく、インタヴューで答えたようなありきたりな言葉こそ実は本心だったのだと錯覚しそうになる恐れはあった。本来ダンデに対して持っていたはずの複雑な感情が、簡単な言葉で丸め込まれて、スポイルされてしまう。そのことへの漠然とした不安も、キバナの心中には確実にあった。
ゆっくり考える時間が欲しい。ここしばらくは空を見る時間さえも取れていなかった。
一方のダンデは、比較的余裕のある生活を送れていた。
キバナの勝利、すなわちダンデの敗北は、試合直後にはとてつもない反響を呼んだ。最初の数日間は、キバナと同等程度に多数の取材を申し込まれこそした。だが客観的に見れば、キバナは勝者であり、ダンデは敗者である。勝者は注目され続けるが、敗者は早々に話題から消えていく。
特にガラルのポケモンバトル関連のメディアでは、必要以上に敗者に鞭打つような報道はスポーツマンシップの精神から避けるべきという暗黙の了解があり、ダンデへの取材は数日を過ぎると目に見えて減っていった。
もっとも、これがダンデにとって初めての敗北なら、話は別だっただろう。事実、数か月前に新米の子供トレーナーに負けて、チャンピオンの座から陥落したときは、今回を遥かに上回る取材を受けた。敗者への取材は最小限にという暗黙の了解が破られるほど、ダンデの初の敗北は衝撃的なニュースだったからだ。
だが、それも二回目となれば、どうしても刺激は薄れる。民衆の反応というのはある意味残酷なものかもしれない。人々の関心は必然的に、勝者であるキバナと、それから一際目を引く存在であったレックウザのほうへと注がれていた。
別に、だからどうというものでもない。ダンデ自身、自分の敗北にもっと注目してほしいなどという承認欲求はなかったし、ほっといてほしいというセンチメンタルな感情も持ち合わせていない。メディアの反応などさして興味はなく、強いて言えば、キバナのように取材に追われて忙しくなるよりは、その時間を特訓など自由な時間に充てられるほうが効率的だというくらいだ。
だからもし、あのとき自分がキバナに勝っていたら、今よりもっと取材に時間を奪われていたはず。そうなれば、特訓の時間は減っていた。ならば、こうして自由に特訓できている今のほうが、選択肢としては正解だったのか?
否、もちろんそんなことはない。負けることが正解だったなんて、絶対にありえない。あの試合には全力で挑んだし、本気で勝ちたかった。それは間違いない。そう、自分は勝ちたかったのだ。負けたくなかったのだ。特に、キバナ相手には。
ダンデは早朝に日課のトレーニングをこなしながら、そんなことを考えていた。自室に備えたトレーニングマシンで身体を鍛える傍ら、頭では自分自身について自問自答している。
珍しいことだな、とダンデは思った。今まで自分の生き方に疑問を持ってこなかったダンデは、自分自身について考える機会も滅多になかった。しかし今は、比較的自由な時間ができて、自然と自分への思考に身を沈めている。
ようやく答えが出そうだ。そんな予感がした。
ヒガナ、ソニア、マリィの三人も、それぞれの生活に戻っていった。
三人はリゼルグ事件やスタジアムの観戦で一緒になる機会が多かったためか、自然と距離が縮まり、いつの間にかスマホロトムのメッセージアプリで三人だけのグループを作ってやり取りをするほどの仲になっていた。
ヒガナはキバナとレックウザの絆を見届けたことで、自身の役目は終わったと考え、ホウエン地方へと帰郷した。もちろん帰りは安全な一般の飛行機便を選んだ。快適な空の旅のありがたさを噛み締めながら、ヒガナは流星の民の集落へと戻り、長老にリゼルグ事件の顛末を報告した。
そして、しばらく羽を伸ばした後、ヒガナは次の目的地へと旅立つことに決めた。アプリでソニアとマリィの二人に通話して知らせる。
「ボーマンダによく似たポケモンがパルデア地方で目撃されたってニュースを見てね。私も一目見てみたいと思うんだよ。何でも、未来から来たポケモンって噂らしい」
「えー、何それオカルトじゃないの?」
「宇宙から来たポケモンとかもおるし、そげなおったっちゃおかしゅうなかね」
「宇宙と未来は全然違うでしょお」
「でもヒガナはもう決めとうようっちゃけど」
「行きたいから行く。見てみたいから探す。それだけだよ。気の向くままにね」
「はは、期待しないで待ってる」
ソニアは引き続き、祖母であるマグノリア博士の手伝いをしながら、自分の研究も進めているようだ。マグノリアの専門は主にポケモンの生態学だが、ソニアの関心はガラル地方の伝承、つまり考古学の領域だ。加えてダイマックスや隕石の研究には化学や物理、天文学も関わってくる。複数の学問を横断した幅広い知識が必要となるため、勉強にも時間を取られているようだ。
「大学にいた頃より真面目に勉強してるかも……」
「私は想像しただけでも御免だね、そういうじっと座って集中するようなのは」
「でもヒガナもホウエン地方の伝承を継承する一族なんでしょ? 似たようなものじゃない」
「うちのはあくまで民間伝承だからね。別に専門的なものでもないし、気楽なもんだよ」
「それはそれで、しっかり学術的に研究する価値はあると思うけどなあ。ダイゴさんにでも頼んでみようか?」
「それだけはやめてほしいな……」
マリィのほうは、スパイクタウンのジムリーダーの業務を続けながら、兄のネズと共に、リゼルグのような地下組織が他にも悪事を企てていないか、調査を進めていた。二人を慕うエール団なる仲間たちの尽力もあって、いくつかの組織は摘発し、解散させることができたらしい。
「まあリゼルグみたいにテロまでやろうとしとうようなところはさすがになくて、ほとんどは単なるチンピラやったけどね」
「お手柄だねえ、マリィちゃん」
「だから『ちゃん』はやめてって言いよろう」
「何にしても、みんな元気にやっているようで安心したよ」ヒガナが言う。「そういえば、キバナとダンデはどうしてるんだい?」
「さあ……、あれ以来連絡も取ってないし。報道は落ち着いてきたから、キバナ君はジムに戻って、ダンデ君もまた公式戦に出てるみたいだけど」
「ダンデは相変わらず強うて負けなしやって」
「へえー、じゃあやっぱキバナって凄かったんだ」
「凄いなんてもんじゃないよ。ダンデ君に勝つなんて、それだけでヒーローみたいなものなんだから」
「えっと、つまり今はキバナが新しいチャンピオンってこと?」
「ヒガナは何も知らんっちゃね」
「おっと、反撃だ」
「まあまあ。この辺のシステムってガラルの人でもわかりにくいから……」ソニアが宥める。「ダンデ君は今は暫定チャンピオンって形だから、勝ってもチャンピオンの座を奪えるわけじゃない。それにあの試合は公式戦にはカウントされないエキシビションマッチだったしね」
「じゃあキバナは別に何も得してないんだ?」
「ううん、賞金は出てるはずだし、他にも多分、スポンサーが増えたり、今後上位トレーナーとの試合を優先的にマッチングしてもらえたり、いろいろ優遇措置はあると思うけど……」
「あーあー、いいよそういうのは、めんどくさい」
「それにキバナもそういうのには興味なかろうもん」
「だね。ダンデ君に勝てたことそのものに価値があると思う」
「そりゃそうか。うん。彼ならそうだろうね」
「キバナ君の夢だったから」
「夢か……」ヒガナは呟いた。「じゃあこれからの彼の夢って何なんだろう?」