キバナVSダンデ ―龍と空の王者―   作:スイカバー

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「んで? チャンピオンさんたちのランデヴーポイントっていうのは、この辺でいいのかい?」ヒガナは気怠そうに訊いた。

「ああ、どのみち待ち合わせ場所はこの方向だ」ダイゴはヒガナが来た方向と反対側の出口を指し示して答えた。「結果的に、この公園を通ることになっていた」

「なるほど? だから自分は悪くありませんってか?」

「別に僕は悪いことはしていない。むしろ人助けをしたんだ。誇らしいことだ」

「あっそう」ヒガナは興味なさげにあしらう。

 

 二人は公園の出口へと向かって歩き出した。

 

「ノブレス・オブリージュという言葉を知っているかい?」ダイゴが訊いた。

「のぶ……、何だって?」

「持てる者には相応の義務が伴うということさ。困っている人を見て見ぬふりはできない」

「はいはい、そういうところが気障ったらしいんだよねえ」ヒガナはわざとらしく溜息をつく。「でもまあ、そのおかげで坊ちゃんを見つけられたとも言える」

「どういうことだ?」

「公園の周りの人たちが噂してたんだよ。倒れた木をどかしてポケモンを助けたかっこいい男の人がいたって。それで坊ちゃんがここにいるってわかったわけさ」

「なるほどね。確かに僕ほどかっこいい男はそうはいない」ダイゴは真顔で言った。

「そこはどうでもいい」

 

 どうもこの男といると調子が狂う、とヒガナは思った。会話のノリが微妙に噛み合わない。元々道化は自分の役割のはずだが、この男の天然な振る舞いを前にすると、どうしても後手後手になる。相性悪し。本来はこんなふうに手を組むような間柄ではないはずだ。因縁もそれなりにある。

 だが、今回は事態が事態だ。ババ様直々のご指名とあらば、断れるはずもない。

 

「行こう、もっとイケメンなチャンピオンさんが首を長くしてお待ちかねだからね」

「そう来たか」

 

 ダイゴは苦笑して、歩き出したヒガナの後を追った。

 ダイゴとヒガナは故郷のホウエン地方を離れ、遠路はるばるガラル地方のシュートシティへと訪れていた。ガラル最北端に位置するシュートシティは、ガラル屈指の大都市であり、昔ながらの街並みを臨みつつも、大企業マクロコスモスが本拠とするビジネス街もあり、モノレールなど最先端のインフラも整っている。

 

 何より、ガラル地方最大の祭典とも言える、最強のポケモントレーナーを決めるチャンピオンカップの開催地でもある。モノレールに乗っていると嫌でも目に入るシュートスタジアムが、この街最大の目玉だ。

 

 そして、ダイゴとヒガナが今から会おうとしているのが、そのシュートスタジアムの代名詞とも言える男、ダンデだった。

 

 公園からしばらく歩いたところにシュートスタジアムはあった。どれほど方向音痴な人間でも道に迷うことはないだろう。周囲のあらゆる場所にスタジアムへ案内する標識が立ち並んでいたし、そこへ向かう人通りも多い。それに、そもそもスタジアム自体があまりにも巨大で目立つ建物だからだ。

 

 濃いピンク色で半球状のその建物は、数万人、下手したら数十万人規模の観客を収容できるほどのキャパシティがある。それだけバトルフィールドも広いのだろう。ホウエン地方でチャンピオンを務めるダイゴですら、こんな大舞台でバトルをしたことはない。

 

 ガラル地方における興行としてのポケモンバトルの重要性を感じると共に、そのバトルの最前線で無敗を記録し続けてきたダンデという男にも興味が湧いていた。今回は例の一件について情報共有をするというのが表向きの来訪理由ではあったが、実のところ、同じチャンピオンとして、一度彼にお目にかかりたいというのが、ダイゴの偽らざる本心だった。

 

 ダイゴとヒガナはシュートスタジアムの中に入り、受付でダンデにアポイントメントがあると告げた。係員はすぐに頷き、二人をスタジアムの控室へと案内する。通された部屋には、トレーナーや係員が何人かいたが、二人にはすぐにわかった。見るからに存在感の違う男が、部屋の奥、背の高い椅子に座っていた。

 

 仮に彼の顔を知らない者がいたとしても、一目でただ者ではないと悟るだろう。青紫の長髪に、色黒で彫りの深い精悍な顔立ち、鍛え上げた筋肉を誇示するような、体型にフィットする黒いシャツ。胸元には青い剣があしらわれている。いつもパフォーマンスの際に身に着けているマントは、今は脱いでいるようだが、それでも王者としての貫禄は充分だ。

 

「やあ、チャンピオンにわざわざご足労いただいて申し訳ない。今日は朝から試合にインタヴューと忙しかったものでね」

 

ダンデは椅子から立ち上がり、入ってきた二人に快活なよく通るテノールヴォイスで話しかけた。

 

「いえ、お会いできて光栄です。ダンデさん」ダイゴは軽く会釈する。

「『さん』はやめてくれ。地方は違えど、お互い同じような立場なんだから、序列はなしだ。そうだろ、ダイゴ」ダンデは右手を前に差し出して、微笑んだ。

「そうだね。会えて嬉しいよ、ダンデ」

 

そう言って、ダイゴとダンデは握手を交わした。優れたトレーナーは一目見ただけで相手の力量がわかると言う者もいるが、それは本当だなとダイゴは思った。これは確かに王者の目だ。

 

「さて、本日わざわざチャンピオンさんに拝謁願った理由なんですけどぉ……」

 

ヒガナはわざとらしく間を割って、本題に入ろうとした。

 

「まあ、元チャンピオンだけどな、正確には」ダンデは苦笑いする。

「元?」ヒガナは目を丸くした。

「なんだ、知らなかったのかい?」ダイゴはヒガナに訊く。

「あいにく、田舎者は世情に疎いもので」ヒガナは悪びれもせず、顔を逸らした。

「まあそんなことはどうでもいいんだ。とにかく座ってくれ」

 

 三人は部屋の隅にある休憩用のソファに腰を下ろした。ダイゴとヒガナが隣同士で、ダンデと対面する形だ。ダンデは「チャンピオンと内密の話がある」と言って、他の選手たちを部屋から追い出した。

 

「話は聞いてるよ。ガラルのモンがあんたたちに迷惑をかけたってことらしいが……」ダンデが話を切り出した。「すまないな」

「いや、ダンデのせいじゃない。事はもっとややこしいんだ」ダイゴが答える。

「確かローズ委員長の系列会社がどうこうって話だったか……?」

「ああ、マクロコスモス絡みだ」

 

 ダイゴは改めて今回の経緯をダンデに話した。

 このシュートシティに本社を置く「マクロコスモス」は、ガラル地方を代表する大企業であり、ローズという男がその社長を務めていた。彼はチャンピオンカップを主催するポケモンリーグのスポンサーであり、その委員長でもあるため、ダンデは彼を「ローズ委員長」と呼んでいる。もっとも、彼も訳あって、今は「元委員長」なのだが。

 

 マクロコスモスは交通業、建設業、金融業、エネルギー産業など多岐にわたって事業を展開するコングロマリット(複合企業)であり、ガラル地方の経済とインフラはマクロコスモス無しでは成り立たないと言われるほど、重要な立ち位置を占めていた。

 

 関連企業や研究所も数多く有しており、特にローズはこれからの時代の技術革新のため、工学関連の基礎研究に力を入れていた。

 

「で、何て言ったっけか。マクロコスモスの系列の何とかかんとかって研究所の研究員が問題を起こしたって話だったよな」

 

 ダンデがうろ覚えで話す。ダイゴは頷いて、話を補足していく。

 

「そう、ベイル先端生命工学研究所のエゴノキという研究員だ」

「舌を噛みそうな名前だな」

 

 「ベイル先端生命工学研究所」はそんなローズの思想によって作られた、マクロコスモス傘下の研究機関のひとつだった。ポケモンの遺伝子や細胞の基礎研究を行う研究所である。今は閉鎖されているが、元々はこのシュートシティに居を構えていたらしい。

 

その「ベイル」の元研究員である「エゴノキ」という男が、ダイゴとヒガナが今行方を追っている人物だ。エゴノキはホウエン地方でとある騒動を起こした後、再びガラルに戻ってきた公算が高い。この男を探しに、二人ははるばるガラルまでやってきたというわけだった。

 

「……悪いが、見たことも聞いたこともないな、そんな男は」

 

 ダンデはエゴノキという男の写真を見て言った。写真はダイゴが持ってきた、スマホロトムより一回り大きいタブレットロトムの端末を、テーブルに置いて見ている。

 

「ああ、多分ダンデとは縁のない男だろう」ダイゴが言う。「だから今日こうして君に会ったのも、君に直接何かを依頼するというよりは、僕とヒガナがこれからこのガラルでいろいろ捜査をしていくにあたって、事前に面通しというか、筋を通しておきたいという意味合いが強い」

「なるほどな」ダンデが首肯する。

 

 どうやらこの一件は、ホウエンのチャンピオンであるダイゴが直々に出向いて調査しなければならないほどの大事だが、警察が介入できるほどわかりやすい事件というわけでもないらしい。ただの犯罪なら警察に任せておけばいいからだ。何か複雑な事情があると見える。

 

ベイルなる研究所は、かつてこのシュートシティにあったということだから、それについて調査するということは、すなわちダンデという(暫定)チャンピオンのお膝元に、他の地方のチャンピオンが土足で踏み入るという構図になる。確かに、それならば事前に話を通しておくのが筋というものだろう。

 

 そういう面倒な人間関係にはこだわりのないダンデではあったが、ダイゴの言うことはもっともであり、すぐに話を理解した。

 

「わかった。もう少し詳しい話は聞かせてもらうが、あんたらがこっちで調査するのは一向に構わない。委員長にも協力してもらえるよう言付けしておこう。まああの人も今はあんな状態だから、できることも限られているだろうけどな」

「助かるよ。ローズさんの力も借りたかったが、それも僕が直接お願いするより、君経由の方が話が早いと思ってね」

「胡散臭い人ではあるが、多少は改心してるはずだ」ダンデは苦笑する。「純粋過ぎるだけで、根はいい人だからな。まああの人がダメなら、マクロコスモス本社を頼ればいいさ」

「噂は聞いているよ。そして彼が起こした例の出来事も、今回の件に少し関わっている」ダイゴは慎重に言った。

「例の出来事って……、こないだの『ブラックナイト』のことか?」ダンデが訊いた。

 ダイゴは頷く。

「ブラックナイトはホウエンでもニュースになるほどの大事件だったからね。いろいろ調べさせてもらったよ」

 

 「ブラックナイト」とは、このガラル地方で数か月ほど前に起こった大災害のことだ。ダイマックス現象の源であるガラル粒子というエネルギーが引き起こした災害で、ガラル地方全体を取り巻くガラル粒子が暴走し、ガラル各地で大きな黒い渦を発生させ、ポケモンを巨大化させて暴れ回らせた。

 

 その一連の災害は人為的なものであり、その首謀者が何を隠そう、ローズだったのだ。大企業マクロコスモス社長という立場の人間が引き起こした、ある種のテロとも言える事件は、ガラル地方のみならず、世界中を震撼させ、あらゆるメディアで連日報道されるほどだった。

 

「本来なら、ガラル全土が壊滅的な被害を受けてもおかしくないほどの規模だったそうだが……」ダイゴはタブレットロトムに記録された情報を見ながら話した。

「ああ、委員長も悪気はなかったんだがな。むしろあの人はガラルの未来を誰よりも深く案じていたはずだったんだ」ダンデは昔を懐かしむように伏し目がちに言った。

 

ローズは、かつてガラルに落ちてきた隕石の中に眠るポケモン・ムゲンダイナのエネルギーを利用しようとした。それはガラル地方の将来的なエネルギー問題を解決するためという、彼の純粋な願い故の行動だったのだが、結果的にムゲンダイナは暴走し、ムゲンダイナから溢れ出た大量のガラル粒子によって、ブラックナイトが引き起こされたのだった。

 

「ふあぁ……」ヒガナが大きなあくびをした。

「失礼だぞ」ダイゴが嗜める。

「誰かさんのせいで疲れてるんですよ、こちとらねぇ」

「大事な確認なんだ。君もちゃんと聞いておいてくれ」

「めんどくさいなあ、もう……」

 

 ダイゴはダンデのほうに向き直った。

 

「それで、ブラックナイトの話だが」

「まあ、ウチの弟とそのダチが上手くやってくれたおかげで、被害は最小限で済んだんだけどな」ダンデはしみじみと語る。「ソニアの奴も、過去の文献とか引っ張り出して、ガラルの伝説から解決のヒントを見つけてくれたりしたっけな」

「そう、ブラックナイト現象は昔にもあったと聞いている」ダイゴは真面目な顔で言った。

「はは、さすが、よく調べているな」

 

 ブラックナイトという災害は、約三千年前にも一度起きたと言われているが、そのときは二人の勇者と二匹の伝説のポケモンが鎮めたとされ、その伝承が今でもガラル各地に残っている。

 

 そして今回は、ダンデの弟であるホップという少年とその友人、そして伝説の二匹であるザシアンとザマゼンタというポケモンたちの力により、ムゲンダイナの暴走は食い止められた。

 

 その結果、ローズは災害を人為的に引き起こした罪で自首し、マクロコスモスの社長もポケモンリーグの委員長も辞任した。今は留置場で拘留され、裁判を待つ身となっている。

 実はリーグの委員長はダンデがその後任となったのだが、それでもダンデはローズのことを「委員長」と呼び続けていた。

 

「いや、確かにあれは大変な騒動だった」ダンデは顔を上げ、ダイゴの方へ向き直った。「しかし、あの一件が一体あんたらとどういう関係が……?」ダンデは困惑している。

 

 そのとき、控室のドアがノックされた。

 

「ダンデさん、そろそろ次のインタヴューの時間ですが……」

 

 ドアの外から声が聞こえる。さっき受付からここまで案内してくれた係員の声だった。

 

「ああっ、悪い。そうだった。またインタヴューだ」ダンデはソファから立ち上がって言った。「参ったな。よりによって、今日は本当に忙しいんだ」

「いや、こちらこそすまない」ダイゴも立ち上がる。「ただの顔合わせという名目でのアポだったからね。元々あまり時間を取らせるつもりはなかった」

「しかし気になるな、この話……」ダンデは続きを聞きたくて、もどかしそうに言う。

「ぜひ話したいところだが、あいにく僕らも次の予定が入っていてね。これからブラッシータウンのマグノリア博士の研究所に伺うことになっているんだ」

「ああ、博士んとこか」ダンデは指を鳴らした。「あの婆さんならオレの知り合いだ。わかった、インタヴューは速攻で片付けて、オレも後から向かうことにするよ。そこで続きを聞こう」

 

ダンデはウインクして親指を立てた。こういう仕草を自然にできるところが、チャンピオンなんだろうな、とヒガナは思った。隣のチャンピオンさんとちょっと似ている。

ダイゴはスマホロトムで地図を見ながら言う。

 

「大丈夫かい? ブラッシータウンは結構遠いようだが」

「オレを誰だと思ってる。リザードンに乗れば一瞬さ」ダンデはにこりと歯を見せた。「あんたらこそ、どうやって行くんだ?」

「僕らは、自家用ジェットで来てるから」ダイゴは当たり前のようにさらりと言った。

「じ、自家用……?」ダンデは目を見開いた。

「悪いね、お坊ちゃんなもんで」ヒガナはダイゴの腰を肘で小突きながら言う。「デボンコーポレーションって知ってる? 彼、そこの御曹司なわけ」

「だからお坊ちゃんはやめてくれって……」

 

 デボンコーポレーションはホウエン地方において、ガラルのマクロコスモスに並ぶほどの大企業だ。ダイゴはその社長の息子である。

 

「ははは。チャンピオンで大企業の御曹司って、あんたこそ最強だよ」ダンデは頭を抱えて笑った。「いやあ参ったね。あんたんとこにはいつも世話になってる。オレの使ってるボールもデボン製だ」

「我が社の製品をご贔屓いただき、ありがとうございます」ダイゴは微笑んで会釈した。

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