2.
警告音が再び、より強い音量で鳴り始めた。加えて、今度は計器盤全体が赤くなる。エマージェンシーだ。ダイゴは慌ててスマホロトムのマニュアルを開き、対処しようとする。
「また来るぞ、避けないと」ヒガナはダイゴに言う。「今のはサザンドラの『りゅうのはどう』だ」
ダイゴは操縦桿を握り、横に倒した。機体が右方向へ大きく旋回する。
再び閃光。しかし今度はヒガナの指示のおかげで避けられたようだ。
「避けているだけじゃ埒が明かない。戦わないと」ヒガナはポケットからボールを取り出し、一瞬窓を開けて、ボールのスイッチを押した。「ボーマンダ!」
ボールから出てきたボーマンダが、空中へと飛び立つ。ヒガナの相棒で、水色の体表に赤い翼を持つ、四足歩行の巨大なドラゴンポケモンだ。
「『ハイパーボイス』!」
窓越しの指示に加え、機体を取り巻く風の音もあって、聞こえにくい状況ではあるが、ヒガナとボーマンダは固い絆で結ばれている。ほとんど聞こえずとも、ボーマンダには伝わっていた。ボーマンダは相手の三匹に向かって、大声の音波で攻撃した。
しかし手応えがない。ヒガナの目が捉えたのは、黄色く透明な壁のようなものだった。
「まさか、『ワイドガード』で防がれたのか? ……マンタインの技か!」
「ワイドガード」は「ハイパーボイス」のような広範囲への攻撃を防ぐ壁を展開する技だ。
「敵も結構な手練れだな」ダイゴはそう言うと、ボールを取り出した。「僕も加勢しよう」
「いや、坊ちゃんは操縦に専念してくれ。がむしゃらでもいいからとにかく飛び回って、敵の攻撃を避けるんだ」ヒガナが制した。
「了解」
「……まさかあの無茶な操縦をこっちからお願いすることになるなんてね」ヒガナの口角が引きつった。
ボーマンダが攻撃をやめると、ワンテンポ遅れて向こうも「ワイドガード」を解除した。だが、そこにいるのはマンタインのみ。
「散開したか」
三匹で攻めてくるのだから当然だろう、とヒガナは思った。一か所にまとまっているよりは、散らばって別々の方向から攻撃したほうが、攻めとしては確実だ。だがそうなると、左半分しか見えていないヒガナには、まともな指示が出せない。日が沈み、辺りもどんどん暗くなってきている。
機体がぐらぐらと揺れた。ダイゴの雑な操縦のせいではない。機体の周りから甲高い空気音を感じる。どうやらエアームドが「エアスラッシュ」の風圧で進路を妨害しているようだ。
続いてまたも大きな衝撃。サザンドラの「りゅうのはどう」だ。
「ボーマンダ、こっちも『りゅうのはどう』で……」
ヒガナはボーマンダに指示しようとするが、視界が暗くてボーマンダも敵もまるで視認できない。まごついている間に、機体は何度も「りゅうのはどう」を喰らっていく。
「いや、いくら何でも暗すぎる」ヒガナは訝しんだ。「そうか、マンタインの『くろいきり』か」
空中一帯が真っ黒な霧に包まれ、何も見えなくなっている。そんな中、攻撃が炸裂する音と、ボーマンダの悲鳴が聞こえた。敵の攻撃がボーマンダに当たったようだ。
「ボーマンダ!」ヒガナが声を上げる。「でも何で、敵は霧の中で攻撃を当てられるんだ?」
「恐らく、暗視ゴーグルを付けているんだろう」ダイゴは計器盤を見ながら言う。「ポケモンかトレーナーのいずれか、もしくは両方が。それで的確な方向へと技が出せるんだ」
「用意周到だねえ」
「加えてこの三匹のコンビネーション。本当に強敵だ」
「分が悪すぎるね」
「今の僕らでは勝てないだろう。この機体は間もなく墜落する」
「墜落って、ちょっと……」何を無責任な、とヒガナは思う。
だが、この状況を打開する術を思いつかないのも事実だ。ヒガナは追加のポケモンを出すべきか迷ったが、仮に他に出したところで、向こうのコンビネーションに対抗するのは困難だろう。
「とはいえ、やられっぱなしも癪だし、君のボーマンダも安全に回収しておく必要がある」
ダイゴは操縦桿を握りながら、淡々と話す。しかしその言葉の奥底には何か熱いものが感じられた。
「坊ちゃん……?」ヒガナが怪訝な顔でダイゴを見つめる。
「ヒガナ、桿のコントロールを頼む。そして僕が合図したら、ボーマンダをボールに戻すんだ」
「えっ」とヒガナが声を漏らすや否や、機体は前のめりに角度を落とし、急降下を始めた。
本当に墜落してしまう。ヒガナは死を覚悟した。
ダイゴは操縦桿から手を離し、右側の窓を開けて顔を出した。ヒガナは慌てて横から桿を握る。
「こっちが下に行けば……、必然、あっちは上になるよね」ダイゴが呟く。「今だネンドール、『フラッシュ』!」
途端に、辺り一面が白い光に包まれた。「くろいきり」が一瞬にして吹き飛ぶほどの激しい光量。ヒガナはあまりの眩しさに目を閉じてしまったが、ダイゴの指示の意味を理解し、すぐに刮目した。
「そうか、あいつらは上に」
ヒガナも左の窓を開けて空を仰いだ。確かに、上方に三匹のポケモンたちが固まっている。ボーマンダも近いところにいた。ダイゴは三匹の位置をまとめるために、わざと機体を降下させたのだ。しかも、敵も光にやられて暗視ゴーグルを外し、目を擦っているようだ。
「敵が怯んだ。チャンスってわけだ」
「深追いはするな、ヒガナ。早くボーマンダをボールへ」
ヒガナは納得しかねたが、ボーマンダの安全のほうが大事だと考え、空中のボーマンダに向けてスイッチを押し、ボールへと戻した。確かにこの状況を作れなかったら、ボーマンダを戻すことはできなかっただろう。
「さあて、そろそろ限界だ」ダイゴはそう言うと、計器盤のボタンを押した。左右のドアが同時に開き、二人のシートベルトも外れた。
ヒガナが驚く間もなく、ダイゴがヒガナの身体を横から押し飛ばすと、ヒガナの全身は空中へと投げ出された。
死んだ……。ヒガナの脳裏に再びギャロップライトが駆け巡った。