「今、私たちは箱舟の外殻に、頭を半分埋めているような状態です」
衝突した本船の中での、状況報告をしていく。
「皆さんご無事でしょうか」
「多次元解釈システム、問題ありません。ただ、衝突の影響で中枢システムがダメージを受けたようです」
「エンジンはシャットダウン。再起動シーケンスも動きません……」
「メインコントロールシステムも、動作不能ですね」
「各エリアの通信システム、演算システムもボロボロだよ」
どうやら、本船は殆ど駄目になったらしい。そして息をつく暇もなく、警報がけたたましく鳴る。
「っ、サンクトゥムにいた敵!?」
「ユスティナのミメシスまで……」
「ちょっと、全方向から来てるじゃない!」
まさか、これほどまでに早いとは。もはや多次元バリアの破壊を予見し、受け入れ、準備したかのような速度。いや、アトラ・ハシースの箱舟なら、それが可能かも知れないが。
「っ、今交戦できる人は──」
「術式反転、"重星"」
「──え?」
「準備が遅いじゃないか。相手は「箱舟」、こういう状況も想定しておかないと」
「……いや、え?敵襲は……?」
「そんなもの蹴散らしたよ。雑魚に手間取っている暇はないし。それに……」
目の前には……
「……っ!!」
「シロコちゃん!?」
薄ら、悲しそうな顔を浮かべたシロコは、私の顔を見つめる。
「なんで、夏油さんまでここに来たの?そんなに、涼しい顔をして……そこにいるの?」
「私は私だ。当然のことに、意味はないよシロコ」
「……貴方は、生徒を殺し尽くしたというのに?」
その一言に、本船中の生徒が反応した。
「は?」
「え?」
「どういう、ことですか?」
先生でさえ、驚きを隠せない。当然だろう。自分たちは生きているというのに、この不審な協力者が自分たちを殺し尽くしたなどと、他でもない「砂狼シロコ」がそう言ったのだから。
「……闇よりいでて闇より黒く、その汚れを禊ぎ祓え」
「!」
「この、黒い膜は……?」
「この結界は、外側からの侵入を拒む。内側からは出れるけど……話が聞きたいなら、ここに残ることだ」
「……」
全員、動く様子はない。
「ま、そうだよね。それじゃ話すよ。そもそも、私とそこにいる「砂狼シロコ」がどのような存在なのか」
・・・・・
話を、終えた。とてもとても長くて、辛くて、虚しくて、意味のない話だ。終えたことをこれ以上話しても、意味がないからだ。
「……さて。生徒諸君」
「……」
「君達は私の出自という霧を晴らした。出自、やってきたことの愚かさを憐れむか?別世界の自分を殺されたことに激昂するか?はたまた恐怖に怯えるか?」
誰も、答える様子はない。1人として、音を吐くことはない。聞こえるのは、息とつばを飲み込む音だけ。声は、ない。
「……シロコ」
「……」
「私は君に言った。「生まれたことは罪ではない。生きることは罰ではない」と。君達を殺し尽くした私が言うのもなんだけどね。……もしも私がいなかったら、シロコが私の役割を担っていただろう。いや、今も担っていることに変わりはないんだ。私が、それを無理やり横取りしているだけ」
「……げとう、さん」
掠れた声だ。
「なんで……なんで、みんなをころしたの……?」
酷く震えた声だ。もう、殆ど音になっていないシロコの声。それを補うように、ひとつ、感情が漏れた。
「なんで……なん、でぇ……!ホシノ先輩も、ノノミも先生も、ユメさんも、アビドスもトリニティもみんなみんな……っ、なんで、殺したの……!!」
生徒の感情を、津波のように突き動かす慟哭だ。
「……君は、アビドスの皆を、先生を、キヴォトスを殺したくはなかっただろう?……死の神アヌビス、君がさせられようとしていた役割を、私が代わりに背負っただけだよ。……ほんとうに、勝手なことだ。「無名の司祭」からすれば、無意味で、そこには同じ”滅び”の結果しかなくて、とても理解の及ばないことだった。……でもね。私は君に、”殺し”だけはさせたくなかった。それだけなんだよ。先生も、実は私が殺したも同然でね。事故を装って、呪術で殺そうとした。……半端だった結果が、プレナパテスさ」
「……うう」
シロコの背中に、対策委員会の手が伸ばされる。ホシノが、その背中を抱きしめた。
「……夏油ちゃん」
「なんだい、ホシノ」
「……別世界のシロコちゃんとはいえ、シロコちゃんはシロコちゃんだよ。……女の子は泣かせたら怖いって、知らないの?」
「……疾うの昔に、忘れてしまったよ」
「……そっか。……ねえ、夏油ちゃん」
「……」
「全部が終わったらちゃんと、謝ってね。ここに居る皆と、シロコちゃんと、先生に」
……ああ。
「勿論」
「ふふ、約束ね?ユメ先輩のこと、これでも私は怒ってるよ。……ねえ、シロコちゃん」
「……な、に?」
「私たちと一緒に、箱舟壊そうよ」
……はい?