「よう、夏油さん。今日も受けに来たぞ、講義」
「ひと月ぶりね、夏油先生。しばらく受けられなかったけど、今日は時間を取れたわ」
「やあ、ネル、リオ。調子はどうだい?」
「絶好調」
「右に同じく」
ミレニアム自治区某所。
「で、今日は何教えてくれんだ?一週間前は確か……」
「拡張術式で、最後にさらっと縛りを教えたね。今日は縛りを中心にやっていこうか」
「おう」
「ええ」
生徒は、基本的に自治区1つにつき1人。それも、かなりの強さを誇る生徒か生徒会長にしか教えられない。
「縛りというのは、呪術的な契約の一種だ。『〇〇をする代わりに、✕✕を差し出せ』というような感じでね」
「……それ、契約以外で意味あんのか?」
「あるさ。これを応用したのが”術式の開示”。自ら手の内を教えるという縛りで、術式効果や威力なんかを底上げできる」
「対策されそうだけれど……まあ、夏油先生ほどの実力者なら意味もないわね」
「そうだね。開示しても問題のない術式や相手……開示に制限を設けることでミスリードを誘うのも手だ」
「そりゃあ……厄介だな」
「呪術師は嘘ついてナンボだからね」
「嫌な詐欺師ね」
2人のIQ……特にネルは戦闘に関しては天才のそれだ。「1000年の積み重ね」という、秀才のできる限度を体現した私では叶わないところもある。だから、面白い。
「そして、結界術……帳にもこれを適用できる。『特定の個人の出入りを禁ずる代わりに、それ以外は自由に出入りできる』というものだ」
「便利そうね、縛り」
「実際便利ではあるさ。といっても、私は古来の”契約”程度にしか使っていなかったけど」
「そうなのか?」
「私は上澄みも上澄みさ。そも、術式自体が開示をしても意味がないし。術式の開示が必要ないくらいの実力差なら、逆に開示しないほうがいい」
「IQの差で会話が成り立たなくなることに近いのかしら?」
「それでもいいかもしれないね」
・・・・・
「……ん?」
ああ、夢か。眠っていたのは……音と体温から推測するに、50秒ほど落下したかな。あと1分と少しで着地……いや、墜落する。
「上手いことやり過ごそうか。A.R.O.N.A、バッテリーは大丈夫かい?」
『はい。箱舟の素材である程度の修復が出来ました。万全ではありませんが、箱の役割は全うできるかと』
「助かるよ。……先生のところに行かなくて、良かったのかい?」
『それは、今いるこの世界に於いての先生、ということでしょうか?』
「そうだね。……シッテムの箱があるんだ、彼について行っても良かっただろう。どうせ、この箱も壊れかけだったしね。……何故、私についてきた?」
『そうですね』
『一度でも、契約をしてくれた主だから、でしょうか』
「……そうか」
『先生、そろそろ──』
「先生は似合わない。夏油と呼んでくれ」
『……はい、夏油さん。そろそろ墜落します。術式を行使してください』
「了解」
轟音が響く数秒前、空間がふわりと浮いた。
・・・・・
「……無事、着陸できたね」
『お疲れ様です』
「ああ。……これからどうしたものか」
『まずは、事の顛末を話しましょうか。先生たちの所に行きましょう』
「オッケー」
夜明けの、母のような光が、1つの円やかな影を作る。
その影の主は、とても穏やかな顔をしていた。
キヴォトスの上空75,000mから落下したとき、地面に追突するまでにかかる時間が約123.6秒らしいです。先生2分も耐えきれたのなんでなの?