TS稲荷神は働きたくない!   作:概ね右翼

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バレンタインの存在をすっかり忘れてしまって、急拵えした話です。


犬科でも食べられるチョコはある

 ソワソワ ソワソワ

 

 やあやあやあやあ皆の者。私だ。しらこだ。

 

 先ほどから稔くんがソワソワしていて実に鬱陶しい。

 いや、もう本当に落ち着きがない。

 椅子に座っては立ち、立っては窓を見て、窓を見てはスマホを確認し、スマホを確認してはため息をつく。

 

 なんだその挙動不審な小動物は。

 人間をやめてハムスターにでも転職するつもりか。

 

 しかし、それも仕方ないことなのかもしれない。

 

 なんと言っても本日は、全国の男子が待ちに待ったイベント。

 そう──バレンタインデー。

 

 浮き足だったリア充どもしか得をしない、実に限定的で偏った社会制度だと思われるが、今日という日を境にリア充へと進化する者も少なくない。

 進化条件が「チョコ一つ」というのは実にコスパが良い。

 

 ……理不尽だ。

 

 まあ、私から言わせれば、バレンタインにソワソワする男はみっともない。

 男であるならドーンと待ち構えるものだ。

 

 生前の私もそうだった。

 

 ………………

 

 ………………

 

 ああ、そうだよ。

 期待しても無駄だったからだよ。

 

 察してくれ。

 

 まぁ結局何が言いたいかって? 

 そりゃ決まってるだろ。

 

 リア充、爆発しろ。

 

 そう考えたら、やる気が出てきた。

 うむ、良い。怒りは原動力だ。

 

 そうだな、稔くんのために作ってやるか。

 

 起爆札。

 

 はぁ。

 冗談はさておき。

 

 しかし、さっきからソワソワし続ける稔くんがどうしても目障りでね。

 漫画を読んでいても集中できない。

 

 これは私も一肌脱ぐべきかな。

 

「稔くん」

 

「な、ななな何かな!?」

 

 こんな時の対処法など決まっている。

 

「出かけるぞ」

 

「う、うん!」

 

 女性店員がいる店でチョコを買えば、擬似的に女性からチョコを貰えるのだ! (しらこの秘技その14)

 

 ——————

 

「よーし。私は準備できたぞ」

 

「……何、その格好」

 

 おや、そういえば稔くんには私の外出着を見せるのは初めてだったか。

 確かに買い物に行くのは稔くんたちが学校に行っている時だからな。

 

 頭には三度笠。

 背中には大きめのリュック。

 サングラス。

 

 三度笠は耳を隠すのには言わずもがな。

 このリュックには細工が施されていて、背面に穴が空いている。そこに尻尾を通して中に隠すという、我ながら天才的な発想だ。まぁ、あとはサングラスとか。日によるが、日光は三度笠があってもキツイ。

 

「いや、しらこって人になれるじゃん」

 

「稔くん。私は神使として未熟でな。完全な人型になるには絶え間ない努力が必須で、私も日々修行中なんだ」

 

「ずっと漫画を読むのが修行?」

 

「…………インスピレーションが大事なんだ」

 

 そんなことはどうでもいい。

 

 目指すは隣町のショッピングモール! (関係ないけどデパートとショッピングモールって何が違うんだ?)

 

 そこには富! 名声! 力! この世の全てが集結する実質的なワ○ピース! 

 もちろん可愛い店員がいることはすでにリサーチ済み。これが居候の底力。

 

「さぁ! 出発だ稔くん! いざイ○ンへ!」

 

「お、おお!」

 

 ——————

 

 我々は電車を乗り継ぎ、イ○ンに到着した。

 

 うーむ、実に周囲はバレンタインに毒された装飾といった感じだ。

 天井からはそれっぽい色の風船が吊られ、あたりにはそれっぽいカラーリングの飾りが施されている。

 

 実に、それっぽい。

 

 しっかし──

 

「人が多いな」

 

「そりゃバレンタインなんだから、カップルの客が多いに決まってるじゃん」

 

 なるほど、言われてみればその通りだ。

 周囲を見渡せば、肩を寄せ合う男女、手をつなぐ男女、妙に距離の近い男女。

 ここまで露骨だと、一周回って祝福したくなる。

 

 …………少子化対策がんばれよ。

 

 流石にこの人混みでは、稔くんと逸れてしまうかもしれない。

 お互い小学生程度の背丈だ。一度逸れれば、迷子センターのお世話になる未来が見える。

 

 私は当然のように手を差し出した。

 

「ほら、稔くん。手を繋ぐぞ」

 

「え。え?」

 

「なーに呆けている。離れたら困るだろう」

 

「あ、う、うん。そ、そうだね」

 

 ぎこちなく手を握ってくる。

 

 さて、目指すはチョコ売り場だ。

 バレンタインデーともなれば、通路のワゴンなどにもチョコは置いてある。だが、あれではダメだ。

 

 やはりここまで来たからには、可愛い店員に手渡されるという儀式が必要なのだ。

 男としての矜持というやつである。

 

 さて、確かチョコ売り場は──

 

「ね、ねぇ……しらこ」

 

「ん?」

 

「あそこのお店で、休まない……?」

 

 稔くんが、やけにモジモジしながら指さしたのは喫茶店だった。

 

 今日はチョコを買ったらすぐ帰る予定だったが、別に急いでいるわけではない。

 ……そこまで緊張するものでもないだろうに。

 金銭的な心配か? 

 

「ああ、いいぞ」

 

 普通に了承しただけなのに、花が咲いたかのような笑顔を見せた。

 そんなに嬉しいものなのか。

 

 ……まぁ、分からんでもない。

 私も生前、こういう店には縁がなかった。

 連れて行ってもらえることもなければ、一人で入る度胸もなかったのだ。

 

 パフェとか、憧れるよな。分かる。

 

 移動だけでもだいぶ疲れていたし、この提案は渡りに船だ。

 

 ⸻

 

「ふぅ、疲れた……」

 

 席に座ると同時に、思わず息が漏れた。

 

 狐の姿ならまだしも、人の姿は疲労がすごい。

 ただでさえ歩幅は狭いのに、大きめのリュックというフル装備での外出である。

 

 疲労が疲れる。

 骨折が折れる。

 意味は分からないが、とにかく疲れる。

 

 メニューを眺めながら、稔くんが尋ねてきた。

 

「しらこは何食べる?」

 

「んー……私は茶だけでいい」

 

「じゃあ俺は、このサンドイッチにする」

 

「ほう。てっきり喫茶店だから、パフェでも頼むのかと思っていたが」

 

「しらこは食べたい?」

 

「うーん。出されても果物しか食べれないしな……」

 

「そう言えばしらこってキツネだったね」

 

 そのあとたわいも無い話をしながら数十分ほど休んだ。

 

 喫茶店を出たあと、我々は予定通りチョコ売り場へ向かった。

 

 ……向かったのだが。

 

「うーむ」

 

「どうしたの?」

 

「いや、見てみろ稔くん。これ結実ちゃん好きそうじゃないか?」

 

 カラフルな包装のチョコを指差す。ハート型。星型。キャラクターもの。

 いかにも小学生女子が喜びそうなやつだ。

 

「う、うん……そうだね」

 

「こんなことなら結実ちゃんも連れてくればよかったな」

 

「…………」

 

「ほら、ああいうの絶対好きだろう。帰ったら怒られるかもしれんな」

 

「…………しらこと、二人がいい」

 

「ん?」

 

 一瞬聞き取れなかった。

 

「なんか言ったか?」

 

「い、いや! なんでもない!」

 

「あー、確かに結実ちゃんがいたら絶対はぐれるな。チョコどころじゃなくなるし」

 

「……うん、そうだね」

 

 さて。

 

 私は売り場全体を見渡し、腕を組んだ。

 

「いいか稔くん。重要なのは味ではない」

 

「え?」

 

「見るべきは店員の渡し方だ」

 

「……はい?」

 

「ほら、あの人はダメだ」

 

 少し年上のお姉さん店員を指差す。

 

「丁寧に袋に入れてから渡している。これはダメだ」

 

「いいことじゃないか」

 

「いやダメだ。我々は女性からチョコを手渡しされるためにここまで来たのだ」

 

「目的がおかしくない?」

 

「だから狙い目は……あの子だ」

 

 新人らしき店員。

 少しぎこちない接客。

 控えめな雰囲気。

 

 私は静かに頷いた。

 

「実に素晴らしい」

 

「ちなみに選定理由は?」

 

「…………派手すぎなくて、日陰者に優しそう」

 

「変に美人を狙わないのが経験を感じる……」

 

「人生は戦略だ」

 

 ⸻

 

 数分後。

 

 結果として、私の目論見は外れた。

 

 新人店員は途中から先輩にフォローされ、結局──

 

 袋で丁寧に渡された。

 

「……」

 

「……」

 

 帰り道。

 

 二人の間に流れる沈黙。

 

 あー……今日は思いの外疲れたな。

 人型維持も限界だ。

 

 横を見ると、稔くんも元気がない。

 そうだよな。期待していたイベントが不発に終わったのだから。

 

 分かる。

 私も若い頃、何度同じ目に遭ったことか。

 

 仕方ない。

 

 ここは人生の先輩として、フォローしてやるべきだろう。

 

 私は袋から自分用に買ったチョコを取り出した。

 

「稔くん」

 

「え?」

 

「ほら」

 

 差し出す。

 

「チョコ、やる」

 

「え!?」

 

 おお。すごい反応速度だ。

 さっきまでの元気のなさはどこへやら。目が輝いている。

 

 うむ、やはり小学生のうちからバレンタインを嫌な日と認識してしまうのは良くない。

 こうして良い思い出を作ることが大事なのだ。

 

 それに私はチョコ食べれないからな。犬科にチョコは危険が危ない。

 

「……ありがとう、しらこ」

 

「うむ」

 

 満足げに頷く私。

 

 私は満足していた。

 

 今年のバレンタインは、ぼっち男子予備軍を一人救済した。

 これは社会貢献と言っても過言ではないだろう。

 

 だが──。

 

(しかし……)

 

 人間というものは、強欲な生き物だ。

 

 他人の幸福を願いながらも、ふとした瞬間に思ってしまう。

 

 ……叶うなら。

 

 手作りチョコでも、欲しいものだな。

 

 いや、別に特別な意味はない。

 ただのイベントとしての話だ。

 文化的興味というやつだ。

 

 うむ。

 

 決して羨ましいとかではない。

 断じて。

 

 そんなことを考えているうちに家へ到着した。

 

 玄関のドアを開けた瞬間──

 

「あ! おかえり〜!」

 

「うおっ」

 

 結実ちゃんが、待ってましたと言わんばかりに飛び出してきた。

 

 妙にニコニコしている。

 そして、なぜか背中に手を隠している。

 

「どうした結実ちゃん」

 

「んふふふふw」

 

 ……嫌な予感しかしない。

 

 だが逃げられない。

 

「はい! これあげる!」

 

 差し出されたのは、小さなラッピング袋。

 

 手作り感満載。

 シールが少し曲がっている。

 リボンがちょっと歪んでいる。

 

 つまり──

 

「いつもありがとね、お兄。しらこ!」

 

 一瞬、思考が止まった。

 

 これは。

 

 これは。

 

 これは──

 

「いやったぁ!!」

 

 気づけば叫んでいた。

 

 思わずその場でぴょんぴょん跳ねる。

 尻尾が全力でブンブン振られる。

 耳も制御不能。

 

「結実ちゃん! これ本当に手作りか!?」

 

「うん! ママと一緒に作ったの!」

 

「最高だ!!」

 

「しらこ……今日一嬉しそう……」

 

 後ろから、呆れたような稔くんの声。

 

 だが構わない。

 

「人生にはな、稔くん。努力ではどうにもならない報酬というものがある」

 

「さっきまで悟った顔してたのに……」

 

「これが社会だ」

 

 私は袋を大事そうに抱きしめた。

 

 うむ。

 

 今年のバレンタインは──

 

 大成功である。




稔くん、別にモテないわけではありません。
クラスの何人かの女子からは、ちゃんとチョコをもらっています。
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