1991年、帝洋グループが所有していた原子力潜水艦『むさし2号』がゴジラによって撃沈された。その爆発によって長い眠りから目覚めた怪獣が日本を襲撃した。
般若のごとき角と、歌舞伎役者のごとき白い長髪が特徴の怪獣はゴジラとメカキングギドラの決戦が行われてそう日が経っていない頃に東京湾に侵入し、市街地に上陸して暴れ回った。自衛隊でも対怪獣等を専門とする特生自衛隊が出動し、メーサー部隊が怪獣を攻撃した。
「ギャオオオッ!!」
怒った怪獣は口から放つ火炎等で反撃するが、特生自衛隊も長年怪獣との戦闘を熟した組織。これしきの事態には慣れたものである。怪獣は徐々に追い詰められ、やがてメーサー砲の一斉射撃を受けて絶命した。
その日、東京都心は未曾有の混乱に陥っていた。人々は避難所へ駆け込み、道路は瓦礫と車両で埋め尽くされていた。
「第3区画制圧完了。目標は完全に沈黙しました」
指揮官の報告が無線を通じて響いた。特生自衛隊の隊員たちが銃を下ろす音だけが荒廃した街に残る。
「おい……あれを見ろ」
一人の隊員が瓦礫の山を指差した。小さな影が動き始める――体長約1.5メートルの人型生物だった。頭部にはかすかな角らしき突起があり、身体は茶色の皮膚で覆われている。
「まさか……子供か?」
副司令が双眼鏡を覗き込む。
「確かに似ている。だが小型すぎる。こんなのは記録にない」
幼獣は周囲を見回し、突然悲鳴のような声を上げた。
「グワァォォオ……!」
その声には哀しみと恐怖が混ざっていた。隊員たちは顔を見合わせる。
◇ ◇ ◇
翌日の緊急閣僚会議で映像が投影された。首相は重々しく告げる。
「我々は誤った選択をしてしまったかもしれぬ。あの幼獣が最後の生き残りならば……」
防衛大臣が身を乗り出した。「科学技術庁の報告によれば、あの幼獣は知性を持つ可能性が高い」
経済再生相が手を挙げた。「これを機会と捉えるべきではないでしょうか。人類と怪獣の共存という新しい次元への第一歩として」
結局、政府は「保護施設」を設立する決定を下した。表向きは研究目的とされたが、実際は異なる思惑があった。
「名前を考えよう」
幼児言葉担当官の秋山博士が微笑んだ。
「日本の伝統的な名前はどうだろう。勇ましい名前……ダイゴロウなんてどうかな」
「ダイゴロウ?」
「強くて良い響きだろう?」
幼獣―いやダイゴロウは初めて人間に懐いてきた。そして数週間後—
「見てください!彼が学習しています!」
技術者が驚きの声をあげた。モニターにはダイゴロウが文字を書き込んでいる様子が映し出されていた。
**【パパ】【ママ】**
シンプルな二つの単語が紙の上に並んでいた。
それから数日後……
「君が斉藤か。噂通りの腕利きだそうだね」
秋山博士が握手を求めると、中肉中背の青年は少し照れたように笑った。
「よろしくお願いします。動物園での経験が役立てばいいんですが……」
斉藤誠一、30歳。かつて横浜市立動物園で10年間働いた飼育員だ。動物については様々な実績を持ち、「動物の心が読める」と言われていた男だった。
「初めまして、ダイゴロウ」
檻越しに話しかける斉藤の目は優しさに満ちていた。最初は警戒していたダイゴロウも、彼の穏やかな声に少しずつ反応し始めた。
「また食べ終わったのか?!」
助手の田中が唖然とした。今日だけで80キログラムの野菜と10キログラムの魚を平らげたダイゴロウは、さらに餌皿を差し出してきた。
斉藤は静かに言った。
「彼らの種族は成長期に大量の栄養が必要なのでしょう。私の考えでは……」
その予想は正しかった。1ヶ月後には1.8メートルに、2ヶ月後には2.5メートルに達したダイゴロウは、既に施設の限界を超えていた。
内閣府危機管理センター
「このままでは市街地への影響が避けられない」
防衛大臣が地図を指差した。「鹿児島県沖の無人島"月見島"を提案する」
外務省官僚が疑問を呈する。「国際法上の問題はないのですか?」
環境大臣が答えた。「生物多様性条約には例外規定がある。今回は『特別保護対象種』として扱えば問題ない」
首相が決定を下した。「明日から移住準備を開始する。ただし、一般には『高度研究施設への移転』とだけ公表する」
◇ ◇ ◇
月見島到着当日
「ここがお前の新しい家だよ」
斉藤が広大な放牧場を見せると、ダイゴロウは嬉しそうに飛び跳ねた。
夕暮れ時、海岸沿いで斉藤は呟いた。
「お前は幸せなのか?それとも……」
波の音だけが返事をした。
それから3年、その年は外宇宙からエクシフという宇宙人が地球に侵略を仕掛けひと悶着あったが、離島である月見島ではそんな事情とはあまり縁が無かった。ダイゴロウは体長が15mを超える程成長しており、健やかに育っていた。そんな時である。
「ダイゴロウ、今日の餌だよ」
斉藤がいつものようにダイゴロウに餌をやっていると、餌を食べていたダイゴロウがふと、海の方を見やる。そして、低い唸り声を出し始めた。
「どうしたダイゴロウ?これは……、威嚇か?」
斉藤も海の方を見ていると、体長20m程の亀の怪獣が上陸してきた。
「あれはカメーバ!」
上陸してきた怪獣の名はカメーバ。マタマタガメが巨大化したような姿をしており、いわゆる怪獣というよりは「巨大生物」といった趣がある。だが、バンカーバスターの直撃にも耐える甲羅を持つ怪獣だ。ダイゴロウはカメーバをまっすぐ見据える。
「グオオオッ!」ダイゴロウの咆哮が島中に響き渡った。砂煙を巻き上げながら駆け出す姿に、斉藤は息を呑んだ。
カメーバはゆっくりと首を伸ばし、赤い瞳でダイゴロウを睨みつけた。その巨体は月見島の小さな入り江を完全に塞ぐほどだった。
「来るぞ……!」
ダイゴロウが先制攻撃を仕掛ける。鋭い爪を振り下ろすが、カメーバの甲羅はまるで岩石のように硬質で傷一つつかない。
「ガッ……!」衝撃にダイゴロウの前足が痺れる。
カメーバは太い尾を水平に振るった。鈍い風切り音と共に巨大な鞭がダイゴロウの脇腹を直撃する。
「グハッ!」
吹き飛ばされたダイゴロウが岩壁に激突。砂塵が舞い上がる中、斉藤は叫んだ。「ダイゴロウ!しっかりしろ!」
傷つきながらも立ち上がったダイゴロウは、何かを悟ったように目を細めた。斉藤はその変化を感じ取った。
「何をするつもりだ……?」
ダイゴロウはカメーバの周りを円を描くように走り始めた。巨獣が困惑する中、速度を上げていく。
「そうか!」
斉藤は理解した。カメーバの重心が高いのだ。長時間の海上移動で体力を消耗している今なら……
「行け……ダイゴロウ!」
猛然と突進したダイゴロウが、カメーバの左前脚に全身でぶつかった。体重差は歴然としていたが、狙いは倒すことではなく……
「グルオォッ!!」
勢いのまま巨獣の腹に潜り込み、思い切り踏ん張った。カメーバがバランスを崩し、砂浜に片膝をつく。
「今だ!」
ダイゴロウが全身の筋力を総動員し、カメーバの脇腹を押し上げた。まるで重機のような力技に、巨獣の甲羅が傾斜していく。
「グオオオォッ!」
土塊を巻き上げながら、ついにカメーバが仰向けに転倒した。
「やった!」斉藤が歓声を上げる。
ひっくり返ったカメーバは必死にもがくが、自慢の甲羅が大地を押すばかりで起き上がれない。一方のダイゴロウは勝利の雄叫びを上げると、尻尾で何度も巨獣の腹を打ちつけた。
「シュゥゥ……」
敗北を悟ったカメーバが弱々しく鳴く。やがて四肢を投げ出し、諦念の表情を浮かべた。
「もういいよ、ダイゴロウ」斉藤が止めに入る。「行きなさい」
ダイゴロウが退くと、カメーバは砂を掻き分けて起き上がり、よろめきながら海へ向かっていった。その姿はどこか寂しげだった。
「よくやった……だが無理しすぎだ」
斉藤が抱きしめると、ダイゴロウは疲労困憊の様子で眼を閉じた。身体中傷だらけだが、誇り高い眼差しを失ってはいない。
その夜、斉藤は静かに語りかけた。「お前は誰よりも強いよ。だけど忘れるな……本当の敵はいつも海の向こうにあるんじゃない」
波音だけが応える月明かりの中、ダイゴロウは初めて見せる夢を見るようだった……
◇ ◇ ◇
それから更に3年、世間では2代目に数えられるゴジラがデストロイアとの戦闘の末にメルトダウンを起こして死亡し、そのエネルギーを受け継いだゴジラジュニアが新しいゴジラとなっていた。
そして、月見島でも変化が訪れていた。その頃にはダイゴロウのサイズは今は亡き母に迫る程に成長していた。しかし、
「なんですって!ダイゴロウに成長抑制剤を与える!?」
斉藤は思わず取り乱した。話はゴジラとデストロイアの死闘で大打撃を負った東京の復興に力を入れる事から始まったが、大食いのダイゴロウの餌代が嵩み、国税では賄いきれないから餌の量を減らし、更に成長抑制剤アンチ・グロウを餌に混ぜてこれ以上ダイゴロウが成長しないようにするという話になってきたのだ。
「正直に言えばダイゴロウは金食い虫なんですよ。その出費を切ればゴジラやデストロイアが破壊した東京の復興がどれだけ早まるか……」
環境衛生局から派遣されてきた役人である鈴木がそう言うが、斉藤は納得しなかった。
「ダイゴロウは被害を起こしていないんです。ただ大人しくしているだけなのに成長を止めてまで餌を減らす事は無いでしょう。それにダイゴロウは成長しても凶暴になる訳じゃないんですよ」
斉藤は過去に月見島を荒らそうとしたカメーバを撃退したダイゴロウを信じていたのだ。
「それはあくまでも結果論です。それに大食いのダイゴロウの餌を賄える程の費用は捻出出来ません。それはあなたもご存じでしょう」
鈴木の言葉に斉藤は言葉が詰まった。確かに鈴木の言う通り、ダイゴロウの餌は無償で用意している訳ではないのだ。
「とにかくダイゴロウに成長抑制剤を与えます。そしてもし暴走でもしたら……」
鈴木の眼光に殺気が混ざる。彼にとってダイゴロウはただの怪獣でしかないのだ。
「……分かりました。ダイゴロウの面倒はこれからも俺が見ます」
斉藤は渋々承諾すると、ダイゴロウのいる場所に戻って行った。その後ろ姿を冷たい視線で見る鈴木がいたのだった。
その頃本土では、小中学校の子供達を中心にダイゴロウの餌代の募金活動が行われていた。人懐っこい怪獣であるダイゴロウに同情して何とか餌代を集めようという人々もいたのだ。
「ダイゴロウに腹いっぱいご飯を!」
「戦闘機1機の予算を我慢すれば3年はダイゴロウは飢えません!」
少年少女達が道行く人々に訴えかけるが結果は芳しく無かったのだった……。
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