奮戦せよ!ダイゴロウ!   作:クォーターシェル

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第9話 ダイゴロウとモスラ

レギオンとの戦いから3年、月見島ではダイゴロウが昼寝をしていた。

 

「今日も寝てるなー……」

 

吉井が呆れたように呟くが、斉藤が

 

「いや、ダイゴロウは去年はとても頑張ってくれたからな。これくらいの休暇は良いだろう」

 

と言う。去年に何があったかと言うと、世界中でギャオスの強化体、通称ギャオス・ハイパーが大量発生し地球防衛軍や自衛隊、人類に友好的な怪獣達が総出で退治すべく迎え撃ったのだ。

 

ダイゴロウもギャオス・ハイパーの討滅に参加していた。ダイゴロウはジュニアやガメラ達と協力して、ギャオス・ハイパーを千切っては投げ千切っては投げといった風に撃破していき、人類の存亡を賭けた戦いの結果、ギャオス・ハイパーは絶滅が確認されたのだった。

 

その代償として地球の各地に多大な損害が出たが幸いと言っては何だが怪獣保護条約に所属している怪獣達に犠牲者は出なかった。

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

月見島の浜辺で横たわるダイゴロウの体が微かに痙攣した。閉じた瞼の奥で眼球が左右に揺れる。鼻腔が僅かに膨らみ、潮の匂いの中に混じる異臭を嗅ぎ取っていた。

 

「ん?」斉藤が首を傾げる。「どうしたんだダイゴロウ……」

 

突然ダイゴロウが跳ね起きた。全身の鱗が逆立ち、喉から低い唸り声が漏れる。そのままダイゴロウは海へ向かい、岸壁から跳躍した。

 

「おいダイゴロウ! どこへ行く気だ!」吉井が慌ててモニターを確認する。「本土方面に向かってる……」

 

斉藤は眉間に皺を寄せた。「また何か来るのか……」

 

夜の日本海を泳ぐダイゴロウの背後で満月が水平線を舐めていた。その頃、自衛隊は日本海で漁船が巨大生物に沈められた報告を受けてその調査をしていた。そんな中能登半島に怪獣が上陸した。

 

深夜の金沢市内が突如として停電に陥った。暗闇を引き裂く轟音と共にビルが崩れ落ちる。避難所に向かう市民の耳に獣の咆哮が響いた。

 

「ゲェェーッ!」

 

街灯を倒しながら現れた巨影。全身が長い毛で覆われた獣型怪獣──能登に新たな脅威「ゲハラ」が降臨した。鋭い眼光が闇を穿ち、獲物を探す舌が蠢く。

 

「皆逃げて! 東へ避難してください!」消防士の怒声が轟く。しかし人々は足をもつれさせた。恐怖に麻痺した市民一人が転倒する。

 

「ゲハッ!」

 

ゲハラが狙いを定めた瞬間、茶褐色の閃光が降ってきた。

 

「ゴアアアッ!」

 

ダイゴロウが屋上に着地。赤熱した拳がビルのコンクリートを焦がす。市民の前に立ちはだかり、ゲハラと対峙する。

 

「あの怪獣……!」

「ダイゴロウだ!」

 

歓声が上がる中、斉藤と吉井がヘリで現場に到着。サーマルカメラが戦闘態勢に入ったダイゴロウの体温上昇を捉える。

 

「やはり来ていたか!」斉藤がヘッドセットを強く握る。「データ照合! 毛の中に微弱な電位差を検知……まさか放電能力!?」

 

「ゴルル……」ダイゴロウが低く唸る。戦闘本能が警鐘を鳴らす。見たことのないタイプの怪獣だ。

 

ゲハラが両腕を大きく広げた。全身の毛が逆立ち青白い火花を散らす。

 

「!」

 

次の瞬間、空を切って"何か"が飛来した。まるで蜘蛛の糸のように粘着質で帯電した毛がダイゴロウの腕に絡みつく。

 

「グアァッ!」

 

鋭い痺れが神経を駆け巡る。思わず拳を引くと毛が伸びる。まるで意志を持つかのように巻き付いてきた。

 

「電撃糸だ!」吉井が叫ぶ。「粘着性と導電性を兼ね備えてる!」

 

ダイゴロウは全力で振りほどこうとするが、ゲハラが飛びかかってきた。尖った牙が迫る!

 

「ガァアッ!」

 

火焔結節を発動。拳から迸る閃光が毛を焼き切る。しかし解除直後──

 

「ゲハッ!」

 

ゲハラの頭突きが腹に突き刺さった。激痛に蹲るダイゴロウ。視界が白濁する。

 

「まずい!」斉藤が拳を握りしめる。「奴の毛は単なる拘束具じゃない……神経毒を含んでる!」

 

ダイゴロウは吐血しながらも立ち上がる。足元がふらつく。毛による毒が神経系を侵食していた。

 

「グルル……」呼吸が荒い。目の焦点が合わない。

 

ゲハラが勝利を確信し、天を仰ぐ。その喉奥で貯め込んだ電気がバリバリと音を立てる。

 

「メーサー車隊現着! 射撃開始!」

夜空を引き裂くサイレンと共に特生自衛隊のメーサー車列が展開する。トラック型車両から突き出た銃身が青白い光軸をゲハラに照射した。

 

パチッ……ビシィィッ!

 

熱線が毛を焼き尽くす。焼けた繊維が空中で炭化して舞い散った。

 

「ゲハッ!?」

ゲハラが後ずさる。貴重な武器が灰になっていく。

 

ダイゴロウも隙を突いて猛反撃に出る。

「ゴアアッ!」

 

両腕を大きく広げた火炎放射! 咆哮と共に放射される炎がゲハラの毛に燃え移る。

 

「ゲヒャアッ!」

 

悲鳴を上げて暴れるゲハラ。全身の毛が激しく燃え上がり青白い炎の塊となった。しかし──

 

「止まれ! 毒性粒子が拡散してる!」

 

斉藤の警告も虚しく、燃える毛が爆風で四方に飛び散った。毛は地面に落ちてもなお微弱な電流を保ちながら蠢いている。

 

「こいつ……!」吉井が双眼鏡を握りしめる。「毛そのものが増殖してる!」

 

火に炙られた断片が地面に根付き、新たな毛が生え始めている。それは既に単なる体毛ではなく独立した捕食器官となっていた。

 

「ゲハァ……」

 

全身の大火傷を負いながらもゲハラが立ち上がる。口角から涎を垂らし、爛れた皮膚の下で青筋が脈打つ。

 

地面に広がる分身の毛が急速に増殖し、波のように押し寄せる。ダイゴロウの足元へ絡みつく瞬間――

 

「グルルル……!」

 

突然ダイゴロウの体が発光した。熱量が急上昇し、全身の皮膚が赤熱化。まるで溶岩の塊のように赤く輝き始める。

 

「熱感知センサーが振り切れる!」吉井が悲鳴を上げる。「表面温度6000度オーバー……!」

 

ボッ!

 

回転が始まった。腕を広げ、独楽のように高速回転。赤い光輪が街に浮かび上がる。触れれば燃え尽きる灼熱の刃となったダイゴロウが毛の海へ突進する。

 

「ゲハッ!?」

 

ゲハラが驚愕の叫びを上げる中、毛が次々と焼き切れていく。切断面から黒煙が立ち上り、分身たちは触れる前に炭化して崩れた。

 

「すごい……!」斉藤が息を飲む。「かつてないレベルの火焔結節だ!」

 

「おそらく原理は熱膨張を利用した物理的剪断だ」

 

斉藤は専門用語を呟きながらも興奮を隠せない。

 

「燃焼ではなく純粋な熱で毛組織の結合を断ち切っている。水分子を一瞬で蒸発させることで刃を形成……沖縄での修業で習得した技術だ!」

 

説明する間もなく戦況は動く。回転を終えたダイゴロウが勢いを止めずに跳躍。空中で体勢を変え、右手の人差し指と中指を槍のように伸ばす。

 

「ゴオォォ!」

 

灼熱の貫手が一直線に放たれた。狙いはゲハラの胸郭部。放電器官の集中部位だ。

 

「ゲアアッ!」

 

最後の抵抗として毛を前面に集め盾を作るゲハラ。しかし――

 

パチン!

 

甲高い破裂音と共に毛盾が瞬時に蒸発。貫手が無防備な胸部を貫く。

 

「……ゲ……」

 

青白い放電が内側から漏れ出し、ゲハラの眼から光が消えた。巨体が崩れ落ちる。

 

静寂が訪れた。焼けた毛の匂いが街に充満する。

 

「目標沈黙」

 

特生自衛隊の報告が流れる中、ダイゴロウはゆっくりと手を引っ込めた。指先から煙が立ち上る。

 

「よくやったな……」

斉藤がヘリから見下ろす。ダイゴロウは振り返り、小さく唸ると傷ついた体を引きずりながら歩き始めた。

 

「まだ戦いは終わっていない」

吉井が呟く。「ゲハラの毛は依然として毒性を保持している。処理班を急がせよう」

 

戦火の残り香の中、勝利の余韻よりも残務処理の現実が待っていた。

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

ゲハラを倒してから一週間後、月見島に戻ったダイゴロウはグリーンプラネットを食べていた。ゲハラ戦で予想以上に体力を使い疲労したダイゴロウは再び休息していたのだった。

 

月見島の砂浜でダイゴロウが仰向けに寝そべっている。ゲハラ戦で消耗した体力は完全に回復しつつあったが、精神的な疲労はまだ深い。目を閉じたまま鼻で深呼吸を繰り返す。

 

「順調に回復しているな」

斉藤がタブレットでバイタルチェックしながら満足げに頷く。

「ただ精神面での疲労が気になるところだ」

 

不意に島の空が淡く染まり始めた。最初は夕焼けかと思われたが――

「あれは……」

吉井が双眼鏡を覗く。視界いっぱいに広がるのは巨大な蛾の羽だった。金色に輝く鱗粉が陽光を反射し、まるで黄金の霧が流れるように空を渡ってくる。

 

「モスラだ!」

斉藤が叫ぶと同時に浜辺に突風が吹き荒れた。砂埃を巻き上げながらモスラが着陸する。翅が風圧で波を立て、海水が円弧を描いて飛び散った。

 

「グオォ?」

ダイゴロウが目を開け、のそのそと上体を起こす。モスラは翅を小刻みに震わせながら挨拶するように頭を下げた。

 

ダイゴロウは慎重に近づき、大きな指でモスラの頬をそっと撫でる。鱗粉が指に付着し淡い光を放った。モスラは気持ち良さそうに目を細め、翅を小さく畳む。ダイゴロウとモスラは去年のギャオス・ハイパーとの戦いで出会った戦友の1体である。モスラも人類の危機に現れてギャオス絶滅に協力した人類に友好的な怪獣だった。

 

「しかし、何故モスラがここに?」

 

吉井が疑問を呈す。

 

「「それは私達が答えるわ」」

 

その疑問に答えたのモスラの小さな分身、フェアリーモスラに乗ったこれまた12cm程の2人の女性だった。彼女たちの名前はモルとロラ、モスラを共生関係にある種族エリアスの末裔だった。モルが、

 

「モスラはダイゴロウに協力を求めに来たの」

 

と言いロラが、

 

「ダイゴロウは優しい怪獣だから協力してくれると思って」

 

と言う。モルが小さな手を組み合わせて説明を続ける。

 

「中国の山奥から助けを求める声が聞こえるの。でも人間の言葉じゃない……」

 

ロラがフェアリーモスラの背から飛び降り、砂浜に降り立つ。エリアス族特有の透き通るような肌が陽光で輝いた。

 

「私たちだけじゃ解決できない。ダイゴロウの力が必要なの」

 

ダイゴロウはじっとモスラの複眼を見つめる。その瞳に宿る真摯な光を見て、決断は早かった。太い尻尾が軽く地面を叩く。

 

「グルルッ」

 

同意を示す唸り声にモルが飛び上がって喜んだ。

 

「ありがとう! 行きましょう!」

 

斉藤が前に進み出る。白衣のポケットに手を突っ込んだまま鋭い視線をモスラへ向ける。

 

「科学的に見て……あの『声』とは一体?」

 

吉井が慌てて補足する。「すみません、斉藤先生はただ知的好奇心が旺盛で……」

 

ロラは「ごめんなさい、ちょっとそれを説明するのには時間が惜しいの」

モルも「代わりにダイゴロウの安全は私達が保証するわ」

 

エリアスの姉妹は言い残すと、モスラの上に乗る。モスラは4枚の羽を広げると羽ばたき、羽から鱗粉を撒き散らしながら上空へ昇って行った。

 

ダイゴロウはそれを見送ると休息は終わりかとため息を吐きながら自身も中国へ向かうのだった。

 

モスラの巨大な翅から発せられる特殊な振動波が空間を歪ませた。目に見えない膜が広がり、そこにダイゴロウが佇む。

 

「グルル?」

ダイゴロウは不安そうに首を傾げるが、モスラの複眼からは慈愛の光が注がれる。

 

「大丈夫よ」モルがエリアスの力を込めた小枝を掲げる。「空間共振を利用してエネルギー消費を最小限にするの」

 

モスラの翅が一気に震えた。空気が液体のように波打ち、ダイゴロウの巨体がまるで水中を漂うように浮き上がる。これはモスラ独自のテレキネシス能力の応用だ。物理的には直接つながっていないが、特殊なエネルギー波動でダイゴロウを「けん引」していた。

 

「さあ、行くわよ!」

フェアリーモスラに乗ったロラの掛け声と共に、一行は雲海へと消えていった。

 

3時間後―

 

「ここよ!」

モルが叫ぶ。眼下には険しい山脈が広がっていた。青蔵高原の最奥地、青海省南部の未踏峰域だ。谷間には古代の祭祀場らしき石柱群が点在している。

 

モスラが減速すると同時に、ダイゴロウは着地のために爪を立てた。地表が亀裂を走らせながらも持ちこたえる。標高5000メートル近い高地で肺が締め付けられるような薄い空気だ。

 

「グウゥ……」

 

ダイゴロウが屈んで空気を取り込む。その時だった。谷間の奥深く、苔むした岩陰に隠されたキャンプ地が見えた。簡易テントの周りに蠢く人影。ダイゴロウたちが接近する気配に気づいていない。

 

「グルル……?」

ダイゴロウが茂みから身を乗り出す。視線の先には鉄格子製の檻が置かれていた。中に閉じ込められていたのは……

 

「これが……声の主?」ロラが息を呑む。

 

そこには小さな影が丸まっていた。体長約2メートルほどの四肢動物。体表は暗褐色の皮膚に覆われ、両腕から伸びる皮膜が特徴的だ。何より目を引くのは頭部を飾る小さなツノと背中の棘のような骨質突起だった。

 

「ムササビ怪獣バランね」モスラの翅が微かに震える。「まだ成獣ではないけれど……」

 

幼獣は衰弱した様子で格子にしがみついている。首元には人工的な首輪が嵌められ、そこから微弱な電子音が漏れていた。

 

「! 発信機よ!」モルが叫ぶ。「密猟者たちが市場に売り飛ばすつもりでしょう」

 

キャンプ地から笑い声が響く。3人の男たちが酒瓶を片手に談笑していた。リーダー格らしい髭面の男が檻を蹴りながら言う。

 

「このチビは上玉だぜ。上海の蒐集家が高値で欲しがってる」

 

男が取り出した金属棒には電極が付いていた。「大人しくしとかねぇと電撃を食らわせるぞ」

 

「グオォッ!」

バランの幼獣が怯えた声を上げる。それが引き金だった。

 

「グルルル……」

 

ダイゴロウの喉から低いうなり声が漏れた。視界が真っ赤に染まる。小さな命が理不尽に弄ばれる光景は、過去の記憶を呼び覚ました—幼い自分が人間の愚行で死の淵を彷徨ったあの忌まわしい日を。

 

「グオオオッ!!」

 

大地を蹴る轟音と共に巨体が躍り出た。密猟者たちの野営地に向け、文字通り"怒りの鉄槌"となって突進する。足元で岩石が砕け飛び散った。

 

「おい!?」「なんだあのデカブツは!?」

 

酔いも覚めた密猟者たちが悲鳴を上げる。リーダー格の髭面男がライフルを構えるが遅すぎた。ダイゴロウの前脚が一閃—

 

(待って!!)

 

鋭い制止の念。振り上げた足が寸前で止まった。眼前にはモスラが立ちはだかっている。巨大な翅が風を切って広がり、燐粉が蛍のように舞った。

 

(人間を殺しても何も解決しない)モスラの複眼が柔らかく光る。(それに……)

 

鱗粉が奇妙な輝きを増した。密猟者たちの動きが鈍くなる。

 

(彼らには別の罰が必要でしょう?)

 

「なんだ……視界がぼやけて……」

 

髭面男が額を押さえる。仲間たちも膝をつき始めた。モスラの翅から放出される燐粉には催眠成分が含まれている。呼吸を通して中枢神経を侵し、意識を朦朧とさせる作用があるのだ。

 

「ロラ、檻の鍵をお願い」

 

モルが小声で指示すると、エリアスの妹が素早く動いた。フェアリーモスラに跨り、空中からバランの檻へ接近する。

 

「ギャアッ!」幼獣が怯えた声を上げるがロラは優しく微笑んだ。

「大丈夫……君を自由にしてあげる」

 

エリアスの姉妹は特別な周波数の音叉を持つ。金属製の棒を鍵穴に当てると澄んだ音が響き、南京錠が弾けるように開いた。

 

「逃げて!」ロラが叫ぶ。解放されたバランの幼獣はよろめきながらも必死に岩陰へと駆け出す。その瞳には感謝の色が浮かんでいた。

 

一方、催眠状態の密猟者たちは意識を失いかけている。モスラは翅を小刻みに震わせながら囁く。

 

(あなたたちの罪は自然そのものが裁く)

燐粉の成分が変化し始めた。通常の鎮静効果から徐々に幻覚作用へと移行する。

 

燐粉の成分が変化し始めた。通常の鎮静効果から徐々に幻覚作用へと移行する。

 

「ひぃっ!?」「化け物だ……!」

 

密猟者たちの幻覚の中で、バランの幼獣は巨大な鬼神へと変貌していた。周囲の森は牙を剥く怪物の群れに変わっている。

 

「お許しを!」「悪かった!」

 

泣き叫ぶ三人を冷たい眼差しで見下ろしながらモスラは言った。

(これが報いです)

 

モスラの翅が止まったとき、密猟者たちは正座状態で固まっていた。意識はあるが思考は曖昧だ。まるで時間が停止したかのように身動き一つしない。

 

「これでしばらくは野生生物には手出しできなくなるわ」

 

モルが小さな杖をくるくる回す。魔法陣の要領で残留催眠粒子を調整している。

 

「永久ではありませんが……十年はこんな遊びはできません」

 

ダイゴロウは満足げに鼻を鳴らした。先ほどの怒りの炎は鎮火し、胸の奥に清々しさが広がっている。初めて自らの怒りを制御できた手応えがあった。

 

「グオォ……」感謝の唸りを漏らすダイゴロウ。モスラが翅を優雅にひと振りすると燐粉が弧を描いて空へ舞い上がった。

 

「行きましょう。バランを追って」

 

ロラの合図で一同は山岳地帯の奥へと進む。背後には催眠の呪縛に囚われた密猟者たちが永遠のように長い時間を過ごすことになる。

 

鬱蒼とした針葉樹林の奥深くで、解放されたバランの幼獣が躓きながらも前進する。苔むした岩陰で突然足を止めた。震える小さな背中に翼の痕跡のような皮膜が僅かに開く。

 

「グゥ……?」幼獣が怯えた目を上げる。

 

風が梢を揺らし、太陽が遮られた。影の中から現れたのは全長20メートルを超える巨体だった。暗褐色の鱗は密生し、背中からは巨大な翼膜が両腕に続く。何より印象的なのは頭部に備わった二本のツノと両目を覆う半透明の瞼だった。

 

「キュイッ!」

成体のバランが低く喉を鳴らす。親の体温を感じた幼獣が駆け寄ると、バランは優しく嘴を擦り寄せた。その動作には確かに母性愛が宿っている。

 

「グルル……」ダイゴロウが遠巻きに見守る。足元の土が僅かに震えた。

 

突然、ダイゴロウの視界がゆらめいた。大昔の映像がフラッシュバックする―

 

(……暗い洞窟。血の匂い。震える母親の息遣い)

 

記憶の底から浮かび上がったのは忘れかけていた情景だった。巨大な卵から生まれたばかりの自分。初めて見る母の顔。しかし、場面が変わり轟音と共に母の悲痛な声が遠くから聞こえる。自分も何も分からずに瓦礫の山の上で泣き叫んでいた。やがて母の姿はなくなり、自分は独りになったのだ。その時を境に母の記憶が殆どなくなってしまったのだとダイゴロウは感じた。

 

「……」ダイゴロウの視界がぼやける。涙腺から零れた液体が顎を伝い落ちた。それは遥かな過去への懐旧か、それとも喪失の痛みか。

 

「ダイゴロウ?」

モルの柔らかな声が現実へ引き戻す。エリアスの少女が心配そうに覗き込んでいた。

 

「グオォ……」ダイゴロウは鼻を鳴らして首を振る。

 

(違う……これは僕の感情じゃない)

 

自分でも気づかぬうちに視線を地面に落としていた。だが次の瞬間、別のイメージが湧き上がる。

 

(斉藤……吉井……!)

 

研究所の窓越しに笑いかける斉藤の姿。餌を運んでくれる吉井の表情。月見島で一緒に泳いだ博士たちの楽しげな笑い声。それらが洪水のように押し寄せてくる。

 

「グオオッ!」

 

突然ダイゴロウが吠えた。空へ向かって遠吠えする様は祝福の意味合いを持っていた。

 

(そうだ……僕には今も大切な家族がいる)

母を忘れたわけではない。だが今のダイゴロウにとって最も安心できる存在は斉藤たちなのだ。母への思いと養育者への思いはどちらも大切にできる感情だと気づいた瞬間だった。

 

バランの親子は再会を祝うように互いの体を摺り寄せていた。母親のバランが子供を庇うように前進すると、岩陰の奥へと消えていく。

 

「行っちゃったわね」

ロラが残念そうに言う。

 

(でもこれでいいんです)モスラが静かに翅を広げる。(彼らは自然の一部として生きるべきですから)

 

ダイゴロウは深く頷くと、バラン親子が消えた方向へもう一度遠吠えを捧げた。

 

「グオオオーォ!!」

 

その声は山々に木霊し、遥か彼方まで届くだろう。母親への哀悼と新しい家族への感謝が交錯した響きだった。

 

「帰りましょう」

モルが小さな手を差し出す。ダイゴロウはそれを丁寧に受け取ると、モスラの翅に乗って上昇を始めた。眼下に広がる青蔵高原の緑が美しい宝石のように輝いていた。

 

「グオォ……」

ダイゴロウの声には新たな決意が滲んでいる。これからどんな試練が待ち受けていようと、月見島の"家族"を守るために戦い続けるという誓いだった。

 

その後、モスラに連れられて中国から帰還したダイゴロウを見た斉藤は、なんとなくだが、またダイゴロウが成長したと感じたという。

 

月見島の海岸に降り立ったダイゴロウの足取りにはどこか落ち着きがあった。これまで以上の責任感がその巨体に漲っている。

 

「おかえり!」

斉藤が研究棟から駆け出してきた。いつも冷静な表情が珍しく緩んでいる。

 

「どうやら良い経験を積んできたようだな」

 

ダイゴロウはゆっくりと鼻を鳴らした。中国での出来事を伝えるかのように目を細める。モスラとの冒険、バラン親子の再会、そして自身の心の変遷。全てが言葉にならないものの確かに斉藤には伝わっていた。

 

「わかるよ」

斉藤はダイゴロウの前足に手を添える。「以前よりずっと強い眼差しをしている」

 




ガメラ3の話は省略しましたが、三次創作元の特撮日本&世界VS怪獣の歴史とほぼ同じ展開になっております。イリス戦にはダイゴロウは間に合いませんでした。

駄文閲覧ありがとうございました。ご感想等お待ちしております。
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