ダイゴロウがゴロリンを倒してから数年が経過した。その間、またも異星人の侵略が行われ地球防衛軍や怪獣保護条約の怪獣達が撃退したりした。そんな中2013年に太平洋グアム沖の深海に異世界と繋がる割れ目が生じ、そこから現れた怪獣達が世界中の沿岸を襲撃していた。
ブリーチと呼ばれる次元の裂け目から出現する怪獣達は骨格がシリコンで構成された一種のケイ素生物である。体液は青色である事から『カイジュウ・ブルー』と呼ばれ、強酸性かつ猛毒であり大気汚染すら引き起こす。これらの怪獣は共通点から生物兵器なのでは?という見解がされていた。
ブリーチからの怪獣達に対し人類は敢然と立ち向かい、メーサー兵器やテルミット・プラスにN2兵器、更に対怪獣用巨大ロボット『イェーガー』といった超兵器を用いて怪獣達を迎撃していた。
◇ ◇ ◇
「今日の海も静かだな……」
吉井が灯台から双眼鏡を覗く。普段なら漁船やイルカの群れが見える穏やかな海域。だがその日の青い水面はどこか不吉な静寂に包まれていた。
午後二時過ぎ。警報が突如鳴り響いた。
「緊急事態!グアム沖ブリーチから新たなる侵入体を確認!」
研究所のモニターが分割表示に変わる。海底地震探知網からのリアルタイム画像。月見島の南方80キロ沖合の水深250メートル地点に奇妙な波形が浮かび上がる。
「何だこれは……?」
斉藤が眉を寄せる。円形の波紋が広がり、そこから黒い影が浮上していく。影は急速に拡大し、最終的に水面上に出たのは巨大な蟹状の外殻を持つ怪物だった。
「オニババ……?」
オペレーターの声が震える。既知の怪獣データベースに該当する画像が映し出される。
<スペック>
- 名称: オニババ (カテゴリー2)
- 全長: 約100m (ハサミ含む)
- 特徴:
- シリコン骨格による高い耐熱性
- 青色体液は強酸性かつ猛毒
- 攻防に利用する巨大ハサミ
- 噴射する毒性の泡
「推定到達時間:30分」
斉藤は席を立ちダイゴロウのいる浜辺へと走った。
潮の引いた砂浜を駆けるダイゴロウの視界に、水平線が歪んで見える。
「グルル……?」
巨体が唸る。何かを感じ取っているようだ。
直後、海面が爆発した。
「来た!」
斉藤の警告に間に合わず海水が吹き上がる。
ザバァァァン!!
水柱の中から姿を現したのは甲殻類を思わせる鎧に覆われた巨大生物だった。頭部の位置にある眼が不気味に光り、二対の巨大なハサミが威嚇するように打ち鳴らされる。
「ギィィィイイイ!!」
オニババの咆哮が空気を震わせた。その声はまるで金属を擦り合わせたような不快な高音。
「まずい……!」
斉藤が咄嗟に避難命令を下す。島民の多くは既にシェルターへ移動済みだが、研究施設スタッフの一部はまだ建物内に取り残されていた。
オニババは砂浜に降り立ち、その鎧のような外殻が重厚な音を立てて崩れる。内部からは青白い粘液が滴り落ちる。
「ギュオッ!」
突然ハサミを振り上げて研究所棟を狙う。衝突までの猶予は僅か数秒。誰もが避けられないと思った瞬間—
ドォン!!
大地を揺るがす衝突音と共に巨大な影が落下してきた。ダイゴロウだ。
「グオオォ!!」
オニババの攻撃を受け止める。両者の接触点から青い体液が飛び散り、触れた岩盤が溶け始める。
「ダイゴロウ!」
斉藤の叫びを背にダイゴロウはハサミを押し返す。その掌からは薄い蒸気が上がり始めた。熱による反応か。
「酸性体液を中和しようとしているのか?」
吉井が分析する。「だが長時間接触は危険だ!」
オニババがもう一方のハサミを振りかざす。ダイゴロウは間一髪で身を捻り回避。砂塵が舞い上がる中、両者はにらみ合った。
「グルル……」
ダイゴロウの唸り声には明らかな警戒心が籠もっている。これまでの敵とは異なる特性を本能的に察知しているのだろう。
オニババの口元から泡状の分泌物が溢れ出す。触れれば強烈な化学反応を起こすだろう。
「島を守るため……」
斉藤は小型端末を操作する。「頼むぞダイゴロウ」
ダイゴロウが一気に前進する。巨体ながら驚異的な敏捷性でオニババの懐へ。オニババは素早く泡を噴射した。
「危ない!」
斉藤の声と同時にダイゴロウが火炎を吐く。空中で毒泡と火炎が衝突し、爆発する。有害な蒸気が立ち込めるが、幸い風向きが研究所側とは逆だった。
「煙を利用しろ!」
吉井の助言に応えるようにダイゴロウは身を屈め、死角からの攻撃を狙う。オニババの目が追従できない角度から飛び掛かる。
ガシッ!
ハサミの付け根に牙を立てた。オニババが苦悶の雄叫びを上げる。
「今だ!」
斉藤が無線機で通信。「地球防衛軍に要請を!」
ダイゴロウは全力で牙を深く食い込ませる。毒液が飛び散るが意に介さない。青い血液がダイゴロウの肌を焼き始める。
「グオォオオ!!」
壮絶な雄叫びと共にハサミが引き千切れた。オニババの巨大な片腕が宙を舞う。
勝負あったかに思われた瞬間—
「ギシャアア!!」
残る片腕を大きく振りかぶり、オニババは最後の抵抗に出た。
ダイゴロウの頬を鋭利な刃が掠め、鮮血が飛び散る。が、致命傷には程遠い。その時であった。空を切る轟音。上空に現れたのは出動要請でやって来た特生自衛隊のメーサー攻撃機だった。2機のメーサー攻撃機は照準をオニババに合わせ、メーサー光線を放つ。傷口にメーサー光線を受けて苦悶するオニババ。
「オオオォォ!!」
メーサー光線で身悶えるオニババ。装甲が焼き剥がれ内部組織が露出している。ダイゴロウはその隙を見逃さなかった。
「グォアアッ!」
巨体が旋回し始める。その動きには明確な技術的意図が感じられた—まるで演武のような洗練された動作。
「あれは……」斉藤が息を呑む。「まさか『裏当て』を?」
かつてキングシーサーから直接授かった秘技だった。ダイゴロウの拳が独特の軌道を描き、関節が微細に折り畳まれる。内部エネルギーを一点に凝縮する極限技法。
「いけダイゴロウ!」
吉井の叫びに応えるようにダイゴロウは飛び上がった。オニババの胸部—最も脆い部位に狙いを定める。
「ガオオォォーー!!」
拳が装甲に触れた瞬間、空間が歪んだように見えた。衝撃ではなく振動—周波数の一致により外部硬度に関わらず内部構造に破壊的ダメージを与えられる『裏当て』。
「ギッ……!」
オニババの巨体が一瞬で沈み込む。体内で連鎖的に生じる爆発音。ダイゴロウの拳から伝わる振動波が全身を貫いていた。
「終わったな……」
斉藤が静かに呟く。
オニババの身体が痙攣し、次第に動かなくなっていく。青い体液が傷口から止めどなく溢れ出し、地面を腐食させていく。
ダイゴロウが身を翻すと同時に警報音が鳴り響いた。
「警告!毒液飛散予測範囲拡大!」
吉井が急いで安全域へ避難指示を出す。
「全員シェルターへ!」
オニババの亡骸から立ち昇る蒸気は明らかに有毒だった。ダイゴロウも鼻面を押さえ咳き込んでいる。かつてのダガーラ戦で培った毒耐性でも完全には抑えきれない強度だ。
「大丈夫か?ダイゴロウ!」
斉藤が無線機越しに呼びかける。
巨獣はゆっくりと頷くと、自らを護るように両腕を交差させた。その姿は既に戦いの終わりを告げていた。
夜明け前。消防と自衛隊の合同チームが到着した頃には毒ガスの大部分が中和されていた。
「被害状況報告—」
現場指揮官の声がスピーカーから響く。
・研究棟:一部損壊(軽微)
・漁港設備:全滅(修復不可能)
・生態系影響:海洋汚染深刻(長期モニタリング必要)
「またまた損害報告が増えちゃったね」
吉井がため息をつく。「保険適用になるといいんだけど」
斉藤は疲れた表情で微笑む。「ダイゴロウのおかげで人的被害ゼロだ。それで充分」
砂浜に佇むダイゴロウの巨体。その背中に朝日が昇る。傷だらけの肌に映る光が鈍く煌めく。数年前のゴロリン戦よりも明らかに動きに計算があった。キングシーサーから学んだ技術が戦術として結実し始めていたのだ。
「いつか我々が教えてもらう側になるかもな」
斉藤が冗談めかして言った。「お前のほうが地球防衛軍より頼りになるんだから」
ダイゴロウは微かに鼻を鳴らし、海の方角へ視線を向けた。遠洋ではまだブリーチからの脅威が続いている。次の戦いはいつ来るのか—誰にもわからない。
「ゆっくり休んでくれ」
斉藤が敬意を込めて声をかける。「君こそ月見島の守護神だ」
海鳥たちが帰ってきた。オニババの遺骸を清掃するかのように啄み始める。生命と死の循環の中で、小さな島はまた新しい一日を迎えようとしていた。
◇ ◇ ◇
ブリーチの向こう側で地球侵略を企てていた異次元人『プリカーサー』。プリカーサーの野望は地球防衛軍と地球怪獣達によって打ち砕かれた。それから、更に1年。アメリカで国連の特務研究機関モナークによってゴジラの祖先ともいえる巨大生命体、通称古代ゴジラの存在が公になり早数か月。月見島ではようやくオニババとの戦いによる環境汚染が落ち着いてきていた。
「あれ?オペレーターさん!どうしました?研究の記録整理ですか?」
吉井の問いに
「いえ。少し気になることがありまして」
オペレーターがそう答える。斉藤の代わりに監視を任されたオペレーターはモニターに映し出された情報を確かめる。
「あれから一年と少し……ダイゴロウに大きな変化は見られませんね」
「ええ。むしろ安定しています」
オペレーターはモニター画面を確認しながら言う。
「それにしても古代ゴジラですか……」
「本当にいたんですね……ゴジラの先祖が」
オペレーターと吉井がそう話す。そこに
「斉藤さんがダイゴロウが元気だとご連絡が」
研究員の一人がそう言って入ってくる。
数日後。ダイゴロウが朝の散歩を終えていつもの場所に戻ってきたところだった。
「なんだ……この感触は?」
朝の浜辺で散歩するダイゴロウの足が突然止まった。耳を澄ますように首を傾げ、目を閉じる。斉藤がカメラ越しに異変に気づく。
「どうした?何か感じるのか?」
モニターの数値に微妙な変化があった。ダイゴロウの脳波パターンに通常とは異なるノイズが走っている。
「これは……?」
「緊急事態!京都で巨大な地震発生!」
管制室に警報が鳴り響く。
画面には激しい地割れと土煙が映し出されていた。
「マグニチュード8.2……地下500メートルから異常振動確認!」
「まさか……怪獣なのか?」
吉井が不安げに呟く。
東京湾を航行する調査船「さくら」からの中継映像が流れる。
「目標確認!全長約130メートル!推進速度50ノット!」
キャプテンの声が震える。
深海に浮かぶ巨大な影。黒く太い胴体と長い腕が蛇のように波打つ。
「これは……」
オペレーターが過去のデータと照合する。「ムートー……しかし何か違う?」
それはつい最近古代ゴジラと戦い敗れたムートーという怪獣のデータに似ていた。しかし、オペレーターの言うようにその怪獣はムートーを更にマッシブにしたような姿をしていた。
「ダイゴロウ!」
斉藤の声が無線に入る。「君が感じていたのはこれか?」
ダイゴロウが吠えた。低く、長い咆哮が空気を震わせる。
「追跡するつもりか?」
吉井が尋ねる。
巨獣は躊躇なく海へと踏み込んだ。波が盛り上がり、巨大な水柱が立つ。
「待ってくれ!一人じゃ危険だ!」
斉藤の制止も聞かずダイゴロウは泳ぎ始めた。まるで見えない糸に導かれるように一直線に東南アジア方面へ。
◇ ◇ ◇
ムートーとは古代ゴジラと同じ時代に生息していた放射能を餌とする古代の怪獣で、天然の原子炉であるゴジラの体内に卵を産み付ける寄生生物でもある。ゴジラもまた、自らの脅威となるムートーを排除するために執拗にムートーを追跡し攻撃を加える。
古代からゴジラと戦うことを宿命付けられた、いわばゴジラの宿敵と言える怪獣である。そして今回出現したムートーはムートープライムと呼ばれる、外殻や剛腕が更に発達した少し前にアメリカで古代ゴジラに倒されたムートーの親である。
「目標はホーチミン方向!原子力発電所めがけて移動中!」
ベトナム国防省の地下指令室に緊張が走る。首都の北西50キロ地点でムートープライムの巨大な足跡が刻まれていた。
「速すぎます……まるで一直線に目的地へ!」
分析官がモニターを指差す。「放射能探知器に強い反応!この怪獣は放射線を探知しているようです!」
首都郊外の住宅地。家々が蹴散らされるように倒壊していく。ムートープライムの通った後には瓦礫の海が広がるのみ。
「逃げろ!早く!」
ベトナム軍が避難誘導に奔走する中、遠くから轟音が響いた。
「新たな高エネルギー反応を確認!」
レーダー画面に緑色の輝点が出現する。速力—時速150キロ。
「まさか……ゴジラ!?」
軍司令官が唖然とする。
東シナ海を疾走する巨大な影。波を切るその姿はまるで水龍のようだ。ムートープライムの動きを完璧に捕捉しているかのごとく一直線に追い詰める。
「ゴジラタイプ・エイジ!識別コード『アンチェインド』!」
地球防衛軍の無線が入る。「米軍監視網からの緊急情報です!」
画面に映る古代ゴジラの姿は圧巻だった。通常のゴジラとは異なる原始的なフォルム。しかし放出される放射線量は桁違いだ。
「こいつ……本気で殺しに来ている……!」
ベトナム軍の若き兵士が呟く。彼の故郷も今や危険地帯となっていた。
その頃ムートープライムは既に発電所敷地内へ侵入寸前だった。
「阻止しろ!ミサイル発射!」
ベトナム陸軍のM60戦車隊が展開する。弾薬庫から取り出される対巨大生物弾。ベトナムの新星と称される怪獣の弱点を狙う切り札だ。
「ファイヤー!」
赤熱する弾頭が高速で迫る。しかし—
「無効です!外殻が厚すぎる!」
火花を散らしただけで弾丸は粉砕された。ムートープライムの進路が変わることはない。
まさにその瞬間だった。
「グルオオオオッ!!」
大地が震えた。轟く咆哮と共に現れたのは古代ゴジラの姿だ。眼下の全てを蹴散らして登場する巨獣。
「やっと来たか……ゴジラ……!」
ムートープライムが停止する。赤い眼が古代ゴジラを見据える。
「こっちも追いついたぞ」
海面から上がった波紋。ダイゴロウが上陸した。三匹の怪獣が三角形を描くように対峙する。
「何が始まるんだ……?」
ベトナム兵の一人が呆然と呟く。
発電所の緊急シャッターが降りる轟音。世界最強の三巨獣による生存競争が始まろうとしていた。
古代ゴジラの剛腕がムートープライムの胸部に叩きつけられる。雷鳴のような衝撃音。
「ギシャアッ!」
ムートープライムが後退するも、すぐに巨大な尾を振り回す。鞭のようにしなった尾が古代ゴジラの脇腹を打ち据えた。
「グルオッ!」
両者とも一歩も引かない。原始の時代から続く因縁が現代に蘇っていた。
「なんて速さだ……」
避難誘導中のダイゴロウは息を呑む。二匹の動きは人の目にはほとんど残像しか残さないほどだ。しかし—
「おい!逃げ遅れているぞ!」
工場地帯の奥で震える一家を見つけた。子どもを抱えた母親が恐怖で腰を抜かしている。
「グウォッ」
ダイゴロウは急いで彼らのもとへ駆け寄る。その背後では古代ゴジラがムートープライムを押し倒していた。
(こちらへ!)
ダイゴロウが頭を下げて誘導する。家族は恐慌状態ながらも素直に従った。この怪獣が自分たちを救おうとしていることは本能的に理解できたようだ。
その時—
「危ない!」
ムートープライムの放った音波砲が地上を舐めるように襲う。ダイゴロウは咄嗟に家族を背後に庇った。皮膚が焼ける匂い。
「グウ……!」
だが痛みに構うことなく前進する。やがて安全地帯である丘陵部の地下シェルターへ家族を導いた。
「感謝……ありがとうございます……」
涙ながらに礼を言う母親。子どもの泣き声が徐々に小さくなる。
「また……」
ダイゴロウは巨体を翻した。ムートープライムが次の標的を求めて視線を巡らせる。古代ゴジラは消耗の色が濃い。
(助けないわけじゃない……)
ダイゴロウは思う。(でも今は無力な人間を守ることが最優先だ)
古代ゴジラがムートープライムに組み付く。その隙にダイゴロウは工場地帯へ急ぐ。まだ生存者がいるはずだ。
「グルル……」
古代ゴジラの喉から低いうなり声。それは助けを求めるものではない。むしろ「邪魔をするな」と警告しているようだった。
それでもダイゴロウは止まらない。キングシーサーとの修行で培った観察眼が状況を冷静に判断していた。
(あれだ……)
ムートープライムの胸部付近。外殻の結合部分に微かな亀裂がある。おそらく先程の打撃で生じたものだろう。一撃で仕留めるならば今しかない。
しかし古代ゴジラが妨害する可能性も高い。二匹の因縁に割って入るのは危険すぎる。ダイゴロウは人命救助を優先すべきか決断を迫られた。
(これが最後だ!早くシェルターへ!)
ダイゴロウが最後の生存者グループを丘陵地帯へ誘導する。老夫婦と二人の若者。皆足腰がおぼつかないが、彼の慎重な動きのおかげで怪我人はいない。
「あの……あなたは戦わないんですか?」
若者の一人が震える声で尋ねた。彼はダイゴロウが人命救助に専念していることに疑問を抱いていた。
「……」
ダイゴロウは答えず背を向けた。その視線の先では二体の怪獣が死闘を繰り広げている。工場地帯は既に炎に包まれ、周囲の森林も延焼していた。
(みんなを安全な場所へ送り届ければ……)
彼の思考が途切れた。耳を劈く爆音。振り返ると古代ゴジラが地に膝をついていた。
「グルオォッ……!」
苦悶の咆哮。背部の放射線腺器官—背鰭が根本からへし折られていた。ムートープライムの強大な咆哮が凶器となり、脆弱になっていた部分を砕いたのだ。血液と放射性粒子が混ざった液体が滲み出している。
「よくも……!」
若者が怒りの声を上げた。
ムートープライムは勝利の雄叫びをあげると、腹部の卵巣にエネルギーを集束させる。緑色の光が脈動し始めた。
「孵化させない……!」
ベトナム軍の兵士たちが残存兵力を集中させる。対巨大生物弾を満載したBM-27多連装ロケット砲が一斉射撃を開始した。
「撃てぇっ!」
赤熱する弾幕がムートープライムに殺到する。しかし外殻の強度が高すぎて有効打にならない。かえって怒りを買うだけだ。
「グオオォッ!!」
振り回された尻尾がロケット砲陣地を粉砕する。兵士たちの悲鳴が聞こえた。
(間に合わなかった……)
ダイゴロウは唇を噛む。古代ゴジラの放射能力が封じられ、人間の火力は通用しない。そしてあの胸部の致命的弱点も今や視界に入らない位置にある。
「くそっ……!」
若者が岩に拳を叩きつける。
すると不意に空気が変わった。ダイゴロウの鼻腔に違和感がある。微かに漂う異臭。嗅ぎ慣れた匂い—
(放射能の残滓……?)
振り仰ぐと古代ゴジラが顔を上げていた。破壊された背鰭から未だに放射性物質が漏れている。普通の怪獣なら瀕死の状態だ。
「グルゥ……」
しかし彼は動く。よろめきながらも確実に立ち上がろうとしている。
「嘘だろ……あの怪獣……」
老爺が驚嘆の声を上げた。
ムートープライムが嘲笑うように咆哮する。完全に勝利したと思い、古代ゴジラに卵を産み付けるべく接近する。
ムートープライムが悠然と近づく。古代ゴジラの頭部に爪をかけ、産卵管を露出させようとした刹那—
「バァーン!」
地鳴りのような轟音と共に光が炸裂した。古代ゴジラの破壊された背鰭部分から突如として熱線が迸ったのだ。しかも通常の熱線とは規模が違う。直径十メートル以上の灼熱の柱が真正面からムートープライムを貫いた。
「ギシャアアアッ!!」
断末魔の絶叫。強靭な外殻があっという間に溶解し、その血液が蒸発していく。巨体が数メートルも吹き飛ばされ、背後の森林を薙ぎ倒した。
「何……だと……?」
避難民たちが唖然とする。
ダイゴロウは真実を見抜いていた。破壊された背鰭は古代ゴジラにとって最大の弱点であり、同時に最も危険な武器でもあった。自らの内部放射能を制御不能なまでに暴走させ、超至近距離での放射線爆発を引き起こしたのだ。
「あれは……自爆じゃない」
ベトナム軍の若い兵士が呟く。「相討ち覚悟の特攻技だ……」
立ち上がれないムートープライムは地面に這いつくばる。左半身は炭化し、右目は蒸発していた。それでも生きている。卵を産む本能に突き動かされて。
「こいつ……まだ……」
古代ゴジラが這うように接近する。その瞳には千年の怨念が宿っていた。傷だらけの巨大な尻尾が持ち上がる。
「やめてください……!」
避難民の一人が叫んだが、声は届かない。
一撃。
二撃。
容赦ない打擲が続く。岩石をも砕く尾撃が何度もムートープライムの頭蓋に叩き込まれる。緑色の血飛沫が雨のように降り注ぐ。
「グッ……グウォ……」
やがて抵抗が止んだ。完全に動きを止めたムートープライムは大地に沈黙した。古代ゴジラは荒い呼吸を繰り返し、最後に一度だけ咆哮するとその場に崩れ落ちた。
「終わった……」
ベトナム軍将校が呟く。「どちらも戦えなくなった……」
(どうすればいい……?)
ダイゴロウは動けずにいた。目の前には二つの巨躯が横たわる。一方は傷だらけで瀕死の古代ゴジラ。もう一方は完全に沈黙したムートープライム。周囲では救助活動が続いているが、危険な状況に変わりはない。
(人間たちはすでに避難させた……でも……)
古代ゴジラは確かに恐るべき存在だが、今の彼には脅威がない。むしろ瀕死の重傷を負っている。放置すれば間違いなく命を落とすだろう。しかし人間たちを守る使命も忘れてはならない。
(迷うなよ……)
自嘲気味にダイゴロウは思った。そのとき—
(ジュニア!?)
突如現れたのは青い閃光。空気を切り裂くような鳴き声と共に一頭の怪獣が駆けてきた。
「ギシャオォ〜ン!」
ゴジラジュニアが砂塵を巻き上げて着地する。その目には涙が光っていた。
(どうしてここに……?)
ダイゴロウが唖然とする間もなく、ジュニアは一直線に古代ゴジラへ駆け寄った。
「ギャウウウ……!」
幼い声が震える。そう、彼は古代ゴジラの子孫にして友なのだ。そしてダイゴロウとも旧知の仲だった。
「グルル……」
古代ゴジラがかすかに眼を開ける。ジュニアの姿を認めると微かに微笑んだように見えた。
「ギャオン!」
ジュニアが古代ゴジラの傷口に顔を寄せた。口から淡い緑色の光が漏れ出す。ダイゴロウは息を呑んだ。
「グワオォ〜ン!」
ジュニアの全身が淡く発光し始める。ゴジラ一族に伝わる特殊能力—「エナジーシェアリング」だ。自らの生命力を他者に分け与える禁断の技。使い方を誤れば自身が消滅しかねない諸刃の剣だ。
(待て!)
ダイゴロウが制止する。しかしジュニアは止まらない。彼の目には固い決意が宿っていた。
「ギャウ……!」
光が増幅する。古代ゴジラの破壊された背鰭が少しずつ再生し始める。青黒く濁っていた血液が正常な赤色を取り戻していく。
(莫大なエネルギーが必要だ……)
見守るダイゴロウは冷や汗をかいた。ジュニアの体力が急速に消耗しているのが分かる。全身が小刻みに震え始めている。
「グルル……」
古代ゴジラが弱々しくジュニアを押し返そうとする。しかし彼は離れない。むしろ更に密着してエネルギーの流出を強める。
「ガオ……!」
ダイゴロウが吠えた。このままではジュニアも危ない。
(俺が何とかしなきゃ……)
彼は決心した。人間を守る使命も重要だが、目の前の友を見捨てることはできない。それが怪獣としての自分の選択肢だ。
「ギシャ……」
古代ゴジラの瞼が再び閉じかける。しかし背鰭の損傷はかなり修復されていた。
「ギャオ……?」
ジュニアが力を緩める。体力の限界が近い。その時だった。
夕暮れの空が紫紺に染まる中、突如として翼の影が差した。
「ギャオ〜ン!」
天空から舞い降りる銀色の鱗粉。巨大な蝶のような翅が光を反射して七色に輝く。
「グオン!?」
ダイゴロウが驚愕の声を上げる。なぜここに!?
「ギシャオ〜ン」
ジュニアが安堵の声を上げる。モスラは彼らの同胞にして希望の象徴だ。
「ギュイイ〜ン」
翅を広げたモスラが古代ゴジラの頭上で旋回する。彼女の全身から柔らかな金色の光が放たれ始めた。
(これが……地球のエネルギー?)
ダイゴロウは息を呑んだ。モスラは単なる怪獣ではない。彼女は地球そのものの化身だった。生命を育み破壊を鎮める女神的存在だ。
「ギャウ……」
ジュニアが疲労困憊の体で後退する。彼の役目は終わったようだ。
「キリリリ……」
モスラの喉から澄んだ音色が響く。その歌声に呼応するように大地が震え始めた。地中から金色の光の筋が無数に伸び、古代ゴジラの体を包み込む。
「グオッ……」
瀕死だった怪獣の目に光が戻る。破壊された背鰭が見る見るうちに修復されていく。損傷した皮膚も新陳代謝が加速して再生し始めた。
「すごい……」
ベトナム軍の観測所から見守る人々が声を漏らす。まるで神話のワンシーンだった。
「グルル……」
完全に回復した古代ゴジラが身を起こす。彼はモスラとジュニアを交互に見つめ、そしてダイゴロウへ視線を向けた。
「ありがとう……」
声なき声が伝わる。地球怪獣同士ならではの意思疎通だ。
「ギシャオ〜ン」
ジュニアが嬉しそうに跳ねる。自分の献身が報われたことに喜びを感じているようだ。
「グワオッ」
ダイゴロウも応える。今回は人間を守るという使命だけでなく、怪獣としての矜持も大切にした結果だった。
「ギュイ〜ン」
モスラが天高く舞い上がる。役目を終えた彼女はもう去るつもりだ。
「グルル……」
古代ゴジラがゆっくりと向きを変えた。海岸線を見据えるその背中には王者の風格が戻っていた。彼は瀕死の危機を救われた恩を忘れることはないだろう。いつか何らかの形で返す—怪獣にはそういう掟がある。
「また会おう」
そう告げるように尾を揺らし、彼は大海原へと消えていった。
「ギャルル……」
ジュニアが寂しげに呟く。しかし目は潤んでいた。祖霊との再会と別れは特別な意味を持つのだろう。
「グウウ」
ダイゴロウは振り返った。避難民たちは安全地帯で休んでいる。彼の使命はまだ終わっていない。
(もう少し手伝ってくれないか?)
「ギシャオ〜ン♪」
ジュニアは笑顔で頷いた。モスラが残してくれた地球の力は彼にも分け与えられていた。
夜明け前。海岸には平穏が戻りつつあった。ただ二つの巨大な爪痕だけが今回の戦いを物語っている。
そして遥か水平線の彼方。古代ゴジラのシルエットがゆっくりと海中に没していった。
「借りは必ず返すぞ」
そう言い残すかのように。
駄文閲覧ありがとうございました。ご感想等お待ちしております。