デスギドラの事件から1年程経った。関東で発生していたグロンギ事件はグロンギの首魁である未確認生命体第0号が死亡したことにより終息した。その後東京で巨大ヤゴ、メガヌロンが大量発生して地下水脈を崩壊させて渋谷を沈没させ、更にメガヌロンの親玉と言えるトンボの怪獣メガギラスが出現したが、お台場の戦いでメガギラスはジュニアに敗北した。
しかし、その年で起きた戦いはそれだけでは無かった。沖縄県のとある海域、そこで漁の網にオニヒトデのような奇怪な生物がかかっていた。
「なんだこりゃ?」
漁師がオニヒトデに似た生物を網から外そうとする。その時、その生物が身体の中央から漁師に向かって液体を噴出した。
「ぐわああ!?」
液体がかかった事で負傷する漁師。その毒液を放つ生物はベーレムと名付けられ、ベーレムは瞬く間に沖縄だけでなく日本全国の海域に広がっていった。ベーレムは漁業に致命的な被害を与えてしまい、更にベーレムは人体にも影響を与えていく事になる。月見島にもベーレムが流れ着き、職員達はその処理に追われていた。
「これで今日だけで87匹目だぜ……」
吉井が防護服のマスク越しに溜息をついた。月見島の浜辺は異様な光景だった。青紫色の毒腺を膨らませたベーレムが無数に打ち上げられている。触れたものを腐らせる猛毒を持つ異形の生物。ダイゴロウ保護施設の職員たちは毎日十数時間のベーレム除去作業に追われていた。
「斉藤さん……こんな調子じゃ他の業務が全然できないっすよ」
若手の飼育員・三浦が疲労困憊の顔で訴える。
「わかってる……でもこれが最優先だ」
斉藤は無力感に苛まれながらも命令を下し続ける。
ダイゴロウは岩陰からじっと沖を見つめていた。
その視線の先――青く澄むはずの南西諸島の海が、紫がかった油膜に覆われ始めていることに誰も気づいていなかった。
◇ ◇ ◇
夕暮れ、ベーレムの山が積み上げられた作業現場。
斉藤がふと視線を上げると、ダイゴロウがいない。
「!?」
監視カメラ映像を確認。最後の記録は30分前――ダイゴロウが防波堤の上で海を見据えている姿。次の瞬間、巨体が水飛沫を上げて消えていた。
「まさか……」
吉井が駆け寄る。「どうしたんですか?」
「沖縄だ……デスギドラの時と同じだ!」
斉藤の脳裏にフラッシュバック。あの時も突然ダイゴロウが北へ向かった。未知の脅威を本能で感知したように。
「すぐに海上保安庁へ連絡を! あと沖縄本島の海岸警備を強化してくれと伝えてくれ!」
斉藤が無線機を叩く。応答は混乱した雑音交じり。
『……こちら石垣島……警戒レベルを……ただちに……』
通信が途切れた直後――沖縄方面から低周波の振動が島全体を揺るがした。斉藤の携帯端末が緊急アラートを鳴らす。
「東シナ海東方海域に巨大生体反応検出!」
職員たちが息を呑む中、斉藤はデスク上の端末を操作。リアルタイム映像が切り替わる。そこには――
「あれは……!」
海面を割って浮上する緑の鱗に包まれた半魚獣。それは伝説の『ニライカナイ』の古代文明が環境汚染の解決のための生体浄化システムとして生み出したが、暴走した為に結果としてニライカナイの滅亡の一因となった怪獣ダガーラだった。
本土ではインファント島に残っていた記録からダガーラの事が分かったが時すでに遅く、封印されていたダガーラは近くの航行していた潜水艦を撃沈させた後に石垣島に上陸したのだった。ベーレムはこのダガーラによって生み出された生物であったのだ。
沖縄の自衛隊や在日米軍が上陸してきたダガーラに攻撃を開始するが、ダガーラは口からは猛毒を視覚化した光線を吐いて自衛隊や米軍の戦力を撃破していく。石垣島に上陸したダガーラは石垣島を蹂躙して破壊の限りを尽くした。月見島でもダガーラのことがニュース速報で伝えられていた。
「なんということだ……」
斉藤は自分が感じていた嫌な予感が的中したことに頭を抱えた。その時、
「斉藤さん!見てください!」
吉井がテレビ画面を指さす。そこには石垣島に上陸したダイゴロウの姿が映っていた。ダイゴロウは口から火炎を吐いてダガーラを攻撃する。ダガーラも光線を吐いてダイゴロウを牽制する。自衛隊や米軍の戦力は既にダガーラに撃破されてしまっており、特生自衛隊も動き出しているが石垣島への到着はもう少し時間がかかりそうだった。ダイゴロウもダガーラを倒したいが攻撃に躊躇いを見せている。
そこに特生自衛隊のメーサー攻撃機の編隊が到着した。メーサー攻撃機のパイロット達はダイゴロウと協力してダガーラを攻撃するべく攻撃態勢に入る。メーサー攻撃機部隊がメーサー光線を発射しようとするが、ダガーラが飛び上がってメーサー部隊に先制攻撃を仕掛ける。ダガーラには飛行能力があったのだ。メーサー攻撃機が慌てて回避しようとするがダガーラの猛毒光線の一つがメーサー攻撃機の一機に直撃してしまい撃墜されてしまう。その時ダイゴロウが火炎放射を上空のダガーラに放って気を逸らす。
ダガーラが空中から急降下。鱗を逆立てた巨大な魚類が、刃物の如く鰭を翻してダイゴロウへ突撃する。
「危ないっ!」
斉藤の悲鳴をかき消すように、鈍い衝突音が石垣島の空気を震わせた。両者が激突――ダイゴロウは巨体を捻じ曲げてダガーラの鰭を受け止めつつ、渾身の右ストレートを半魚獣の横腹に叩き込む!
*ドゴォッ!*
鱗が砕ける音。しかしダガーラも負けていない。胴を掴まれたまま体を反転させ、尖った尾鰭でダイゴロウの脇腹を串刺しにせんとする。
「ギャウッ!」
短い悲鳴と共に後退するダイゴロウ。傷口から紫色の液体が滴る。ベーレムの毒が体内に侵入した証だ。
「毒だ……!」 斉藤が顔色を失う。「ダイゴロウが……!」
モニターの中、怪獣は明らかに動きが鈍くなっていた。脚を震わせながらも拳を構えるが、ダガーラの瞳孔が細まる。獲物の弱体化を嗅ぎ取った捕食者の目だ。
「グオオオッ!」
威嚇と共に尾鰭が鞭のようにしなる。ダイゴロウは咄嗟に両腕で防御。衝撃でコンクリート壁が粉砕され、粉塵の中へ押し戻される。
「火力支援開始!」
特生自衛隊の司令官の怒号が無線に乗る。メーサー戦車隊が接近し、三台同時に照準を合わせる。
『目標固定。照準誤差なし』
「撃てっ!」
三本の白い光束が空を切り裂き、ダガーラの背鰭を貫く!
キィィン……!
高周波音とともに鱗が熔融し、黒煙が上がる。だがダガーラは怯まない。逆に口を大きく開き――
「全員退避!」
メーサー部隊が砂浜の陣地を捨てて後退する直前、ダガーラの毒光線が放たれる。メーサー部隊に命中するかと思われたが、そこにダイゴロウが割って入った。
「グオオオオ……!」
毒光線を受けて苦痛の声を上げるダイゴロウ。ダガーラはダイゴロウにとどめを刺すべくダイゴロウに接近していく。その時だ、二足歩行のシーサーの様な怪獣が飛び蹴りをダガーラに食らわせた。現地で避難誘導を行っていた警察隊員が声を上げる。
「あれはキングシーサー!」
戦場に乱入したのは沖縄の守護神というべき怪獣、キングシーサーだった。琉球、つまり沖縄の平和が乱された時に目覚めるキングシーサーはダガーラを外敵と判断して石垣島に上陸してきたのだ。
砂塵を蹴立てて現れたシーサー型の怪獣は、文字通り「踊りながら」戦っていた。
「琉球空手『三戦立ち』……!」
吉井がモニターを見つめながら呟く。キングシーサーは両腕を交差させ、まるで中国武術の構えだ。次の瞬間――
シュン!
ダガーラの鼻先を掠める掌打。半魚獣が反射的に仰け反った隙に、シーサーは回転しながら膝蹴りを叩き込む!
「ハァァッ!」
甲高い叫びとともに繰り出される連続技はまさに演武。逆立ちからの蹴り上げでダガーラの顎を揺らし、受け身で反転した直後に肘打ち。
「これが……伝説の……」
斉藤が言葉を詰まらせる。キングシーサーの攻撃は単なる暴力ではない。型に則った「理のある戦い」だった。
だがダガーラも猛毒を持つ猛獣だ。
「ギョアアッ!」
ダガーラは頭部の角から電撃状の光線を発射する。すると、キングシーサーは光線を右眼から吸収し、左眼から光線を撃ち返した。反射された光線を受けて面食らったダガーラは、次は口から毒光線を吐く。
しかし、キングシーサーはまたも光線を目から吸収して撃ち返した。反射された光線が命中しダガーラは少なくないダメージを受けたのだった。
「ギャアギャアッ!」
悲鳴を上げるダガーラは形勢不利と見たのか、海に飛び込みそのまま海中へ消えていった。
海面から黒い影が消え、潮の香りだけが漂う静寂が訪れた。
「助かった……のか?」
特生自衛隊の通信士が息を整える。キングシーサーは振り向きざまに倒れているダイゴロウを見た。茶色の表皮は毒の紫で斑になり、荒い呼吸が聞こえる。
「グルル……」
シーサーは心配そうにダイゴロウに近づき鼻先を寄せたが、ダイゴロウの衰弱を見て首を振った。そして彼は空を仰ぐと咆哮を上げた。その鳴き声は沖縄各地で暮らす野生動物達に響いた。それを聞いた野生動物達は各地で群れを作って移動し始めたのだ。
「あれは……」斉藤が目を凝らす。モニター越しに見えるのは鳥や猪の群れだ。
「避難行動ですね」吉井が補足した。「キングシーサーが自然への警告を発した」
一方、ダイゴロウは毒の影響で動けずにいた。キングシーサーは何度か彼の体を揺するが反応は乏しい。シーサーは諦めたように一度咆哮するとそのまま山の方へ歩き去っていった。
「彼は……ダイゴロウの回復を待っているのか?」
斉藤の問いに答えはない。だが画面には確かな意志を感じさせる姿があった。
夕陽に染まる石垣島の空を複数の輸送ヘリが旋回する。特生自衛隊の精鋭が組んだ三角陣形で巨大な怪獣を慎重に包み込んだ。
「吊り上げ開始!」
機内の救助隊員がマイクを握る。ワイヤーがダイゴロウの四肢に絡みつき、徐々に巨体が持ち上がる。毒で爛れた皮膚からポタポタと紫の液体が垂れた。
「温度上昇確認!冷却剤放出!」
ヘリの下部から白い煙が噴射され、ダイゴロウのうめき声が一段と弱まる。
――沖縄本島・南部病院特別隔離室
蛍光灯の無機質な明かりの下、医療機器が唸る。
「毒素分解酵素群すべて不活性化」
白衣の研究者が顕微鏡から顔を上げた。
「問題は毒成分そのものじゃない。これは……寄生生物だ」
液晶画面に拡大されたデータが表示される。ダガーラの毒腺内に存在する微細な有機体がダイゴロウの細胞内で分裂していた。
「宿主が死ぬと毒性が解放される設計だ。つまり」
老医師が重く語った。
「ダガーラを倒さねば永遠に解毒できん」
月見島・監視棟
「猶予は48時間だそうです」
吉井が血の気のない顔で報告する。斉藤は拳を握りしめた。
「奴はどこに隠れている……?」
◇ ◇ ◇
その頃自衛隊は生体レーダーによって沖縄近海に潜伏するダガーラの居所を突き止め、海上自衛隊の海底軍艦ごうてんを派遣していた。海中を進むごうてんはダガーラを発見したが、
「報告にあった姿と違う……!?」
ダガーラは両肩の突起が大型化した強化型へ変貌していた。ダガーラは両肩の突起から光弾を発射しながら泳ぎ始める。
黒潮の深淵で金属の巨鯨が唸る。
「全門発射準備完了!」
ごうてんの艦橋で艦長が命じた刹那――
ズガガガッ!
ダガーラの両肩から放たれた光弾が船体を舐める。耐衝撃装甲が火花を散らす。
「主砲照準合わせろ!」
ごうてんの艦首ミサイルランチャーが開く。
ヒュン……バシュンッ!
6発の対潜ミサイルが海中に突入。追尾装置がダガーラの鱗模様をロックオン。
「直撃コース!」
しかし――
ギョアアアッ!
半魚獣が口を開けた。体内の毒腺が青白く輝き――
ドゴオオッ!
毒エネルギー砲が海面を突き破る。ミサイル群が蒸発し、熱波がごうてんのセンサーを麻痺させた。
「熱源消失!?」
暗転したモニターに一瞬の沈黙が流れた直後――
ゴオオオッ!
後方から迫る影。尾鰭が魚雷発射管を切り裂く!
「右舷損傷!注排水機能停止!」
艦内が揺れる中、特生自衛隊本部から通信が入る。
『アドノア島からゴジラジュニアがそちらの海域に向かっている模様!』
「なに?ジュニアが?」
ゴジラジュニアはミレニアン、デスギドラ、メガギラスといった怪獣を倒してきた人類に友好的な怪獣だ。恐らく今回もダガーラの存在を感じとり、行動を開始したのだろう。その時ごうてんに攻撃しようとしたダガーラに放射熱線が命中する。既にジュニアがやってきたのだ。ダガーラは熱線を受けた怒りをジュニアに向け、攻撃を仕掛けようとするが、
「まだ終わっちゃいないぞ!」
ごうてんは艦首のドリルを回転させてダガーラに体当たりする。ドリルによって肉を抉られダガーラはダメージを受けた。更にジュニアはダガーラに噛みつく。ダガーラは必死に抵抗するが、体当たりのダメージが予想以上に大きく思うように動けなくなってしまう。ダガーラは遂に逃走しようと泳ぎだす。だが、ごうてんは逃がさないとばかりに機銃を発射する。逃げるダガーラも光弾を撃ち返していく。
一方ダガーラが逃げている頃、沖縄のダイゴロウの治療チームはダイゴロウの容態が悪化していることを報告する。
「このままでは……!」
斉藤は額の汗を拭った。そこに別の通信が飛び込む。
『ジュニアがごうてんと共闘。現在那覇沖で戦闘中です』
「チャンスだ」斉藤は決意した。「沖縄へ行く。我々の“仲間”を迎えに行くんだ」
◇ ◇ ◇
那覇沖の海底で二大怪獣が死闘を繰り広げていた。ジュニアの鋭い爪がダガーラの側面を削り、逆にダガーラの尾鰭がジュニアの左肩を裂く。水流が泡となって渦巻く中、ごうてんは巧みに機動し両者の戦場を封鎖していた。
「敵の推進力低下を確認!」
艦橋モニターが赤く点滅する。ダガーラの鰭筋肉に疲労の兆候。毒腺の過剰使用による代謝異常だ。
「冷線砲チャージ率95%……100%!」
技術将校の声が興奮に震える。艦首の超低温ビーム発射口が青白く輝いた。
「目標固定!」
艦長が命令を下すより早く――
ダガーラが毒光線を乱射した! ジュニアが咄嗟に前に出て盾となる。背中の肉が溶ける音が水圧に歪む。
「今だっ!」
ビュウン――ッ!
ごうてんの艦首から放たれた蒼白い冷光が海底を裂く。ジュニアが僅かに身をひねる間に、ビームはダガーラの胸部中央に直撃した!
バリバリバリッ!
鱗が瞬間凍結する音。半魚獣が硬直したまま浮上を始める。
「凍結成功!」
艦内の歓声が爆発する。
「続いて海上掃討班に連絡――」
その時だった。
凍結したはずのダガーラの尾鰭が突如として蠢いた。氷の亀裂が放射状に広がる。
「馬鹿な……あの状態で動けるはずが……」
ジュニアが警戒の叫びを上げる。凍結部からは紫の毒液が滲み出していた。ごうてんの冷線砲が効いたのは表面だけで致命的な毒腺まで凍結させられてはいなかったのだ。しかし動きの鈍ったダガーラの隙を逃すジュニアでは無かった。
ジュニアは背びれを発光させてエネルギーをチャージする。そしてジュニアは通常の放射熱線の強化版、スパイラル熱線をダガーラに放った。
「撃て!ジュニア!」
ズドオオオオッ――!
海底を切り裂く灼熱の螺旋。ジュニアの顎から放たれた黄金の光は渦巻きながら加速し、凍結したダガーラの中心へと突き刺さった。
バリバリバリッ!
氷結した巨躯が内部から爆裂する。鱗片が舞い散る中、ダガーラの肉体は原子レベルで溶解していった。残されたのは薄紫の微粒子が舞う水柱のみ。死骸も残らない完璧な消滅だった。
ごうてん艦内は沈黙に包まれた。誰もがモニター越しに目にした奇跡的な光景に声を失う。艦長がようやく喉を鳴らした。
「……作戦完了。全乗員に告げる――ダガーラ殲滅成功!」
ワアアアッ!
歓声が狭い艦内を満たす。一方、地上では劇的な変化が起こり始めていた。
沖縄・南部病院隔離室
「毒素濃度が急速低下中!」
医師たちが驚愕の声を上げる。ダイゴロウの皮膚から紫斑が剥がれ落ちるように消えていく。生命維持装置の警告ランプが次々と消灯した。
「……毒の供給源がなくなった証拠だ」
老医師が静かに頷く。窓の外では海水が透明を取り戻し始めていた。日本各地の沿岸に蔓延っていたベーレムも同時に活動を停止し、細胞が分解して消滅していった。
月見島
斉藤が携帯画面を見つめる。ダイゴロウのバイタルグラフが安定値を示していた。
「帰ってきたんだな……」
涙を拭う手が震える。吉井が缶コーヒーを差し出す。
「おかえりって言ってやらなきゃね」
沖縄本島
ジュニアは那覇の海上へと浮上した。黒雲が晴れ渡り、朝日が水平線を金色に染める。その光の中にキングシーサーの雄姿が佇んでいた。二体の怪獣はお互いを見つめ合い、静かに頷き合う。
「グオオオ――!」
「ギャオオ――!」
遠吠えのような祝福が青空に響いた。人類と怪獣との新しい共生――それは決して平坦な道ではないだろう。だが確かに今、一つの希望が形になった瞬間だった。
駄文閲覧ありがとうございました。ご感想等お待ちしております。