ダガーラとの戦いから1月程が経過しようとしていた。今日月見島ではダイゴロウは日当たりの良い場所に陣取り、昼寝をしていた。しかし、ダイゴロウはいつものように眠れないでいた。奇妙な胸騒ぎを覚えていたのだ。しかもそれはいつもの野生の勘によるものだけではなかった。ダイゴロウ自身どうしてなのか分からないが何故か海の向こうに潜む新たな敵の存在を捉えていたのだ。
「どうした?」
声をかけてきたのは斉藤だった。斉藤はダイゴロウの様子を見て問いかける。
「海に何かあるのか?」
斉藤の問いかけに対しダイゴロウは静かに頷く。
「もしやまた怪獣が現れるのか?」
その斉藤の疑問を肯定するようにダイゴロウは吠えた。そしてそのダイゴロウの言葉を理解するように斉藤も頷く。
「大丈夫だ。今は特生自衛隊の人達とダイゴロウを信じているよ」
そう言って斉藤はダイゴロウの頭を撫でる。
「この島は俺達が守るからお前はその心配をする必要はない。今はゆっくり休んでくれ」
斉藤の言葉にダイゴロウは微笑んだような表情を浮かべる。そしてダイゴロウはそのままその場で寝転び、寝息を立てて眠るのであった。
◇ ◇ ◇
そんな中、アメリカ合衆国にて同時多発テロ事件が起こった。しかし、その直後にテロリストどころではない事態になった。
マンハッタン島の地底からカマキリ型怪獣カマキラスが出現。テロリストに乗っ取られた航空機を破壊した上に出現から72時間で北東方向に330キロを移動。貿易センタービル等の通過地域を破壊し尽くした。その後何とかカマキラス達は退治されたが、推定で約250万人の死傷者を出す大事件となった。それから数日後……、
「ダイゴロウ? どこ行った?」
吉井が資料室の扉を開ける。陽が傾き始めた午後の光が廊下を金色に染めていた。窓の外では職員たちが休憩室でテレビを囲んでいる。
「あそこです」
窓際に立つ斉藤が指さす先――夕暮れの崖上に茶色い怪獣の影が浮かぶ。海風に鬣が揺れていた。
「やっぱり気になるみたいですね……」
テレビから流れるのはニューヨークの惨禍だ。カマキラスによるビル倒壊の映像に職員たちが息を呑む。
「なんで昆虫みたいな怪獣があんなでかいんだよ……」
「地球の生態系崩れてんのかな」
不安の声が漏れる中、斉藤が静かに言った。
「生物が本来の可能性を取り戻してるだけかもしれん。我々が忘れかけていた『生存競争』をな」
その夜――
「申し訳ありません。このような時間に」
突然のインターホン。玄関を開けるとスーツ姿の中年の紳士が立っていた。胸には国連旗のピンバッジ。
「国連環境特使のマーク・ウィルソンです」
丁寧な日本語に職員たちが凍りつく。
「斉藤さんにお話がありまして……ダイゴロウの件です」
応接室のテーブルに広げられたのは衛星写真だった。
「世界規模で怪獣出現頻度が急増しています」
ウィルソン特使が指さす。
「アフガニスタンで蜘蛛型怪獣クモンガが大量発生しました。比較的小型の怪獣とはいえ一国にこれほどの量の怪獣が出現するのは初めてです」
「何故そんなに?」
「どうもクモンガの産地から輸送を行った際に幼体が紛れ込んでいたようなのです。そこでなのですが、ダイゴロウにクモンガ駆除に協力を要請したいのです」
「……クモンガですか」
「はい。ダイゴロウは人類に友好的な怪獣の代表です。それに戦闘能力もある」
「……分かりました。要請を受諾しましょう」
「ありがとうございます。詳細は明日にでもお話します」
翌日になって国連職員と共に会議が行われた。それによるとクモンガ駆除は三日後に開催されるとのことだった。このクモンガ駆除作戦は過去最大級の国際怪獣駆除作戦となるだろうと国連関係者は語っていた。
「すごいなあ。あのダイゴロウが外国に行くことになるなんて」
吉井が言うと斉藤は苦笑しつつダイゴロウを見る。ダイゴロウも昨日の時点で自分の使命が伝えられている。ダイゴロウもクモンガとの戦闘に向けて気持ちを固めていた。
三日後。地球防衛軍と自衛隊の合同輸送チームが月見島へ到着した。巨大な貨物コンテナをけん引したオスプレイが数十機、滑走路もない断崖の上空を旋回する。
「ダイゴロウくん、少しばかり窮屈かもだけど我慢してくれよ」
吉井が笑いながら声をかける。ダイゴロウは巨大貨物コンテナに乗り込む。オスプレイは飛び立ちアフガニスタンへと向かっていく。
アフガニスタン国境付近
砂漠に延びる仮設基地のテントでは、地球防衛軍のベルゼブ計画副責任者であるデビッド・リスター准将が双眼鏡を構えていた。
「あれがダイゴロウか……思ったより穏やかな目をしている」
ダイゴロウが輸送機から降り立つ。基地内に待機していた兵士たちから歓声が上がる。
「噂以上の大物だ」
「人類と怪獣の共存時代の象徴だな」
だがリスター准将は険しい表情で見つめる。
「本当に友好的ならいいがな」
彼の心中には疑念が燻っていた。
◇ ◇ ◇
夜半。乾燥した空気を裂くように地響きが走る。荒れ地の岩陰から蜘蛛の脚のような影が無数に伸びた。
シャシャッ……
甲殻が擦れる音。クモンガの群れだ。小さいものは2メートル程度だが、中には40メートルを超える個体も混じっている。脚は黄色と黒に輝き、背面には複眼が妖しく光る。
「第一小隊、迎撃準備!」
地球防衛軍のオペレーターが声を張る。基地周辺に配備されたメーサー車が銃身をクモンガへ向けた。その時だ。ダイゴロウが現れた。ダイゴロウは周囲を確認する。するとダイゴロウの前方50メートルの地点で人間の少女が蹲っているのが目に入った。その少女は怪獣の恐怖で腰を抜かしていたのだ。少女の周りには3体のクモンガが少女を狙っている。ダイゴロウはそれを許さないと言わんばかりにクモンガに火炎放射を喰らわせていく。
他のクモンガの何体かがダイゴロウに反応するがダイゴロウはそれらを無視して少女を救出する為に動き出す。ダイゴロウは火炎放射を放ちつつクモンガを追い払う。少女を襲っていたクモンガ達はダイゴロウを脅威と判断して引き下がった。ダイゴロウは少女を庇うように立ち塞がる。
「……ありがとう」
少女は安堵の表情を浮かべるが、そこに新たな脅威が現れる。砂塵を巻き上げながら地底から現れたのは一際巨大なクモンガ――女王クモンガだった。女王クモンガは体長80m以上もあってこれまでのクモンガとは比べ物にならないほど大きい。女王クモンガが牙から糸を吐く。粘着性の高い糸が大地に張り付き、まるで生きた罠のように展開していく。その罠にかからない様にダイゴロウが女王クモンガに近づく。ダイゴロウは女王クモンガに火炎放射を浴びせる。火炎放射を受けて苦悶の声を上げる女王クモンガ。
しかしそれでも執拗に糸を放ち続ける。しかしダイゴロウはそれを気にしないと言うように火炎放射を止めて女王クモンガに組み付く。そして首元に噛みつき毒腺を食いちぎった。その毒腺には女王クモンガの猛毒が詰まっているのだ。毒腺から漏れ出した猛毒を浴びて女王クモンガは苦しむがそれでもなお立ち上がろうとする。
「ダイゴロウ!」
斉藤の叫び。しかしそれは杞憂に終わる。女王クモンガの背に騎乗したダイゴロウが腹部を強く踏みつけると同時に脊髄を噛み砕いたからだ。断末魔すらあげられないまま女王クモンガは崩れ落ちる。そして完全に息絶えた。
「終わった……のか?」
「いや、まだだ!」
斉藤の言葉通りまだ終わっていない。周囲を見渡せば残りの小型クモンガ達が撤退を開始しようとしていたのだ。
「できるだけ逃がすなよ!そしたらまた繁殖される!」
「化け物グモめ!まとめて掃除してやるぜ!」
地球防衛軍の隊員たちが追撃を行うべく銃器を構える中、ダイゴロウが守った少女は後方にいた部隊に保護された。少女の家族は今回の作戦では不幸にも犠牲になってしまったらしい。保護された少女はダイゴロウに助けられたことに対して感謝していた。
ダイゴロウは少女を救った事で自分も活躍できたと思っているようで嬉しそうな表情を浮かべている。周囲では作戦の参加者達もダイゴロウの活躍を称賛していた。
クモンガ殲滅作戦は大成功と言ってもよかった。
この戦いでダイゴロウは延べ100体以上のクモンガを駆除し、アフガニスタンで大量発生して隣国のパキスタンやイランにも勢力を延ばそうとしていたクモンガの群れは壊滅したのだった。こうして国際怪獣駆除作戦は幕を閉じた。
「お疲れさん」
任務完了後ダイゴロウは輸送機の中で斉藤に頭を撫でられる。その目には微かな涙が浮かんでいた。斉藤はダイゴロウを月見島に連れて帰ろうとするのだが、国連から要望があった。ダイゴロウの海外派遣の期間を延長させて欲しいとのことだ。理由は近年世界各地で増え続けている怪獣被害に対する対抗手段としての役割分担とのことらしい。
要は怪獣被害が多すぎる為にダイゴロウもその一部として活用してほしいという話なのだ。これを聞いて斉藤は悩んだ。確かに最近増え続ける怪獣被害に対して何もできないというのは悔しいことだ。だからといってダイゴロウを利用されて良いわけではなかった。しかしこんな状況になってきたのも全て人間同士の争いと地球環境の悪化によるものなのである。
「分かった……認めよう」
「ありがとうございます」
「ただし条件があります。まず第一にダイゴロウの意思を尊重することです。第二に彼を兵器として扱わないこと。第三に彼に対して危害を加えないことです。この三点さえ守ってくれるならば喜んで協力します」
「分かりました。必ず守ります」
こうしてダイゴロウは更なる怪獣駆除のために旅立つことになったのである。
「これからも色々と厄介な事が続くかもしれないが頑張っていこうなダイゴロウ」
「グルルゥ〜♪」
(僕はいつだってあなたと一緒にいるから安心して)
とでも言っているかのような優しい鳴き声だった。
こうしてダイゴロウは1年近く月見島を離れて地球各地に出現した比較的小型の怪獣達相手に戦うことになるのだった。
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