竜都が核の炎に包まれる少し前。
西部戦線より僅かに進んだ海域、その名も無き島へ巨大な影が近づいていた。
全長20キロを超える巨体。都市一つを丸ごと背負ってなお余りある海龍──三龍が一柱、リヴァイアサンである。
その周囲を進むのは第二軍第四竜騎師団。師団長たるヨルムンガンドを筆頭に数多の神竜や亜神龍、水竜によって構成された、世界最強の海戦部隊であった。
『報告にあった島まで残り80
『うむ』
ヨルムンガンドからの報告にリヴァイアサンは短く答える。その声は普段と変わらず穏やかなものであれば、内心では怒りと焦りを抑えられずにいた。
その島には竜人族が囚われている。
アイトヴァラスからの報告によれば、革バッグ事件の発覚後に帝国本土へ移送される予定であった竜人族2000人が収容されているらしい。到底許せぬ事だった。
『よく視えておるわ』
リヴァイアサンは遠方に意識を向ける。
島の周囲に展開する百隻足らずの影。報告にあった島の守備艦隊であろう。
『舐められたものじゃな。パルカオンすらおらんらしい』
『仕方ありません。奴等は我々が来る事を知らないのですから』
その守備艦隊でも最大の艦は300メートル程度、それに合致する艦は旧式のナーストラ級戦艦かハヌオーン級空母である。つまり、数だけは立派でもいるのは二線級の戦力のみ。ハッキリ言って第四師団にとっては赤子の手を捻るようなものであった。
『あの程度ならば
『かしこまりました。第241騎空小隊は閣下のフォローを、それ以外は私に続け』
『『『了解!』』』
ヴェティル=ドレーキ5騎からなる小隊がリヴァイアサンに追従し、それ以外はヨルムンガンドと共に島へ向かう。
それが、破滅への道であるとも知らずに。
──────
『敵艦隊、展開を開始しました』
『ふむ……』
島の北側に密集していた艦隊がゆっくりと艦首をこちらに向ける。
ナーストラ級魔導戦艦を中心に、クリュシュナ級魔導巡洋艦、ドルガー級対空魔船、それにハヌオーン級航空魔導母艦──見事に二線級の戦力ばかりである。
無論これでも脅威ではあるのだが、相手が悪い。
『敵艦、砲撃準備に入っています』
『好きに撃たせておけばよい。お主らは下がっておれ』
『しかし、それでは閣下が集中攻撃を』
『妾を誰だと思っておる』
妾は身体を水中深くまで沈める。
直後、艦隊から無数の砲弾と誘導魔光弾が放たれ、空を埋め尽くす程の光点が一斉に妾に向かって飛来する。
だが、それらが届く事はない。
『──散れ』
その一声で海面が隆起し、高さ数百メートルにも及ぶ水の壁が現れる。
砲弾や誘導弾はそれらに突き刺さり破裂するが、そんなものでどうこうできる代物ではない。
水壁が崩れた時、敵の刃は全て墜ちていた。
『では、こちらの番じゃな』
水中を突き進む。敵は諦めずに砲撃や魚雷を繰り出してくるが、その程度で止められる妾ではないわ。
近づいた所で尾を一薙ぎ。殆どはこれで終わる。
数キロにも及ぶ長大な尾から繰り出されるその横薙ぎは、海面に巨大な波を作り出す。それは最初砲弾を防いだものよりも大きく、そして速い。
それは最早津波と呼ぶのも生温く、帝国艦隊はまるで水面に浮かぶ枯れ葉の如く頼りない。
先頭にいた対空魔船が舳先を波に向けようとするも間に合わず横倒しにされ、巡洋艦はなんとか間に合うも波の勢いに船体が耐えきれずへし折れる。
戦艦や空母には多少
たった一度尾を振るっただけ。それだけで帝国艦隊はその半数を失っていた。
『弱いのう……パルカオンか、せめてイルドラでもおればもう少しはマシであったものを』
それら最新の艦艇ならば、魔力注入によって広範囲の水流をある程度中和できる。
だからこそ、妾とて敵の正規艦隊相手には遠距離からの波攻撃ではなく直接物理攻撃を敢行しなければならないのだ。尤も、どちらにせよ手間が増えるだけで結果は変わらないのだが。
(捨て駒、か?)
そう思えてしまう程、お粗末な艦隊編成だった。
妾が近くに居る事は流石の奴等でも分かっていた筈。それだというのに、敵は何の対策もせず、かといって島を放棄する事もせずにただ質の低い艦艇を並べている。
大規模攻勢に向けて各地から戦力を引き抜いていた、といえばそれまでなのだが……何かが引っかかる。
『閣下、妙です』
『何?』
と、そこで241小隊長からテレパスが飛ぶ。
『敵の船に乗っているのは全て奴隷です。妙な首輪をつけられており、それで従わされている様です』
『何じゃと?』
彼らは妾が一撃を入れた後に敵艦隊へ向かったのだが、どうやらそこでその光景を見たらしい。
首輪というのが何かは分からないが、どうせ碌な物ではないだろう。奴隷によって動かしている二線級の艦隊……やはり捨て駒だろうが、何故そのようなことをする?
旧式でも戦力は戦力。あの傲慢な光翼人がわざわざ貴重な戦力を全滅すると分かっていながら奴隷に預けるか? 大攻勢に出ようというこのタイミングで?
『いかがいたしましょうか』
『嫌な予感がするのう……攻撃は一旦中止。哀れな奴隷達をこれ以上傷付けるのは忍びない』
そう言うと妾は水流を再度巻き起こす。ただし、今回のそれは沈める為のものではなく、艦隊をその場に押し留める為の渦だ。
出来る事ならば武装解除させて救助してやりたいが、今の人数ではどうにも骨が折れる。ヨルムンガンド達の帰投を待った方がよいだろう。
『ヨル、聞こえるか』
テレパスを送る。だが、いつもの声の代わりに返ってくるのは雑音のみ。
『ヨルムンガンド、応答せよ』
再度呼びかけるがやはり返答はない。どうやら、通信を阻害する何かしらの結界が展開されている様だ。
島へ視線を向ける。
第四師団の大半は、既に上陸を終えていた。
──────
『ヨルムンガンド様、周辺に敵影ありません』
「全部隊、警戒を維持したまま進め」
ウェルティル=リジードが爆撃した島の中心部に騎空艦が着陸する。
対空砲火は散発的で大した脅威ではなかった。悉くを神竜による精密爆撃で潰した我らは悠々と島への揚陸を果たした訳である。
私をはじめとした上位神竜達は皆今は竜人形態となっている。私についてはそもそも海中が主戦場なので陸上では役に立たないというのもあるのだが、そもそも私達がいなくとも制圧できる程度の抵抗しかなかったのだ。
微かに振動が伝わってくる。恐らくは島の外でリヴァイアサン様が戦っているものだろう。あちらが全滅させる前にこちらも片付けておかなくては。
「それにしても、あまりにも警備が手薄ですな」
副師団長のウロボロスのそれは私も同意だった。
通常、揚陸作戦というのはそれなりに被害を被るものである。だが、我らがこの一連の作戦で負った被害はゼロだ。
「既に撤退したのでしょうか」
「では、何故艦隊を残した。百隻あまりの艦隊というのは囮に使うには豪勢すぎる」
私は警戒を強める。
島の中央部には巨大な倉庫にも似た建造物が幾つも並んでいる。アイトヴァラスからの情報によれば、竜人族はそこに収容されている筈だった。
『こちら第244騎空小隊、施設の入り口を発見いたしました』
「無理な破壊はするな。生存者を傷付ける可能性がある」
私の魔力探知は、確かに竜人族特有の魔力を施設の内部に感じていた。念の為である。神竜と違い、竜人達の身体は脆いのだから。
小隊長がレーザーで器用に蝶番を溶断し、アダマンタイト製の扉を剥ぎ取る。
──瞬間、私達は息を呑む。
「うっ……」
「こ、これは……」
扉が剥ぎ取られた瞬間、中から臭気が溢れ出す。
血、排泄物、腐敗した肉──それらが混ざり合った、吐き気を催す悪臭にその場にいた者達は思わず口を押さえて目を逸らす。
「ッ……」
そんな彼らを押しのけて私は施設の中に踏み込んだ。
薄暗い室内には無数の檻が並べられており、その中に青白い鱗を持つ竜人族達が詰め込まれている。
またある一角には女の竜人族がまるで牛の様に繋がれており、その腹は例外なく膨らんでいる。そんな彼女らが産んだのであろう子供達は、これまた粗末な檻の中に詰め込まれていた。
要するに、彼ら彼女らはここで"養殖"させられていたのだ。
「治療班急げ!!」
ウロボロスが指示を出す中、私はただその凄惨な様子を見つめている事しか出来なかった。
ぽたり、ぽたり、と血が床に滴る。握りしめた自分の掌を自らの爪で貫いてしまったらしい。
「……こんなもの、人類にする仕打ちではない」
私は呟き、女達を繋ぐ器具を破壊する。
そして倒れ込む彼女らを抱き支える。よく見ると、彼女らの目と角は抉り取られていた。鱗にも一度剥がされた痕があり、呼吸も浅い。
「気をしっかりと持て。私は第四師団長のヨルムンガンドだ。もう安心だぞ」
「……いん、ふぃ……」
「もう光翼人はいない。お前達は家に帰れる」
安心させるために言葉を続け、その間に治癒魔法をかけ続ける。失われた目を取り戻す事は叶わないが、体力を回復させる事はできよう。
だが、彼女の顔に浮かんだのは安堵ではなかった。
「にげ、て……」
「何?」
「ここ、は……あい、つら、は……こ、こ……を……」
彼女は震える手で私の腕を掴む。
──刹那、島の地下深くから魔力反応が立ち上る。
形容しがたい程異様で、余りにも禍々しく、そして何よりも──強大だった。
何かがここで、炸裂しようとしている。
「ウロボロス──ッ!?」
私はすぐさまウロボロスに"無限"の展開を指示するが、瞬間言葉にできない程の脱力感が身体を襲う。
それは私だけではないようで、当のウロボロスや他の神竜達も同様だった。
……彼女らは知る由もないのだが、この瞬間、竜都にコア魔法が投下されていた。
それによって彼女らの力の幾ばくかが喪われ、結果としてウロボロスは無限の展開が間に合わなかった。
一応フォローしておくと……仮に展開出来ていたとしても、コア魔法を防ぐ事はできなかった。
何が言いたいかといえば──
「すまない──」
私は女性を抱き締める。
──彼女らは、ここに来た時点で詰んでいたのだ。
──────
『……は?』
妾は夢でも見ているのだろうか。いいや、そうでなければおかしい。
何故──島が、大爆発を起こしている?
『閣下! お逃げくだ』
小隊長の言葉はそれ以上続かなかった。
島から放たれた猛烈な衝撃波によってその身が砕け散ったからである。
妾の身にもそれは叩きつけられ、ここまで幾度となく勝利してきたその身体も容赦なく砕かれていく。
だからこそ、その直後に襲い掛かった熱からも逃げる事はできなかった。
身がへし折れ、砕かれ、そして焼かれていく。
大量の血と肉が舞い上がり、熱波によって蒸発する。
視界が白く塗りつぶされる。最早痛みすらも感じない。
自分ですらもこうなのだ。間違いなく、島に居たであろう皆は──
『ヨ、ル……』
そうして、妾は深海へと沈んでいった。
自分の意思ではなく、初めての敗北の結果として。