〈ミリシエント大陸 パムナ平野〉
「ヴァルニーク閣下! 東方より急速に近づく物体あり! 神竜かと思われます!!」
「何だと!? 馬鹿な、早すぎる……総員戦闘配備!! 迎撃しろ!!」
竜都を灰燼に帰したパルカオン級機動要塞『ディスパティール』の艦橋で、レーダー員の悲鳴にも似た報告が響き渡る。
それに対し要塞司令のヴァルニークは顔を青ざめさせつつも迎撃指示を出す。
「騎種識別……フェルニゲス、ケツァルコアトル、ケツァルペトラトル!!」
「艦対空誘導魔光弾及び各砲塔発射用意!!」
「航空隊出撃せよ!!」
「水属性魔力注入!! 装甲強化急げ!!」
本来の予定ではインフィドラグーン軍の到着はもう少し遅い筈だった。旧式艦ばかりの東方の囮艦隊の対応に加えて、軍を率いるのだから。それまでに帝国軍の増援がリヴァイアサンが守備していた方角より侵入する手はずであった。
だが、インフィドラグーン軍は想定よりも数日早く到着した。それは何故か?
『射程に入った……総員分離! 私達の後に突撃!!』
『『『了解!!』』』
フェルニゲスのそのテレパスによって、高速で飛んでいた三騎から神竜達が分離する。
今現存している神竜の中で最も足の速いフェルニゲス、ケツァルコアトル、ケツァルペトラトル──その三騎に他の下位神竜達が掴まる事で、これほどの素早い移動を可能としたのだ。
無論その分運べる数も少なくなるが、今はとにかく現状の確認が第一だと考えたアジ・ダハーカは向かってくる艦隊をよそに彼女らを送り出したのだった。
ディスパティールから次々と誘導弾や砲弾が撃ち出される。
いつもであれば結界があるので大して気にも留めないが、龍神との接続が切れた事で強固な結界の構築は不可能となっている。
インフィドラグーン軍も誘導魔光弾を発射しその全てを迎撃する。ディスパティールは武装の多くを竜都攻略戦で使い切っており、発射される物量もたかが知れていた。
そして。
「フェルニゲス、光線発射──」
兵士がそう言った直後、赤紫色の閃光がディスパティールの甲板に直撃し大爆発を起こす。
だが、龍神が消えた影響はここにも出ていた。
「ッ……被害状況を報告せよ!!」
「前方主砲及び副砲消失! 機関の一部にも損傷が出ております」
「だが耐えた……そうだな!!」
「ハッ!!」
「よおし、生き残った砲塔でトカゲを狙え!!」
ディスパティールは未だ健在であった。
パルカオンは重装甲であるが、それでもこれまではフェルニゲスの一撃によって消滅していた。
それが今は、上部デッキの一部が破壊されるだけで済んだのだ。艦橋要員の表情が一瞬明るくなる。
その直後、猛烈な振動が彼らを襲う。
「ッ、なんだ!?」
「魔力解析完了……風の刃です! それが本艦に命中した模様!!」
「両舷速射砲塔沈黙!!」
ヴァルニークは絶句する。その報告は、竜へ向けられる戦闘力がほぼ消失した事を示していたからだ。
その攻撃は、ケツァルコアトルとケツァルペトラトルの放った風刃であった。
風竜が放つそれよりも遥かに高い威力と射程を誇るそれは、僅かに残っていた戦闘力を奪いフェルニゲスの魔力充填時間を稼いだのだ。
「こ、こうなれば……」
ヴァルニークは手元のスイッチに指をかける。
それはディスパティールの機関部に密かに設置されていたコア魔法の起爆装置であった。
万が一の際にはこれで敵を道連れにせよ──皇帝から直々に下されていた命令である。
彼にとって畏敬の対象である皇帝。出撃前は、即座に自爆する覚悟であった。
だが──彼は、躊躇った。そしてその隙が命取りとなってしまう。
「敵騎、直上──!!」
「しまッ──」
『吹き飛べ!!』
ディスパティールの直上にまで接近したフェルニゲスが超至近距離から光線を放つ。
それは重装甲化されていた艦橋を貫き、その先にあった機関部も同時に蒸発させる。
コア魔法は非常に繊細な魔法であり、正しい手順で起動しなければ爆発する事はない。フェルニゲスは、間一髪の所で助かったのであった。
「酷い……」
コツ、コツ、と竜都だった場所をフェルニゲスとヴェティル=ドレーキ2騎が歩く。
かつて全世界の華と讃えられた荘厳な都市は、今や瓦礫の山と化していた。あれほど権威の象徴であったウィルマンズ城など最早どこにあったかすら定かではない。
辺りには異様な魔力が満ち、空からは黒い雨が降っている。それらはヴェティル=ドレーキの白銀の髪や翼に黒く悍ましい染みを作っていく。
「生命反応ありません……龍神様の加護も……」
「……っ」
部下の言葉にフェルニゲスは顔を顰める。
飛んでいた段階から何となく覚悟はしていたが、それにしても実際に目の当たりにすると目を背けたくなる。
2,300万人がここに住んでいたのだ。
それが今では、動くものといえば風に舞う灰しかない。人がいた痕跡としては、地面にある黒い影だけ。それすらもこの黒い雨で洗い流されようとしている。
「一体ここで何が……ジビルが落とされたってこんな事には……」
ジビル──帝国が使う高威力魔導爆弾の名である。
だが、それにしてもここまでの惨状になることはないし、何よりもジビルの威力では竜都に張られた結界を抜く事は不可能だ。
そもそも竜都はバハムート率いる部隊が守っていたのである。恐らく敵の戦力は、どうやって現れたか分からないあのパルカオン一隻。あれに積めるだけの戦力では、バハムートを殺害した上で竜都の結界を抜き、都市を消滅させる事など不可能である。
「バハムート様……」
フェルニゲスはここに来る途中で見かけた死骸を思い出す。
平野の中、恐らくはパルカオンに地を這ってでも向かおうとしたのだろう。無数の砲弾によってぐちゃぐちゃにされた竜の死骸がそこに墜ちていた。
あのような姿になった伝説の竜など、見たくはなかった──
──彼女がそんな事を考えていた、その時であった。
「……!? あ、貴方、大丈夫ですか」
「へ? ……え、なんで、血が」
不意に見た部下の鼻から、どす黒い血が流れだしていた。
やがて血は目からも溢れ出し、地面に雨よりも濃い染みを作っていく。
「貴女も──ッ、急いで離れますよ!!」
「へ、わ、私、なんで」
慌ててもう一人の部下も見るが、やはり鼻と目から血が流れている。
毒か呪いか──兎も角、ここにいる事が原因である事に間違いはない。フェルニゲスは咄嗟に二人の手を掴み、急ぎ竜都から離れる。
『全部隊に通達!! 竜都及びその周辺に正体不明の毒物もしくは呪詛が展開されています!! 解呪されるまで接近を固く禁じます!!!』
飛んでいる間に通信が届く全部隊に向けてテレパスを放つ。
ヴェティル=ドレーキがこれほどの速度で血を流す毒──恐らく、私の身体も既に蝕まれているだろう、彼女は確信する。
仮にこれが呪詛であったならば、接近するだけで伝播する可能性もある。
トリガーは何か……あの黒い雨だろうか、もしくは竜都一面に充満していた特異な魔力だろうか。だが、そのどちらからも呪いの類は感じとれなかった。
ならば毒か? しかし、そういったものに対しても危機察知能力が発動する筈である。
何はともあれ、彼女はすぐに部隊に戻る事はなく、一旦離れた場所に着地する。そして、軍服を脱がし原因の可能性がある黒い雨と特異な魔力を水からの魔力がこもった水魔法で洗い流す。
──偶然にも、この時の彼女の対処は限りなく正解に近いものであった。
彼女らが受けたものは毒でも呪詛でもなかったが、汚れた衣類を除去し身体を洗浄する事自体は必要な行為であったのだ。
放射能──別世界において、圧倒的な力の代償として人類を苦しめるそれは、この世界においても竜達を苦しめていた。