「ほ、本日より第一軍改め第三軍軍団長を拝命いたしました。ふぇ、フェルニゲスです……よ、よ、よろしくお願いします……」
自分よりも一回り小さな背丈を更に縮こませながら、その黒髪の少女はそう言った。
三龍の最古参、バハムートが歳の為に引退するといい、一体誰が後任として選ばれるのか。三龍はそれぞれ陸、海、空の強者から選ばれる。
引退したバハムートは陸戦の要素も強かったが空戦能力も格段に高かった。そしてアジ・ダハーカとリヴァイアサンはそれぞれ陸と海を担当しており、次に選ばれるのは"空"の龍からだ、というのが共通認識であったのだ。
そしてその次に揃っていた認識が、後継者が誰なのか、という事。第三軍、当時は第一軍だったが、そこで筆頭を務めていた上位神竜──即ち、自分ことニーズヘッグだった。
しかし実際に後継者が発表され、軍団長として挨拶に来たのはそれまで名前すら知らなかった幼竜であった。
当初は全く納得がいっていなかった。それを誰かに伝えるような事はしなかったが、それでも何故こんな小娘が自分の頭上を通り越して志尊の座に就いたのだ、と。
けれども、今なら分かる。
三龍とは、如何なる戦況であったとしてもそれをたった1騎で好転させるような、圧倒的なまでの"武"を求められているのだと。
そして今のこの状況をただ維持する事しか出来ない自分は、到底その器ではなかったのだ──俺は、部下から伝わってくる悲惨な状況を聞いて、そう改めて思い知った。
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〈ミリシエント大陸東方 パムナ平野〉
「これは……一体……」
「ファフニールさんにも分かりませんか」
「少なくとも毒ではないですね。この私が分からぬ毒などある筈がありませんので」
東部戦線より移動した第一軍と第三軍第九竜騎師団は一時的にパムナ平野に陣を敷き、暫定的に全軍本部としていた。
そこの一角、野戦病院にて2騎の神竜が寝かされており、それを一人の青年が診断している──第一軍、第一竜騎師団長のファフニールだ。彼は毒を操る関係上インフィドラグーン随一の薬学知識を持ち、竜都に赴いた
突然目と鼻からどす黒い血を流し始めた2騎。呪詛の類でない事は既に分かっており、であれば毒を疑ったのだが医師は匙を投げ、ファフニールにお鉢が回ってきたのだ。
だが、そんな彼ですらこの症状に名をつける事は出来ないらしい。
「まさか、いやしかし……」
「何か心当たりが?」
と、そこで彼が何か思い当たった様に口に手を当てる。
「……黒龍嬢、貴女がした処置は実に正しかった」
「へ?」
「もし身の着のままここに連れ込んでいれば、この場に居た全員が同じ症状に陥っていたかもしれません」
そして、彼は言う。
「放射線、という言葉をご存じですか?」
「ほうしゃせん……?」
「私の学者仲間で天文学者であるヴァルハルクという龍がいるのですが、彼が宇宙について研究している中にそんな言葉があったのを思い出したのです」
彼が言うには、その放射線というのは目に見えない粒子、または電磁エネルギー波であり、それを多量に浴びた者は様々な障害を引き起こすのだという。
そして、あまりにも一度に大量の放射線を浴びると、竜の場合はまず開口部からの出血を引き起こす──
「ってことは、私もですか」
「私は専門外なので何とも言えませんが、貴女は三龍です。下位神竜とは身体の強度が違う──そうとしか説明が付きません。ただ覚えているのはその放射線を浴びた者は少なからず汚染されていて、その汚染された者に近付いただけでも同じく汚染されてしまう、という事です。ですので、貴女は服を処分し身体を清潔な水で洗浄したのは正しかった」
彼のその言葉は、この絶望的な状況下で多少は慰めになる。
「所で、そのヴァルハルクさんは今どこに?」
「……家は竜都にありました」
だがその慰めも、一時のものにしかならなかった。
「ここから先はこの俺様に従ってもらう。いいな?」
「第三軍軍団長、異議無いです」
「国境守備軍軍団長、異議無いよ」
参加した者の過半数の賛成により、暫定的に現インフィドラグーンの指揮権は第一軍軍団長にして三龍が一角、アジ・ダハーカに移譲される事となる。
中央竜都司令部が無力化、またはそれに状況に陥った場合招集可能な昇殿騎*1にて採決をとり、過半数の賛成を持って暫定国家指揮権を移譲するものとする──法には記載してあったが未来永劫使う事のないであろう条文が今、効力を発揮している。そんな日など、来てほしくなかった。
憂鬱な気分になっていると、アジ・ダハーカが吐き捨てる様に言う。
「まずは戦線を縮める。気に食わねェが……龍神様がいねェ今、このクソデケェ前線を維持する力は俺達には無ェ」
彼の言う通り、龍神様や中央司令部が竜都と共に消滅した今、インフィドラグーンの戦力はそれだけで事実上半減している。
そして私達は連戦連勝により戦線をかなり拡大している。それはあくまでもこれまでの戦力が維持できていればこその物。現有戦力では維持は困難だろう。
「東はグラメウス、南はブランシェル、そして西はイルネティアまでを放棄する。フィルアデス、ロデニウス、ベスタル、マイル群島*2を絶対防衛圏に指定。防衛しつつ反撃の機会を窺う」
「となると撤退戦だね。所で、西部戦線とはまだ連絡がつかないのかい? ……リヴァイアサンとも?」
「……あァ。でもあのババァが死ぬ訳ねェからな。あのキメェ魔力でテレパシーが妨害されてるだけだろ」
ククルカンからの問いに彼は一瞬悲痛な表情を浮かべるもすぐに元の不機嫌そうな顔に戻し、そう吐き捨てる。
後日知った事だが、その想定は半分正解で半分正しかった。
竜都に投下されたコア魔法の残滓によりテレパシーが妨害されていたのは事実。現にルーンポリス守備隊からの救難信号が私達まで届いていなかったのだ。
だが、仮にそれが無かったとしてもリヴァイアサンには繋がらなかった。何しろ──この時点で既に、彼女含めた第四竜騎師団は全滅していたのだから。
ともあれ、この時点ではそんな事知る由もない。全長数十キロメートルにも及ぶリヴァイアサンが死ぬとは誰も信じられなかっただろう。
「とにかくフェル、お前は
「は、はい」
「俺の予想だが……俺らが東部で戦うつもりだった戦力がそのまま西部にいる筈だ。いや、それより多いかもしれねェ。いつでも呼べ」
「そ、そんな……でもアイさんは「あいつの事はもう忘れろ!!」っ……」
私がその名前を言った瞬間彼が声を荒げる。
だが、その理由は充分に理解できる──彼女の情報をもとに行動した結果、私達は無駄に戦力を移動させられ、その挙句竜都は壊滅したのだ。
裏切りか、はたまた洗脳か……どちらにしても、彼が憤るのも無理はなかった。
「……とにかく、事態は急を要するね。私は早速グラメウスに向かうよ。民間人を一人でも多く疎開させないと……」
ククルカンは立ち上がり、去り際に私の耳元で囁く。
「辛いだろうけれど彼の言う通りだ。今後アイトヴァラスから何かしら通信があったとしても絶対に無視するように。いいね?」
「はい……」
「いい子だ。じゃあ、またね」
そう言って彼女は出ていった。
そんな彼女の後を追う様に、私も外に出る。
竜都から漏れ出た不穏な魔素が、鼻腔の奥底を刺していた。
かくして私は第九竜騎師団を連れて西部戦線へと向かっていた。
だがその最中、西部の都市ルーンポリスより救難信号が届く。話を聞く限り事態は急を要する様で、しかもそれなりの戦力が必要である様だ。
私はケツァルコアトル・ペトラトル両騎をそちらに向かわせることとし、私自身は竜騎師団を連れて引き続き西部戦線のニーズヘッグのもとへ向かうのだった。