この世界は、主に2つの国家に分かれている。
1つは"ラヴァーナル帝国"。どこからともなく現れた、世界でも類を見ない程に魔導技術を発展させた国家である。国民はその全てが"光翼人"と呼ばれる種族。彼らは皆傲慢かつ残忍であり、数多の奴隷を用いて悠々自適な生活を送っている。
この世界に現れ、瞬く間に周囲の国家を制圧していった帝国だったが、そんな彼らですらも手を出さない国があった。
それがもう1つの国──"インフィドラグーン"。龍神が治める国家であり国民は竜種、竜人族、そして彼らに庇護を求めてきたそれ以外の種族。彼らは前者2種と比べれば立場は低かったが、それでもラヴァーナル帝国よりかは遥かにマシであった。
さて、そんな両国だが明確に敵対はしていないものの友好的関係も築いていない。お互いの領域ににお互いの種族を入れたくない、という意識は共通しており、同時にしかし微かでも国交だけは繋いでおきたい、という意識もあった。
結果として、お互いの領域の丁度中間にあるイルネティア島に領事館を設置する事で落ち着く事になる。
先述した通り、両国は戦争状態にある訳では無い。上層部は相手の力を認識し、刺激しない様に動いていた──そう、これまでは。
「おお、これはこれはイルルヤンカシュ殿。よくぞ参られたな」
「……私が直々に出向かなければならない程の事態であるものでな、グースヌシー殿」
ラヴァーナル帝国領事館の一室にて、でっぷりと肥えた男が青髪の青年を出迎える。
前者はラヴァーナル領事、グースヌシー伯爵。典型的な帝国貴族であり相応の差別意識を持ってはいるがある程度までは隠せる、肥えた中年男性だ。
そして後者はインフィドラグーン領事、イルルヤンカシュ。長い蒼髪と鋭い視線が特徴の長身の青年であり、イルネティア駐屯軍──第二軍・第六竜騎師団師団長も兼任している。
「今日は一つ、訊きたい事があるのだが」
「ほう? 珍しいな」
「これについてだ」
イルルヤンカシュは懐からある物を取り出し、机に置く。
それは青い革で作られた革バッグ──言わずもがな、竜人族の革で作られた物であり、アイトヴァラスが入手し証拠品の一つとして竜都に送っていたのだ。
彼自身、これだけで素直に罪を認めるとは思っていない。考えるのも悍ましいが……自分達で作ったのだろう、そんな逃げ道もあるからだ。だからこそ、現在進行形で竜人族の"養殖"現場を押さえる為に第三軍が動いているのである。
果たして、その醜悪なる罪の証拠を突き付けられた伯爵は──笑っていた。
だがその意味は、イルルヤンカシュが想像していた物とは正反対で。
「──ほう! 貴殿もそれの素晴らしさに気付いておられたのか!」
「……は?」
彼が呆気にとられていると、伯爵は笑顔で背後から同じく青い革で作られた長財布を取り出して見せる。
「最近はバッグ以外の革製品にも手を出していましてな。どうですこの財布、見事な出来栄えでしょう」
「なにを」
「しかし最近、需要が高まりすぎて養殖だけでは足りなくなってきておりましてな。狩りもしているのですがどうしても効率が悪い」
「……」
「貴殿らも魅力に気付いているのであれば話が早い。そちらから
悪びれるどころか、べらべらと自らの悪行を述べていく彼にイルルヤンカシュは思わず声を荒げる。
「もううんざりだ……伯爵、アスタルテライデー*1はもう終わったのだぞ」
「嘘などついてはおりませんぞ。それとも……そうか、対価の話がまだでしたな。たかだかトカゲの革に金を払うというのも不思議な話ですが……致し方ない、こちらは月に3万ミリルをお支払いいたしましょう」
3万ミリル──インフィドラグーンの竜人族の平均月収の十分の一以下である。
イルルヤンカシュは立ち上がり、踵を返して帰ろうとする。一秒でも早く、こんな空間から逃げ出したかったのだ。
だがその直前、伯爵が呼び止める。
「もう帰られるのか。良い時間だ、食事くらいはしていかれぬか?」
「食事など……!」
「今日はいつにもまして豪勢なものを用意しているのですよ」
パチン、と指を鳴らすと、彼の言った通り豪勢な食事が運ばれてくる。
白パンにスープ、サラダ、そしてステーキ……彼の目を最も引いたのは最後の品だ。
「……その、肉は」
「これですかな? これは水竜の肉を焼いたものに蜥蜴人の骨でとったソースを──」
ブチリ、彼の中で何かが千切れる音がした。
──────
───
─
「フェルちゃん、久しぶりだね」
「アイさん!」
「しーっ、静かに。一応ここは敵地だよ」
「あっ、そ、そうでした。すみません……」
インフィドラグーンより東部に位置する島、カルアミーク島。
輪状の小高い島に囲まれたここにはラヴァーナル帝国による竜人族の"養殖場"が存在しており、そこから彼らを救出するべく私は単身潜入した。
潜入自体は簡単だった。私達神竜はレーダー波や魔力反応を極限まで抑える特殊な結界術を生まれつき持っており、それらと目の前の女性──アイトヴァラスが開発した"変身魔法"を駆使すればこの程度の辺境であれば潜入は容易い。
アイトヴァラスはメガネをかけた知的な見た目の女性である。
神竜としては戦闘力がほとんどない彼女だが、如何なる姿にもなれるという唯一無二の特性を活かし諜報員として活動しているのだ。
そして、そんな彼女が自らの身体を解析し生み出したのが"変身魔法"であり、魔力消費が激しく高い魔法適性が必要という欠点はあるもののこれによってインフィドラグーンの諜報活動は遥かにやりやすくなったのである。
そんな、自身の得意分野を最大限伸ばし活用している彼女の事を、私は昔から尊敬していた。
話はこのくらいにしておいて、本題に移ろう。
「竜人族が囚われているのはこの先の施設さ。第九師団の到着予定時刻は?」
「二時間後です」
「充分だね。さ、行こうか」
島の中を、光翼人に扮した私達が歩く。
アイトヴァラスは兎も角、私の変装は体質ではなく魔法である。これが帝国本土などであれば通用しなかっただろうが、ここは帝国から見ても僻地でありそこまで警戒レベルも高くない。
彼らはどうやら、竜人族が逃げ出す事は警戒していても外部から潜入される事には全く気にしていない様子であった。
施設に侵入し、警備員を絞め落とし、やがて辿り着いたそこには見るも悍ましい光景が広がっていた。
そこには服も着せられず、虚ろな目でぶくぶくと肥え太らされた竜人が数多く繋げられていたのである。その足元には吐瀉物の様な見た目をした何かが入った長い箱が置かれ、彼ら彼女らはそれに首を突っ込んでむしゃむしゃと貪っているのだ。
「……っ」
「……早く助けよう。これ以上、彼らの尊厳を損ねる訳にはいかない」
「は、い……」
私は絶句した。果たしてこれが人類に対する仕打ちなのだろうか。
何故光翼人はこんな事を平気で行えるのか……戦争だけは回避したいと考えていたが、実際にこれを目の当たりにしてしまうとその考えも薄れてしまう。
また、竜人族以外にも水竜や風竜といった属性竜達も同じく"養殖"されていた。
彼らは人類ではないが、知性を持ちコミュニケーションがとれるれっきとした我らの同胞だ。それをこんな扱いにするなど、断じて許せなかった。
丁度水竜が屠殺されようとしていた現場もおさえた。どうやら光翼人は彼らの肉を好んで食べているらしい……イルルヤンカシュなどは水竜に対して異様な愛情を持っているので、恐らくこんな場面を見たら即座に激高して光翼人を皆殺しにしてしまうだろう。
そうして、私達が彼らの居場所をマークしている時だった。
『フェルや、聞こえるか?』
「……リヴァイアサン様!? ど、どうされたのですか」
脳内にテレパシーで少女の声が聞こえてくる。
それは私もよく聞き覚えのある物──三龍が一角、リヴァイアサンの声だ。
『イルルがやらかしおった。もう我らは戦争状態にある』
「……そうですか」
『む、動揺が少ないのう……そこは、それほどまでに酷いのか』
彼女の声から、私を気遣ってくれているのが伝わってくる。ありがたいことだ。
まあ、これで兎も角──
『派手に暴れてよいぞ。もうそやつらは我らの敵なのじゃからな』
「分かりました……カルアミーク島を殲滅します」
──────
【ラヴァーナル帝国】
〈カルアミーク島陸上基地駐屯部隊〉
パル・キマイラ級飛行戦艦 2隻
ヴィジャインⅢ型制空戦闘機 15機
ヴァーストラ型攻撃ヘリ 20機
ドゥルガーⅡ型全地形対応双脚戦車 5両
〈第192任務部隊〉
ナーストラ級魔導戦艦 1隻
ジャヤルタ級魔導巡洋艦 3隻
シアタ級対空魔船 6隻
【インフィドラグーン】
〈第三軍〉
上位神竜(フェルニゲス) 1騎
──────
身体が光に包まれ、その中で姿が変わっていく。竜人としての姿から、正真正銘"竜"の姿へと。
神竜と亜神竜には二つの姿があり、一つは竜人形態、そしてもう一つは神竜形態だ。神竜としての姿は巨大なものが多く、通常の社会を構築する上では不便な点が多い。そこで龍神は考えた。彼らに、もう一つの姿を与えてはどうか、と。
全ての神竜に同じ様な体躯の姿を──選んだのは、この世界で最も数が多い知的生命体、人類の姿であった。
全長50m程の黒紫色の体躯を持つドラゴン、それがこの私、フェルニゲスである。
他の上位神竜達と比べるとやや小柄な部類に入り、特段何か特殊能力がある訳ではない。
ただ、それでも三龍に選ばれたのであればそれ相応の仕事はしよう。
『アイさん、同胞をよろしく頼みます』
『ああ。任せてくれ。君こそそのお手並み拝見させてもらうよ』
『ま、まあ……見ていてください』
アイトヴァラスが竜人達を救出しているのを庇う様に立ち、結界を張る。刹那、無数の光弾が命中し結界を波立たせる。
眼下では光翼人達が慌てふためきながら移動式の魔光砲や銃をこちらに向けて放っているが、その程度で傷つくようなヤワな身体はしていない。尾の一振りで彼らは吹き飛ばされ沈黙する。
意識を少し集中させ、魔力感知範囲を島全体に広げる。
どうやら彼らの駐屯基地が東部にあるらしく、慌ただしくパル・キマイラや
港では軍艦の魔導機関の釜が焚かれている。こんな辺境にも戦艦を配備しているのは流石としか言いようがないが、まあこの程度の数であれば私の敵ではない。
距離は大体200km程度だろうか。このくらい密集してくれているのであれば楽だな。
私は少し飛び上がり、口を開け魔力を溜めていく。
と、そこでこちらに高速で向かってくる物体を幾つか感知する。どうやら誘導魔光弾を放った様だが──
──私の方が速い。
私は口から赤紫色の高密度のブレスを放つ。
レーザーにも見間違う様なそれは音の数百倍もの速度で空を切り裂き、向かってきていた誘導魔光弾を蒸発させ、駐屯基地に命中する。
刹那、巨大な爆発が巻き起こる。それは一瞬にして基地の全てを蒸発させ、更に島を取り囲む輪状山脈の一部を削り取りその先の港をも破壊する。今まさに動き出そうとしていた戦艦や、こちらに誘導魔光弾の照準を合わせていた対空魔船らは爆発で投げ出され、悉く爆沈する。
後に残されたのは、紅く溶け爛れ削り取られた土地と山脈だけ。島にはまだちらほらと兵器の魔力反応があるが、建物の中に隠せる程度の代物など恐れるに足りない。
ちらほらと空に浮かび上がる反応がある。どうやらこの島の光翼人達がヘリで逃げようとしているらしく、私は誘導魔光弾を放ってその全てを撃墜する。
眼下では救い出された竜人達が見えるが、アイトヴァラスが何を話しかけても言葉にならない呻き声しか上げない。言葉を教わっていないので野性的な"鳴き声"しか上げられないのだ。
同胞にこのような仕打ちをしておいて、大人しく逃がす訳がないだろう──そんな私の脅しが伝わったのか、その後逃げ出そうとする者はいなかった。
それから十分後、予定よりも早く第九師団が到着した。
バッサバッサと巨大な羽を羽ばたかせて二騎の巨大な鳥の様な竜が私の前に降り立ち、挨拶替わりのテレパシーを送ってくる。
『こちらケツァルコアトル! 最速だよっ!』
『こちらケツァルペトラトル、最速です』
『元気ですね、二人とも』
二人はインフィドラグーンの中でも随一の速さを誇る竜であり、だからこそ今回最初に到着する役割を与えたのだ。
彼らを始めとした神竜達が牽引してきた騎空艦──羽ばたく巨大な翼によって空を飛ぶ艦である──が幾隻も着陸し、そこから兵達が下りては囚われていた竜人族や属性竜達をのせていく。
その竜人達の異様な状態に、ある者は絶句し、ある者は怒りに震え、ラヴァーナル帝国への憎悪を高めていく。
『それにしてもこれは……ボクたちが出る幕ないね』
『フェルお姉さんの手伝いができると思って急いで来たんですけど……やっぱり強いですね』
と、未だに溶融した岩がドロドロと流れている基地だったものを見ながら二人は言う。
戦闘自体にかかった時間は多分五分もない。まあ私がしたことといえば基地に向けてビームをぶっ放しただけなので当然であるが、私が強いというよりかは敵が弱すぎただけである。
兎も角、これにてカルアミーク島での戦いは終わった。
が、この事件においてはもう一つ戦闘があった。
それは──
【登場人物紹介】
・イルルヤンカシュ
第二軍、第六竜騎師団師団長。
蒼い長髪と鋭い視線、そして放つ威厳が特徴的な青年。
神竜形態は全長1kmほどで、首長竜を巨大化したような見た目のドラゴン。水を操る事が可能。
基本公正な判断を下す為、神竜達の仲裁役となる事が多い。ただし水竜を溺愛しており、これが絡むと一気にポンコツになる。
・グースヌシー伯爵
ラヴァーナル帝国、イルネティア島駐在領事。
でっぷりと肥えた中年男性。
すぐ死ぬ伯爵。