「エクソシストと悪魔か。僕に何の用?」
自宅に訪問してきた男女を見て一誠は片眉を上げた。
「私たちは、君と"取り引き"がしたくて来たんだ」
「"取り引き"?」
「簡単に言えば、私たちが君と教会・悪魔との間の折衝役をしたい」
エクソシストの青年は一通りの己の意見、その取り引きの利点を述べる。
「君も、これ以上教会や悪魔との関係を悪化させたくはないだろう?」
「別に。教会の神に対する信仰心は持ち合わせてないし、僕としては別に関係断絶で十分かな。両方ともトップと直で話したから、次があったら滅ぼすだけだし」
青年は絶句する。代わりに悪魔の女性が口を開く。
「ごめんなさい、彼、エクソシストだから信仰心が厚いのよ」
「見ればわかるよ。でも、悪魔と結ばれたいなら信仰を捨てる方が早いと思うけど。悪魔が天使になることはできないんだし」
さらっと返された言葉に二人は赤面する。
「道ならぬ恋ってやつ?相反するものなら、どっちも捨てたくないって駄々を捏ねていたら両方とも失う事になるだけだと思うけど。二人共あんまり強くなさそうだし」
強ければ道理を引っ込ませることもできるだろう。けれど、弱いなら、子供が駄々を捏ねても親の意向に逆らい続けることができないように、いずれは限界が来る。意思を貫くには強さが必要になるのだ。
「…そう簡単に捨てられるわけがないだろう」
「簡単じゃないから捨てなきゃいけないんだよ。捨てられないなら、その程度のものなんでしょ」
恋のために信仰を捨てられないなら、その程度の半端な情なのだろう。
信仰のために恋情を断ち切れないのなら、その程度の信仰心なのだろう。
そういう、中途半端な気持ちなのだと一誠は言う。
「なんだと」
「我侭を言えるだけの強さがないなら、何かを
そして、目の前の二人にそんな我侭を押し通せるだけの強さはない。
「「・・・」」
ふと、何かを思いついたというように一誠は笑う。
「"取り引き"、してもいいよ」
「!」
「本当か?」
「但し、こちらから一つ条件がある」
子供の無邪気さで、一誠は告げる。
「僕は何処の勢力にもつく気はない。だから、僕の代弁をすると言うなら組織への所属を辞めてくれるかな?」
「それは…」
要するに、二人に今の地位を捨てろと、一誠は言っているのだ。
「元々僕は不干渉のための
結局のところ、"取り引き"は二人が一誠とアポロの威を借りて教会と悪魔からの保身を行うための手段なのである。
例の騒動の前だったらわからないが、一誠にはもうそのような交渉役は必要ない。既に己の暴威を示し、自分たちに下手な危害を加えなければ再びそれを振るうことはないことを約束している。それ以上望むことがないのだから、これ以上の交渉は必要ないのである。
「…私はそれで構わないわ」
「クレーリア?」
「正臣、彼はあなたに教会を出ること、私に今の地位を退くことを求めてはいるけれど、個人の信仰を捨てろとまでは言っていないわ。ただ、一個人としてなら"取り引き"に応じる、と言っているに過ぎないのよ」
「うん、そう取ってくれて構わないよ」
一誠は青年の気持ちそのものにさして興味がない。何を信仰しようとそれは個人の自由だと思っている。ただ、いずれかの勢力につくつもりがないだけだ。
「…だが、エクソシストをやめて、僕にどう生きていけというんだ。自慢じゃないが、ずっとそれ一筋で生きてきたんだぞ」
「そんなの、どうとでもなるわよ。まだ十分若いんだし。なんなら、私が稼いで正臣が家のことをやってくれてもいいわけだし」
「いや、男として、女性に養われるというのは…」
「で、どうするの?"取り引き"するの?しないの?」
「…"取り引き"しよう。私はただの八重垣正臣として君と"取り引き"したい」
「私はクレーリア=ベリアルよ」
「僕は兵藤一誠だよ。よろしく、八重垣さん、クレーリアさん」
にこり、と一誠は笑う。八重垣は真面目な顔、クレーリアは微笑を浮かべてそれに返事をする。
おそらく、あまり意味のないことではあった。組織人としても、一個人としても、二人が強大な力を持っているわけではないことに変わりはないのだから。