漆黒を纏った少女が、感情の伺えない淀んだ瞳で一誠を見る。
「ドライグ、久しい」
『オーフィス…!』
「オーフィス?」
『…
ドライグの言葉に一誠は何とも言えない顔をする。アポロが色々と規格外の存在なのは知っているのだが。
「…えーと、君はドライグに用があって来た、の?」
「我、ドライグに頼みがある」
『頼み?』
「我、グレートレッドを倒し、狭間で静寂を得たい。力を貸して欲しい」
堂々と言い切ったオーフィスに、一誠は面食らう。ドライグは若干困ったような声音で返す。
『…そんなこと言われても困るんだが』
「今代のドライグ、これまでと違う。グレートレッド、倒せるかもしれない」
『…成程、つまり俺じゃなく
「ええと…話を整理させてくれないか」
「オーフィス、我の可愛い
「グレートレッド…!」
睨み合う少女と赤い龍。絵面的に悪役はアポロである。一誠は小さく溜息をついた。
「アポロ、彼女が
「我が飛ぶことは狭間の安定に必要なことだ。オーフィスはそれをするつもりがない。…後、それは見た目通りではないぞ」
「それは言われなくてもわかる。…が、それってつまり、オーフィスが狭間を安定させようとするつもりがあるなら、立ち位置を交代したっていい、ってことだよな?アポロが常に僕の傍にいるわけじゃないのって
「うむ…」
まあ、一誠としては、別にアポロは文字通り四六時中一緒にいなくていいので、現状維持で構わないのだが。
「ドライグ、どういうことだ?」
『…出来る事なら穏便に解決しろ、ということだろう。お前たちが本気でぶつかれば世界が滅びかねん』
オーフィスの話を聞いた感じ、アポロを倒すことはあくまで手段であり、望んでいることは己の生まれた静寂に帰ることであるようだった。で、あるならば、必ずしもアポロを倒す必要はないはずだ。
「僕、アポロの味方になるって言ったしね」
「そも、静寂とは何だ?」
国語辞典には、静かで寂しいこと、と書かれている。そのままである。
ただ静かなだけではなく、それは寂しいのだ。寂しいというのは、ポジティブな感情ではない。ある意味、ポジティブな感情が前提として必要ではあるが、それが失われた状態でもある。
で、あるなら、それを求めるというのは一体どういうことなのか。
言葉の意味を考えず、適当に言っているのか。quietnessなどと言うなら、平穏とも訳せるし、静寂と訳せる英語には不動を意味する言葉もある。重要なのはそちらか。
などと言っていたら若干鬱陶しそうな顔をされた。
「ドライグ、何を言いたい?」
「いや、僕ドライグじゃなくて一誠だから。…静寂は多分、不変ということでもあるんだよね?周囲も、何より自分自身も、変化せず、ただ在り続けること。君の望みはそういうことなんじゃないかな」
「・・・」
「けどさ、不変ってのはつまらないんじゃないかな。変化がないってのは、ある意味不健全だし、意味がないってことでもあるんじゃないかと僕は思う。ときは常に流れていくものなんだし」
世界は、本当に不変のものはないと思う。時を止めでもしなければ、全ては自ずと変化していってしまう。それは多分、神様にだってどうしようもない、自然の摂理だ。
「変化?」
「変わっていくこと。そしてそれを受け入れること」
変化を拒絶することは不可能ではない。もっとも、完全に変化しないことはまず無理だが。知り学ぶことだって変化の内だ。本当に不変であるなら、何も知り記憶することはできない。
「成長も衰退も一つの変化だし、君もきっと、生まれた時と今が全く同じということはないと思う。だって、生まれてすぐ、その瞬間からアポロやドライグのことを知っていたわけじゃないだろう?そもそも、"帰ろう"と思うということは変化を前提とした言葉だ」
「…イッセーは何が言いたい?」
「多分、いざ静寂の中に帰ったら、意外とこちらが恋しくなるかもよ、ってところかな」
時々のスパイス程度にはね。
「…だから、変化、か?」
「ドラゴンである君に適用されるかはわからないけど、ヒトは何事も続けば慣れるんだ。そして、ずっとそれが続いていくものだと思う。…本当は、そんなことはありえないのにね。慣れるってのは、鈍感になるってことでもある。当たり前の、ありふれたものであると思う事でもある。その価値を見失うこともある。だから、時々は離れてみる、ってことも必要なんだ」
「…よくわからない。が、万が一静寂を望まなくなればそれも考えることにする」
「我の代わりに飛ぶだけでも十分変化を得ることになると思うがな。能動的に動かねばならぬわけだし」
「ただ飛ぶのではダメなのか」
「貴様もドラゴンの端くれならわかれ。どうすれば狭間が安定するのか、ということをな。誰も手を出さず、静かにしていれば安定するなどという事はありえんのだからな」
「む…」
不満そうにしたオーフィスに一誠は苦笑する。変化を拒んでいたからか、精神的に未熟なところがあるらしい。