ユストと初めて会った例の一件以降、一誠は時折夢を通じて他者と会ったりもしていたのだが、夢で会った相手に現実でも会いに行く、ということはしていなかった。
別にその必要性がなかったのもあるが、抵抗がないといえば嘘になる程度には、あの一件から精神的な影響はあった。
「…なあ、アポロ」
「何だ?イッセー」
「お前何で僕を他の奴の夢に連れて行こうと思ったんだ?」
夢とは、精神世界でもある。記憶やトラウマ、願望が垣間見えることさえある。そもそも一誠は他者の感情などを見ることが出来るため、深く考えずに干渉してきたが、あまり気軽に干渉するべきではないものだろう。
これまで上手くいっていたからといって、これからもそうだとは限らないのだし。
「人は起きている時よりも夢の中の方が素直だからな。イッセーも楽しいだろう?」
「まあね」
楽しくなければ続けないだろう。別に一誠はマゾというわけではない。普通に楽しいことが好きだ。それに無理に続けるようなことでもない。
「だが、ある意味夢という精神世界での干渉は現実に実際に会って話をするより大きな影響を与えることになるんじゃないか?」
「アーアーアーキコエナーイ」
ドライグの言葉に一誠は耳を塞いでみせる。ドライグは呆れたように溜息をついた。
「夢を通じて直接話したからこそ、良かったということもあるのかもしれぬぞ?」
「それは結果論だろう。精神干渉はそう気軽にするべきことではない」
「…ただでさえ僕は精神干渉の適性が高すぎるからな」
何しろ、"前科"なら幾らでもある。意図的にも、意図しないことでも、他者に多大なる影響を与えてしまったことは一度や二度ではきかない。たった一言が原因で相手が真正の魔王と化しヤンデレられて殺されたことは何十何百と転生を重ねた現在でもトラウマと化している。教師にはもう絶対ならないと誓うレベルだ。他者の人生まで背負うのはキツい。
「そういえば認識阻害だの印象操作だの人払いだの視線集中だの、他者の意識を操作するのが得意だよな、お前は」
とある世界の
「注目を集めるのは意図的じゃない時もあるけどな…」
悪感情を伴わなくとも、一誠は己に注目を集めるのは好きではない。詠唱を遮られないのは都合がいいのだが。
「私、外の世界に出てみたいなって、君と話してるとすごく思うの」
「それは光栄…なのかな?まあ、閉じ篭ってるのは不健康だよね、色々と」
「君は、自由そうだよね」
「自由なのはアポロだよ。僕はアポロに振り回されてるってのが正しいと思う」
「我はオーフィスと違って活動的だからな」
えへんと胸を張ってみせるコウモリを見て、少女はくすくすと笑みをこぼす。
「…いいなあ、私も自由に空が飛べたらいいのに」
ぽつりと呟かれた言葉を聞いて、黒猫はぴん、と耳を立てる。
「…なんて、自分にも翼がある私が言っちゃダメだよね」
苦笑いを浮かべた少女に、黒猫が反論する。
「飛びたいなら、飛べばいい。自分の責任で動くのなら、それはその人の自由だよ。誰にも制限されるいわれもない。それが自由だってことなんだから。自由は与えられるものじゃなくて、自分で勝ち取るものだ」
たしたし、と猫の尾が不機嫌そうに地を叩いている。コウモリは黒猫に同調するようにうんうんと頷いてみせた。
「うむ。自由とは己の行動の責を己で取るということだ。他者の
「…自由になりたいなら、自分から踏み出せ、ってこと?」
「そうなるね」
黒猫はうーん、と伸びをした後、立ち上がって少女を見た。
「まあ、誰かが連れ出してくれるのをじっと待つ、ってのも君の"自由"だけどね」
その言葉に、突き放すような響きを少女は感じる。
「…待っているんじゃ、ダメなの?」
「別にいいんじゃない。どっちにしたって望むものが得られる保証はないんだし。それなら、君が後悔しない道を選ぶべきだ。自分で選べば覚悟もできるでしょ」
黒猫はそこで一旦言葉を区切り、尻尾を振った。
「動くったって、色々あるだろ。他者に助けを求めることだって一つの行動だ」
「…君は、私が助けを求めたら、助けてくれるの?」
「僕にできる範囲でならね」
「だったら…」
少女は黒猫のまん丸の瞳を見つめて、言う。
「私を助けて。私を、外に連れ出して」
「それは、今此処にいるお前のことか?それとも、今此処にいないお前のことか?」
コウモリが口を挟む。そのセリフに、少女は虚を突かれたようになる。
「後者なら今すぐとは行かんぞ」
俄かに城が騒がしくなる。何か、遠くで破壊音がしているようだった。
「一体、何が起こっているんだろう…」
「さあ…。…でも」
「でも?」
「もしかしたら、これから、何か変わるのかも」
「へ?」
曖昧な夢の記憶。
誰かに助けを求めて、誰かが約束してくれたような。そして、それがとても嬉しかったような。そんな記憶がぼんやりと残っている。
段々と、破壊音が近づいてくる。
「…ねぇ、もしかしてこれ、危ないんじゃ…」
「…ううん、きっと大丈夫」
その時、目の前の壁が崩れる。そこに現れたのは、鮮烈な赤。
「え、わあっ?!」
「あなたは…」
「相変わらず肝の小さい小僧だ」
「約束通り、お城から連れ出しに来たよ、お姫様」
ドラゴンの背から見知らぬ少年が手を差し伸べて笑った。
「アポロって本当はこんなに大きかったのね」
「いや、これでも小さくなってるよ。
「十分、大きいと思いますぅ…」
ヴァレリーとギャスパーを背に乗せ、アポロは上空を飛んでいた。一誠はアポロの頭の上に座っている。安全の確保は、一誠の魔術によって行われている。
「追っ手とかは気にする必要ないだろうけど…どうする?何処か寄り道していく?」
気にする必要がないのは、まっとうな生物ではアポロの飛行にはついてこれないからである。アポロに追いかけさせる気がなければ尚更だ。
「寄り道って言われても…」
「私、海が見たいわ」
「海など、幾らでも見えるぞ。お前に下を見る度胸があればだがな」
「それはヴァレリー飲みたいものとはまた別物なんじゃない…?」
アポロは少しずつ高度を下げる。雲を通り抜け、遥か下方には太陽の光を受けてキラキラと輝く水面が広がっている。
暫くそのまま飛んだ後、アポロはぐっと高度を下げ、水面から高さ1m程のところまで来る。海鳥や飛魚が駆け抜けていく。
「わあっ…」
「すごい…」
「ふふん。何しろ我は最強だからな」
「アポロ、そのセリフはバカっぽいよ」
「む…」
アポロが少し速度を緩めると海鳥たちが寄ってくる。
「…波には気をつけろよ、アポロ。海の天気はいつも安定しているわけじゃない」
「わかっている」
「…イッセー、申し開きはある?」
両手に花状態で帰ってきた一誠に、黒歌が立ちはだかる。一誠は小さく首をすくめる。
「ギャスパーは男だよ?」
「もう一人は女の子でしょう」
「うん」
「いつか刺されても知らないわよ?」
「怖いこと言わないでくれよ…」
「…で、今回はどういう事情持ちなわけ?」
「二人共ハーフで神器持ちなんだ。アポロの見立てでは、ヴァレリーの方は
「私は、ヴァレリー=ツェペシュです」
「ギャスパー=ブラディ、ですぅ…」
「…吸血鬼?」
「正確には
「弱点無効のチートってことですねわかります」
「完璧に克服されるわけじゃないみたいだけどねー」
「え、あ、ご、っごめんなさいぃっ…」
ギャスパーの神器が暴発し、黒歌と白音とレオが停止する。
「落ち着いて。君が慌ててたんじゃ戻るものも戻らないよ」
ぽんぽん、と頭を撫でられ、ギャスパーは一誠が停止していないことに気づく。その穏やかな声でギャスパーの精神が少し落ち着く。
「しかしまあ、念の為に何か対策を用意しておいた方がいいかな。自分でちゃんとコントロールできるようになるのが一番ではあるけど」
「ごめんなさい、僕…」
「誰だって最初から何でも完璧にはできないよ。つまり、努力次第ではある程度のことはどうにかなるってことさ」
一誠はそう言ってへらりと笑ってみせる。その時欠伸をしながらクロウが姿を現す。
「ふあ…何か、今変な力が出てなかったか?」
「あ、クロ兄」
「ご、ごめんなさいっ…」
「・・・」
クロウがギャスパーを見て何やら驚いている様子なのに気付き、一誠はきょとんとする。ギャスパーは見知らぬ人に凝視されてビビる。が、ギャスパーの神器で止まるクロウではない。
「クロ兄、どうかしたの?」
「…いや、何でもない」
クロウはふっと視線を逸らし、キッチンの方に去る。
「あ、あの、僕何か拙いことをしてしまったでしょうか…」
「いや、多分君が何かした、ってわけじゃないと思うけど…」
丁度その時、黒歌たちの停止が解除される。
「…あれ」
「…何で、そいつが兄様の傍にいるの?」
「…イッセー、その子の神器って何なの?」
「…詳しくは解析してみないとわからないけど、時間停止能力があるみたいだね。とりあえず、作用範囲がどう決まるのかとか調べたいところだけど…」
ポケモンで言うとホエルオーさんが14.5mらしいんでそんなもん