アーシアを殺された怒りで一誠が不完全な覇龍状態になった時、場違いに穏やかな声がその場に響く。
「イッセー、それではダメだ。怒りに任せて暴れても何も解決しない」
異形の姿になりつつある一誠に歩み寄り、ヴァーリはぽんぽん、と優しくその頭を撫でた。後からついてきた美猴は気絶しているアーシアを抱えて呆れたような顔をしている。
「ヴァーリ様、何故此処に…?」
「オーフィスに誘われてな。しかしシャルバ、お前こそ酷い状態じゃないか」
いっそ楽しそうにさえ見える笑みを浮かべ、ヴァーリは続ける。
「言わなかったか?龍は己のものに手を出されれば酷く怒るものだ。宝物然り、縄張り然り、眷属然り、友人然り…調子に乗って余計なことをするから、そういうことになる」
ヴァーリとシャルバが話している間に美猴はアーシアをグレモリー眷属に引き渡していた。オーフィスは無言で一誠を見ている。
「…申し訳、ありません」
「何故俺に謝る?お前のミス
首を傾げたヴァーリに、シャルバは言葉に詰まる。
おっぱいドラゴンの歌とリアスの胸で正気を取り戻した一誠に美猴は大笑いし、ヴァーリは感心したような顔をする。
「姫さんの胸は赤龍帝の制御スイッチなのか?」
「…案外、否定できない。色々とどうかと思うが。…大丈夫か?アルビオン」
『…泣きたい』
「ちょっと、勝手に変なこと肯定しないでよ」
「概ね事実だと思うが」
例示に困らない。一誠は女性の胸が好きで、特にリアスの胸が好きなのだ。胸だけでなくリアス自身のことも好きなのだろうが。
「…来る」
オーフィスが呟いたその時、ヴァーリの目の前に赤い
「お前がグレートレッドか」
ヴァーリは薄く笑みを浮かべ、手を伸ばす。グレートレッドは甘えるようにその鼻先を擦りつけた。ヴァーリはもう片方の手で顎の下を撫でてやる。
「…可愛いな」
ぽつり、とこぼされた呟きを耳にした者たちは己の耳を疑う。相手は世界を滅ぼすことさえ可能な"夢幻"、大抵の生物では手も足もでない相手である。それを可愛いと言える者が存在するわけがない。
身を乗り出したグレートレッドにヴァーリは抱きついて頬ずりをする。グレートレッドは嬉しそうに目を細めた。
「…なぁ、美猴」
「…何だ?ヴァーリ」
「こいつ、連れて帰っても大丈夫かな。こんなに懐いてくれて可愛いし癒される」
「…冗談、だよな?」
恐る恐る尋ねた美猴に、ヴァーリはにっこり笑って答える。
「当然本気だが」
『相棒、冷静に考えてくれ。猫を拾って帰るのとは話が違う』
「俺がちゃんと面倒を見るから大丈夫だ。ペットにするには
「『そういう問題じゃないからな?!』」
アルビオンと美猴が悲鳴のように言うと、ヴァーリは不思議そうな顔をした。
「他に何か問題があったか?」
「…ダメ。ヴァーリ、我の。グレートレッドのじゃない」
オーフィスがヴァーリにしがみついてグレートレッドを威嚇する。グレートレッドはそれを鼻で笑う。オーフィスが不機嫌になる。
「こいつを狭間から排除したいだけなら、必ずしも殺す必要はないだろう。不要な争いなど疲れるじゃないか」
「…でも、ヴァーリ、我と狭間の向こうに行く、ダメ」
「(何時そんな話になったっけ)」
『オーフィス、何を勝手な事を言っているんだ』
「ヴァーリ、我の傍で色々教えると言った」
「確かに、わからないことがあれば聞けば教えると言ったし、望むなら傍にいるといった覚えはあるが」
思わず、とでも言うようにヴァーリはこぼす。
「父様に会えなくなる場所には行きたくないぞ」
「ヴァーリ、我より"父様"が大事?」
「ああ」
ヴァーリが即答するとオーフィスははっきりと面白くない顔をした。
『切り捨てたものの大きさがわかってきたか?
グレートレッドはそう言って笑う。
「グレートレッド、俺にはヴァーリという名がある。そのような呼び方はやめてくれないか」
『知っている。ヴァーリ=ルシファー。全ての力を律する者。ルシファーの
「…初対面だよな?」
『否。一度会っている』
「………記憶にない」
『私も覚えがないんだが…』
『お前が呼んだから会いにいった。これからも呼べばいく』
「ありがとう…?」
「…グレートレッド、ヴァーリと契約している?」
『契約
含みのある答えを返し、グレートレッドはその場のヴァーリ以外の者に視線を巡らせた後、身を引く。
『未だ我がお前の元に居る事を許される状況にはないようだ。またその内顔を見せろ』
「…わかった」
少し残念そうな顔をするヴァーリをグレートレッドはぺろりと舐め、再び狭間に帰っていった。その際、何故かおっぱいドラゴンの歌を口ずさみながら帰っていったため、アルビオンとドライグが精神に大きなダメージを負うことになった。
「ヴァーリ=ルシファー、君は交渉のテーブルにつくつもりはあるか?」
「…それは一体どういう意図での問いだ?サーゼクス=ルシファー。俺はお前たちと何らかの交渉を行う必要性は感じていないが」
何故なら、彼は冥界にも、それ以外の勢力にも、大した興味がないし要求したいこともない。従えと言われて従うこともないだろうが。
「まさか、何事もなくこの場を立ち去れると思っているわけじゃないだろう?」
「確かに、神や魔王をまとめて相手にして無傷、というのは流石に難しいかもしれないな」
そう返しつつ、ヴァーリは僅かに首を傾げる。その声に焦りも困っている様子もなく、まるでただの世間話のような調子で彼は続ける。
「束になってかかって俺を拘束でもしてみるか?…俺を閉じ込められる場所があると思うなら、だが」
にこり、とヴァーリは笑う。
「君が禍の団の中枢にいるのなら、このまま見逃すことはできない」
「さて…俺は部下にテロ行為を命じたことはないが。それと、一応盟主はオーフィスのはずだが」
「我、指示しない。興味ない」
「己に罪はない、とでも?」
「何も罪を負わない者などいないだろうさ。その罪を定めるのが誰かにもよるだろうがな。…
肩をすくめてみせるヴァーリに、サーゼクスは真剣な視線を向ける。
「君は、何を考えている?」
「"何でも"」
そう言って、ヴァーリは無邪気に笑う。
「お前こそ、何を恐れているんだ?サーゼクス=ルシファー。己の力で滅ぼせない相手はいることか。…それとも、その力で己と己の大切なものを滅ぼしてしまうことか」
「…黙れ」
ヴァーリはにこにこと笑ったまま口を閉じる。サーゼクスは鋭くヴァーリを睨みつける。
「私は自分の力に溺れたりはしないし、この力だけに頼ったりはしない」
サーゼクスの宣誓のような言葉に、ヴァーリは慈愛に満ちた笑みを返す。
「「・・・」」
「…ヴァーリ=ルシファー」
何?とでも言うようにヴァーリは首を傾げる。
『…相棒、もう喋ってもいいようだぞ』
そうなの?とヴァーリは視線で問う。
「…途中でだんまりを決め込まれても困る」
「俺はお前が黙れといったから黙ったんだが」
「…だからといって、ずっと黙られては困るんだが」
「そうか。…ところで、禍の団についての話だが」
ヴァーリはそこで言葉を一旦切り、口元だけで笑う。
「俺の部下は俺の指示に従うが、他は従うとは限らん。故に、俺と何か取り決めをしても殆ど意味はないと思うぞ」
「カテレア=レヴィアタン、クルゼレイ=アスモデウス、シャルバ=ベルゼブブ、いずれも君に心酔していたようだが?」
「価値観の相違はいかんともしがたい問題だ」
やれやれ、とヴァーリは肩をすくめる。そして苦笑を浮かべた。
「"どうやら、今の俺は不遇であり、不幸であるらしい"」
本人はそう思っていないのだろう。表情がそう言っている。
「だから、俺に相応しい立場を捧げたい、と」
ゆるり、と首を傾げて言う。
「相応しい、とは、何だろうな。俺は己の分は弁えているつもりだが、あいつらの言う俺に相応のものというのがどうにもわからない。それは他者から与えられなければ得られぬものなのか?」
「…少なくとも、"テロ組織の一員"というのは白龍皇にふさわしくない肩書きじゃないかな」
「だろうな」
ちらり、とアザゼルに目をやり、僅かにしょぼんとした顔をする。
「あいつらが俺に渡したいものが俺の欲しいものとは違うだろうというのは予想がつく。だが、俺を慕い、頼りにする部下が衣類上、俺はそう簡単に膝を折る訳にはいかないのも事実だ」
ヴァーリは己の10枚の翼を広げる。光の下で見れば、その異常性は明らかだった。天使の白い翼、堕天使の黒い翼、悪魔の黒い羽、その三種の翼が同じ背から生えているのだから。
「…君は、悪魔と人のハーフだったな」
「ん?ああ…
嬉しそうに、そして無邪気に笑う。本人はそれを異常なこととは思っていないのだろう。
「茶番にしかならないだろうが、少し遊ぼうか。弾幕ゲームみたいな感じで」
ヴァーリが両腕を広げると、いくつもの異なる紋様、異なる大きさ、異なる形式の魔法陣が出現する。
「…ガチで遊んでるな、ヴァーリのやつ」
「ヴァーリ、"楽しそう"」
「アイツ、ストレス溜まってたっぽいしなあ」
彼は争うのが嫌いだ。だが、"遊ぶ"のは好きなのである。どちらにしても彼は敵意や害意、悪意の類を相手に向けないので違いが分かりづらいが。
「…これは、先に逃げとけってことなのかねぇ」
ヴァーリが派手にばら撒いた魔術により、フィールドは分断されており、誰もが彼から目を離せない状態になっている。今なら、逃げられるだろう。しかし、美猴からするとヴァーリを放っておいて大丈夫か、若干不安がある。まあ、最悪アルビオンと黒歌がいるが…任せていいものか迷うところである。特に黒歌。
「ヴァーリ、ちゃんと戻ってくる?」
「最近あいつ何企んでるんだかよくわからねーからなあ…どうだろうな」
しかも一応、カテレア、クルゼレイ、シャルバの企みが潰えたところである。旧魔王派には大きなダメージが入ったと考えて間違いない。