前話と同時くらい
リアスの携帯に、一誠からのメールが入っていた。
内容をざっくりまとめると、彼の家を見張っている悪魔がいて、その狙い自体は数日前から保護している人間だと思われるが、念の為に同じ悪魔であるリアスの方で警告を与えて欲しい、ということだった。
見張っている悪魔の名はなかった。おそらく、面識がないか、興味がなくて覚えてなかったかでわからないのだろう。或いは、他に何か思惑があるという可能性もあるが。
一誠は何故リアスに頼んだのか。
そもそも思索にふけっている場合ではない。
「可能性として、一応確かめておくべきよね」
ハウルの失踪とその悪魔と、関係がある可能性は五分五分だ。何しろ、何故失踪したのかわからないのだから。
リアスはとりあえず詳しい話を聞くために兵藤家に向かうことにした。
「あ、リアスさん」
「こんにちは、レオ。…その子が数日前からこの家で保護してるって子かしら」
「はい。イタリア系シスターのアーシアさんです」
「あ、えっと、アーシア=アルジェント、です」
「私はリアス=グレモリーよ。単刀直入に聞くわ。あなた、悪魔にストーキングされてるらしいけど、心当たりは?」
「え?…私が知る悪魔の人は、此処に来てから会った方ばかりで…あ」
「あるのね?」
「…私が異端とされて教会を追放されたのは、神器で悪魔を治療したためなんです。イッセーさんは"ある意味ユストと同じかな?"と仰ってましたけど…此処に来るまでで知り合った悪魔はその方くらい、だと思います」
「その人ってどういう経緯で治療することになったんですか?」
レオが興味を示す。アーシアは戸惑いながらも説明する。
「それって、何かおかしくありません?」
「え?」
「アーシアさんは聖女として大切に守られてて、悪魔に会ったことはなかったんですよね。そこに偶々大怪我をした悪魔が迷い込んできて、アーシアさんが治療して、他の教会の人たちに見つかる、って"できすぎて"ませんか?」
「…仕組まれていたのだと、レオは言いたいの?」
「ストーキングされてるそうですし」
それがなければ、疑わしくはあっても疑わしいだけだっただろう。だが、ストーキングというのは怪しい。
「少なくとも、"現在"その悪魔の方がアーシアさんに何らかの感情を持ってることは確かです」
アーシアが教会を追放されて、およそ一年になるらしい。その間"見ているだけ"だったとしたら、それはいかにも不気味だ。
「でも、それが何処の誰なのかはわからないのよね」
「――あれ、どうしたの、リアス。何かあった?」
「何かあった、って、私にメールをくれたのはイッセーでしょう」
「ん、ああ…別にすぐ動きそうな感じでもないし、至急とは言ってないと思うけど。見張ってるといっても、使い魔が家の前を張ってるのを確認しただけだし、うちに入ってこれる程でもないし」
「私に頼んだのは念のための保険、と」
「多分、眷属にしようとしてるんじゃないかな。彼の駒に空きがあるなら、だけど。単純に、アーシアが悪魔をも神器で回復できるってのは有用だろうし、何か色欲っぽいのも混じってるみたいだし。下衆っぽい色してたからあんまり渡したくないんだよねぇ、義理はないけど縁は出来ちゃったし」
一誠にはそこまでわかっていたらしい。リアスはジト目を向けた。
「イッセーって時々すごくデリカシーないわよね」
「何を今更のことを言ってるんですかリアスさん。朴念仁の兄さんにデリカシーがあるわけないじゃないですか」
「解せぬ」
「えっと…それはつまり、どういうことでしょう」
「え?うーん…まあ、アイツ性的な意味も含めてアーシアの身柄を狙ってるっぽいよ、ってところかな」
「イッセー…」
「兄さん…」
リアスとレオに非難するような視線を向けられ、一誠はきょとんと首を傾げた。
「わ、私…どうするべきなんでしょう」
「アーシアのしたいようにすればいいと思うよ。僕はあんまおすすめしないけど、彼のところに行くってのも一つの選択肢だし」
「…ですか」
「じゃあ僕、用事あるから出かけてくるね。…あ、使い魔とその主を調べるなら、三番の探知機にデータが入ってるからそれを使うといいと思うよ。ってわけで、行ってきます」
そう言って一誠はさっさと出かけてしまった。それを見送り、レオがリアスとアーシアを見る。
「…だ、そうですけどどうします?探知機を使うなら取ってきますけど」
一誠が止めなかったということは、いざという時にリアスたちが対処出来る程度の相手なのだろう。リアスとしては、ハウルが心配だし、こちらの件にはどうやらハウルは関わっていなさそうである。後回しにしても、いいのだが。
「そうね…アーシアはどう思っているの?」
「え……恨みとかは、ないですけど…見張られてて、性的に狙われているというのは…気持ち悪いです」
割と容赦のないコメントである。
「ストーカー、だものね」
「…私は、治療することしかできない役立たずですけど」
「そういう自虐、良くないと思いますよ」
レオがたしなめるように言う。
「そりゃあ、アーシアさんはドジだし戦えないし無知ですけど。ドジはともかく、戦えなくて無知なのは"普通"です。うちの人が皆戦えるのは色々事情が有っての特殊な事例ですし、教えられないことは知らなくて当たり前です。そんな風に過剰に自己卑下されると鬱陶しいですよ」
「ご、ごめんなさい…」
「…やっぱりレオはイッセーの弟ね」
血の繋がりはないが、時々すごく似ている。中身とか、表情とかが。"家族"だから、だろうか。
「(ちょっと荒療治かもしれないけど…)アーシアさん、悪魔の方のところに直接殴り込みに行きましょう。僕もついていきますから」
「えっ」
「嫌なことは嫌だとはっきり伝えないと、付け上がる輩もいますからね」
にこり、とレオは笑う。
「…レオ、二人で行くつもりじゃないわよね?」
「ヴァレリーさんは戦闘向きじゃありませんし、クロウさんも最近家をあけてますからね」
残りの、オカ研に籍を置いているメンバーと黒歌は出かけていることがはっきりしている。
「今から行くなら、私もついていくわよ。イッセーから頼まれていることもあるし」
何より、非戦闘員と後衛タイプの人間を二人で行かせるというのは随分危なっかしい。神器持ちとはいえ、二人共純粋な人間なのだ。悪魔とは基礎的な能力に差がある。
「助かります。リアスさんは強いですし、あちらも不用意なことはできないでしょうから」
「あの…本当に行くんですか?」
「嫌ですか?」
「えっと…」
アーシアは迷うように視線を彷徨わせる。
「アーシアさんはネガティブすぎるし、自分を責めすぎだと思います。"本当に仕組まれたことなら"恨むことは当然だし、許しちゃダメです。だって、今の状況はアーシアさんの望んだ状況ではないでしょう?」
「それは…わかりません」
アーシアは曖昧に微笑んでみせる。
「私は聖女ではなくなって、教会を追い出されることになりましたけど…でも、その代わり、今の私にはお友達がいます。そのことは、素直に嬉しいです」
アーシアは噛み締めるように呟く。
「聖女扱いされるよりも、ただのアーシアとして、お友達になってもらえたことの方が、嬉しいです」
多少意味合いは違うのだろうが、アーシアの言いたいことはリアスにもわかった。
「じゃあ、余計なちょっかいを出されない内にストーカー男には釘を刺しておかないとね。アーシアが今を良いと思うなら、それを壊そうとするかもしれないし」
「そう…ですか?」
「とりあえず、ストーカーは迷惑行為ですから一言申しておくべきだと思います」
一誠曰くの"三番の探知機"はPDAに似た装置だった。探知機は駒王町の全域をカバーしているようだった。
一番扱いに慣れているレオが操作して捜査を開始する。
「…どちらもこの街の中にいる、みたいですね」
レオはそう言って眉を眇める。
「使い魔を先に捕まえたら本人には逃げられそうですし、スルーして本人のところに向かいましょう」
念のためにと、レオが一誠の作成した人工神器を幾つか持ち出してアーシアとリアスに渡している。勿論、詳細を聞いてある程度挙動を把握しているものだ。
「やあ、グレモリー。奇遇だね」
「あなたは確か、アスタロト、だったかしら」
リアスは目を細める。若手同士、一応面識がないではない。大した交流はないが。
「この駒王町で他勢力不戦協定が敷かれていることは当然知っているのよね?」
「ああ。何でも、この地に集まっているドラゴンどもに配慮した結果なんだって?まあ、僕も積極的に破るつもりはないけど」
「余計なちょっかいをかけると、滅ぼされることもありうるから、心しておくことね。魔王様方でも歯が立たないそうだから」
「忠告はありがたく受け取っておくよ。活かす機会があるかはともかく」
対峙するリアスとアスタロトを見ながら、レオはアーシアにこっそり尋ねる。
「彼で間違いありませんか?」
「…多分、そうだと思います。お互い自己紹介する余裕はありませんでしたし、じっくり顔を見ることもしませんでしたけど」
迷いながらも頷いたアーシアに、レオは少し思案する顔をした。
「どうします?」
「どうしましょう…」
相手がストーカーだという証拠がなければストーカー扱いすることはできない。まずは、相手がストーカーであることを吐かせなければならない。
「僕と君が出会ったのは運命だと思うんだ!どうか、僕の妻になってくれないかい?」
「…お断りします。私、ディオドラさんのことは何とも思っていませんから」
周囲に沈黙が流れる。
「聖女ではなくなりましたし、教会を離れることにはなりましたけど…私はあなたのために修道の誓いを返上しようとは思いません。ですから、お断りします」
アーシアのセメントな対応に、レオがくすりと笑う。
「確か、宗派にもよるけど修道士って結婚できないんですよね」
「…まあ、当然の返答よね」
寧ろ、アーシアがアスタロトの申し出を受ける理由がない。修道云々を置いておいても、アーシアの側に恋愛感情もないのだし。