周囲<えっ
「やあ、イッセー」
「ヴァーリ!」
姿を現したヴァーリを見て、フェンリルは動きを止める。
「お前は…」
「随分な美人と遊んでるみたいじゃないか。俺にも紹介してくれないか?」
にっこり、とヴァーリが笑うと、フェンリルは彼に向けて駆け出した。
「フェンリル?!」
「ヴァーリ、危ない!」
ヴァーリに飛びかかったフェンリルは彼の前で服従のポーズを取る。ヴァーリは嬉しそうに笑顔を浮かべてフェンリルを撫でる。
「な?!」
『「えっ」
『…まあ、そうなるだろうな』
「賢くて美人だなんて、素晴らしいね。毛並みも良くて気持ちいいし。…うちに来ないか?」
「戻ってこい、フェンリル!!」
ロキの呼びかけをフェンリルはスルーする。そして甘えるように鼻先をヴァーリの腹に擦りつけた。ヴァーリはフェンリルを抱きしめる。ほぼ二人の世界である。
まるで人懐こい大型犬のようにヴァーリに甘えているフェンリルを見て一誠は唖然とする。相手は神さえ食い殺す狼ということだったはずである。全くそう見えないが。
「…いやでも、そういえば
『…相棒、今の内にロキを倒すぞ』
「ああ、そうだな」
「よぅ、ヴァーリ」
「…アザゼル」
ヴァーリが少し困ったような、気まずそうな顔をすると、フェンリルはそれを感じ取ってアザゼルに向かって唸り声をあげた。
「そろそろ帰ってくる気はないのか?」
「…そうしたいとは、思っているんだが、どうにも…旧魔王派以外の動きが不審になってきているものだから」
ヴァーリはフェンリルの毛に顔をうずめる。
「中途半端だと、迷惑をかけることになるかもしれないだろう」
「子供は親に迷惑をかけるもんなんだから、そんな一人で頑張ろうとしなくていいんだよ」
アザゼルがヴァーリの頭を撫でようとするとフェンリルが威嚇する。
「…ヴァーリ、そいつ俺のこと嫌いっぽいんだが」
「何かしたのか?」
「してない」
「フェンリル、アザゼルは悪い奴じゃないぞ」
ぷい、と顔を背けたフェンリルに、ヴァーリは少し困った顔をした。アザゼルがヴァーリの頭をぽんぽんと撫でる。
「つぅか、普通にお前の部下だけ連れて組織から抜ければいいんじゃねぇか?」
「…オーフィスのことが心配だ。それと部下にはあまり戦闘は向かないものもいるし、安全の確保を考えると、四面楚歌状態は避けたい。一応、本当に戦闘ができないものはできる限り安全が確保できる場所に隔離したが、完全に他の派閥から隠せているかわからないし」
「…お前の部下ってどれぐらいいるわけ?」
「…戦闘になっても安心して任せられるのは両手で足りる程度、不安があるのは50人くらい、保護対象は30人程度」
「…思ったより大所帯だな」
「八割方神器持ちだ。使いこなせていない者もそこそこいるが」
「ってことは、概ね人間か人とのハーフってことか」
「転生悪魔もいる」
「あー…」
つまりはぐれ悪魔ということだろう。
「というか、オーフィスの心配はいらねえだろ。今は子供の姿をとってるったって、アイツ、ウロボロスだぞ」
「オーフィスは少しずつ変わってきている。多分、今一人にするのはよくない。無闇に恐れたりしないで接することができる奴が俺以外にもいたら良かったんだが…あそこには"蛇"を生み出す道具、と見ているものばかりだ」
「変わってきている、ねぇ…」
確かに、ヴァーリにも執着らしきものを見せていたが。
「お前、オーフィスのことどう考えてるんだ?」
「最近は妹分のようなもの、だろうか。できれば望みを叶えてやりたいし、笑ってほしい。どうすればいいのか、よくわからないけれど」
「アイツ、笑うのか?」
「最初は完璧鉄壁無表情の鉄仮面だったが、最近は少し表情が動くようになってきたぞ」
「…へえ、あのオーフィスがねぇ」
多分それは、ヴァーリと関わったからなのだろうけれど。
「多分、そちら側はオーフィスを受け入れないんだろう」
「・・・」
否定はできない。
「俺も、隠していたものが知れたから、ダメになっただろうか」
「…んなことねぇよ」
「"俺だって世界を滅ぼす位のことはできる"」
「お前はそんなことはできてもしない」
「それがわかるのはアザゼルだからだ。わからない奴には、俺は脅威に見える」
否定しようもなく、それは事実だった。何しろ、ヴァーリはグレートレッドさえも従えられるのだ。脅威と見ない方が難しい。
「…それでも、お前は可愛い俺の息子だよ」
「…父様」
ぽろぽろとアメジストの瞳から雫が溢れる。それに気付いたフェンリルがおろおろと視線を彷徨わせる。よしよし、とアザゼルはヴァーリを抱きしめてやる。
「無理せず戻ってこい。お前がやってるのは、どうしてもお前がやらなきゃならないことってわけでもないだろ」
「途中で放り出すなんて無責任なことはできない。ちゃんと、俺が手を離しても大丈夫になるまでは面倒みないと。手を出したのは俺だから」
「そのへんお前は真面目だよなあ」
「やあ、また会ったね、ヴァーリ君」
「…先日は、態と怒らせるようなことを言ってすいません、サーゼクス殿」
「そんな風に畏まらなくていい。今日はどちらもプライベートなんだからね」
「…ああ」
「私は、自分の眷属になって欲しいと思う程度には君のことを買っているんだ」
「…それは、俺の"全てを律する力"からか?」
「…ああ」
サーゼクスは薄く笑みを浮かべる。
「君は、"力の塊"のようなものである私でさえ、律することができる」
「俺が手を出すまでもなく、あなたは自分で自分を律することができるようだが」
「万全を期すに越したことはないだろう?万が一、私が己の力を暴走させるようなことにでもなれば、辺り一帯がなくなってしまうからね」
「…そうなった時、周囲に被害を出さず、あなたに重篤なダメージも与えず収める自信は俺にも流石にないんだが」
「どちらかなら出来るって事かい?」
「・・・」
ヴァーリは僅かに困ったような顔をする。
「…やりたくない」
やれない、とは言わない。誰かを犠牲にする解決を選びたくないだけだ。
「…アザゼルが言っていた通り、君は優しいんだね」
それが当然のことであるというように、サーゼクスはヴァーリの頭を撫でる。戸惑ったような様子で己を見上げるヴァーリにサーゼクスは優しく微笑んだ。
「
「えっ」
「おい、黙って見てりゃあ…うちの子に粉掛けようとするんじゃねぇよ」
「サーゼクス様、流石にそれは冗談が過ぎます」
「私は本気で言ったんだが」
「なお悪いです」
「サーゼクス兄さん…?でも、彼はルシファーだけど俺と血の繋がりはなくて、今俺の血の繋がった家族は多分おじいちゃんぐらいで、俺に子孫を残すつもりがない以上、増えることもないはずで…」
『落ち着け相棒』
「つまり、ええと…」
「アイツの軽口は間にうけなくていいから、な」
「だが、本気の相手に本気で答えないのは失礼なことなんじゃないか?」
「兄として扱う理由はないだろ」
「呼んじゃいけない理由はないし、そんなことで喜んでくれるなら、別に…」
「…お前、他人の呼称に拘りがあるんじゃないのか?」
「今の俺に兄さんと呼んでいる人はいないから」
お兄ちゃんなら密かにいるが。
「…呼んで欲しいと言われればそう呼ぶ、と」
「ああ」
「・・・」
「アザゼル先生!」
「どうした、イッセー」
「何か、突然変な女の子が目の前に現れて…」
一誠が抱えている少女を見てアザゼルは固まる。
「ヴァーリ帰ってこない、家出した」
「いや、巫山戯んなよおい」
「分身は置いてきたはずだが…」
「アレ、ヴァーリとは違う。"やさし"くない」
オーフィスは少し不機嫌そうにそう言ってジト目でヴァーリを見る。
「確かにアレは俺であって俺ではないが」
「…知り合い?」
「先日ちらっと会っているだろう。オーフィスだ」
「オーフィス?…それって確か、禍の団の」
「
「こんな女の子が…?」
「強さと見た目は必ずしも一致しないからな」
ヴァーリは一誠からオーフィスを受け取って抱き上げると元の姿に戻る。
「流石にオーフィスが姿を消せば大事になるから、あちらに戻る。今の状況でそれは困るからな」
穏やかに目を細めるヴァーリに、オーフィスは手にしていた紙を放って抱きつく。そして僅かに満足そうな顔をした。
「…妹分?完全に女じゃねぇか」
アザゼルが毒づくのを耳にして一誠が少し戸惑ったような顔をする。
「また近い内に顔を出す。…少し、気になることもあるしな」
「無茶はするんじゃねぇぞ」
「俺はできないことをするつもりはない」
ヴァーリは一誠に視線を移す。
「騒がせてすまなかったな」
一誠が何か返す前にヴァーリは踵を一度鳴らし、転移した。
「…ん?こりゃあ…」
「どうしたんですか?先生」
アザゼルはオーフィスが持ち込んできた紙を拾い上げていた。A4サイズの白い紙に、流麗な文字で何か綴られている。
「…何考えてんだ、あいつ」
――おそらく、"ヴァーリ=ルシファー"にオーフィスを
――我はヴァーリがいい。
筆跡と内容から察するに、それぞれヴァーリとオーフィスが書いたものだろう。先の文は堕天使も使うことがある天使文字、後の一文は何故かラテン語で書かれていた。
「何が書いてあったんですか?それ」
「お前に期待してる、とさ」
そう適当に返した後、紙の裏側を見てアザゼルは目を細める。それは、何らかの
「リルは俺のペットになったから、この子たちはルフェイとアンリたちの番犬にしようか」
ニコニコ笑顔を浮かべながらスコルとハティを撫でているヴァーリに美猴は苦笑いを浮かべ、アーサーは呆れた顔をする。
「番犬じゃないだろ?狼なんだし」
「本当に支配の聖剣いらずですね、あなたは。しかし、あなたの元を離れても従うんですか?」
「それは勿論、二匹とも"賢いんだから"大丈夫だよな?」
全てを魅了するような妖艶な笑みを浮かべ、ヴァーリは二匹に問いかける。二匹は張子の虎のようにうんうんと何度も頷いた。
「確か、あなたがエクスカリバーを持っているんですよね」
アーサーがゼノヴィアに話しかける。ゼノヴィアは戸惑いながら頷いた。
「ああ…だが、それが何なんだ?」
アーサーは亜空間から聖剣を取り出す。
「
「あ、ああ…」
その時やっと、正気に戻ったロキが叫ぶ。
「くそっ…やれ、ミドガルズオルム!!」
蛇が我先にと一行に襲いかかるが、ヴァーリに飛びかかったのだけはフェンリルたちと同じようにメロメロ状態になっている。
「可愛いけど、蛇は怖がる子もいるからな…」
などと言いながらヴァーリは擦り寄ってくる蛇を愛でている。スコルとハティが集まってきた蛇の何体かを噛み殺した。子供とは言え神喰狼の名は伊達ではないらしい。蛇は量産型なのでオリジナルより格段に弱いのだが。
「くっ…何なのだ、アイツは?!」
「わりぃな、あいつ昔っから動物大好きなんだよ」
「アレは、神をも殺せるのだぞ?!」
「それでも、あいつにとっては可愛い犬っころにすぎないみたいだがな」
「異世界の、別の神話体系の神、か…そんなに驚く程のことか?確かに、乳神という名にはインパクトがあるかもしれないが」
ヴァーリが不思議そうに首を傾げる。
「いや、異世界だぞ、異世界。この世界じゃない、別の世界が狭間の向こうにあるんだぜ?」
「ああ。
「…え?」
「気が付いていなかったか?俺はお前たちの前で、この世界のものではない技術も使っていたと思うのだが」
『…あれは相棒のオリジナルではないのか』
「独自に発展させたものもあるが、俺も流石にそんないくつも体系から作り出すことはできないぞ」
「…マジ?」
「俺がこの話題で嘘をつく必要性があると思うのか?」
ヴァーリは心外そうな顔をする。
「こうなったら…全部喰らい尽くせ、マーナガルム!!」
破れかぶれになったロキが喚んだのは、一体の大狼。その瞳はギラギラと輝いており、口元と腹は血で赤く染まっている。マーナガルムはまずハティに襲いかかった。
「ダメだよ」
嗜めるような言葉と共にマーナガルムの動きが止まる。大きく開いた口に、魔力障壁がつっかえ棒のようにはまりこんでいる。垂れた涎で地面がジュッと溶かされる。
「兄弟家族で争うなんて悲しいこと、してはいけない」
寂しそうな顔をしてヴァーリはマーナガルムを見る。
「…いや、君はもう何体も喰らっているのか…だが、だとしても、それを続けるべきじゃない。他の命を奪って己の命を繋ぐのが生物の常だとは言っても、それを選り好みしたっていいはずだ」
慈悲を湛えた瞳でそう言い、ヴァーリはマーナガルムの頭を抱きしめる。
「君が何故、そのように衝動に溺れているのかは知らない。君にとって、世界はそんなに腹立たしいか、醜いか、救いようがないか?…世界は、本当にそれだけのものか?」
マーナガルムは唸り声を上げる。ヴァーリは落ち着かせるように首筋を撫でる。
「…悲しいな。得られず奪われるのは、拒絶されるのは。腹を満たして満たされたか?また渇くだろう。腹に入れたものはいつの間にかなくなるものだ。それでは、君は永遠に
唸り声を上げるのをやめ、マーナガルムはぴすぴすと鼻を鳴らし始める。懇願するように、目を細める。
「…ああ。満たされないのは辛いな。だが、失敗した方法をなぞり続けても良い方向に動くことはない。変えていかなければならないんだ。ほんの少しずつでも」
ヴァーリはマーナガルムの頭を撫でた。くーん、とマーナガルムが鳴く。それは途方に暮れているかのうようで、最初の凶暴さは影も形もない。
「な…あの狂犬を制御する、だと…?!」
「どうやら、万事休す、らしいな?」
対獣最強なヴァーリ君
彼は獣誑しだから仕方ないね