ドライグによると、昨日はまず各々の基礎訓練で各人の長所短所、戦法の見直しなどをした後、異空間で約一時間/七日間のサバイバル訓練を行ったそうだ。色々酷い。
「…で、リアスたちが朝からうちに来てると」
「トレーニングスペースを提供してくれるって言ったのはイッセーだもの、文句はないわよね?」
「使用すること自体はね。でも、経過時間を弄るなら、授業にはちゃんと出なよ。長時間の連続使用は許可できないからね」
簡単に言うと、逆浦島状態になりかねないのである。一般クラスメートに不審に思われる可能性がある。
「私は、ライザーに勝たなきゃならないのよ?」
「…老けるよ?」
あんまりといえばあんまりなセリフに、リアスも思わず硬直する。
「昨日は約一時間/七日間の設定で使ったんだっけね。そのペースで通すとして、一日辺り168日、一週間で1178日、三週間で3534日になる。つまり、三週間が約10年という歳月になるわけだ。悪魔とは言え、これは誤魔化すのは難しいだろうし、流石に…うん、実際の時間と10年近く差ができるというのは問題があると思うよ。色々、日常の細々としたことも忘れてしまうだろうし」
効率的にどうかは難しいところだが、まあ、10年あれば十分ライザーに勝てる戦力は整うだろう。ライザーの方はそこまでの成長は物理的に不可能なのだし。
しかし、これは流石に、ルール違反のようなものなのではないだろうか。手段を用意してしまった一誠が言うのもなんだが。
「正直、一日あたり七日間の加算でも三週間あれば五ヶ月近い日数になるから、あんまり大幅に時間流を弄るのはどうかと思うんだよね。フェアじゃないし。…まあ、リアスが青春を修行に費やしたいって言うなら止めないけど」
「…程々の使用に留めておくわ」
「時間流以外のみを操作するなら別に一日中やってても僕は文句言わないけどね」
「いいえ、学校にはちゃんと行く事にするわ。学生の本分は学業、だものね」
リアスはそう言ってにっこりと笑った。
任意の条件を満たした異空間を生成する装置、通称"別荘"は、天球儀を思わせる、不透明な水晶とメモリのついた金属製の枠を組み合わせた形をしている。
一種の魔導具であり、稼働には一定量の魔力を必要とする。消費魔力は生成する空間の広さに比例し、維持に定量注ぎ込み続ける必要がある。ただしこれは可変性を残している為に必要なことで、固定してしまえば維持に必要な魔力は極少量に抑えることができる。
ちなみに、兵藤家が外見より多くの空間を有しているのは、"別荘"で異空間と繋げて作った部屋が存在しているからである。空間の維持は魔石で行っている。
"別荘"は異空間を生成するが、生成した異空間の内部条件を後から操作する場合、空間内部にこれを持ち込んで接続する必要がある。
「…で、相棒から見て皆の様子はどんな感じ?」
リアスたちの使用しているトレーニングスペースで、"別荘"の管理を行っているドライグに、一誠は念話で問いかける。
『それこそ、相棒が自分で見に来た方が早いと思うが。お前が顔を出せば喜ぶ者もいるだろうしな』
「ドライグの主観でどう思うのか、ってのを知りたいのさ。僕は、単純に能力値としての評価は出来ても、戦力としての評価はあまり得意じゃないし」
『うむ…』
ドライグは己の評価を一誠に伝えた。
「ふぅん…となると、ライザーさんを…
『いや、おそらく士方歩武と木場祐斗も立ち回りと今後の成長によっては可能だと思うぞ。特に、木場には聖剣があるからな』
「そういえば、悪魔にとって聖剣は弱点だったね。最上級クラスまでいけばそこまででもないらしいけど。なら…
情報が少ない故の警戒自体はされるかもしれないが。
『その、士方のこと…というか、士方の神器のことなんだが』
「何かあったの?…あ、知人だったとか?」
『うむ。広義でいえば同郷の知り合いだった。あの系統の神器は封じられた存在が目覚めることは少ないのだが…まあ、環境が環境だからな。竜王よりも格下の存在ながら目覚めることになったらしい』
「ふーん…ちなみに、何てドラゴンなの?」
『
「イッセーせんぱぁい…」
「どうしての、ギャスパー。何かあった?」
「先輩に貰った能力制限用の眼鏡、壊れちゃいました…恐竜に踏まれて粉々になってしまって…」
「ふぅん…いい機会だし、眼鏡は卒業すればいいんじゃないか?最近は部活の時には外すようにしていたんだろう?」
「え、ま、まだ無理ですよぅ…」
「無理ってことはないよ。まずそうやって自分で否定してかかるのは止めなさい。悪いように自己暗示をかけているようなものだよ、それは。どうせ自己暗示をかけるならプラスの方向でかけなさい」
というか、例の眼鏡の制御効果など実際のところ気の持ちようである。ギャスパーが眼鏡をかけている状態ならば暴走しないと信じ込んでいたために、多少の動揺ならば"思い込んだ通りに"神器が抑え込まれることになったに過ぎない。
「でも…」
「眼鏡があろうとなかろうと、君が落ち着いている限り神器は暴走しないし、君が大きく取り乱せば神器の力が抑えられなくなることもありうる。…大丈夫。君の修行に四年近く付き合ってきた僕が保証してあげるよ。"ギャスパーは自分の神器を制御できるだけの実力を身に付けることができている"。だから、心配しなくても大丈夫だよ」
一誠はギャスパーを安心させるようににっこりと微笑いかけた。ギャスパーは少し自信がなさそうにしながらも、こくんと頷いた。
「まだ、少し不安ですけど…イッセー先輩がそう言うなら、頑張ってみます」
「まあ、どうしても難しいようだったら、また新しいものを作るから」
「…はい」
「ギャスパーの伊達眼鏡って、何か特別なアイテムなのか?」
「いや?アレは丈夫な素材のおしゃれ眼鏡にちょっとしたお呪いを
最初は本当に魔眼封じだったのだが、一誠の知る方式のものはあまり役に立たないようだったので現在のプラシーボ式に変えた。神器が人の精神に依存するものである以上、思い込みというのは結構重要なファクターである。
「ライナスの毛布?」
「スヌーピーの漫画にライナスという子がいて、その子が常に同じ毛布を持ち歩いていて、それを手放すと泣き出してしまったりするんだよね。ブランケット症候群とも言うらしいんだけど。一般的には、幼い子供が、特定の毛布だのぬいぐるみだの玩具だのを持ってたり囓ったりすることで安心する、ということを指す。安心毛布とも言うね」
「…お前Wikipediaみたいだよな」
「それは褒めてるのか貶してるのかどっちだい」
アユムは肩をすくめた。
「そういえば、神器に封じられていたドラゴンの意思が目覚めたんだって?」
「え、ああうん。…相棒、ちょっといいか?」
アユムは自分の神器を起動し、話しかける。少しして、神器から、ドライグよりは若いと思われる、男の声がした。
『初めまして、今代赤龍帝殿。私はラワンデル。
「初めまして、僕は兵藤一誠。よろしく。君のことは簡単にだけどドライグに聞いたよ。同郷なんだって?」
『ああ。私たちの一族は代々ヨークシャーに住んでいたからな』
「ヨークシャーは確か、イギリスの…イングランド北東部だっけ?工業地帯で羊毛が有名…だったかな?
「ヨークシャーテリアって確か、毛の長い犬だよな。わんわん物語とかに出てくる」
「いや、あれはスコティッシュテリアだ。イギリスのテリアには違いないが」
「俺そこまで犬に詳しくないし」
『私もそのヨークシャーテリアとやらは知らないな』
「比較的最近出来た品種らしいからねぇ。確か…19世紀ぐらいだったかな?工場で発生するネズミを退治させるために導入された犬らしい。しかし…だとするなら、ラワンデルさんはそれより前の年代に封印されたってことだね」
『ああ。私が暮らしていた頃は…まあ、のどかな田舎だったよ。時の流れとは残酷なものだ』
「まあ、変わらないものというのは稀だからね」
「…何かお前ら爺むさいぞ」
『うっ』
「長く過ごすと色々思うところがあるんだよ」
その時、ドライグが"別荘"を持って研究室に入ってくる。
「イッセー、どうも動作に不安があるので、お前がメンテナンスをした方がいいのではないかと思うのだが」
「わかった。じゃあチェックするね。具体的にどう不安が有るか教えてくれる?」
「うむ…」
ドライグが順番に不安点を述べていく。
『…そういえば、ドライグおじさんは神器に封じられていると聞いたはずですが、何故そのように実体を持って自由に歩き回ることができているのですか?』
「俺も詳しい理論はいまいち理解できていないのだが…相棒の魔術だ」
「ざっくり言うと、仮の肉体を作って、魂をそこに移している感じだね。封印を解いているわけじゃなくて、ドライグが優位に動ける状態にしているだけだから本来の大きさにはできないし、核になっている神器以上スペックを発揮することはできないけど」
「それでも随分破格の魔術だと思うがな。飲食や睡眠も可能だし」
「重要なのそこなの?」
『…ドライグおじさんズルい…私もクローバーのサラダとか糖蜜パイとかまた食べたい』
「…お前の父親の死因は甘い物の食べ過ぎによる痛風の悪化だという話じゃなかったか」
『蜂蜜酒とインゲン豆の砂糖煮は長生きに勝る』
「…甘党なんだな」
「プラス菜食主義者っぽいね。肉類の話が全く出てこないし」
「こいつの一族は大体そうだ。俺は葉っぱより肉の方がいいがな」
ドライグはふんす、と鼻を鳴らした。
「しかし、士方に相棒と同じ魔術を使わせるのはまず無理だろう」
「まあ、無理だろうね。一応かなり高難度の上級魔術のアレンジだし、魔力消費も相応に大きいし。アユムの魔力量じゃ全然足りないだろうね」
「そもそも、俺は魔術はからっきしだし習い始めたところだからなぁ」
「…まあ、余裕が出来たら、似たような能力を持つ魔導具でも開発してみるよ。効率化と探求は研究者の本分だしね」
一誠はそう言って微笑した。
ドライグは一誠をカラーチェンジしたような人型になってプリンを食べていた。
ちなみに人型を取っているのは、食べ終わった後の片付けや、そもそも食べるために冷蔵庫からプリンを出したりスプーンを出したりといった行為が仔竜姿より人型の方が安定して楽にできるからである。それ以上でもそれ以下でもない。
「そういえば相棒は俺を実体化させてまで一体何をしているんだ?まさか、面倒くさいから、というだけで俺に任せたわけではないだろう?」
「いや、そっちを任せたのはめんどいからがメインだけど。生産性の低い行動って嫌いなんだよねぇ。…一人でちまちまやってたのは、家の警備システムの組み直しかな。あんまり意味はないかもしれないけど、やっておくに越したことはないかな、って」
「…警備を強化したところで、どうせお前は自分が信用できると判定した者はフリーパスにするんだろう」
「否定しないけど」
ドライグは神器の宝玉と同じ
「そもそも、何に対する備えなんだ、それは」
「そりゃあ…三勢力だのそれ以外だのから不埒者が出た時に迎撃する用?」
「やはりまだ信用しきれんか」
「武装中立である以上、武装と警戒を解くことはできないよ。それは敵を招き入れるに等しいからね」
「武力の上ではやつを信頼しているんじゃないのか?」
「目の前にいない相手を倒すことはできても、目の前にいない相手を守ることは困難だ。いくら強くなってもそれは変わらない。何かあってからじゃ取り返しはつかないんだ」
一誠はカップの中が空なのに気付いてお代わりをするために立ち上がる。
「"十年前"の件はその最大にして最悪の例だよ。僕だって、積極的に世界を滅ぼしたくはないからね」
コーヒーメイカーからたっぷりのブラックコーヒーを受け取り、砂糖とミルクを加える。ズズズ、とすすった後で一誠は僅かに眉をしかめた。口に合わなかったらしい。
「…まあ、確かにアレは最悪のパターンだったろうが。…しかし、アレの焼き直しとなった場合、狙われるのは………半端な相手なら自分でどうにかしそうだな」
「まあそれは否定しないけど」
「そう、最悪の事態ばかり考えなくても良いのではないか?」
「僕の想像が追いつく内は最悪じゃないよ」
一誠は首をすくめる。
「最悪の事態というのはいつも、人の想定の上をいくものさ」
「悲観的だな」
「経験則だよ」
そう言って目を細めた後、一誠はドライグを見て片眉を上げた。
「ところでドライグ。君それ幾つ目だ?」
「三つ目だな」
「一度に二つも三つも食べたら彼のことは言えないと思うけど?」
「このプリンというものは小さくて一つでは物足りないのだ」
「お前人型を取ってる身で何言ってやがる」
「――イッセー、我の分のプリンがなくなっているのだが」
「それなら多分、今ドライグに食われたところだ」
「ドライグ貴様…!」
「労働に対する正当な報酬だ」
「手作りプリンで済むとか随分お手軽だね」
全然書いてないので続きの更新は未定です