平行世界のドラゴンたち。   作:ペンギン隊長

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吸血鬼の件


白き龍皇21

 

 

「…おじいちゃん?」

きょとん、とヴァーリは目を丸くする。男はヴァーリを見て目を丸くした後、にぃと笑みを浮かべてみせる。

「おんやあ?そこの俺っちに似たイケメンフェイスは、俺っちの孫のヴァーリきゅんかな?」

「やっぱりおじいちゃんだ」

ヴァーリはぱっと無邪気な笑顔を浮かべて男に駆け寄る。

「久しぶり、おじいちゃん」

「ああ、久しぶり。随分大きくなったな。お前に最後に会ったのは何時だったかな。確かぁ…不肖の息子が孫を捨てた時だったかな?14年ぐらい前って所か?」

「多分それぐらいだろうな。…アザゼルに拾われる前は月日の感覚が曖昧だが」

「そういやお前今はあのカラスのところにいるんだっけか。だからそんなに悪魔らしくないわけ?」

「"悪魔らしい"、とは何だ?…まあ、最初から"悪魔らしくない"とは言われていたが」

「そんなの決まってるだろぅ?悪魔は"悪"なんだよ。悪いことをするのが悪魔なんだ」

ヴァーリはきょとりと目を瞬かせ、首を傾げた。そして少し考えた後に言う。

「よくわからない。"悪"とは誰にとっては悪だ?"神"の定めた悪か?悪を成すのが"正しい"なら、それは本当に悪いことになるのか?おじいちゃんの言う事は難しくてよくわからない」

難しくしているのは彼自身である。

「馬鹿だなぁ、ヴァーリは」

「うん」

「・・・」

「…?」

男の記憶が正しければ、孫は今年で17歳(・・・)になるはずである。思春期真っ最中、反抗期になってもおかしくない。そして、彼のことを憎んでいてしかるべきだ。

しかし、目の前の孫はそんな素振りを見せない。

「ヴァーリきゅんはおじいちゃんのことをどう思ってるのかな?」

「おじいちゃんはおじいちゃんだろう?今も生きてる、ただ一人の血の繋がった大切な家族だ」

迷いもなく躊躇いもなく、ヴァーリはそう言い切る。大切にされたことなぞ無い癖に、大切だと言う。

「お前の父親を殺したのが俺でも?」

男の言葉にヴァーリは目を見開いた。はっきりと動揺する孫に、彼はにやり、と口元に笑みを浮かべる。

「アイツ、臆病で役立たずの腰抜けだっただろ?だから俺が殺してやった(・・・)んだ」

「おじいちゃんが、父さんを殺した」

平坦な声でヴァーリは呟く。彼の言葉を疑う様子はない。まあ、彼が自分の子であり孫の父である男を殺したというのは事実なのだが。

「じゃあ、"その時"が来たら、おじいちゃんは俺が殺してあげる(・・・)

泣きそうな顔をして、ヴァーリはそう言う。

「その時って?」

「おじいちゃんは"殺すのが好き"でも俺は"好き"じゃない」

「俺が憎くないわけ?」

「何故?家族に愛以外を向ける必要があるか?」

心底不思議そうにそう言って首を傾げた後、ヴァーリはしょぼんとする。そして、

「…おじいちゃん、死んじゃやだ」

本気で泣き始めた。流石に想定外の反応過ぎて男も動揺する。というか、普通に意味がわからない。周囲がザワつき始め、男は舌打ちする。

「いい年した男がそう簡単に泣くんじゃねーっての。つぅか、何でそうなった」

「らって、この世界に、俺のおじいちゃんは、ひとりしかいないもん、俺は、おじいちゃんが死ぬのは、やだぁ」

ひっく、ひっく、としゃくり上げながら泣きじゃくる孫は、本気で意味不明な存在(もの)に彼には映った。周囲の注目が集まっていることに頓着しない孫に辟易しながら、彼は言う。

「お前、俺様がそう簡単に死ぬと思うわけ?マジウケるんですけど」

「死に急いでる癖に何言ってるんだよ。強かろうが弱かろうが、死ぬ時は死ぬんだからな」

神も魔王も死んだのだ。誰が死ぬことも有り得ないとは言い切れない。

「死に急いでる…いや、今は一応そういうつもりはないぜ?目的もあるしな。生きる屍状態は脱したし」

「…。…おじいちゃんがそういうならしんじる」

ぐすん、と鼻を鳴らし、ヴァーリは目元を拭う。しょんぼりした雰囲気は纏ったままだが。

「…お前マジで馬鹿だな」

「ふぇ」

「俺が信用できる存在なわけないじゃん?普通に考えて」

「おじいちゃんが本気で言ってるかとか、嘘か本当か、見ればわかるもん。どう思ってるかもちゃんと見えてるし」

「なにそれキモい」

「…うん」

しかしある意味興味深くもある。何を見てそんな事を言うのか。孫は彼のことを殆ど知らないと言ってもいいはずだ。故に癖や仕草で見抜いているとは言わないだろう。そして、それは彼以外にも、例えば初対面の相手にも有効なのか。

意味不明で気持ち悪い存在でも、利用価値が高い事はわかっていた。律する力に、異世界の知識、高い魔力、無駄なカリスマ、白龍皇としての能力、部下や周囲の者たち。どう動かすにしても、大きな騒動を引き起こすことは容易だ。

 

 

ヴァーリとリゼヴィムは、外見に関しては非常によく似ていた。しかし、決定的に違う所がある。その瞳、リゼヴィムは氷のような青い瞳に常に悪意を湛えているが、ヴァーリの宝石のような紫の瞳には感情の色が薄い。

純粋無垢で、無邪気。慈愛の色はあっても悪意はない。それはいっそ、生物として何処か欠けていると言ってもいい。

例えば、警戒心とか。

「…僕ちゃんがハメようとしてるとは思わないわけ?」

「余程大仰に封印されなければ切り抜ける方法は幾らでもある」

それはつまり、罠である可能性はわかった上で付いてきたということだ。評価を少し修正する。

 

「…三位一体の聖杯か。自己と他己の境界が崩れているようだな」

そう言いながらヴァーリはヴァレリーと目を合わせる。

「君は"何処までが己なのか"ちゃんと認識できているか?」

「私は私よ。あなたは何を言っているの」

「器の中身が入り混じっている。未練を残して留まっているものだ。…聖杯の力を求めているのか」

ヴァーリの瞳に憐憫の色が混じる。そしてそれが自然なことであるかのような動きでヴァレリーの頬に手を触れる。

「死者は死者のままにしておくべきだ。無理に舞い戻っても歪んでしまう。死にきれない者を救うのとはわけが違う。既に因果を喪った者が他者の生を奪うのでは、ただの椅子取りだ」

細められた紫の瞳を見返し、ヴァレリーは紅い瞳を細める。

「彼らを放っておけと言うの?」

「放っておけとは言わない。…まあ、どちらでも同じか。吸血鬼も聖なるものは得意ではない」

ヴァーリは一度目を閉じた後、大きく柏手を打つ。それだけで周囲の空気感が変化する。ヴァーリの背から二対の翼が広がる。鳥のような白黒の翼。天使と堕天使の翼。

「ゆくべき途のみを指し示そう。本式の浄霊は場が悪過ぎる」

「…ああ、そちら(・・・)が、最後に辿り着く場所なのね」

「君はまだ向かわなくていいところだ。だが、彼らはあちらに向かうべきだ」

「私も、あちらへ行けるのかしら」

「いきたいのか?」

「いきたいわ」

「君は悟りを開くには若すぎる」

ばさり、とヴァーリが羽ばたくと風が巻き起こる。風に乗って舞い上がる何かを追うようにヴァレリーの視線が動く。

「寂しくとも、生者は生者に寄り添うべきだ。…死を望むわけでないのなら」

ぽんぽん、とヴァーリはヴァレリーの頭を撫でる。子供にするような仕草に、ヴァレリーはゆっくりと目を閉じる。優しい力が伝わってくる。

「君の未来(かのうせい)は君だけのものだ。誰にも奪う権利はない」

「私のかのうせい…」

そんなことは、考えたことがなかった。すっと此処にいて、何も変わらないのだと思っていた。だが、そうじゃない可能性(みらい)もありうるのだろうか。

「君にだって、己の望みを叶えられる力はある。聖杯は必要なものを汲み取ることもできるだろう。そこに確固たる意思さえあれば、君はそれができる」

 

ヴァーリには何か異質なものが見えている。そして、ヴァレリーと同じものも見えている。幽世の聖杯(セフィロト・グラール)の使いすぎで"見えてはならないもの"が見えるようになった娘と同じものが。

どうやらヴァーリは壊れかけた玩具(ヴァレリー=ツェペシュ)を直してくれたようだ。同情でもしたのか。吸血鬼と人間のハーフであり、強力な神滅具(ロンギヌス)を持つが故に他者に利用されている娘に。己と重なる所のある娘に。

「そういえば」

「…ん?」

「おじいちゃんは聖杯で何をするつもりなんだ?」

「…答えると思うわけ?」

「隠さなきゃいけないことなのか?」

ヴァーリはきょとん、と目を瞬かせる。

「俺様の最終目標は異世界に行ってそこをぶっ壊すことで、その為の当面の目標はグレートレッドを殺すことだ」

「グレートレッドを?」

「壮大な目標だろ?」

「アイツって死ぬの?」

「生物なんだから死ぬだろ。っつーか殺す」

「ふーん」

リアクションが薄い。確か、グレートレッドはヴァーリに強い興味を持っていたはずだ。ヴァーリの方はそうでもないのか。

「オーフィス以外でグレートレッドに対抗できそうなのっていうと…"666(トライヘキサ)"だか"616"だかとか?」

「!」

「殺しきれなくとも、弱体化させられれば手が届く可能性はある、か。…その後どんな影響が出るかわかったもんじゃないが」

「…流石、ヴァーリきゅん俺様の孫じゃん?あのビビリとは違うわ」

頭が回りすぎていっそ心を読まれているのだと言われた方が納得できる。

手駒としてどうかといえば、微妙としか言い様がない。行動スタンスが違いすぎるのだ。割と簡単に従ってくれそうではあるが、思った通りには動かないだろう。利用しようと思えば、細心の注意を払って綿密に策を巡らせなければ、場をかき回されるだけに終わるだろう。

 

 

 

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